第五十九話 銀翆の装備
1週間が過ぎた。1週間が、過ぎた。大事なことなので云々。ダニエラとイチャイチャしていたらあっという間に時間が過ぎていた。ワイバーン先生で稼いだお金を崩しながら生活していたら本当にすぐだった。内容はプライベートなことなので割愛します。端的に言えば、ダニエラは凄く可愛いと。それだけだ。
さて、1週間目一杯イチャついたのでダニエラも落ち着いたのか、町中で腕を組んで歩いたり、宿に着いたら僕の部屋から帰らないなんてこともなくなった。漸く実感してくれたのだろうか。僕としては照れ臭いので適度な距離感が一番安心する。きっと長年、一人で寂しかったのだろう。その気持は僕にも少しは分かる。夜勤生活での人との会話は表面上のものばかりだった。愚痴を聞かされても愛想笑いでテンプレを返し、酔ってキレたお客さんにはひたすら頭を下げる。従業員との会話なんて『おはようございます』『お疲れ様でした』だけだ。夜起きて昼間寝る生活なんぞに出会いは無く、最終的にコンビニ強盗に出会って終了だ。この1週間、本当に幸せだったのはどっちなんだろうな。
しかし、これからもこの幸せ生活が続くと思うと自然と顔がにやけてしまう。枕に顔を埋めて足をバタバタさせたくなる。なったのでしようかな……と、顔を埋めるとダニエラの髪の香りがした。バタバタが止まらないのは仕方のないことなのだ。
「はぁ……はぁ……」
夢中で嗅ぐのも仕方のないことだ。だって好きな人の香りがするんだもの。
そして夢中になってしまった僕がダニエラと防具屋に行く為の待ち合わせ時間が過ぎていたことに気付けなかったのも仕方のないこと。
夢中になっていた僕は扉が開いたことにも気付けなかった。
「はぁはぁ、ダニエラ……」
「あの……アサギ」
「はぁはぁ……えっ」
不意に聞こえた声にガバッと顔を上げるとそこにはダニエラが引きつった笑みを浮かべて立ち尽くしていた。
「せ、説明を……」
「いや、いい。分かってる。大丈夫」
「聞いてくれ!」
「じゃあ10分……いや、アサギなら5分か。5分後に宿の前で」
「待って! ダニエラ!」
僕の説得も空しく、ダニエラは扉を閉めて出ていった。5分あれば良いとはどういう意味なのか。とりあえず、着替えて追いかけないと……僕は5分で着替えて部屋を後にした。
□ □ □ □
「ん、時間通りか」
「あの、ダニエラさん」
「じゃあ行くか」
ダニエラは僕の話を聞かない方針のようで、道中どんなに話し掛けてものらりくらりと避けていく。そろそろ心がぽっきり逝きそうになった時、目的地である『肉球防具店』に到着した。店内に入り、奥へ進む。もう勝手知ったるって感じだ。
「どうもー」
「あぁ、アサギ様。出来てますよ」
連れられて更に奥へ。そこには防犯ケースに入った僕の愛しの装備ちゃんが納まっていた。
「良いな……最高だ」
翡翠色のウィンドドラゴンの毛で織られた魔法繊維で出来上がったフード付きポンチョ。ズボン。腰マント。白銀の鱗と黒鉄で組み上がっているアイスドラゴン製のブレストアーマー。ガントレット。レガース。実に美しい。
「まさに『銀翆』の名に相応しい装備ですね!」
そうなのだ。結果的に銀翆の名と同じ配色の装備が出来上がってしまっていた。装備が先、二つ名が後なので完全に偶然だ。
「ここで装備していきますか?」
「勿の論だ」
ということで試着室を借りて着替えることにした。この革鎧も長く使ったよなぁ。防具屋に売られていた中古品だったが、やっぱ革って丈夫なんだな。結構愛着あるので虚ろの鞄に後でしまっておこう。此奴は僕の原点だ。勿論、鉄の剣も鞄の中だ。鋼鉄の剣は折れた先が見つからなかった。鞘と柄だけだ。捨てられない性分なので、此奴も大事に取っておくつもりだ。
さて、装備完了だ。カーテンを開けて外に出る。目をキラキラさせたダニエラと腕を組み、職人顔の店員さんとほぉ、と溜息をつく知らない女店員さん。誰?
