表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/403

第四十五話 でもお高いんでしょう?

「お客様は素晴らしい! このAGI2倍付与インナーはまさにお客様の為の装備! さぁ、どうぞ納めてください! あぁいえいえいえいえ、お金なんてとんでもない! あの瞬間を目の当たりに出来ただけで私は幸せです! 果報者です! 歴史的瞬間の目撃者です!」


 なんてご都合展開など勿論あるわけでもなく、さっさと脱いで再び防犯ケースに収まったTシャツを後にして僕達は軽鎧コーナーを歩いていた。店員はちょっと呆けていたが試着室から出てきた僕がTシャツを渡したらハッと我に返り、慌ててケースに戻していた。このTシャツが誰の手に渡るかは分からないが、本当に凄い物だ。願わくば善人の手に渡ってほしいものだ。


 さて、目の前には様々な軽鎧が並んでいる。一般的な革の鎧。魔物の皮を使った鎧や、魔物の毛で編んだ鎧。特殊な魔法を付与した衣類なんてものもある。その中で僕が目をつけたのは魔物の皮で作った鎧と、魔法を付与した衣類だ。


「お客様が選ばれたこれらの商品、普段の値段は高いですが、今の時期は少々値落ちしております」

「ほう、それは何故です?」

「実はこの装備類に使われている素材、竜種なのですが」


 『竜種』という言葉に我関せずと店員が用意した椅子に座っていたダニエラがガタンと音を立てて立ち上がる。


「竜種だと?」

「え、えぇ……小規模なスタンピードが北の町で起こったのですが、それが竜種だったそうで……幼体ばかりだったそうです。その場には運良く勇者と呼ばれる人がいたそうで、全て討伐して素材が市になだれ込んできたのです」

「竜種のスタンピード……」


 ダニエラが複雑な表情で椅子に座り直す。小規模とはいえスタンピードはスタンピードだ。幼体ばかりというのがどうにも気になるところだが、もっと気になる単語が聞こえた。


「勇者ですか?」

「はい。お客様はご存知ないですか? 王都が抱える勇者『ヤスシ=マツモト』を」

「ヤスシ……マツモト……?」


 おいおいおいおい……どう聞いてもそれ、日本人じゃないか!


「アサギと似た雰囲気の名前だな。同郷か?」

「いや……どうだろうな……」


 ちょっと心臓が高鳴り過ぎて何も考えられない。耳の奥でドクンドクンと脈打つ音が聞こえる。この世界に来て初めてだ。初めて日本に関する話を聞いた。


「お客様?」

「あ……あぁ、すみません……そう、安くなってるんですよね。具体的な値段はどうなってますか?」

「そうですね。此方の皮装備はアイスドラゴンの幼体で構成されています。火炎系魔法から身を守り、氷系魔法の威力が増します。お値段は金貨40枚。衣類はウィンドドラゴンの毛で編まれています。風に愛されしウィンドドラゴン生来の力で風魔法の威力が上がり、さらにAGIが上昇します。さらにさらに、付与魔法としてAGI微上昇が付与されています。お値段は金貨60枚になります」


 幼体で、さらに素材が溢れていて、それでもこの値段か……安くなっていると聞いて期待していたが見事に裏切られた感じだ。すぐに出せる値段じゃないのがなんとも歯痒い。


「魅力的な装備ですが、すぐには手が届かない値段ですね……」

「普段はこの8倍はします。今は相場が崩れて価格崩壊が起きていますが、それもいずれは修正されて正規の値段となります」


 実に歯痒い! もっと狩って素材流せよマツモトヤスシ!

 店員のセールストークにどんどん追い詰められていく気分だ。買わなくちゃという強迫観念すら起こりそうだ。しかしこんなことで借金なんてしていられない。ダニエラに借りるのもノーだ。パーティー仲間での金銭の貸し借りは崩壊の入り口だ。


