第四百二話 戦後処理
という訳で戦場を引き上げて王都ソル・ソレイユまで戻ってきた。ヤマトさんやベオウルフ達とは一旦お別れだ。戦場では一緒に戦った仲ではあるが、いきなり街中までは流石に案内出来ない。帰り道はレイチェルではなく、僕が開いてあげた。僕くらいになれば朝飯前だ。
「ほなまたな」
「うん、元気で」
「……うちらも長命種や。何か困った事があったらいつでも頼ってや」
別れ際、ユウナギが耳元で言ってくれた言葉は本当に嬉しかった。僕が異世界から来ているという事情を知るヤマトさんとユウナギ、そして同じ狼族のベオウルフには僕がこうなってしまった事を伝えておいた。3人とも何とも言えない表情をしていたが、ベオウルフは長い溜息を吐いて、そしてニヤリと笑った。
「人間はすぐに死ぬ。戦友が長く生きられるのであれば、それに越したことはない」
それだけ言って、彼は眷属を率いて北の方角へと帰っていった。
残った僕達と鬼族は固い握手を交わし、次元魔法で空間を裂き、孤島の地下、鬼達の住む町『ヤクシャ・シュタット』まで送り届けた。
そうしたやり取りを経て、漸くソル・ソレイユに戻ってきた僕達はそのまま会議室まで通される。其処にはこの共和国を統治するお偉方が勢揃いだ。奥の席には王様も座っている。案内してくれた人に促され、僕とダニエラ、店長に松本君、そしてレイチェルが席に着く。
「さて……色々と話を聞かせてはもらえないだろうか?」
顔に大きな傷を負った老人が顔に似合わず優し気な声音で切り出す。
「ではまずは僕の出自から説明したいと思います」
それから3回の休憩を挟んでの大説明会を行った。前提として世界は此処だけでなく、別の世界もあるというところから始めた。こうした話は松本君という前例があるからそれ程躓くことはなかった。
それからは別世界から人間が転移してくる原因と、その解決策を探して旅をしたこと。ノヴァを破壊する為の人形戦争。その果てに現れた神という存在。
全ての説明を終えると、それぞれが思考の海に沈んでいった。
「……この世界は悪神に観測されてしまいました。比較的人間側の神である女神フィレンツェは姿を顕現することなく、声だけをこの世界に飛ばして様子を見ると言っていましたが、破壊神ハイデラは龍脈の魔力が回復したらまた攻めてくると。回復まで掛かる時間は凡そ100年とのことです」
「ふむ……幾ら我々がその頃死んでるとはいえ、後の者の為に考えない訳にはいくまい」
先程の傷の男が腕を組んで天井を睨みながら呟く。
「とは言え神が相手となると此方からは手が出せん」
「であれば備えるという方向でいいんじゃないか?」
「となると、だ……北の法国はどうする?」
北の法国というと……。
「エレディアエレスか」
喉元まで国名が来てたのにダニエラに先を越された。
「彼処は何か関係あるんですか?」
「あの国が宗教国家であることは知ってるかな?」
老人の問いに頷く。
「はい、伺ってます」
「エレディアエレスの国教は『女神教』なのだ」
「女神教、ですか……」
詳しく聞いてみると、あの北国では昔から土着信仰として女神を崇める教えがあったらしく、それが高じて独立し、国となったそうだ。恐らく、その影にはエルフの影響があったのではと思う。
しかし国としての歴史はまだまだ浅い。実際に僕が行った現地もまだまだ大きな町程度の規模だった。
話を聞いた感じでは女神を観測した訳ではないらしいが……これからは話が変わってくるだろう。
「実際に女神が観測された……当然、勢いづくでしょうな」
「最悪、戦争にもなり兼ねんぞ……」
「隠蔽するべきか、公表するべきか……」
老人達は唸り始める。呼ばれた僕達も考えるが……うーん、名案は浮かばない。
そうしている内にだんだん考えが纏まらなくなり、手持ち無沙汰になってきた。女神が出した指輪を嵌めたままクルクルと回して弄る。僕が神狼になったのはこの指輪が原因だ。今もこの指輪からは強い力を感じる。
「……あっ」
「どうした? アサギ」
