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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百八十七話 王城にて

 豪華な装飾が施された扉が開かれ、中からレイチェルが顔を覗かせた。


「遅かったのぅ」

「悪い」

「まぁ入れ」


 案内されるがままに部屋に入ると、其処は豪華でありながら散らかっているという不思議な空間が広がっていた。具体的に言うと、一つ一つの家具が洗練されたデザインで一目で高価な物と分かるのだが、扱いがとんでもなく雑で汚かった。


 レイチェルが顎で椅子を指すので椅子の背を掴んで引く。座る前に座面を確認するが、パッと見で汚れていなかったので安心して座ることにした。周りを見るとダニエラも店長もレモンも松本君も全員、座る前に確認していた。


「……まぁよい。皆、よく集まってくれた」


 レイチェルの言葉に頷く面々。僕も周りに合わせて真顔で頷く。


「此処に集まった者は全員、死地へと向かう戦士じゃ。勿論、ワシもな」

「場所は霧ヶ丘。敵はノヴァと、ノヴァが率いる自動人形です」

「うむ。協議会にはもう話は通してある。会議無しに国の戦力は動かせんからな……」


 ランブルセン公式勇者である松本君をおいそれと死地へ向かわせることは出来ない。会議をするにも時間が掛かる。だからレイチェルには早めに話を通しておいてもらった。


 そしてそれは思わぬ収穫ももたらしてくれた。


「会議で決定したのは泰史の運用だけではない。今現在、軍を動かす準備もしておる」

「軍が動くのか?」

「はい。流石に1万を越える戦闘集団相手に僕達だけでは不安ということで、議長の指示のもと、軍の配備が進んでいます」


 なるほど、自分達の住む国に得体の知れない戦闘集団が潜伏し、それを腕利きとはいえ、たかが数人が解決しようとしている。其処に不安がない訳がなかった。


「けど僕達は軍人じゃない。連携は難しいんじゃないか?」

「その点は既に手は打ってある。ワシらは最初の切り込み担当、人形兵を突破し、一気に霧ヶ丘を吹き飛ばす」

「そして地下にある第零番施設ミストマリアへ侵入します」


 なるほど、軍の下につく訳ではなく、遊撃のような立ち回りで僕達の後を軍が片付けてくれる感じか。それならば1万の敵も怖くない。僕達が敵を出来る限り消し飛ばせれば、軍も多少は楽になるはずだ。


