第六十一話 クエスト選び
「アサギ。君が今、何を考えているかは分かっているつもりだ」
ダニエラが静かに言う。僕は俯いていた顔を上げてダニエラを見つめる。
「それでも私は、君を離すつもりはない。私以外を許すつもりもない。私の心の中には君だけがいる。だから、君の心の中には私だけを住まわせてくれ」
真剣な顔で見つめながら言うダニエラは本当に格好良かった。対して僕は実に情けない。さっきから自分にがっかりしっぱなしだ。僕も覚悟したはずだ。フィオナが悲しんでも、ダニエラを選ぶと。なら、いつまでも下ばかり向いてはいられない。
「悪かった。もう、大丈夫だ」
「言い方、きつくてすまない」
「いや、いい。世話ばかり掛けてるな……」
「いいんだ。私がそうしたいのだから」
そっとダニエラの手を握る。それだけでダニエラは嬉しそうに目を細める。お互いにお互いを大事にする……正に理想と言っても過言じゃないだろう。僕も、しっかりダニエラのことを想い、大切にしようと心から思った。
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さて、いつまでも湿っぽい空気ではいられない。僕達は冒険をしにここへやって来たのだ。なら向かうはクエスト板だ。
「なになに……」
クエスト板には様々なクエストが貼られている。その数は50件を越えている。流石は平原都市。フィラルドとは大違いだ。都会って凄い。
「『グラスウルフ駆除依頼』『話し相手募集』『コボルト駆除依頼』『ペット捜索依頼』『害虫駆除依頼』……何だか多すぎてどれにしたら良いか迷うな」
「ふむ、とりあえずは駆除系だろう。その装備の調子を確認するんだろう?」
「まぁそうなんだが」
グラスウルフを狩り回るか、まだ見たことのないコボルトと戦ってみるか……さて、どうしたもんか。
「お? その後ろ姿はアサギじゃねぇか!?」
「ん? 誰?」
振り向くとそこには壁があった。いつの間にこのギルドはこんなに狭くなったんだと思いながら壁の向こうを覗く。が、誰もいない。おかしいな、確かに声を掛けられたはずなんだが……。
「だーから俺ァ壁じゃねーっての!」
「お?」
上から声が降ってきたので見上げるとそこには壁冒険者ことピンゾロがいた。
「ははっ、冗談だって」
「いやお前、本ッ当に不思議そうに向こう見てたよな……」
「細かいこと気にしてたら禿げるぞ?」
「それは困る!!」
頭に手をやって髪の有無を確認するピンゾロを見てダニエラと笑う。
「久し振り、ピンゾロ」
「おう、元気そうだな。聞いたぜ? ワイバーンやったってな」
「レックス達と、な。僕は締めただけだ」
そう言うとピンゾロがでかい声で笑う。心底おかしいといった感じだが、笑う所あったか?
「くっくっく、いや悪い! あの時ちょうど暇だったんでな、討伐されたワイバーンを見学しに衛兵に付いていったんだが、あの凄惨さは締めただけと言われても無理があるぜ?」
「野次馬はやめろよな……恥ずかしいだろう?」
「くはははは! 俺以外にも沢山いたぜ! 何せ西門に衛兵隊がわんさかいやがったからな。またぞろワイバーンか? と聞いてみりゃあビンゴだったからな。その話はたちまち広まって暇な冒険者共は野次馬根性丸出しで付いていったからな!」
じゃあ何、実際に目で見た正確な噂が広まってるのか……? それは非常に嫌だな。肉球防具店の店員さんのところに届くまでに尾鰭がついていたけれど、冒険者界隈なら真相しか広まってない訳だろう? 嫌過ぎる。僕は静かに生きたいのだ。
「まったく……冒険者って奴は……」
「アサギ、私達も冒険者だぞ」
「……」
ジト目でダニエラを睨んでも仕方ない。このド正論を論破する為の弾丸を僕は持っていなかった。
「そういえばピンゾロは何しに来たんだ?」
「無理矢理話題変えやがったな……いやなに、暇だし体でも動かそうかなーってよ。クエスト見に来たんだよ」
グルグルと肩を回すピンゾロ。駆除系クエスト狙いか。