思わず漏らした声に、隣に座っていたダニエラが反応する。今、思い付いたことがある。でもこれはちょっと……ダニエラには怒られるかもしれない。
「怒らずに聞いて欲しいんだけど」
「何だ?」
「この指輪……エレディアエレスに条件付きで提供すれば戦争回避出来るんじゃないかって。女神が直々に生成した指輪だ。ほら、鑑定眼鏡でも……」
虚ろの腕輪から取り出した眼鏡で指輪を鑑定する。其処にはちゃんと『寵愛の指輪 女神フィレンツェ=ネルドリエが生成した指輪』と表示される。
「ダニエラとの結婚指輪だけど、これを交渉材料にしてお互いの国が助け合えるようになれば……って思うんだけど、どうかな」
ダニエラはジッと自身の指に嵌められた指輪を見る。大変な時だったけど、勇気を出して告白した結果が、この指輪だ。浅いながらも思い出が詰まった大事な指輪だ。それを交渉材料にというのは、流石のダニエラも考えるところがあるようだ。
だがそれも当然だ。僕だって同じ気持ちだ。ただ、僕は異世界人だ。僕がこの世界に来てしまった所為でこんなことになってしまった。多少の負い目もある。僕に出来ることならやりたい……そんな気持ちが僕の中をグルグルと回っている。
「そうだな……私は構わない。あの女から貰った指輪で、アサギから貰った物でもないしな。ちゃんと用意してくれるんだろう?」
「それは勿論」
元々、いつかは用意するつもりだったし。貰い物で結婚というのも格好のつかない話だ。
「ほら」
「ありがとう、ダニエラ」
ダニエラが外した指輪を受け取る。僕も左手の指輪を外し、立ち上がる。それに気付いた皆の視線が僕に集まる。
「皆さん、此処に女神から直接受け取った指輪があります。これをエレディアエレスは欲しがると思います。なのでこれを材料に交渉出来ないでしょうか?」
指輪をテーブルの上に置くと、視線がそっちに移る。何の変哲もない指輪だが、見る者が見れば分かるはずだ。何なら鑑定眼鏡を貸し出してもいい。けれどこの場にはそれが必要な人間は居ないようだ。
「これを提供してもらえるということであれば、此方も何か差し出す物が必要ですな」
「そういうことであれば……そうですね……」
なんてそれらしい事を言ってはみたが、何も考えていなかった。完全に無償提供するつもりだったからなぁ……うーん、どうしたものか。
「であれば私から一つ提案があるんだが」
ダニエラが代わりに提案してくれるようだ。うんうん、ダニエラが言ってくれるのであれば問題ない。いやー助かった助かった。肩の荷が下りた僕は目の前に置かれて冷め切ったお茶を口に含んだ。
「私とアサギは不老で人間じゃなくなったんだが、魔物認定はされたくない」
「ぶふぅ!!」
上手いこと隠しながら話していた事をダニエラがバラしてくれた。お陰様で僕は飲み込む予定だったお茶を吹き出してしまう。
「ダニエラ先生、ちょっとそれは」
「隠していても仕方ないだろう。こういうのはさっさと言った方がいい」
「そうだけど……」
「10年経っても姿が変わらないんだぞ。私は別だがお前は違うだろう」
確かにそうだ。美容に気を付けているでは通せないレベルなのが不老というステータスだ。
「そうだなぁ……偽名とか変装とか色々考えたけど、公認なら安心かな」
ただしランブルセンでは、だが。
「あー、そういうことなら儂もじゃが」
流れに乗ったレイチェルが小さく挙手しながらナチュラル告白してきた。あぁもうてんやわんやだよ……。
□ □ □ □
その後、若干会議は荒れたが踊ることはなく、無事にダニエラの交換条件が飲まれて指輪はランブルセン側が受け取ることになった。今後、時期を見てエレディアエレス法国と場を設けて会議が開かれることになるだろう。
其処から先は国同士の仕事。僕達はもう関係ない話だ。
という事で僕、ダニエラ、店長、レモン、松本君、レイチェル、ガルド、ネスのメンバーで祝勝会にやってきた。
次回、最終話『主人公』。3月11日正午に更新します。
よろしくお願いします。