「あー、欲しいんですけれど……諦めましょう。とても手が出ない。その辺に金策が転がっているなら別なんですけれどね」

「そうですか……残念ですが、押し売りは良い商売人がすることではないですからね。多少の値下げでしたら応じることは出来るのですが」


 その言葉に僕の耳がピクリと反応する。


「……ちなみに如何程になります?」

「そうですね。全品合わせて金貨100枚のところ、先程の見事な宣伝の感謝として合計金貨80枚まで値下げしましょう!」


 ふむ……ここは頑張りどころか。この商談、全力で臨まざるを得ない。


「あのデモンストレーションで今度のオークションは大成功間違い無しでしょうねぇ」

「……そうですね。噂が噂を呼んで大盛況になるのはまず間違いないと思いますね」

「そうすると、あの服の出処となるこの『肉球防具店』は大繁盛間違い無しとなるわけですか」

「お陰様で、売上は伸びるでしょうね……」

「……」

「……」


 お互いの沈黙に空気が止まる。ジリ、と汗が背中を伝う。


「60」

「!?」

「60まで下がるなら僕はどんな事をしてでもこの装備を全て買い上げることをここで誓いましょう」

「60は流石に……お客様のお陰なのは分かりますが……」

「60から一歩も引きません。そのうち正規の値段に戻った時はさらに売れ難くなるでしょうね」

「ぐっ……!」

「今のうちなら確約出来ますよ?」

「な…75!」

「いいえ、60です」

「くぅ……! し、しかし此方も商売です! 値落ちしているとはいえ、60じゃあ売れません!」


 だろうな。竜種フル装備を金貨60は赤字も当然だ。なので僕は妥協する振り(・・をする。


「……じゃあ良いでしょう。僕は冒険者です。旅もしています。各地でこの店の宣伝もしましょう。『この素晴らしい装備はスピリスの名店、肉球防具店で買った』と!」

「そ、それは魅力的ですが……!」

「その宣伝効果も踏まえて考えてください。確約していただけるなら65枚までは払いましょう!」

「う、ぐぐ……」


 今現在の収支と、今後の宣伝効果により生まれる収支を必死に頭の中で計算しているのだろう。額に汗を浮かべながら目を瞑って熟考している店員。が、それも長く続くことはなく、カッと目を見開いた店員が僕を見て一言、叫んだ。


「売った!」


 僕は満足げに微笑み、手を差し出す。店員も手を伸ばし、ガッチリと握手。ここに竜種フル装備セット金貨65枚の商談が成立した。いやぁ、良い商談でした。



  □   □   □   □



「で、アサギ。金貨は用意出来るのか?」

「ダニエラ、出来るか出来ないかじゃない。するんだ」


 現在、僕達はギルドを目指して歩いている。商談は成立し、売約済みとして保管してくれることになった。ので、後は僕達で金策をして金を集めるだけだ。


「そうは言うがな……今の持ち金はいくらなんだ?」

「えーっと…………金貨2枚と銀貨が60枚くらい」

「お前……どうするんだ……」


 ダニエラが手で顔を覆って頭を振る。溜息も吐いて呆れに呆れているのがひしひしと伝わる。こ、こんなのどうにかなるさ! ちょっと白熱した感は拭えないが僕だってやる時はやる男だ。約束は必ず守る。装備は手に入れる。あの森で必死こいて乱獲しまくれば一人でも十分稼げるはずだ。オークなんかがまた流れてきてくれればボーナスアップだしな。


「これだけでかい都市なんだ。それにオークの討伐証明も持ってるんだ。どうにかなるさ!」

「どうにかなるといいがな……」


 はぁ、ともう一度溜息をつきながら腕を組んでジト目で僕を見るダニエラ。


「わ、悪かったと思ってるよ……ちょっとヒートアップし過ぎた。反省する」

「まったく……私がいて良かったな。ん?」


 呆れ顔から一転、わざと下から覗くようにダニエラが見つめてくる。


「ど、どういうことだよ」

「アサギ一人なら難儀していただろう。だがここには君一人じゃない。私がいる。分担で稼げば収入は2倍だ」

「!」


 手伝ってくれるっていうのか……! ダニエラにはしばらく休暇にしてもらおうと思ってたんだが……。


「良いのか? 僕の身勝手なのに」

「パーティーなんだ。手伝わせてくれよ」


 クスリと微笑んだダニエラが僕の肩を叩く。良い仲間ってのは、こういうことなんだろうな……。嬉しいことだ。もう迷惑を掛けないようにしよう。よし、そうと決まったらギルドへ急がねば。良いクエストがあるかもしれないからな!


「ありがとう、ダニエラ! 愛してるぞ!」

「ばっ、ばばば、馬鹿なんじゃないのか!? 何言ってるんだ!!」

※相場額の変更を行いました。4倍→8倍

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