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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百九十六話 破壊神と神狼

 まるで狼のような咆哮を放ったアサギの姿は最早人間ではなかった。


 髪は銀色に染まり背中まで伸び、髪と同じ色の毛が《神狼闘衣(グレイプニル)》から露出している肩から指先まで覆っていた。その指先の爪も黒く分厚く、鋭く伸びている。


「アサギ……?」


 私の呼び掛けに、頭の上に生えた狼の耳がピクリと動く。ゆっくりと振り返った顔は……顔だけはアサギだった。


「ウゥ……」

「私が分かるか?」

「ウッ……ダニ、エラ……?」

「そうだ、私だ! ダニエラだ!」


 はっきりとはしていないが、意識はあるらしい。人格もまだ残っている。果たしてそれが、どれだけ僅かなのかは分からない。だがこうして呼び掛けなければ、少ない理性はあっという間になくなってしまう……そんな焦りが、私を突き動かす。


「そろそろ来るよ。構えて」


 勝手な事ばかり言う。この女神は本当に味方なのか? いや、そんな事を考えてもしょうがない。今はアサギを正気に戻しつつ、目の前に顕現しようとしている破壊神とやらを討滅しなければならない。


「ヤスシ、リンドウは下がってるんだ」

「は、はい!」

「アサギ君を頼む!」


 ジッと前を見据えたまま頷く。勿論だとも。アサギをこのままになんてしておけない。


 透明な線で描かれていた神の像はほぼほぼ完成間近だ。こうして見ると人と姿は殆ど変わらない。違うのは大きさくらいか。人間を一回り程大きくしたくらいだ。大きさだけで言えばオークと変わりない。


 だが、徐々に圧力めいたものを肌で感じ始めた。オリジン・エルフとなったからか、今まで以上に目に見えないものに敏感になっている気がする。


「アサギ、目の前の彼奴を始末するんだ」

「ア……あぁ……分かっテ、る……」


 不安しかないが、アサギを信じるしかない。


 死生樹の細剣を引き抜く。すると私が変化したからか、体が、頭が真っ先に理解する。これは神器であり、祭具だった剣だ。脈々と繋がってきた過去からの遺産。それはどんな名前があっても、役目があっても武器であることには変わりなかった。


 オリジン・エルフとして変異した魔力を剣に注ぐ。すると刃の形が変わった。細剣だった刃は片手剣と同じ程の幅へと広がる。


「そう。それは死生樹というかつて存在した生と死を司る神樹から作られた剣。死は終わりであり始まり。生は始まりであり終わり。その中で様々な変化を遂げる様を受け継いだそれは、巫女の力によって形を変える」


 女神の言葉がそのまま剣の使い方だ。これは様々な形に変わる剣だった。


「なるほど。アサギの《器用貧乏》が羨ましくなるな」


 チラ、と隣に並び立つ相方を見る。苦しそうだ。理性が暴走を抑え込んでいるのだろう。早く、終わらせないと……。


「あっ……」


 ヤスシの声が聞こえる。正面を向くと、遂に破壊神がその姿を現した。


「はぁ……次は此処か……」


 発した第一声はそれだった。低く、地の底から響くような、それでもって気怠さを感じる男の声だ。


 姿は普通の男だった。服装は見た事がないものだ。あれが神の服か……? いや、観察しても仕方ない。今にも動き出しそうな神に向かい、剣を構える。


「行くぞ、アサ……アサギ!?」

「ガルルァァァアア!!!」


 剣を構えた途端、隣のアサギが飛び出した。武器も何も手にしていない。その爪を振りかざし、白銀の風を尾を残して破壊神へと突っ込んだ。


「ぁあ? 獣かよ……」

「ガァッ!!」


 振り下ろした爪は破壊神には届かない。ギリギリで躱され、外れる。隙だらけのアサギに蹴りを放とうとする神に剣を突き出す。


「させん……!」

「チッ……うぜぇ!」


 声だけで圧となり周囲が吹き飛ぶ。目に見えない衝撃が体を襲い、私もアサギも後方へと吹っ飛んだ。


「くっ……」

「グ……ァ……」


 ギリギリ、転ばずに体勢を整えて着地するがアサギは地面を滑る。らしくない……やはり魔物化したことで体が上手く制御出来ていないのだ。


 それにあのアサギが無手で敵に突っ込むなんてありえない。《器用貧乏》という手にしたあらゆる物の使い方を理解するスキルがあるアサギが、何も持たないはずがない。


「どうせ世界は壊れるんだ……無駄な抵抗はやめろ……そして俺はまた、次の世界へ……」


 神の言葉を聞きながら、そっと周囲を確認する。ヤスシ達は無事だ。後方へ下がってくれたことでさっきの攻撃は回避出来ている。女神は何も言わず、宙に浮いたまま。アサギはゆっくりと立ち上がった。


「クソ、が……!!」


 アサギの悪態に人間らしさが滲む。今の衝撃で理性を取り戻したのか?


