最終話 主人公
乾杯の音頭から始まった盛大な祝勝会は、夜を明かしてもまだまだ続いた。僕達が始めた会は周辺の人間やお店を巻き込んで伝播していき、お祭り騒ぎとなった。
「いやー戦った戦った!」
「レア物の骨董品をバッキバキ壊すのは逆に気持ち良かったな!」
豪快に笑うのはガルドとネスだ。前半は泣きながら戦っていたネスも途中から開き直ってストレス発散になったようで、今では気にしていないようだ。
「コアだけでも結構な値段になったかもしれないけれど、敵側の魔力が入ってるから奪うに奪えなかったよな」
「当たり前だろ……自爆されたら死ぬんだぞ?」
「はっはっは」
まぁ、今なら状況が違うかも……と言うとネスの目が座った。
「いやいやいや! やめとけよ?」
「やーんねぇって! 軍に追い掛け回されるわ!」
酔いが回ってきたのか、ゲラゲラと笑う。心配だが、まぁ大丈夫だろう……大丈夫かな?
ガルドの方を見るとダニエラと肉を取り合っていた。何してるんだ……。
「仲良く食べなよ……」
「アサギ、此奴は戦いだ」
「そうだぞ! モグモグ……ダニエラには前にたらふく食われたからな。此処で取り戻す!」
あー……レプラントの『蟻塚亭』か。懐かしいな……あの時もダニエラはめちゃくちゃ食ってたな。
僕が思い出に耽っている間もダニエラとガルドは争うように……ていうか争いながら食べていた。
こうして二人が争う中、僕や松本君、店長、レモン、レイチェルはゆっくり食べている。平和そのものだ。これからの世界もこういう平和な世界になるといいね。
「先輩、焼けましたよ」
「ありがとう、松本君」
焼けた肉を取り皿に入れてくれる良い後輩だね……。同じようなことを店長とレモンもしているが、あっちは何かお互いに食べさせあっていた。仲良いね……。
「泰史、肉」
「あっ、はい!」
ちょっと不機嫌そうなレイチェルが皿を突き出すとちょうどいい肉を松本君が選んで入れていた。暴虐師匠だな。
「機嫌悪そうだなぁ。さっきの会議?」
「……まぁな」
レイチェルが不機嫌な理由は先程の会議の結末だ。僕達がフィレンツェの指輪を交渉材料にする話、実はレイチェルはずっと反対していた。理由としては相手に神由来の物を渡せば、将来的に武器になり兼ねないという事からだった。
「アレには神気が含まれてるからの……やろうと思えば勇者の生産も可能じゃ」
「あー……確かに」
「その辺は女神様に選出してもらうとか出来ないですかね?」
「それってお告げみたいな?」
「ふむ……先手を打ってもらえるなら火種は消せるかもね」
祝勝会とは思えない会話だが、まぁ大事だ。そんな話で少し盛り上がる隣ではダニエラとガルドが肉を掻き込み、ネスは気持ち良さそうに酔い潰れている。まったくもってカオスな空間だ。
でもそれが楽しいんだ、僕は。こうして一緒に皆で楽しく騒いだり話せるのがとても嬉しい。こういう光景が見られたのも、頑張って戦ってきた証だ。頑張って良かったと、心から思える。
そんな空間に、唐突に、爆弾が投げ込まれた。
「ところでアサギとダニエラは神様と戦ったんだろう? どっちが強かったんだ?」
「勿論、僕だ」
「あぁ、私だ」
「はぁ?」
「あ?」
…………。
□ □ □ □
「行くぞダニエラ!」
「来い!」
ガキィン! と鈍い金属音が弾け、そして連続で響く。
「ハァッ!」
ダニエラの放つ風の矢を薙いだ藍色の大剣の剣風で吹き飛ばす。お返しに水刃化させた大剣を媒体に発動させた水の矢を放つ。ダニエラはそれを死生樹の剣で全て叩き切った。
「やるじゃないか」
「僕だって日々成長してるんだよ!」
ガルドが持ち出した話題は何処までも平行線だった。こうして神狼となり、オリジン・エルフとなったが、まぁ、灰寺に致命傷を与えたのは主に僕だ。つまり僕の方が強い。
帝剣武闘会ではダニエラに負けてしまったが、そんな大昔の話は忘れた。そう言うとダニエラはやけに噛みついてくるので、『じゃあどっちが強いか勝負しようじゃないか』という事になったのだ。
僕とダニエラがソル・ソレイユの外に出て行くのを、祝勝会メンバーが追従する。心配半分、面白半分といった顔だ。そしてその後ろを遠巻きに見ていた一般人達がついてきた。
そんな衆人環視の中、始まった力比べは賭けの対象となり、多くの金銭が飛び交った。
「今の僕ならこんなことだって出来るんだからな……!」
氷の魔力を剣状に生成。溢れんばかりの魔力を圧縮し、更に圧縮。『氷凍零剣』3本分の魔力を片手剣のサイズに抑え込んだ新魔法は『絶零剣』。剣が放つ冷気だけで周囲の水分が凍っていく。
「ふん、青いな」
そんな無敵の魔法剣に向かってダニエラが手を伸ばす。すると手の中の剣が砕けるように霧散した。
「対消滅……!?」
「私の魔力は無限に等しい。お前の魔法はもう効かんぞ」
「くっ……オリジン・エルフ風情がぁ……!!」
焦りと酔いが僕を襲い、段々口調が悪役染みてきた。魔法が駄目なら純粋な技量で勝負だ。両足に白銀の風を纏い、突っ込む。単調な突進は、当然ダニエラに避けられるがそんなものは予想の範囲内だ。むしろ避けさせたと言っても過言ではない。
一気に反転、抜き放った鎧の魔剣を振り下ろす。
「ッラァ!」
「フェイントすらも単調だ。どうした、そんなものか?」
しかしそれも阻まれる。防がれた剣を押し返すように踏み込むが、その瞬間、剣先をずらされ、無様に地面に転がった。
「うっ……!」
「勝負ありだな」
反撃をと上げた顔の前に剣先を向けられる。完全に僕の負けだった。
その瞬間、周囲からは歓声と溜息に包まれた。前者はダニエラに賭けていた連中、後者は僕に賭けていた方々だった。
そして金銭のやり取りが行われる中、漸く騒ぎを聞きつけた兵士達がやってきて賭場は蹴散らされることになった。騒ぎの原因である僕とダニエラは軍施設で一晩、反省させられることになった。人形戦争を終結させた英雄なのに、『それはそれ、これはこれです』の一言で連行された。おかしくないですか???
