第三百九十二話 ノヴァとの遭遇
突然現れた空間の歪みが音もなく閉じ、辺りは静寂に包まれる。
「……今のがノヴァなのか?」
その静寂を破ったのは店長の声だ。
「今まで見てきたカルマ達の姿と特徴は一致している。白い肌、白金の髪。あれらは古代エルフを模倣した姿だ」
「じゃあやっぱり、あれが……」
「ノヴァだろうな……」
はぁぁ、と長い溜息を吐く。クソ、最高のチャンスを不意にした。あの時拳の一つでも叩き込めれば……。
いや、後悔しても仕方ない。目的の姿は確認出来た。あれを始末すれば戦争は終わり、僕達は目的を果たせる。
「行こう。多分、この先に奴は居る」
上着を脱ぎ、虚ろの腕輪に収納する。晒した肌には地下特有の冷たい空気が触れ、火照った体を冷ましていく。
ジッと睨んだ先は真っ直ぐと道が続いていた。
□ □ □ □
まったく横道のない1本道をひたすら歩く。最初こそ罠を恐れてゆっくりと歩いていたが、何の罠も攻撃もなく、ひたすらに道が続く。うんざりする程長い道だ。
「何も見えないのか?」
「ちょっと待って」
ダニエラに促され、《神狼の眼》を行使する。最後に使った時は奇襲を警戒して短時間で終わらせたが、今はもうある程度長く使っても平気だろう。一応、店長達が警戒して僕の周りに集まる。
前を見据えながら目を切り替え、ずっと僕達より先を覗き見る。暫くは変化のない道が続いていたが、どんどん距離を伸ばしていくと何の変哲もない簡素な扉が見えた。
「扉だ」
ピクリと3人が反応したのが空気を通じて肌で感じた。視界を更に飛ばし、扉の向こうを見ると、大広間が広がり、その更に奥には先程見た白金の男が一心不乱に腕を動かしていた。
驚いた事に男はキーボードのような物を叩いていた。あんな機械がこの世界、時代にあるとは思えない。あれもまた古代エルフの残した魔道具だろうか。壁いっぱいに幾つものモニターが点滅し、何かを映し出している。その一つに、僕達の姿が映されていた。
「拙い……見られてる……!」
無意識に画面が映し出すカメラらしきものの位置に顔が向いてしまう。それと同時に視界に写った男が画面を見上げ、此方へ振り向いた。
「見られた!」
慌てて視界を切り替え、剣を抜く。
「どうした!」
「扉の向こうに奴が居たんだ。しかも何かの魔道具で此方の姿を捉えていた。ずっと見られてた!」
僕が指差した先には何も見えなかったが、店長がその位置へ影短剣を投げると、壁ではない何かに辺り、バチバチと火花を散らして透明な何かが落ちる。
火花が消え、透明だった物がしっかりと姿を現す。やはりそれはカメラのような物で、大きなレンズが此方に向いていた。
「これで見てたっぽいな……」
「どうします?」
「どうもこうも、行くしかないね」
見られていた事に気付き、抗ったからには報復があって然るべきだ。それがどんな手段かは分からないが、とにかく奴の元へ行かねば此方が一方的にやられるだけだ。
「四の五の言ってる暇はない。一気に飛ばそう」
「しかしそんなこと……」
「出来るって器用貧乏先生は言ってるぜ」
脳内で再生された映像では僕の《神狼の脚》が僕を含む4人を包んで運んでいるのが見える。やり方は自ずと理解出来た。
「3人とも、僕の傍へ」
指示に従い、3人が僕の周囲に立つ。そして発動させた《神狼の脚》の風を、台風が広がっていくように3人を巻き込み、包んでいく。ゆっくりと浮かび上がる3人を乗せた白銀翠の風は全員を運んでいく。
「暴れたら落ちるから、大人しくね。窓から顔や手を出さないように」
「君、それをやるんであれば二種免許が必要だよ?」
「今日だけは無免許です。ごめんなさい!」
謝罪と同時に走り出す。器用貧乏先生が教えてくれた通り、3人は落ちることなく僕と同じ速度でついて来てくれた。ある程度の範囲であれば風を広げて走れるようになる。これは以前なら出来なかったことだ。
「アサギ、お前……」
「気にすんな。多分、この服のお陰だよ」
「……」
流石にダニエラにはバレてるみたいだ。服のお陰とは言ったが、同時に魔物化が進行している証だった。神狼との親和性が高まれば、以前は出来なかったことも出来る。《神狼闘衣》のお陰で進行は収まったとしても、止まる訳ではない。力を使えば侵食は進むだろう。
人類一の速さで進めば長ったらしい通路なんて何のその。あっという間に扉の前に到着した。
「はぁ、はぁ……」
