第三百九十七話 森羅万能
虚空に亀裂が入り、其処からレイチェルが出現する。
「レイチェル!」
「皆まで言うな……こうなってしまったか……」
銀の剣を手にしながら神と対峙するアサギを見て舌打ちをするレイチェル。状況は分かっているようだが、その口振りから予想していたように感じられる。
「《神狼闘衣》を与えた時点では問題なく稼働していたようだから再契約は逆に負担じゃと思っとったが……」
「あの海岸での時か……」
「そうじゃ。再契約とはより太く密接な契りを結ぶことじゃ。アサギに関しては今までの多数の契約の所為で力は増していたが、その分多くの力が渦巻き、体を内側から侵食していたのじゃ」
『森狼』『神狼』『深狼』。3体の異常進化個体と結んだ契約がアサギの体内で拮抗し、魔物化を促していた。更に身に纏っていた風龍装備がバランスを崩していた。その力のバランスを統一させる為の装備が《神狼闘衣》だった。
「元々正式な眷属となった時点でアサギの中の魔物化は一部制御出来ていた。じゃが更にポチと契約したことでバランスが崩れたんじゃ」
「確かにアサギはあの頃から力を使う度に苦しんでいたな……」
「そもそも《器用貧乏》というスキルがアサギに合い過ぎていたんじゃ。元は適度に物事をこなせるが為に大成しないという意味の言葉じゃが、それがこの世界の言葉に変換され、変化したのじゃろう」
手にした物の扱い方が理解出来るスキルとアサギは言っていた。なるほど、本来の意味と合っている気もする。更に上手く扱うには努力が必須なんだとアサギは常に言っていた。だからアサギも言葉通りの意味以上には考えていなかったのかもしれない。
「じゃが、あのスキルは儂が言ったように、《未来予測》や《並列演算》に近いスキルじゃと思っておる。そんな負担の掛かるスキルを自由に使いこなせてしまうのもまた、《器用貧乏》の弊害じゃ」
「つまりアサギは知らず識らずの内に破滅の道に進んでいたのか……」
「そもそも、この世界にやってきた時点で破滅じゃがな……彼奴も、儂もな」
レイチェルの言葉に反応出来るだけの言葉がなかった。神気に触れたアサギは、そもそもこうなる運命だったとでも言うのか?
今も眼前で破壊神と戦うアサギを眺める。力の行使が上手くいっていないのか、普段よりも戦い方が荒い。
「じゃあ再契約をすればアサギは元に戻るのか?」
「元には……戻らん。あの神がやったのじゃろう?」
空に浮かび、破壊神とアサギを眺める女神をレイチェルが横目に見る。
「……そうだ。それに私も」
「そのようじゃな。世界から消えた古代エルフの先祖返りか。皮肉なもんじゃな。どうじゃ? 不老となった体は」
不老? そうか……私は不老か。
「であればもっと若い時になれば良かったな」
「ふん、それだけ皮肉が言えるなら精神は問題ないようなじゃ。であれば後は、アサギをどうにかするとしよう」
「出来るのか?」
「再契約をする。まずはアサギを行動不能にするのじゃ。それから神の相手をしてくれ。その間に儂がアサギと再契約をする」
「分かった。古代の力の使い方は感覚で理解出来る。やってみよう」
レイチェルが頷く。まずはアサギだ。今も暴れ狂うアサギを……まぁ力尽くで動けなくしても大丈夫だろう。
死生樹の剣を仕舞い、代わりに死生樹の弓を構える。矢は必要ない。この無限のような魔力が矢の代わりだ。死生樹の弓を通すことで圧縮されていくそれを、今にも飛び出しそうなアサギの足元へ向け、ジッと待つ。
「……其処だ!」
放たれた矢は瞬時に飛来し、アサギと破壊神の間で爆発を起こした。圧縮された魔力が起こした爆発は無防備なアサギを吹き飛ばす。
「悪いとは思うが、これもアサギの為だからな。許せ」
爆風に転がされたアサギがレイチェルの足元へと滑り込んでくる。あとはレイチェルに任せるだけだ。私の役目は破壊神の相手へと変わった。
「さて……お前の相手は、私だ」
□ □ □ □
「ぐぅ……ッ」
いきなり目の前が真っ白になった。気付けば爆風に吹き飛ばされてこの様だ。一体何が……あ?
「この駄目弟子が」
「レイチェル……? なんで此処に……」
目を開けるとレイチェルが僕を覗き込んでいた。怒りと哀れみと後悔が入り混じったような目だ。
「ふむ……今の爆発でまた意識が戻ったみたいじゃな」
「意識……あぁ、そうだ。何かおかしい……体が言うことを聞かないんだ」
「すぐに再契約をするぞ。それでお前は一応正常になる」
一応……? あぁ、駄目だ。また意識が薄れてくる。何か、僕の中に幾つもの人格が存在するような感覚だ。それが僕の意識を奪おうと噛み付いてくる。僕はそれに抗うが、何度か喰われた。
また喰われないように意識を集中させる。ぎゅっと目を瞑る僕の額にレイチェルの手がそっと触れた。
「もう抗わなくていい。お前は私が助けるから」
「う……」
銀色の粒子が降り注ぎ、僕の体へと……半神狼となった体へ吸い込まれていく。それは冷たくて、でも温かい不思議な光だった。吸い込まれていく程に僕の中の人格は統合され、1つになっていく。
そして1つになって分かった。ベオウルフから貰った森の力。レイチェルから貰った風の力。ポチから貰った影の力。それら全てが僕の本当の力になったと今、体で、頭で理解した。
「これが、フェンリルか……」
「お主もまた、世界を喰らった狼となったのじゃ」
「なるほど、世界ね……」
史上2体目の神狼となった事で分かった事がある。僕の《器用貧乏》もまた、変化を遂げた。
「ステータス、オープン」
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:神狼
職業:冒険者(ランク:A)
二つ名:銀翆
LV:108
HP:6540/6540
MP:6300/6300
STR:2450 VIT:2750
AGI:3894 DEX:2960
INT:2580 LUK:1000
所持スキル:森羅万能(-),神狼の脚(-),神狼の眼(-),深狼の影(-),片手剣術(10/10),短剣術(10/10),槍術(10/10),弓術(10/10),大剣術(10/10),気配感知(10/10),気配遮断(10/10),夜目(10/10)
所持魔法:氷魔法(10/10),水魔法(10/10),火魔法(10/10),次元魔法(10/10)
受注クエスト:なし
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-神狼闘衣
腕-神狼闘衣
脚-神狼闘衣
足-神狼闘衣
武器-なし
-なし
-なし
衣服-神狼闘衣
装飾-虚ろの腕輪
◇ ◇ ◇ ◇
虚ろの腕輪から出したステータスカードで自身のステータスを表示させる。なるほど、数値が人間辞めてるな。
自分の目で見て改めて実感する。《器用貧乏》は《森羅万能》に変化していた。その弊害か、まだ低かったスキルレベルも全てカンストしている。これじゃあまるっきりチートじゃないか。
「これでお前も主人公じゃのう?」
「勘弁してくれよ……ハーレムは御免だ」
からかうレイチェルの言葉に口角が引き攣った。
「なら、唯一の恋人を助けてこい。ついでに世界もな」
「そうだな……!」
「よし、行ってこい! 駄目弟子よ!」
ばしん、と背中を叩かれ、僕は走り出す。まずは目の前の恋人を救う。
世界は、その次だ。




