第五十七話 答え合わせ
落ち着かない気持ちで僕は宿の前に立っている。ちょっと小奇麗な服を着てしまうのは仕方ないことだ。もうすぐ約束の時間。こんなことなら防具より先に普段着を買っておくんだったと先に立たない後悔をしていた。
あぁ、それにしても落ち着かない。心臓はバクバクと早鐘を打つ。こんなに心拍数上がったのは強盗に遭遇した時以来じゃないか? そう思うと何だかこれから死にに行くみたいだから嫌だな……。馬鹿なことを考えては後頭部を掻き毟って正気に戻ろうとする作業を繰り返して何回目かの時に、背後から声を掛けられた。
「そんなに掻き毟ると禿げるぞ?」
そんないつものような口調にハッとして振り返る。そこに居たのは待ち侘びた人物。ダニエラだ。
「それは、困るな」
「ふふ、私も困る」
それはどういう意味でしょうか……と、改めて彼女を見る。その格好はいつもと違い、僕があの『ゴブリン'sブティック』でプレゼントしたゴスロリ服だ。黒と赤を基調としたデザインは普段の彼女とは印象がガラッと変わる。が、とても可愛らしかった。
「着てくれたんだな、その服」
と、半ば放心しながらポツリと呟いた。ダニエラは自分の姿を見ながら、少し顔を赤くして僕を見る。
「……似合わないか?」
今、この場にカメラが無いことをこれほど悔やんだことはない。初めて日本に帰りたくなった。こんなの、保存出来ないなんて酷すぎる!
「とても似合う! 凄く可愛い!」
「ふふ、そうか。ありがとう」
微笑むダニエラに僕の心臓は破裂しそうになった。脈のAGIがやばい。
「いつまで呆けてるんだ? ほら、防具屋に行くぞ」
そう言って自然な動きで僕の腕を取る。頼りになる冒険者仲間の女子力が高すぎてついて行けず、僕は引っ張られ転びそうになって慌てて歩き出す。その様をしっかり見られて笑われ、釣られて僕も笑った。
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「今日は何だか賑やかだな……」
「そうか? いつも通りだが……」
賑やかなのは僕の脳内だけなようで、ダニエラは落ち着いたものだった。何だか吹っ切れた感もあるが、どういう心境なのだろう。告白の返事は聞いていない。
「腹が減ったな……アサギの所為で朝食を食べてないからな」
「わ、悪かったって……どっか入ろうぜ」
「そうだな。じゃあ……あそこにしよう。私の勘があそこにしろと言っている」
ダニエラが指差した先にはオープンテラスが並んだ喫茶店だ。普段のダニエラなら量重視って店を選ぶ傾向があるが、今日は女子力の方が勝ったらしい。
「じゃああそこにするか。ダニエラは座っててくれ。僕がダニエラが好きそうなのを選んでくる」
「あぁ、じゃあ頼もうかな。期待してるぞ?」
じぃ、と此方を見つめるダニエラに目が合わせられない。恥ずかしくて仕方ない。きっと僕の顔は火よりも赤く燃えているだろう。僕はそれを隠すように店内に入った。
店内は広く、ロータイプの椅子やテーブルが並んでいてゆったりとした時間を過ごせそうな感じだ。一人で来たらきっといつまでもダラダラと過ごしてしまいそうな、そんなお店だ。カウンターにいた女性の店員さんにメニュー表を見せてもらい、サンドイッチがあったのでそれを頼んだ。
店内にいるお客さんを眺めてみる。本を読むお爺さんや編み物をするお婆さん。何かを書いている女性、居眠りする冒険者……って、レックスじゃないか。何してんだ此奴。
「お客様、大丈夫ですか?」
「ん……あぁ、すみません、つい眠ってしま……なんだアサギか。くぁ……あー、いい気分で寝てたのに」
「よう、レックス。いくら静かだからって自由過ぎだろ」
グイっと腕を伸ばして体を解しているレックスを見て苦笑する。確かにこれだけ物静かでゆったりとした空間にいると眠くなってしまうよな。
「どした、珍しいところで会うじゃないか」
「ん、まぁな。ダニエラがここに入りたいってな」
「ほほぉ、なるほどなるほど」
「なんだよ……」
ダニエラが、と言った途端にニヤニヤとムカつく顔をしながら僕を覗き込んでくるレックス。普段なら一発殴りたいが、多分此奴が考えてることは僕が想像している事と同じなので拗ねてしまう。
「やっぱお前ら、デキてたんだな?」
「はぁ、絶対言うと思ったわ。だが残念なことにまだそういう関係じゃあない」
「まだ?」
「……今朝、告白した」
あぁ照れくさい照れくさい。こういう男友達みたいなのは久し振りなので気恥ずかしいったらない。レックスはニヤニヤ顔の色を濃くしながら立ち上がり、僕の肩をバシバシと叩く。
「よう、上手く行ったら報告しろよ。上手く行かなくても、報告しやがれ」
「馬鹿野郎、上手く行かなかったら僕は旅に出る」
「何情けないこと言ってんだ。自信持てよ!」
バッシバシと叩きながらレックスは鞄を持って「寄る所が出来たから行くわ!」と店外へ向かって歩き出した。あの野郎、言いふらしてくる気満々じゃねえか!
