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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第四十四話 上社朝霧の消失

 さてさてさて、ダニエラの服は決まったが僕の服が決まっていない。コンビニの制服から異世界ファッションデビューを果たさないとギルドへ行けない。いや別に行ってもいいのだけれど。

 『ゴブリン'sブティック』の前でガイドブックを開く。此奴さえあればどうにかなると信じてページを捲っていると、男性向けの服屋がこの近くにあることが判明した。しかも防具屋と提携しているらしく、決めた防具に合わせてインナーやアウターなんかを決められるらしい。それなりにお値段は高くなってしまうらしいが、防具も新調する予定だったので、これはまさに渡りに船だった。


「ということでどうだろう、この店なんだが」

「ふむ、さっきの店のような威嚇的な店構えでもないし、良いんじゃないか?」


 と、『ゴブリン'sブティック』からもうメインストリートに出てから反対の路地へ入って最初の角を曲がったここ、『肉球防具店』の店前でまずは外観をチェック。ここはメインストリートの真裏で、表では『肉球服飾店』の看板を掲げている。服が欲しい人はメインストリートから、防具が欲しい人は裏路地から、という形だ。荒くれ冒険者は服屋に入るのが恥ずかしいようだ。

 店名の『肉球』がどうにも気になるが、まぁとりあえず中に入ろう。


「すみませーん、防具見たいんですけれど」

「いらっしゃいませー! 肉球防具店へようこそ!」


 店の前のカウンターにいた人に声を掛けると元気な声が返ってくる。ふむ、対応は良し。と、深夜アルバイターは店員目線で品定めする。


「そちらの男性のお客様の防具でよろしいでしょうか?」

「はい、新調したいのでおすすめとかあれば」

「そうですねー……お客様は軽鎧を装備してらっしゃいますので、そちらで探してみましょう!」


 促され、店内を進む。軽鎧コーナーにはそれはまぁ色んな鎧が置いてある。その中で一着のTシャツが目に入る。ガラスのケースに入ったそれは『そう見てもただのシャツじゃね?」なんて商品だ。だがそのケースの前に掛けられた値段には目が飛び出るような値段が付いている。0の数が他のものより3つは多い。


「あぁ、この商品はですね、付与魔法が掛けられているのですよ。AGI2倍。AGI上昇の重ね掛けに成功した世界にたった一つしかない装備なのですよ、これは」


 とんでもないシャツだった。えぇ……そんな貴重な物をこんな場所に置いていて良いのか?


「ふふ、今週末に行われるオークションに出品されるんですよ。流石に高価過ぎて、言い方は悪いですが売れ残りなのですよ。それに警備と監視はばっちりですよ。そういった魔法がこのケースに掛けられてますから」

「なるほどなぁ……世の中には色んな装備があるんですね」

「世界は広いですからねぇ」


 二人して高価なTシャツを眺める。これ着れたら僕のAGIが天元突破しちゃうな。


「お客様」

「はい?」


 不意に掛けられた声に視線を店員に定める。ニヤリとした笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。


「試着、してみます?」

「何を馬鹿な……逃げられたら捕まりませんよ?」

「その点はご安心ください! 監視、追尾、遠隔操作。その他様々な防犯・防衛魔法がシャツ本体にも掛けられているのでどこへ逃げても装備者は半殺しでシャツだけ回収することが可能です!」

「そんな物騒なもん着たくねぇよ!」


 思わず素で突っ込んでしまったがきっと許してくれるはずだ。こんなもん手軽に着られるアイアンメイデンじゃねーか。ひょっとして馬鹿野郎なのか?


「私も別に誰も彼も無差別に選んでいる訳ではないですよ? お客様は誠実な人間だと私は見抜きましたので」

「んな適当な……」

「いえいえ、適当ではないのですよ。私、そういうスキル持ちなので」


 そう言ってパチリとウインクする店員。男のウインクなんて何の有り難みもないが、そういうスキルがあるのならまぁ、理に適ってはいるのか? 本当はどうかは分からんが。


「ダニエラ、どうする?」

「うん? アサギの装備になるかもしれないんだから着てみたらいいじゃないか」

「ならねぇよ高ぇよ……」


 だがまぁ、相方がそう言ってるんだし、着てみてもいいか……防犯・防衛魔法がめちゃくちゃ怖いが、これも経験だ!


