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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第四十三話 名状しがたい何かのような

 さて、僕は今現在、何だか荒っぽいおっさんに絡まれている。服屋に行こうと通りの角を曲がるまでは良かった。お上りさんである僕は『銀の空亭』で入手したガイドブックとにらめっこしながら道を進んでいた。時折顔を上げて周りを確認していたが、曲がることに必死で前方不注意だった。全て僕の自業自得だった。


「……という訳なんですよ。本当にごめんなさい」

「なんだにーちゃん、この町初めてなのかよ! だったら言えよなぁ、おい!」


 豪快に笑った彼は僕の肩をバッシバッシ叩く。叩かれる度に身長が縮む思いで耐えながらペコペコと頭を下げる。

 荒っぽいおっさんは僕がどこに行くのか聞いてきたので服屋の名前を告げると店先まで案内してくれた。なんだこの人、普通に良い人じゃないか。またぞろテンプレかと思ったがそれは大きな大きな間違いだった。やはり主人公補正など無いに等しい世界だ。


「よぉ、俺ァ『ピンゾロ』ってんだ。このスピリスで冒険者をやってる。にーちゃんとそこのねーちゃんも見たところ冒険者だよな? 何かあったら声掛けてくれや!」

「わざわざありがとうございました。僕はアサギ。こっちはダニエラ。また何かあったらよろしくお願いします」

「おいおいおい、冒険者同士でそんな畏まった言い方はやめてくれ! 鳥肌が立っちまうぜ!」


 わざとらしく腕を擦るピンゾロを見て思わず吹き出した。それもそうだな。なんたって僕達は泣く子も黙る荒くれ冒険者だ。


「わかった。ありがとな、ピンゾロ」

「おう! じゃあまたな、アサギ、ダニエラ!」


 ピンゾロは手を振りながら通りに戻っていった。いやぁ、一時はどうなることかと思ったが特に何もなくて本当に良かった。しかし『ピンゾロ』ねぇ……賭博とかすごい強そう。

 ピンゾロが去り、打って変わって通りは静かになる。僕はふと後ろで先程から深夜の駅前くらい静かにしているダニエラに振り返る。


「なぁ、ダニエラ」

「ん? なんだ、アサギ」


 僕はずっと気になっていたことを聞く。本当にずっと気になっていたがなかなか聞くタイミングが掴めなくて聞けなかったことだ。


「僕が初対面の人と話してる時さ、静かだよな」

「うぐっ……」


 漸く聞けた。聞けただけで何だか達成感がある。

 ダニエラはこういう時、ずっと静かだ。気配を消しているともいう。ダニエラはまるで喉に何かを詰めたような苦しげな顔をした。


「その……えーっとだな……」

「うん」

「なんというか、あー……得意では、ないんだ。あの、話すのが」

「僕とは普通に話してたじゃないか」

「き、きっかけさえあれば余裕なんだ! 話題さえあれば!」

「そ、そうなんだ…」


 ブンブンと腕を振りながら『誤解だぞ!』と目で訴えかけてくる。だが誤解でもなんでもない。ダニエラ先輩はコミュニケーション能力に問題を抱えてる系女子だった。


「その、アサギと一緒に居るまでは殆ど特定の人間と一緒に居ることもなかったし、必要最低限の会話で十分だったからな……こう、距離感? のようなものを掴むまで少し時間が掛かるんだ」


 少し俯き気味に、時々チラチラと僕を見ながらまるで怒られた子供のように話すダニエラになるほどなーと相槌を打つ。長く生きている人は何事も経験豊富と思う僕ではあるが、生き方次第では突出した経験や逆に経験が浅いこともあるのか。一つ賢くなったぞ。アサギはレベルが上がった。


「まぁ僕と普通に会話してくれるなら何も問題ないな。さっさと服屋行こうぜ」

「あ、アサギ? 私は経験値を積む努力を惜しむつもりはないぞ?」


 僕の袖をクイクイ引っ張りながら言うダニエラに適当に相槌しながら服屋へ入る。

 店名は『ゴブリン'sブティック』。店名どうにかならんのか。あいつ等が着てるのボロ布だぞ。と思ったがガイドブックによれば評判は良いらしい。若向けの服屋としてはこのスピリスで上位に入る人気らしい。


 店内は少し暗めだ。入り口付近はまるで店の前の人間を威嚇するかのようなどこかゴシックな装飾が並んでいる。そこを過ぎればすぐに服が並ぶコーナーに辿り着く。ふむ、なかなか素敵な服が並んでいる。現代日本でも通用するレベルだ。ただし、原宿とかそっち方面で。

 まさにこの店の服はゴシックやパンクといった若者の名状しがたい何かを形にしたような服ばかりだった。僕には合わない。若者じゃないし、そもそも僕はこう見えて大人しい人格だからな……。


「ダニエラ、僕にはちょっと合わな……ダニエラ?」

「えっ!? あ、何だアサギ!」


 ダニエラが手に取っていたゴシックロリータな服を慌てて棚に戻す。お陰で服はグシャグシャだ。


「ほほう、ダニエラ先生はそういう服が好みと……」

「ば、馬鹿! この私がこんなヒラヒラした可愛い服を着る訳がないだろう!」


 可愛い服とか言ってるしチラチラと目が服にいってるし説得力は欠片もない。


「お客さんさぁ、店内で騒ぐのやめてくんない?」


 あまりに騒がしかったのか、奥からのっそりと現れた店員が面倒くさそうにため息混じりに言う。その姿はパンク・ロック! といった感じで髪はピンクで耳と鼻がチェーンで繋がっている系女子だ。割と好みでもある。その髪は地毛なのかな?


「すみません、連れがその服を気に入ったみたいで」

「アサギ!?」

「へぇ、そういうの好きなんだ。良いんじゃない? 安くしとくよ」

「ではそれを一着ください」

「アサギ!!」

「まいどー」




 トントン拍子に話は進んで今現在、僕は店の外で顔を真っ赤にしたダニエラに締め上げられている。


「アサギぃ……お前は、お前ってやつは……!!」

「ぐるじぃ……たすけて……たすけて……」

「ふん!」


 ブン、と地面に向かってぶん投げられる。慌てて受け身を取る僕は普段の鍛錬に感謝する。危うく明日までおねんねするところだったぜ。


「ふぅ……店に入ってあんなに騒ぎ立てて何も買わずに出るのは失礼だろう? 僕には合わない感じだったから已むを得ずその服を買っただけじゃないか」

「已むを得ず……?」

「そう、已むを得ず、だ。買うしかなかった」

「買うしかなかったのか……」

「そうなんだ。だから貰ってやってくれよ」


 そう言うとダニエラが渋々といった感じで服の入った袋をギュッと抱える。そして僕をキッと睨む。


「し、仕方ないから貰ってやる!」

「そうそう、貰ってやってくれ。そうした方が服も喜ぶ。着てくれるともっと喜ぶぞ?」

「そ、それは……追々な」


 赤い顔を背けながらボソッと呟く。まぁなんだ、日頃の感謝とかそういうのも含まれてるのだが言わなくてもいいことか。と、ダニエラの緩んだ口元を見ながらそう思った。

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