「何だお前、人間だったのか……」

「うるっせぇんだよ……お前……」


 しかし、らしくない言葉だった。魔物化したことで感情が荒くなっているのかもしれない。


「クソ……お前の顔、何処かで見たと思ったら……あの時の、強盗じゃねぇか……!」

「はぁ? あぁ……お前、店員だった奴か! こりゃ傑作だ!」


 ……? 知り合い、なのか? いや、アサギのあの荒れ様は、魔物化抜きに知人のそれではない。


「何でお前みたいなゴミが神になった……!?」

「知らねぇよ! てめぇが消えたってんで見に行ったらいつの間にか訳分かんねぇ世界に居て、破壊神とやらを取り込んでたんだよ。……お陰で俺は、世界を壊すだけの存在になっちまった!!」


 破壊神は声を荒げながら腕を振るう。それだけで発生した衝撃が地面を抉り飛ばした。


「自業自得なんだよ……てめぇが馬鹿やった所為で、僕に殺されるんだよ!」

「黙れ!! もう一度血の海に沈めてやる……!」

「ガァアアア!!!」


 アサギの過去は彼の口から聞いて知っている。働いていた雑貨屋に強盗が押し入り、腹を刺されたところで意識を失い、気付けば此処(・・)に居たと。


 そして今の会話から、彼もまた別の世界から召喚され、何らかの形で神を取り込んだ元人間で、しかもアサギを刺した張本人であることが分かった。


 であれば、あの神は私の敵でもある。女神に言われたからでもなく、ましてや世界の為でもなく。愛すべき男を陥れた悪漢を、私が許すはずがなかった。


 アサギは再び怒りで我を失い、爪と蹴りだけで破壊神へと攻撃を仕掛ける。その行動を止める訳にもいかず、私は補助にまわり、背後から挟み撃ちにする。が、神もただただ立っているだけではない。


「お前達みたいなのは沢山居たよ……だが結局俺には勝てなかった」


 アサギの蹴りに蹴りで合わせ追撃を加え、アサギは地面に転がる。私の剣は半歩ずらすことで避けられた。


「殺す……殺す、殺す、殺す……」

「そういうのを『口だけは達者』って言うんだよ」

「いや絶対に殺す……引き裂いて踏みにじって噛み千切って殺す……!」


 怨嗟を吐き散らすアサギの姿が、私の動きを鈍らせる。どうしたら彼は元に戻る?


「じゃあやってみろよ! 神相手にどこまでやれるか見せてみろ!!」

「グッ……!?」


 その思考の隙、一瞬の油断を察知され、神の手が私の喉を掴んだ。


「でなきゃ此奴は死ぬぞ?」

「ッ!? ダニエラに……ダニエラに手ぇ出すな……」


 わなわなと震えるアサギがポツリと呟く。そして神に向けた顔は怒り一色だった。


「喰い殺すぞぉぉぉおおおおあああアアア゛ア゛ア゛!!!!!」


 白銀の爆風と共にアサギが私に手を伸ばす。私もアサギに手を伸ばし、助けを乞う。だが神がそれを許さない。


「ははっ」

「うわっ……!」


 神がアサギに向かって私を投げた。為す術もなく私は飛ばされ、手を伸ばしたアサギと衝突した。


「すまないアサギ、無事か!?」

「ぐ、アァ……」


 アサギを揺さぶるが、中々起き上がらない。やっぱり駄目だ。先程よりは意識がはっきりしてきてはいるが、感情的だし動きも鈍い。体に慣れてないのか、逆に魔物側に飲まれているのか……。


 神は私達を甚振るつもりのようで、此方を見ながら笑うだけで追撃はしてこない。そうしてただ居るだけでも龍脈内の魔力は消費されていく。女神はいざという時の為に留まっているが、これも消費に繋がるだけだ。


 ……このままでは正直、ジリ貧だ。まずは暴れ狂うアサギをどうにかしたいが……。


「何か……何かないのか……!?」


 考えろ。この状況を打破出来る手段が何かあるはずだ。


 必死になって虚ろの腕輪の中を探す。


 そして一つの答えが、手の中に納まった。これは……あぁ、便利な物があるじゃないか。便利な奴が一人、居るじゃないか。


 私はその鍵を、虚空へと差し込み、捻った。


「来い、レイチェル!」

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