「やっぱ腰布あった方がいいわぁ……」
「あ、もしかして服屋の方の?」
「あぁ、そうだよ! やっぱあたしの目に狂いはなかったね!」
グッとサムズアップする女店員さん。職人気質って感じがひしひしと伝わってくる。実際、凄い腕の職人だ。この刺繍入りマントを一晩で仕上げたというのだから信じられない。友達の安田が『プロとアマチュアの違い、それはスピードだ』と言っていたのを思い出した。時間を掛ければ良い物は出来上がる。良い物を短時間で仕上げるのがプロの仕事らしい。彼に倣って言えば彼女は正しく、プロだった。
「かなり気に入ってます。本当にありがとうございました」
「いいんだよそんな! あたしがしたくてしたことなんだ。気にすんな!」
気風の良い人だなぁ。と思っているとダニエラが一歩前に出てきた。じぃ、と僕の姿を見て、一つ頷くと満面の笑みで
「格好良い! 惚れ直した!」
と言ってくれた。これは嬉しい。今朝の事故なんてなかったかのような良い笑顔だ。思わず抱きしめたくなるがここは我慢だ。夜になればいくらでも抱きしめられるのだから。ゲフンゲフン。
「じゃあ、ちょっとクエストでも行ってこようかな」
と、良い気分で調子に乗る。乗れる時に乗るのが楽しく生きるコツだ。
「では外までお送りします」
と男店員さんが付いて来たので一緒に歩く。途中、空になったケースが目に入った。これは確かあの『AGI2倍Tシャツ』が入っていたケースじゃないか。
「あぁ、例のシャツはオークションに掛けられまして、見事に落札されましたよ。金貨1000枚になりました」
ワイバーン素材が革や鱗も足して多分、金貨100枚くらいだろ? てことは、ワイバーン10匹分かよ……巣とか殲滅しなきゃ手に入らない金額だ……。到底手が出ない金額だね。まぁ、着こなせる自信がないAGI微上昇の付与が掛かり、ウィンドドラゴン素材による風の加護で更にAGI上昇。さらに《森狼の脚》を使えば音速を越えそうな気がする。まず僕の肉体が爆発四散する未来しか見えない。
「付与魔術師の方に支払われて、仲介手数料として私達にもいくらか。いやぁ、良いこと尽くしで幸せです!」
そのうち酷い目に遭いそうな気がするが、まぁ、生きろとしか言えない。再び歩き出し、店外に出る。店先を歩く人々が僕を見る。気恥ずかしいが隠れるわけにもいかないので棒立ちだ。
「この度はありがとうございました。良い仕事が出来ました!」
「此方こそありがとうございました。各地での宣伝でこの店は更に大きくなりますね」
「そうなることを祈っています!」
がっちり握手して、別れた。角を曲がるまで手を振る姿は何だか田舎のおばあちゃんを思い出した。
町は今日も賑やかだ。町を行き交う人々は皆笑顔で平和そのもの。屋台街からは食欲をそそる香りが流れてくる。大通りの商店からは競うように大声で商売口上が聞こえてくる。木の棒を持って走り回る男の子達は『僕が銀翆だ!』『僕が銀翆やるー!』と言い争う。やめろ、その口撃は僕に効く。
「平和だなぁ……」
「そうだな……町は賑やか。ご飯も旨い。そして隣にはアサギがいる」
ギュッと腕に腕を絡めてくるダニエラ。こつん、と肩に顔を寄せて実に幸せそうだ。落ち着いたとはいえ、発作的に引っ付く時があるようだ。周りから視線を感じるが、仕方ない。こんなに可愛いのだ。見るくらいなら許そう。
「平和も良いが、冒険しようぜ、ダニエラ」
「ふふ、そうだな。私達は冒険者だものな」
と言いつつ、腕は更に絡まる。植物の如く絡まる腕を振りほどくのは至難の業だ。僕には出来ない。ダニエラと連れ立って歩く道はどこでも楽しい。行き先が冒険者ギルドなんかでも行くまでは楽しいものだ。ギルドに近付くにつれて冒険者の数は増え、視線が更に突き刺さる。気にしても仕方ない。仕方ないのでそのままギルドに入る。すると今日一番の視線が僕に突き刺さった。
「アサギくん、久し振り」
満面の笑顔を浮かべながら青筋を立てるという器用な真似をしたフィオナが仁王立ちでそこに居た。