「よし、着ましょう」

「流石お客様! ではステータスカードをお預かりしますね」


 ちゃっかり唯一の身分証明書を担保にしてきやがった。何だかんだ言って抜け目ないな、この人。




 ということで試着室で件のシャツを着てみた。ふむ……着た感じは普通の肌触りの良いTシャツだな。綿100%って感じだ。その上から制服、皮鎧を装備して試着室から出た。


「ではお客様、通りの方へどうぞ」


 と、店員に付いて外に出る。防具屋側だ。おやつ時の裏路地は少し人通りが少ない。これならぶつかることもなさそうだ。


「AGI上昇の魔法を発動させるには少々の魔力を流していただければそれだけで発動します。少し人払いをしますのでそのままお待ち下さい」


 そう言うと店員が辺りの人間に試着の効果を告げて通りの端に寄るよう声を掛ける。周りの人間は目の色を変えて僕を見る。どうやらこのデモンストレーションは恒例行事のようで、宣伝効果もあるようだ。人が人を呼び、逆に増えてズラッと横に並ぶ。路地裏の店の2階から顔を出す人達もいる。何だか恥ずかしい。


「ふぅ、ではどうぞ! ここから真っ直ぐ走ってください!」


 人払いという名の宣伝を終えた店員が戻ってきたのでダニエラに声を掛ける。


「多分、とんでもないことになるからフォロー頼む」

「任せろ」


 一言で済ませるダニエラがえらく頼もしく見えた。よし、安心して効果を試せるぞ。


「じゃあ行きまーす」


 片手をヒラヒラと振って周りに宣言して大地を踏み込み、走り出すとともに魔力を流す。


 途端に景色が消えた。一瞬で観客の列の端まで来てしまった。やっぱ2倍はチートだよなぁ。通りの人はまだ防具屋の方を見ている。僕の側の人はいきなり現れた人間に目を白黒させている。

 と、遅れて突風が裏路地を吹き荒れた。振り返った僕をも巻き込んで風が駆け抜けてゆく。色んな物が風に飛ばされていき、所々で悲鳴が聞こえた。それも長くは続かず、すぐに裏路地は凪いだ状態に戻る。そして何事かと辺りを見回していた人が僕に気付いたようで指を差して『おい、あそこ!』と叫ぶ。すると防具屋付近の人達も気付いたようでこっちを見た。愛想笑いを返して軽く走って店前へと戻った。


「いやぁすみませんね。思ったより速くてビックリしました」

「いや……ビックリしたのはこっちなのですが……」


 風に吹かれてボサボサになった髪の間から呆然とした表情を覗かせていた店員がポツリと溢す。


「アサギ、皆、呆然としてるぞ」


 クツクツと笑うダニエラ。僕の素のAGIの高さを知っているからこそ彼女は笑う。その声に我に返った観客はざわめき、そして歓声へと繋がった。


「うおおおお! すげぇえ!!」

「おいお前、あいつが消えた瞬間見えたか!?」

「やべぇ、初めて人が消えるのを見たぞ……」

「あの突風ってまさかあいつが原因か? ありえねぇだろ!」

「やばいもん見たなぁおい!」

「かっけーぞぉ!!」


 様々な声が降り掛かる。拍手やら口笛やら、まるでお祭りだ。変に目立つのは苦手だが、唯一自慢のAGIで目立つならちょっと愉悦感ある。ヒラヒラと手を振って愛想笑いを振りまいてやるとボリュームが1割増しになった。

 とりあえず店に戻って今すぐにでも着替えたい。多分、防犯・防衛魔法の発動キーである魔道具を握って呆然としている店員がいつ誤爆するか不安で不安で仕方ないからな。

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