第四十九話 君子危うきに飛び込む
戦いの火蓋が切られた。と、正にその言葉の如き始まり方をした戦闘は冒険者側が順調に攻めていく。危なげのない戦い方は見事の一言に尽きる。無理な攻撃はせず、人数を活かした四方八方から攻めるスタイルで、無難にワイバーンの体力を削り、傷を増やしていく。
まず最初に攻撃したのは翼だった。翼膜に切れ目を入れて飛べないようにする算段だろう。大盾を持ち出した冒険者の一人がタンク役を担い、強力なワイバーンの攻撃を引き受ける。大盾を上手く使い、繰り出される攻撃を往なしていく。ワイバーンは勢いに流されながらも体勢を崩さないように踏ん張るが、そこに隙が生じる。それを見逃す冒険者ではないようで、皆果敢に攻めて行く。ワイバーンの体勢が整えばサッと離れて盾持ちがまた正面からきつい一発を入れてヘイトを稼ぐ形だ。
まさにこれ、現代日本のネットゲームでも使われている戦法だ。見た限りヒーラーがいないのはポーションを使うからか。盾持ちがいるとはいえ、全ての攻撃を一手に引き受けている訳じゃない。振り返りざま、ヘイトが傾いた瞬間に受けた攻撃の後に何度か飲んで空になった容器を捨てているのがここから見える。
品質の良い薬草からは優れたポーションが出来上がる。薬草回収は僕の十八番だ。彼らが使うポーションもまた優れた品質なのだろう。特に大怪我を負った様子は見受けられない。
時々受ける被害も軽微なもので、ワイバーンは暴れに暴れるが冒険者に重傷者は生まれない。やがて翼を傷物にされたワイバーンは空を飛べなくなった。羽ばたく度に切り裂かれた翼膜が揺れる様は痛々しくも思うが、冒険者側から見れば確かな戦果だ。
次に彼らが狙ったのは尾だ。振り回される尾はメイスの如く、重い一撃だ。受ければ一瞬で意識が刈り取られるだろう。大盾で尾の一撃を防ぎながら剣組が根元へ刃を立てる。しかし鱗は強靭な盾だ。なかなか切断出来ず、ジリジリとした時間が流れる。
その時、ワイバーンが大きく息を吸い込む仕草をした。ブレス攻撃だ。思わず僕は低くした身をさらに低く、寝そべるような姿勢にする。冒険者達もブレス攻撃の予備動作は事前に打ち合わせをしていたのか、素早く盾持ちの後ろに隠れる。盾持ちは大盾から飛び出した杭を地面に突き立て、防御の構えをとる。
「グルァァァアアアアアア!!!!」
凄まじい咆哮と共に風のブレスが放射された。草木を切り裂きながら吹き飛ばす高出力の魔力の塊。これ生身で食らったら絶対に死ぬやつだな……。
凄まじい暴風に目を細めないと土が入りそうだ。冒険者を見ると、どうやら耐えているようだ。皆で盾持ちの背を押しているのが薄っすら見える。
やがて魔力の放出も止んだ。砂煙が酷くて良く見えないが、盾持ちの姿は大盾の裏に隠れて見えないが、動かない。どうした? 叩くなら今がチャンスだぞ?
「お、おい!」
傷ついた翼でワイバーンが羽ばたく。それは飛ぶための動作ではなく、砂煙を払う為の動きだった。砂煙が一掃され、状況が漸く把握出来た。
盾持ちの盾は、盾の意味を為していなかった。ブレスの攻撃に耐えられなかった盾には大穴が開いていた。それだけワイバーンのブレスの威力は高かったのか? いや、あの傷を見る限りこのワイバーン、ブレスを一点に圧縮させている気がする。広範囲に薙ぎ払うブレスでは無く、一点を穿つ高密度のブレス。それでも放たれた魔力の波は周辺の砂煙を巻き上げた。それが僕には所謂『竜のブレス』に見えたんだ。
焦る冒険者達の声が聞こえる。何だ、どうした? と、盾持ちがグラリと揺れる。取り落とした盾の向こうの冒険者は盾毎穿たれた鎧の穴から大量の血を流しているのがはっきりと見えた。顔面は蒼白だ。あれは……もう……。
「おい、ダニー! クソ、血が止まらねぇ!」
「担いで下がれ! 急いでポーションぶっかけろ!」
弓持ちの指示で大剣持ちが盾持ちを抱えて後方に下がる。数人がポーションを手に下がるが、人数が減って耐えられるのか……?
しかし僕の疑問に答えてくれる者もなく、大技発動の硬直から解けたワイバーンが再び吠えて戦闘が再開されてしまった。
「クソぉ! やるしかねぇ!」
最初の一撃を入れた剣持ちも吠える。下がった冒険者の残した剣を拾い、二刀流になった冒険者が果敢に挑む。だがそれが崩れるのも時間の問題だ。紙一重で避けながらワイバーンの足を剣で狙う。効いてるようには見えないが、効けばワイバーンはその行動力を大きく削がれる。だがそれは盾持ちが居てこそだ。攻防一体を一人でやるのは無茶だ。周りの冒険者も鋭い剣閃で傷を負わせるがワイバーンは怯まない。やっぱりこれ、拙いんじゃないか……?
「クソクソクソ!! おいお前ら逃げろ!! もう保たん!!」
二刀流の冒険者が叫ぶ。大剣持ちが盾持ちを抱えて走る。血の流れは止まったように見える。しかしワイバーンがそれを許さない。目敏く自分が仕留めた獲物を見つけたワイバーンは目の前の冒険者などまるで眼中に無いかの如く走り出す。本気で拙い。折角塞がった傷もワイバーンに食われては意味がない。どうする。《森狼の脚》なら何とかワイバーンを退けることも……。
「ダニィィィィイ!!!」
その声にハッとする。今、たった今、僕の隠すべきスキルと人の命は天秤に掛けられるのか? 思う所は沢山ある。盾持ち一人かよとかヒーラーいねぇのかよとか後々面倒くさそうだなぁとか。
でも、仕方ない。目の前で死にそうなんだから助けるしか無いじゃないか。
「ぅぅうらあああ!!」
両足に銀と翠の風を纏わせ、空を駆ける。抜いた鋼鉄の剣と短剣を手にワイバーンの頭上に躍り出る。鬨の声を張り上げながら眼下のワイバーンに剣を突き立てた。刺さりはしないが、気を逸らすことは出来る。
「グラアアアアア!!」
そのまま空を踏み、跳ねて奴の眼前、つまり冒険者との間に立ち塞がる。
「なん……え? お前、さっきの……?」
「いいから走れ! 僕だって保たない!」
その声にハッと我に返った冒険者は立ち上がる。
「あんた、死ぬ気か!?」
「んな訳ないだろう! あんたらが逃げたら僕も逃げる!」
「じゃあ後でスピリスで落ち合うぞ!!」
僕は肩越しに冒険者を見て頷く。
「あぁ、後から行く!」
「絶対だぞ! 俺はレックス! あんたは!?」
「アサギだ! 早く行け!!」
僕の声に冒険者は答えること無く走り出す。それを確認することなく僕はワイバーンを見据える。突然現れた僕に混乱していたのか、訝しむように見ていたがやがて獲物に変わりないことに気付いて僕を見据える。お互いに睨み合う。剣を握る手に自然と力が入る。
「いくぞ!!」
「グルァァァアアアアア!!!!」
二度目の戦いの火蓋が切られる。