僕は舌打ちしながら起こさなきゃ良かったと本日何度目かの後悔をしながら店外へ向かう。テラスでボーっとしているダニエラを見つけて向かいに座る。
「さっきレックスが出ていったぞ。私を見て驚いていたが手を振ってすぐにギルドの方に走っていった」
「はぁぁ……あいつ、言いふらす気なんだろうよ」
「言いふらすって?」
「それは……あー、あれだよ。……僕達のこと?」
「何で疑問形なんだ……」
それはほら、あれだよ。まだ付き合ってもないに『僕達の関係』なんて言えないだろう?
「アサギは言いふらされて困ることでもあるのか?」
「そんなことは無いが……んん、あー……」
「何だ、煮え切らないなぁ」
クスクスと笑うダニエラ。何だか弄られてる気がする。でも煮え切らないのは確かだ。これ以上は僕の心が保たない。
「その、何だ。もうはっきり聞くぞ」
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「教えてくれ、告白の返事。良いか悪いかで言ったらどっちなんだ? もうそろそろ僕の心が保たない」
「1時間ちょっと前のことなのにアサギは精神面弱いなぁ」
そう言われては何も言い返せない。僕自身、本当に豆腐メンタルだと思う。
「この格好を見てそう思った?」
「言ったろ。凄く可愛い」
「ふふ、ありがとう。これはアサギに貰った服だ。君の告白を……いや、説明を聞いてたまらなくこの服が着たくなったんだ。君に包まれたいと感情が理性を打ち破ったんだ」
その言葉を聞いて僕は顔が真っ赤になった。きっと頭から湯気が出てる。
「つまり、良いか悪いかで言ったら……この服を着ている時点で返事はしているつもりなんだがな?」
あの宿の前にいた時から、もう答えは目の前にあったんだな。テーブルの上に乗せていた僕の手を慈しむようにダニエラの手が包み込む。
「まぁ、アサギが言葉にしてほしいと言うのであれば、言わせてもらうが?」
「……あぁ、言ってほしい。聞かせてくれ」
ジッとダニエラの目を見つめる。ダニエラもジッと僕を見つめる。小さな口が開いて、僕の欲している言葉を紡ぐ。
「私も君が好きだ」
世界から音が消えたと錯覚した。ダニエラの言葉以外が耳に入らない。が、それも一瞬のことですぐに雑踏の音が戻ってくる。僕は込み上げてくる気持ちを言葉にして伝えた。
「ありがとう、ダニエラ。ずっと一緒にいよう」
「今更だが私はエルフ、君は人間だ。寿命が違うが本当に良いんだな?」
「あぁ、悪いが僕は先に死ぬ。心に僕を残して生きてくれ」
ジッとお互いに見つめ合いながら気持ちの確認を取る。そして感情が昂ぶった僕達はどちらからともなく顔を寄せて、唇と唇を
「お食事の用意が出来ました!」
目の前を皿が上から下に流れて桃色空間が破壊された。声の主を探して横を見ると先程の店員さんがこめかみをピクピクと痙攣させながらも笑顔という器用なことをしながら見下ろしていた。僕とダニエラは公然の場でしようとしていたことに気付いて顔を真赤にしながら離れて一言、店員さんに告げた。
「い、いただきます」
昨日の更新後、一部アサギの台詞を改編しています。ストーリー展開に影響はありませんが、気持ちの部分で書き換えたかったので変えました。読んで貰えると嬉しいです。




