第六話 森の中の町
「たすけてええええええええ!!」
恥も外聞もない全力のヘルプミー。町の入り口付近に人がいることを願っての絶叫。今にも襲いかかりそうな狼を背に門へと走る。
願いは届いたのか、門の内側から槍を持ったおっさんが飛び出してきた。この世界で初めての人間。第一町人発見!
「なんだ!? どうした!?」
「狼!! 狼ぃぃ!!」
慌てすぎて文にもならない。しかしその単語だけでおっさんは察してくれた。すぐに首から下げた笛を力強く吹いた。すると、門の向こうから更に6人のおっさん達が現れた。六つ子だろうか。いや違う。
「フォレストウルフの群れだ! 旅人が襲われてるぞ!」
「おいお前! こっちだ! 門の中へ!」
言われずともそのつもりだ! とガクガク頷き、全力で走る。狼の声が少し後ろに遠ざかった気がする。そのままの勢いでおっさんの群れを抜けて文字通り門の中へ転がり込む。
み、水が欲しい…! 張り付く喉で無理矢理息をしながら振り向く。槍を構えたおっさん達が狼…フォレストウルフを通すものかと3人4人で2列に並ぶ。フォレストウルフ共は怯むこと無く突撃してくる。ハッと息を呑んだのも一瞬。すぐに槍と牙がぶつかり合い、戦闘が始まった。しかしいくらおっさん達が槍を持ってたからって多勢に無勢だ。息を整えた僕は相変わらず刃毀れ気味の鉈を手に加勢に向かう。が、その瞬間、何者かが僕の肩を掴んで地面へ引き倒す。おい、誰なんだ。今忙しいんだ。
「よう、ビビリはそこで座ってな」
見上げると厳つい顔したおっさんがニヤニヤと笑っていた。革の鎧を身に着けて手には抜き身の両刃剣。本当に誰だ此奴。
「くはは、さっきの駆け込み具合は最高だったぜ! まるで兎が逃げてくるみたいだったな!」
今度はひょろい体つきに何かムカつく顔した奴が短剣を手にしながら現れた。第一印象最悪だな…。
「何なんだあんたら……今大変なんだよ。行かせてくれ」
「だーからお前ェみたいなビビリが行って何が出来んだよ? そのボロボロの鉈で、何をどうしようってんだ? あ?」
「そんなのあの狼を退治してるおっさん達の加勢に決まってんだろ!? 狼の数やばいだろあれ!」
そういうと厳つい男とひょろい男が顔を見合わせる。からの大爆笑。
「ぶはははは!! おま、お前! たかがフォレストウルフ相手に焦り過ぎだろ!!」
「何なんだお前!! ひょっとして旅芸人か!? 笑わせてくれるなぁおい!」
意味が分からない……あの数を見て何とも思わないのか? それとも、もしかしてこれが普通、なのか?
「じゃ、じゃああんたらは何しに…? その武器は何の為なんだ?」
「何のって、そりゃあ、お前の為だよ」
そういって剣を僕の喉元に突きつけた。二人の雰囲気ががらりと変わる。
「妙な動きすんな。もしお前が兎みたいなビビリを装った危ない奴だった場合、殺さなくちゃあなんねぇ」
「そういうことだ。そのきったねぇ鉈も、渡してもらおうか?」
なるほど、あの門番らしきおっさん達がフォレストウルフの相手をしなくちゃいけなくなったから、此奴らが代わりに僕を監視するってわけだな。
「悪かったよ。鉈は渡す。この場も離れない。だから剣を下げてくれ」
「分かりゃいいんだ。お前ぇは黙って大人しくしてろ」
無言で鉈を受け取るひょろ男は刃毀れした鉈の刃を見つめる。
「なぁおい、これ、こんなの持って森を抜けてきたのか?」
「あぁ。ゴブリンから奪ったんだよ」
「はぁ? ゴブリンから?」
「丸腰だったからな」
訝しむように見つめてくるひょろ男。
「じゃあお前、どうやってどうやってゴブリンから鉈奪ったのよ?」
「木を削って作った槍で刺したんだ。腹を刺して倒れたゴブリンに止めを刺して奪ったんだよ」
「お前ぇは原住民か何かかよ……」
黙って聞いていた厳つい男が呆れたように僕を見る。そんなこと言ったってしょうがないじゃないか! 丸腰だったんだから!
「本当に何なんだこの黒兎は……」
「黒兎?」
「お前の髪。黒いだろ? んでもってビビリの兎。ぴったりじゃないか、黒兎!」
兎は可愛いが良い意味こもってねーじゃねーか! ふざけんな!
そんなやり取りをしてる間にフォレストウルフの群れは殲滅されていた。どうやら本当に何でもない事らしい。この世界の水準は高いのだろうか。それとも僕が弱いだけか?
「いやぁ、久しぶりの群れだったな。疲れた疲れた」
「すみません、助かりました」
戻ってきた門番のおっさん方に頭を下げる。本当に助かった。この人達がいなかったら僕は死んでた。喉笛を噛み千切られて森へお持ち替えりされていただろうな……。
「あぁ、いいんだ。普通群れに襲われることなんてないしな。びっくりしただろう。ガルド達もありがとうな」
ガルド?
「いや、暇だったからな。別にいい」
厳つい男が返事をする。此奴がガルドか。
「行くぞ、ネス」
「あぁ。じゃあな黒兎」
ニヤニヤと笑いながらネスと呼ばれたひょろ男が付いていく。何か変な奴らだったな…。また会うことはあるのだろうか。黒兎はやめてほしい。
「お前、よく見たら土まみれじゃないか。怪我はないか?」
「あぁ、これは匂いを消すために付けただけなので怪我はないです」
そう言うと『マジか此奴』みたいな目で見られる。
「そ、それなら良い。そこの詰め所の裏に井戸があるから綺麗にしていったらどうだ? 手荷物も無いようだし替えの服もないだろう。余ってるのがあるから用意してやる」
良いおっさんだぁ……。僕はお言葉に甘えて井戸へ向かい、借りた布で体を拭いて麻のシャツに袖を通した。ふむ。まぁまぁの着心地。脱いだ服は貰った布の袋に詰める。貰いっぱなしだな……何か悪いね。
「さて、人心地ついたろう。俺の名前はラッセル。お前さんは?」
門番のおっさんはラッセル。外国っぽい名前が多いな。なんて恩人の名を頭に刻んでから自己紹介をする。
「僕は上社朝霧……あ、アサギ=カミヤシロです。助けてくれてありがとうございました」
外国人っぽいから名前も外国っぽく言い直す。
「アサギか。そのことは気にするな。では改めて、ようこそ。フィラルドへ!」
まぁそれはともかく、異世界を彷徨って6日。漸く僕は初めての町、『フィラルド』へと辿り着いた。