第五十三話 冒険者の義務
『木の良さを活かしました』なんてコンセプトがありそうな茶色い机のその向こう。大きめの椅子に座るはスピリス冒険者ギルドマスター『ボルドー』。派手な赤髪と着崩したギルドの制服。全体的に人としてサイズがでかい。髪と同じ赤い眉の下の三白眼が僕を射抜くかのように見つめている。言葉遣いは丁寧だが、外見は頗る怖い。
「君がアサギだな。そして隣の君はダニエラ。違うか?」
「いえ、合ってます。アサギ=カミヤシロです」
「ダニエラ=ヴィルシルフだ」
自己紹介しているとギルド員さんが椅子を用意してくれたのでそこに座る。何だか面接されているような感じだな……。ボルドーが僕達が座ったのを確認するとギルド員さんに視線を飛ばす。するとギルド員さんは会釈して部屋から退室した。
「さて……」
ボルドーが立ち上がり、こちら側に歩いてきた。何が始まるんだろうと少し身構えたが、ボルドーはそのまま机の上に座った。
「お前、本当にワイバーン倒したのか!?」
キャラが変わった。いや、いっそ戻ったと言った方がぴったりだ。
「は、はい。レックス達が散々痛めつけた後のワイバーンを一人で」
「今は敬語なんかいらねーって! いやマジすっげぇな! ボロボロだろうがワイバーンはワイバーンだ。そいつをソロで、しかも橄欖石がやっちまうなんて前代未聞ってやつだ!」
机の上で胡座をかいたボルドーは膝を叩きながら絶賛する。あぁ、この人はこういうキャラなんだなって今、追いついた。ダニエラはどうしてるだろうと視線を向けると腕を組んでドヤ顔だった。身内自慢ですかね……。
「今までもそういうことってあったのか? お前の話を聞かせてくれ! これ、ギルドマスター命令な!」
「そんな命令があるのか……」
ダニエラが初めて知ったと頻りに頷く。多分、そんな命令は規則にはないはずだ。ある訳がない。
ま、ギルドマスター命令なら従うしかない。とは言っても全てを語ることなんて出来ないので、「なんか気付いたら丘にいた」ところから、今までのことを話した。ベオウルフの付与のことも伏せる。あんまり話していいことか分からないしな。
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「……ってな感じで、今、ここに至るわけだ」
「なるほど……イイ。実にイイぞ、アサギ。お前はまさに『冒険者』だ」
噛みしめるように言うボルドー。冒険者として褒められているようで少し誇らしくなる。
「しかし一つ、聞き逃していることがあるんだが……」
そう言ってボルドーが寝転んで机の引き出しを開けて、その中から1枚の紙を取り出した。随分とずぼらだなぁ。と、その様子を見ながら話の途中でギルド員さんが持ってきてくれた果実水を飲む。あぁ、話し疲れた喉が癒される。
「お前のこの《森狼の脚》について聞いてないぞ。これベオウルフ関連だろ」
「ぶふぅっ!!」
目の前のステータスの写しに果実水をぶち撒けてしまった。
何でそんなもんあるんだ!? あ、ギルドだからか!! ていうかステータスカードに載るなら隠せないじゃないか!! 僕は馬鹿か!?
「何で隠した? 話し忘れたわけじゃないだろう?」
ボルドーが鋭い目で僕を睨む。言わないとこれは面倒そうだが……思わず隣のダニエラを見る。するとダニエラは優しく微笑みながら頷いた。それだけで僕は理解した。あぁ、此奴はどんな時でも味方でいてくれるのか……と。何だか込み上げてくるものがある。
僕はダニエラに頷き返し、隠した理由をボルドーに告げた。
「魔物からの付与について調べたことがある。詳しいことは分からなかったが、『魔物から付与された』という事自体が問題だと言われたんだ。魔物は排斥すべしという団体に睨まれるとも言われた。不穏分子として僕を始末しようと軍が動くかもしれないとも言われた。有能なスキルではあるが、厄介この上ないスキルでもある。そんなことを冒険者ギルドのマスターに話せるわけがない」
実際に両足に銀と翠の風を纏わせてボルドーに見せる。ボルドーは一瞬、目を見開くがすぐに落ち着き、果実水塗れの紙に視線を戻しながら言う。
「……まぁそうだろうな。確実に揉め事になるわな。お前を不穏分子と言う奴がいれば、お前を自身の戦力に加えようとする奴もいるだろう。その脚なら色々出来そうだしな」
確かにそうだ。戦争に駆り出されるなんてことになったら最悪だ。僕は冒険者であって兵じゃない。
「だがな、お前は冒険者だ。冒険者は自由に生きるのが義務だ。ならお前を拘束して良い理由なんざ、何も無い。分かるか? お前は誰にも縛られない、籠の外の鳥だ。他の誰かの目を気にして生きる必要なんてどこにもないんだよ」
冒険者は自由に生きる、か……なるほど、生きることが冒険か。
「厄介事もまた、冒険ってか?」
「あぁ、いいじゃねーか! まるで物語の主人公だ! 俺ァそういうのが大好きだ!!」
両手を広げて実に楽しそうにボルドーが叫ぶ。確かに、話だけ聞けば僕はまさにファンタジー小説の主人公だな。だが、ここでは現実だ。主人公補正なんてないし、最悪な悲劇なんてのは起きる時には起きるんだ。
「でも追われる生き方に自由なんてあるのか?」
「それも楽しめ。お前は一人じゃないんだ。辛いことがあっても二人なら分かち合えるだろう!」
ダニエラが僕の肩に手を添える。言葉は無いが、どこまでも僕の味方でいてやると、目が語っていた。僕は頷き、感謝の念を送る。それを見ていたボルドーが楽しそうに笑った。
「イイねぇ、実にイイ! よーしギルドマスター権限発動だ! これは古くから伝わるギルドにおいて絶対の権限だ。そして規則だ。これは冒険者は必ず守らなくてはならない!」
ゴクリ、と生唾を飲む。此奴の命令や権限なんて絶対に碌なことじゃない。
「冒険者ギルド規則、『イイ冒険者にはイイ二つ名を』だ! アサギ、冒険者ギルドマスターとして二つ名、『銀翆』を与える!!」
「おぉ、良いじゃないか、アサギ。格好良いぞ」
「二つ名とか最悪じゃねーか! 嫌だー!!」
「何だと!? ギルドマスター命令だ!! 全支部に連絡してやる!!」
「お前やめろ!! 馬鹿野郎、マジでやめろ!!」
「私も二つ名欲しいな……ボルドー、何かないか?」
「ダニエラはそうだな、風得意で白エルフか。『白風』とかどうだ?」
「まんまじゃ『いいな、それ!」』……いいのかよ……」
「よーぅし、んじゃあ『銀翆』と『白風』で連絡しとくぜ!」
「あぁぁぁぁぁ……最悪だぁぁぁ……中二かよぉぉ……」
スピリス冒険者ギルドマスター『ボルドー』。めちゃくちゃやる奴だったが、言ってることはまともだったんじゃないかな……最後ので全部持っていかれたけれど。
自由に生きるのは冒険者の義務、か。考え無しってのは駄目だが、もう少し考え過ぎずに生きてみようかなと思えた。まずは楽しく生きてみよう。折角拾った命なんだ。好きに生きるのも、悪くないな。