□ □ □ □
「しかしまぁ……なんていうか、アレだな」
声を出してみたはいいが、何も考えずに話し始めたので会話が続かない。そんな僕をジト目で見るダニエラは窓から射し込んだ月明かりに照らされている。
「アレってなんだ?」
「あー……僕達、頑張ったよな」
「はぁ?」
小学生みたいな会話術の所為でダニエラがどんどん呆れていく。
「……まぁそうだな。頑張った方だと思う」
「だよなぁ……お互い、行きつくところまで来ちゃった感じだもんな……」
エルフを辞めて、人間を辞めて。いよいよ僕は死ぬまでの人生をこの異世界で暮らす事になった。
「……」
「……」
一つしかない椅子に座り、傍のテーブルに肘をついて何を見るともなく、ボーっとするダニエラ。
僕は地べたに座り、壁に背を預けている。ひんやりとした床と壁が火照った体を冷ましてくれる。
お互いの間に会話はない。ついさっきまでは無理矢理捻りだしたような言葉で会話を続けようとしたのが馬鹿らしくなるくらい、落ち着いた空間が其処にはあった。そんな静けさが心地良く、自然に今までの事を振り返っていた。
灰寺に刺され、異世界に飛ばされた。右も左も分からないまま歩き、ゴブリンを殺した。それからフォレストウルフに追われ、行きついた町でダニエラに出会った。
大変だったなぁ……。黒兎なんて馬鹿にされてさ……折角の異世界転移なのにスキルは《器用貧乏》だし。
でもダニエラに出会えたのは本当に良かった。この出会いがなかったら今も僕はフィラルドで苛められながら燻ってただろうな。
そしてベオウルフに出会い、《森狼の脚》を教えてもらって……。このスキルには何度も命を救ってもらった。
それからダニエラと旅をした。山を越えて、森を抜けて、草原を歩いた。色んな町に行って、色んな人に出会った。そして出会った分だけ別れて、その分だけの思い出を抱えて、僕達は此処までやってきた。
「なぁ、ダニエラ」
「なんだ、アサギ」
「ずっと考えてたんだ。僕は……つまらない人生を歩んできた。自分でも嫌になるくらい、面白くも楽しくもない人生だ。そして突然知らない場所に放り込まれて……それからは、まぁ、僕なりに頑張ってきたんだ」
「あぁ、ずっと傍で見てきたから知ってる」
「うん……そうして走り続けて、此処までやってきて……」
言葉にすれば陳腐ではあるけれど。
「僕さ……主人公になれたかな」
いつも僕は脇役だった。主人公補正なんてない人生だった。けれど、それでも僕なりに足掻いて生きてきた。漸く出来た打倒ノヴァという目標を達成して……僕は、自分の人生の主人公になれただろうか?
「アサギ、お前は何時だって、主人公だったよ」
「そっか……其奴は、良かった」
ボーっと虚空を眺めたまま呟くダニエラの言葉がスッと胸に響く。そっか……あぁ、報われたな。僕は此処に来る為に生きてきたんだな。
「じゃあ、ダニエラがヒロインだな」
「馬鹿言え。私は私の人生の主人公だ。いくらアサギだからって私の人生をお前の為に使うつもりはない」
「それって結構傷つくんだが……」
「それを癒すには主人公レベルの補正が必要だぞ?」
なるほど……一理ある。
「そうだな……ダブル主人公ってのも割と良いな」
「だろう?」
フッと笑うダニエラに釣られてクスリと笑う。あぁ、ダニエラも主人公だと心強い。
これからもっともっと忙しい日々が始まる。ノヴァは消滅して、向こうから拉致される人間は居なくなったけれど、これから100年後、灰寺は再びこの世界を破壊しに来るだろう。
その為の準備や修業もしなきゃいけない。100年なんてきっとあっという間だ。
ならば、こうして座ってる暇なんてないな!
「よし、じゃあそろそろ行くか」
「行くって、何処に?」
「此処じゃない何処かだよ!」
もしかしたら怒られるかもしれないけれど、まぁ、またレイチェルに丸投げしてしまおう。反省はもう十分だ。この気持ちを抑える事が出来ない。
パチン! と指を鳴らせば空間は裂け、僕の『玄関空間』に繋がる。見える景色は少し広い駐車場。その奥に見えるのは見慣れた……懐かしきバイト先だ。
「ほら、立って!」
「こ、こら、引っ張るな!」
ポカンと口を開けてるダニエラの手を引いて立ち上がらせる。ダニエラに引っ張ってもらって始まった旅は終わり、新たな旅が始まる。
今度は僕が、ダニエラの手を引いて。
□ □ □ □ □ □ □ □
おわり
約3年もの間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
『器用貧乏』は一先ず完結となります。ですがアサギ達の旅はまだまだ終わりません。
二人の旅は拙作『追放一歩手前なのに追放されない。それどころか好かれてる。』に続きます。
そちらもどうか読んでいただけると幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。