「そういうアサギは? ワイバーンならもう辺りにはいねぇが」
「ワイバーン大好き野郎みたいに言うな。僕は新調した装備の性能確認だ」
そう言うとピンゾロは顎に手を掛けてジィ、と僕の装備を見る。
「ほっほぉ、なかなか似合うじゃねーか。素材は何だ?」
「ウィンドドラゴンとアイスドラゴン」
「竜種だと!?」
ふふん、どうだ凄いだろう? 僕はドヤ顔で腕を組んで見せる。隣のダニエラが苦笑しているが、自慢できることは自慢するべきなのだ。大事な大事なコツである。
「竜種装備とか激レアじゃねぇか……いや待てよ。確か今は価格が暴落ってレベルで下がってるらしいな」
「あぁ、勇者だとかが竜種のスタンピードを鎮めたとかで値下がりしてるぞ。まぁ、幼体ばかりのスタンピードらしくて出回ってるのもその幼体の素材だけどな」
成体の素材とかいくらするんだろう? 考えただけでも身震いするね。
「幼体でも加護や性能は折り紙付きだ。いい買い物したと思うぜ?」
「そうだな……まさか資金集め中にワイバーンを狩るとは思わなかったけどな」
「その装備なら、本当に一人でもやれちまうかもな?」
ははっ、まさかそんな。いくら竜種装備つっても幼体だぜ? 過信し過ぎは身を滅ぼしかねない。戦った経験はあっても僕は二度とごめんだ。出来るなら、僕は戦いたくない。
「……っと、いい時間だ。そろそろクエスト選ばねぇと外に出ても日帰り出来ねぇぜ」
「うわ、急がなきゃ。ピンゾロは何にするんだ?」
「せっかくだから俺はこのグラスウルフ駆除依頼にするぜ」
ピンゾロは平原でグラスウルフか。少なくてもソロで群れを駆除出来る力はある、と。
「ダニエラ、どうする?」
「アサギはコボルトと戦ったことがないだろう?」
「ん、まぁ」
「なら経験しておいたほうが良い」
「それもそうだな」
ということで僕達はコボルトだ。僕は『コボルト駆除依頼』の張り紙を千切る。ピンゾロは隣の『グラスウルフ駆除依頼』を千切った。
「じゃあ先に行くぜ。またな、アサギ」
「あぁ、またな」
ピンゾロが手を振りながらクエスト発行カウンターへ行った。僕も手を振りながら隣のダニエラに話し掛けた。
「良い奴だよな」
「あぁ。こうして繋がりというのは広がっていくんだなと改めて思う。私一人の旅では無かったことだ」
「これからは違うぜ。僕と居たら退屈出来ないしな」
ちら、と視線を横のダニエラに向ける。優しく微笑む彼女は頷いて、言う。
「私はアサギと居れればずっと退屈しない自信がある。昼も夜も、楽しませてくれるんだろう?」
そういうのはもっと人がいないところで言ってください! 僕は朱に染まった顔を背けてピンゾロが居なくなったクエスト発行カウンターへ歩き出した。
「クエストの発行ですか?」
「はい。『コボルト駆除依頼』をお願いします」
「では東門から出た先の岩場での活動となります。ステータスカードの提示をお願いします」
僕はポケットから取り出したステータスカードとダニエラから渡されたステータスカードをカウンターの上に置く。
「はい、ありがとうございます。少々お待ち下さい。…………はい、クエスト内容が登録できました。お二人なら危険は無いと思いますが、お気を付けていってらっしゃいませ」
社交辞令でも心配してくれるギルド員さんにお礼を言いながらギルドを後にする。
さて、今回はただ装備の性能を確認するだけだ。そのためだけに駆除されるコボルトくんには悪いとは思うがこれも弱肉強食。世の常だ。僕の今後の為の礎になってもらうしかない。
ダニエラと共に大通りを東へと抜ける。僕達は西門からやって来たので東門は初めてだ。この先は変わりなく平原が広がっているが、その先は岩場になっているらしい。なんともファンタジーチックな地形だ。日本に居た頃は岩場なんて行ったことがない。精々、大きめの石が転がった河原だ。
初めてのコボルト戦、気を引き締めなくてはな。戦ったことのない相手との戦闘だ。ワクワクするが、ヒヤヒヤもする。危なくなったらダニエラを頼る気満々の僕はゆっくりと東門を抜けた。




