第四話 外飯旨さ2割増し
ふと、目が覚めた。まだ周りは暗闇だ。しかし空には先程には無かった月が浮かんでいた。3つ。青い月、赤い月、黄色い月。それぞれ大きさの違う3種の月が森を照らしている。その月光に照らされた森を見回す。別に何か敵意とか、嫌な予感がして起きた訳じゃない。この寝方、マジで辛い。ギュッと締め込んだ蔓ロープが腹に食い込むんだよ……。
何もすることが無い……今ここを動く訳にもいかない。ので、木に食い込ませていた鉈を取り、手の届く範囲の枝を刈り取る。それを体に巻き付けるようにして即席ギリースーツだ。普通に違和感しかないが姿を見られるよりはまだマシだろう。鉈を先程の場所により強く食い込ませる。ついでに棒もカッターナイフで削って槍へと加工しておく。さて、こんなものかな……再び背中と木の隙間へ差し込む。これで出来ることは全部やっただろうか。ふぅ、と一息。
眠れないからといって起きていると、明日の行動に支障が出る。寝なきゃと思うと自然と欠伸が出てきた。疲れからか、睡魔も足音を立ててやってきた。僕はそれに抗うこと無く身を委ね、気付けば夢の中に旅立った。夜勤中の常連さんと会話した夢を見たような気がした。
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「ん……あぁ……朝か……」
木漏れ日が僕を照らす。木々の隙間から見上げた空は青く澄み渡っている。今日は晴れだ。雨よりはマシではあるが、日陰のない平原を延々と歩くのに晴天は少しきついものがあるな。出来れば曇りが良かった。ぼやいても仕方ない。僕を支えてくれていた蔓ロープを解いて腰に巻きつける。もし今日も町に着かなかった場合はまた木の上で野宿だ。無駄には出来ない。
カモフラージュしていた枝を外して周りを確認する。どうやらゴブリンはいないようだ。いそいそと降りる準備を始める。腰の蔓ロープに鉈も巻きつけて槍は降りる際に邪魔になるので下に落とす。ゆっくりと足を掛けて地上へ降り立ち、ぐぐ、と背中を伸ばすとバキポキと骨が鳴る。うーん……体に良くない音だが清々しい。すっきりした気持ちで槍を手に僕は轍へと戻った。
轍に戻った僕は昨日同様に歩き出す。今日こそはと気合を入れて。しかし腹の中には何も無い。空腹だ……倒れる前に何とか辿り着けばいいんだが……。
立ち止まると動けなくなる。まるで疲労感から逃げ出すように前へ進む。そんな僕の耳にさらさらと何か清涼感のある音が飛び込んでくる。この音は……水だ!
轍を反れて草むらを掻き分ける。その先にあったのは30cm程の小川だった。這うように僕は川に擦り寄り、まずは汚れた手を綺麗にする。それから、澄んだ綺麗な水を手で掬い、一気に飲み干した。
「……っああ! 旨い!」
冷たい水が喉を通るのが分かる。良い感じだ。満足するまで水を飲んでから顔を上げた。小川は進行方向である東へと流れていたが、上流は西ではなく南西の方に逸れていた。なるほど、ここが轍との合流地点だったのか。運が良い。小川とはしばらく共に旅をすることになるだろう。あとは食料さえあれば文句はないんだけどな。
小川の流れる音を聞きながら歩くこと数時間。日が頂点を越えて地平線に向かって下りだした頃、妙な気配を感じた。何だ? そっと耳を澄ませる。小川の流れる音。風が平原を撫でる音。遠くで揺れた木々が撓る音。そして……何か、がさがさと、草を掻き分ける、音。
何か、居る。
ゆっくりと槍を片手に構え、鉈に手を伸ばす。音はどうやら南。小川の向こう側からしているらしい。ならば、と僕は小川から離れて平原の草の影に身を潜める。
それから暫くして現れたのは犬……いや、狼だった。薄茶色と灰色の混ざったような毛を風に揺らしながら小川の水を舐め始めた。あれは……動物か? それとも、魔物なのだろうか。判断がつかない。しかし、今の僕に一つ言えるなら其奴は、食料になりえる存在だということだった。目の前に現れた肉。狼を見て肉が来たなんて思えるとは我ながら日本人辞めすぎだとは思う。しかし背に腹は代えられない。お腹空いた。だから、狩るぞ、僕は。
ゆっくりと観察する。風向きは幸いにも風下。僕の土臭い匂いは届かない。だが用心するべきだ。何せ相手は嗅覚最強のわんころだ。何がきっかけで僕の位置がバレるか分かったもんじゃない。
槍を手にゆっくり、ゆっくりと草を掻き分けて近付く。奴はまだ水分補給に御執心だ。今なら晒した脳天を突き穿てる。ゴブリンの時のようにまぐれじゃないことを祈りつつ、槍を握り締め、眉間に向かって突き出した。瞬間、顔を上げた狼が僕を見る。突き出した槍は眉間ではなく、喉へと突き刺さった。一瞬、目が合った気がする。野生を生きる存在と、野生に放り出された僕。一瞬の邂逅だった。けれど、何かが僕の中を駆け抜けていったような気がした。
喉を貫かれ、鳴き声一つ上げられないまま、ぱたりと倒れた狼を引き摺り寄せて喉を割く。そのまま小川に沈めて血抜きをする。下流が真っ赤に染まる。しばらくはここで水分補給するしかないな……しかし肉だ。ここに来て初めての食料にテンションが上がる。しかし肉を食うには火がいるな……。都合よくライターを持ってる訳でもない。僕は煙草に塗れて死んだが煙草は吸わない。ならもうあれしかないな……。
木と、棒を用意しなければ。
火は何とか熾せた。手の平がなくなるかと思ったが、これもスキルによる補正なのか、見様見真似だった火起こしは成功した。血抜きし、冷えた狼肉の皮を鉈で割く。物凄く切りにくいが、皮付きで美味いのはジャガイモだけが僕のモットーだ。時々貫通させながら数十分、漸く皮と肉を切り離した。後は部位分けだがその辺の知識はまるでない。適当に足と胴体を切り分けるくらいしか出来ないな……。
切り離した後ろ足を焚き火の側に立て掛ける。焚き火は万が一にも燃え広がらないように小川の側だ。パチパチと枝の爆ぜる音と肉から滴り落ちる油を見ながら溢れる唾液を飲み込む。あー、すっごくいい匂いがしてきた。獣臭いが生臭くはない。狩りとかに憧れた中学時代の知識が生きた。部位分けまで学習しなかったのは失敗だったが何、切れれば食える。残った部位は蔓ロープに繋いで小川に沈めてあるので腐る問題はない。
さて、そろそろ良い頃合いだろう。ていうかもう我慢も限界だ。僕は脛の部分を掴み、フライドチキンを数倍大きくしたような形の肉を見る。良い焼き加減だ。肉はしっかり火を通すのがコツだ。
「では……いただきます!」
一日ぶりにかぶりついた肉は最高だった。