しかし流石に3人を乗せて走れば消耗もする。これから激しい戦いがあるのは分かっていたが、時間を掛ければ掛ける程、奴に戦いの準備をさせてしまうことになる。ちんたらしてる時間なんて無かった。
「はぁ……さぁ、行くよ……!」
武器を抜いた3人が頷くのを確認し、扉を開いた。
その先には《神狼の眼》で見たのと同じ光景が広がっていた。ただ一つ違ったのは4体の自動人形が立っていることだけだ。
「神ではない者に用はない」
剣を構えていると奥からノヴァの声が聞こえてきた。
「こっちには用があるんだ。無関係の異世界人を巻き込むな!」
「実験に失敗は付き物だ。人一人の被害くらい何の問題もない」
さっきみたいなヤバい奴感たっぷりな応答ではない、はっきりとした自我のある回答だが、全く許容出来る返答内容ではない。
「そのお陰で人生狂わされたり、死んだ後も落ち着けない人間が居るんだ。問題しかない!」
「お前は神を降ろしてどうするつもりなんだ?」
吠える僕の隣でダニエラがノヴァへ訪ねる。《神界接続》を繰り返す理由。それは実のところ不明だ。神の世界とこの世界と繋げる真の理由を誰も知らない。
「……私は置いていかれたんだ」
「は……?」
「私はエルフ族に置いていかれた存在だ。彼らは皆、神の世界へ帰っていった。だから、私も其処へ行く」
古代エルフ達が神の世界へ帰った? それはこの世界から古代エルフが消えた理由か? だけどそれだと辻褄が合わない。古代エルフが神の逆鱗に触れた結果、力を奪われ、今のエルフ族が生きていると聞いた。だがこれはヤマトさんの憶測だ。
「お前達は知らない。過去に神界へと接続した時、エルフ達は神の世界へと渡ったのだ。私を置いて、行ってしまったんだ!」
無機質だった声に感情が現れる。ダン! とキーボードを叩く程の怒りの感情を、魔道具が持っているらしい。
「エルフ達は《神界接続》を行った結果、神の逆鱗に触れて大多数を消されたのでは?」
「消えたのではない渡ったのだ。かの地へ」
「残った私達は何なんだ?」
「選ばれなかった存在。神気に耐えられないと判断された者の末裔だ」
それが真実か……。神界という特殊な世界に耐えられないと判断されたエルフ達が異種交配し、生きてきた結果が、これか。ダニエラやアドラスのような白エルフ達が純血のエルフ達とは言え、生きていれば古代の力は失うだろう。
「そうか。私の先祖は未熟だったか」
「出来損ないの子孫め。私の邪魔をするな」
「その出来損ないに貴様は負ける。実験は中止だ!」
吠えるダニエラの隣で僕はキレそうだった。ダニエラが出来損ない? そんな訳あるか。こんなに素晴らしい女性、他に居ない。誰よりも気高く美しいダニエラが、出来損ない?
「ぶっ壊す……絶対に。お前は言っちゃいけないことを言ったんだ。覚悟しろよ!」
「ふん……大言壮語は叶わないから大言壮語なのだよ」
漸く此方を向いたノヴァが腕を振ると4体の自動人形が動き出した。異様な姿だ。鎧を纏った巨大な人形、魔力を放つ大剣を握った人形、無数の腕にそれぞれ武器を握る人形、そして竜の姿をした人形。
「其奴等を相手して生きていれば構ってやる。実験の合間にな」
そう言い、興味を失ったかのように再びモニターに向き直るノヴァ。そのノヴァと僕達の間に立つ人形が動き出した。
ふざけた奴だ。殺すのは最後にしてやる。腰に差した『鎧の魔剣』を引き抜き、4体を睨む。
「皆、どれがいい?」
「私はあの鎧のやつをもらおうかな」
「僕はあの魔剣の人形を」
「じゃあ僕は竜を……」
「いや、竜は私がもらう」
ダニエラにドラゴンに対するトラウマがあったはずだ。もう殆ど克服出来ているとは言っていたが、こんな土壇場で発症した結果、負けるなんてのは看過できない。
「私がもらう。いいな?」
「……わかったよ。じゃああの腕は僕が」
ダニエラの強い視線には絶対に負ける気なんて無いという意思が籠もっていた。これなら問題ないだろう。逆に僕があの腕を相手するのが相性的にもいいだろう。
「皆さん、負けなんて許しませんよ!」
「お前に言われるまでもない」
「君こそ気を付けなよ」
「う……はい……」
気合いを入れる松本君だがダニエラと店長相手には効果はなかった。
「大丈夫、僕達は生きて帰るんだから」
「先輩……そうですね! よーし!」
駆け出した松本君を筆頭に、各々がそれぞれの人形へ攻撃を入れていく。さて、僕もさっさと片付けようか。魔道具掃除の始まりだ。




