第四十一話 平原都市
「よーしよしよしよしぃ……」
門からほど近い防壁の裏でフィオナがハーフユニコーン『ポシュル』くんを愛でていると戦闘が終わったのか、衛兵隊が戻ってきた。そのうちの一人が僕達のことを見つけて槍を持ち上げる。周りの兵に何らかの指示を出してから駆け寄ってきた。手にした槍から、先程の先頭の兵だと気付いた。
「いやぁ、大変でしたな!」
「どうも、助かりました」
差し出される手に手を伸ばすとガッチリ握手される。ちょっと痛い。
「あのワイバーンを墜とした一撃は素晴らしいものでした! ちらっと見えましたが魔法での攻撃に見えましたが?」
言っていいものなのか一瞬考えたが、《森狼の脚》がバレるよりは良い。バレてないよな?
「氷魔法ですね。左目に叩き込んでやりました」
「なんと! 狙いにくい場所にまっすぐ当てるとは……確かに顔の傷は酷かった。あの一撃なくしては我々もワイバーン討伐など出来なかったでしょう。あなたはこの平原都市の英雄と言っても過言ではないですな!」
「いやいや、過言ですよ。僕はしがない冒険者ですから」
やばいやばい。どんどん持ち上げられる。
「そうですかな? あの一撃は並大抵の冒険者には出来ますまい」
「たまたまですよ。僕も逃げるのに必死でしたので」
「まぁ、そう仰られるのであれば……」
渋々と言った感じだがどうにか落ち着いてもらえた。危うく平原都市を救ったヒーロー扱いされるところだった。僕みたいな深夜アルバイター兼冒険者には荷が重いってもんだ。
「あぁ、失礼しました! 私、この平原都市西地区防衛を預からせてもらっています。名を『ハロルド』と申します。以後、お見知りおきを」
「これは丁寧にどうも。隊長殿でしたか。僕はアサギと言います。よろしくお願いします」
今度は此方から伸ばした手をハロルドがガッチリ握った。やっぱり痛い。
「そちらのお嬢さん方もお疲れでしょう! ここはどうでしょう、都市一番の宿をご案内させていただいても?」
「あー、金銭的にそれほど裕福でもないので普通の宿でお願いします」
「はっはっは! いやぁ、英雄殿を最高の宿にと思ったのですがこれは失礼しました!」
頼むから英雄はやめてくれ……。
僕達はハロルド直々の案内で普通ランクの宿に案内してもらった。道だけ教えてもらえればと言ったのだが頑として譲ってくれなかった。衛兵隊長、熱い漢である。
「では私はここで。何かあったら詰め所までどうぞ! 私の名前を出して頂ければすぐに案内させるよう伝えておきますので!」
「何から何まで親切にありがとうございました。では、また」
ハロルドが伸ばした手を最後は負けん! とガッチリ握った。ハロルドがニヤリと笑うと握る力が増した。痛い。衛兵隊長、負けず嫌いである。
僕はハロルドが通りに消えていくのを見送ってから二人に振り返る。
「さて、どうする? 案内してもらったしこの宿にしばらくお世話になろうと思うけれど」
問いかけるとすっかり調子を戻したダニエラがうむ、と頷く。
「見た感じ、フィラルドの宿と同じ水準に思う。私はここで賛成だ。あのハロルドという男、なかなか良い場所を教えてくれたな」
建物を見上げながらダニエラが言う。確かに、冒険者にはちょうど良い感じだ。豪華過ぎるわけでもなく、でも汚いわけでもない。実にちょうど良いレベルの宿だ。
「あたしはギルドに顔出さないと。アサギくん達とお泊りしたいけれど、ギルド員の宿舎があるから別々かなー」
「そうですか。ではまた」
「え、なんか他人行儀過ぎない? さっきはフィオナって呼んでくれたのに!」
「緊急事態でしたから。じゃあこれで」
荷物を持って宿に入ろうとしたら後ろからがっしり捕まえられた。視線を落とすとがっしり腹に腕が回り込んでいる。
「ワイバーンから逃げた仲間でしょー! 気安く呼んでよ!」
「これからはギルド員と冒険者の仲でしょう? 気安いですよ」
ズリズリと引き摺りながら前へ進む。
「うぐぐ……仲間はずれは嫌だよぅ……」
「はぁ……離してくれませんかね」
「いーやーだーー」
助けてくれと視線でダニエラに訴えかける。ダニエラがそれに気付くとため息混じりに頷く。持つべきものは仲間だね!
「アサギ、これだけ仲良くなろうとしてる相手を無下にするのか?
「えっ!?」
フィオナの仲間かよ!
「そうだよアサギくん! 仲良くしようよ!」
「アサギ」
ダニエラがジッと見てくる。視線を落として脇腹越しにフィオナを見るとちょっと涙目で見つめてくる。はぁ、もう、そんな目で仲良くしようと言われたら断れないじゃないか……。
「分かった、分かりました! 僕が悪かった! 離してくれ!」
「仲良くしてくれる?」
「するする! 仲良くするから離してくれ!」
そう言うとフィオナが僕を解放する。ガシガシと頭を掻く僕の前に回り込んで嬉しそうに笑った。その笑顔だけみればなるほど、ギルド内での人気の高さも頷ける。ちょっと小柄なのも庇護欲を掻き立てるといえば掻き立てる。荒くれ冒険者にはオアシス的存在だろう。僕は荒くないのでオアシス的存在にはならないが。まぁ、仲良くするくらいならいいか……他の冒険者に妬まれ、絡まれる要因だと思って壁を作っていたが、もし絡まれたら逃げりゃいいか。
「ありがとね、アサギくん! それにダニエラさんも!」
「あぁ、アサギはこういうところが頑固だからな。いざという時は私を頼ると良い」
ダニエラ先生は僕の味方だと思ってたんですがねぇ……。
「じゃあそろそろギルドに行くね! アサギくん達も来るんでしょ?」
「あぁ、荷物を置いたら顔出すよ。クエストとか見たいし」
「りょーかい! じゃあ待ってるね!」
そう言うとポシュルの手綱を握って通りに消えていった。ふぅ……漸く宿に入れるな。
「入るか……」
「ふふ、疲れた顔をしているぞ?」
「疲れた顔にしてるんだよ……」
木製の扉を押し開けて宿へ入る。中は少し薄暗い。間接照明か? オシャレな宿だな……ね、値段の方は大丈夫だろうか。
「すみません」
「はい、如何致しましたか?」
カウンターに控えていた初老の男性に声を掛ける。シルバーの綺麗か髪色は白髪交じりの銀髪といった感じだろうか。すらっと背筋の伸びた姿勢が老練な執事を思わせる。
「僕と彼女でしばらくお世話になりたいのですが」
「宿泊ですね、畏まりました。日時はどうされましょう?」
「一先ずは一週間で。良かったらその後は延長します」
そう言うと老紳士が日時を書き込んでいく。
「ではお客様のお眼鏡に適うよう努めさせていただきましょう」
ダンディな笑みを浮かべて彼は言う。僕はもうそれだけでずっとここで良いんじゃないかと思ってしまう。格好良すぎる。こんな風に年取りたいなぁ。
「私、この宿を経営しています。『ヨシュア=グラスフィン』と言います。お名前を伺っても?」
「僕はアサギ=カミヤシロです」
「私はダニエラ=ヴィルシルフだ。よろしく頼む」
「ありがとうございます」
名前を聞くとそれも書き込む。必要事項を書き終えたヨシュアさんはこちらに向き直って礼をした。
「では改めましてアサギ様、ダニエラ様。当宿、『銀の空亭』へようこそ。誠心誠意、務めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」