「……という流れを、先輩方が到着するまでの間に詰めていました。何か質問とか、此処こうした方が良いとかあれば教えて下さい」

「んー……僕は問題ないと思うよ」

「私もだ。上手く私達の動かし方を理解している」


 そうだな。僕達が誰かの指示で動いたことはない。……ないと思う。だから誰かの下で、何処まで自分の判断で動けばいいか分からない。状況判断で動く方が得意だった。


「やはり冒険者という生き物は野良の方が動かしやすいね」

「私は衛兵隊所属でしたので指示で動くのも、指示を出すのも問題ないですね」

「あぁ、そういえばレモンは衛兵だったっけ」


 初めて会った時、レモンはアルカロイドの衛兵という立場だった。長く務めていたから指示を出すシーンもあっただろう。


「とりあえず今回は遊撃という形で動いてくれると助かる。軍も中々すぐには体制を変えられんからの」

「勿論です!」


 先にこうして話を詰めていてもらえるのは本当に助かる。今からうだうだ言って、何も決まらないまま時間だけが過ぎていく……なんてことにはならない。


「さて、軍の編成、陣地形成等の所為であと2週間は動けん。それまでは待機ということになる」

「2週間か……」


 長いようで短い。


「その間に各々も準備を進めてくれ。寝泊まりは城の部屋を用意させるから、あとで案内させよう」


 短くも濃い会議が終わり、皆がそれぞれの思いを抱きながらレイチェルの部屋を出ていく中、僕だけがその場に留まった。


「なんじゃ。話は終わったが……」

「一つだけ確認したいことがある」

「あん?」


 ジッとレイチェルを見つめる。改めて見るとこののじゃロリ銀髪神狼魔法使い幼女というのは中々浮世離れした姿……いや、キャラだ。


「キリコってレイチェルのこと?」

「あんのクソ王様ぶち殺す」

「ちょっとちょっとちょっと!」


 何か杖みたいなのを出して部屋から出ようとするのを慌てて抑える。それでも何mかはズルズルと引き摺られたのでレイチェルの膂力に冷や汗が流れた。


「その名で呼ぶなって言ってんのに……」

「のじゃ付け忘れてるよ」

「はぁ……」


 溜息を吐いて近くにあった椅子にドカッと腰を下ろす姿は、仕事に疲れたOLのようだった。


「レイチェルの前世ってどんな感じだったの?」

「それ言わないと駄目?」

「言うまで帰らない」

「うっざ……」


 めちゃくちゃ嫌な顔をされるが、それくらいでは凹まない程度の精神力は、この世界に来てから身についている。


 僕もそろそろ、レイチェルについて色々知りたいと思っていた。もしかしたらこれが最期かもしれないし……。


「はぁ……まぁ、これが最期かもしれないしね……」


 レイチェルも同じ考えだったようだ。長く深い溜息を3回吐いてから、レイチェルは自身の過去を話してくれた。



  □   □   □   □



「さて……もういいじゃろ」

「あぁ、ありがとう。キリコ」

「その名で呼ぶなクソボケ!」

「でも親近感湧いちゃって……」


 レイチェルの過去を知った僕としては是非その名前で呼びたいところではあるが、レイチェルがそれを許してくれない。うーん、こればっかりはしょうがないか……。


「お主の部屋は突き当りの部屋じゃ。ダニエラとは別々じゃからな」

「気が利かない……」

「一人で考える時間も必要なのじゃ」


 すっかりのじゃが戻ってきたレイチェルに部屋を追い出された僕は、静寂感が満ちる城の中を歩く。すっかり日が暮れてしまった。これが昼間であれば、この廊下も陽の光が差し込んで明るく、綺麗だろう。


 だが今はこの静寂がありがたかった。レイチェルから聞いた過去を思い返し、自分に照らし合わせてゆっくりと考えられる。


 結構長かったと思っていたダニエラとの旅も、思い返せば1年程だ。しかし今までの人生の中で最も濃い1年だったのは間違いない。


「主人公補正の無い旅だったけれど、此処まで来たか……」


 思ったより遠くまで来た。まさかこんな事になるなんて。でも思い返せば、大した理由でもない。僕や松本君、レイチェルを始め、ベオウルフやアーサーのような魂を囚われた不幸な人間を増やさないように……まだ見ぬ他人の為の戦いだ。


 そんな僕の自己中心的な目的に、沢山の人がついて来てくれた。僕なんかの為に、命を懸けてくれる人が沢山居る。


「補正のない世界でも、そろそろ主人公にならなきゃな……」


 でないとついて来てくれた人達に申し訳ない。僕が頑張らないと、意味がない。これから始まる戦いは、そういうものだと思う。


「……よし、やる気出てきた!」


 僕は部屋に向かう道を引き返し、庭園の方へと向かった。居ても立っても居られなかった。剣を振りたい。体を動かしたい。まだ2週間ある。今からでも、鍛え直すには遅くないだろう。


 いつの間にか走り出していた僕が庭園に駆け込むと、其処には松本君が一人、剣を手に夜空を眺めていた。暑くなって脱ぎ捨てたであろう服はびっしょりと濡れていて、脱ぎ捨てた本人もまた汗まみれだ。


「……あれ、先輩?」

「やぁ、考える事は同じだな」


 キョトンとした松本君が、すぐにクシャッと笑う。


「2週間もじっと待ってろなんて、師匠も無茶言いますよね」

「あぁ、まったくだ。そしてそんな松本君にプレゼントがある」


 僕は虚ろの腕輪から第二番施設キモンで回収した光鉱石製の大剣『両刃・暁光』を取り出し、松本君に渡す。


「古代エルフの施設で見つけた光鉱石の大剣だ。この世界で松本君にしか使えない剣かなって」

「うわぁ……凄いですね……」


 柄を握った松本君が、軽々とそれを振る。光属性の魔力に反応して、刃からキラキラと粒子が散る。


「感覚で分かります。この剣、魔法の触媒にもなります」

「へぇ、良いね。剣からビームも出せる?」

「出せますねー! 手からも出せますよ!」

「これだから勇者は!!」


 静寂を切り裂く二人の笑い声。庭園広いし、多分近所迷惑にはならないよね。


 一頻り笑った僕達はどちらからともなく、剣を合わせる。程なく実戦形式の練習が始まり、それは日が昇るまで続いた。

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