第三百八十六話 王都ソル・ソレイユ
「そうか。フレイはまだこの町に居たか」
なんてあっさりとした反応を見せてくれるダニエラに僕はずっこけそうになる。
「昔の知り合いだろ? もっと何かないの?」
「まぁ色々あったが、それっきりだったしな……今すぐ死ぬような年でもないし」
「これだから長命種は……」
次は何時会えるか分からないからとか、これが最後かもしれないとか、そういうのが無いのだろう。生と死のスパンが長いというのも考えものである。
「まぁ戦争が終われば会う機会も増えるんじゃないか?」
「そうだな……またゆっくり旅が出来るようになったら会いに来るとしよう」
その時はお店の外だと嬉しいかな……。
「それはそれとしてアサギ」
「うん?」
「私に内緒で面白い店に行ったみたいだな?」
「これには深い訳があるんだ」
せっかく解散して戻ってきたというのに、僕はゆっくり眠れるまで2時間は言い訳に使う羽目になってしまった。
□ □ □ □
翌朝、二日酔いに苦しむ兵士達を乗せた馬車は王都へ向けて出発した。
ぶっちゃけ町を出た時点で王都の大きな城が見えている。この町は王都にとっての歓楽街。週末なんかに通って泊まり込みで楽しんだりするようだ。それだけ平和で裕福ということだろう。
この兵士君達も砦から帰ってきた時は欠かさず行くというのだから、あの町は人気なのがよく分かる。
「うぅぇ……」
「うっぷ……」
「おぇ……」
酷い嗚咽を聞きながら馬車を走らせる。今日は僕が御者だ。僕達を王都へ送る人間が潰れて客人扱いの僕が運転しているのだからどうしようもない。まぁ、昨日のあのはしゃぎっぷりを思えば今日は仕方ないなと思えたりもする。
「……いや改めて考えたらおかしいだろ。何で僕が御者なんかしてるんだ」
「仕方ないだろう。お前以外出来ないんだから」
「くっ……器用貧乏というのも考えものだな……」
《器用貧乏》先生のお陰でこうして初めての御者も余裕である。遺憾の意。
ダニエラ達は兵士君達の嗚咽を聞き、眉間に皺を寄せながら荷台で揺れる。しかしそれも束の間で、僕達は程なくして王都ソル・ソレイユへと到着した。
門番さんの指示で馬車を停める。最初は荷台で潰れる兵士君達の所為で色々と聞かれたが、僕の名前を出すとすんなりと通された。どうやら末端まで僕の話は届いているらしい。
そのまま馬車を預け、じゃあ行こうかというギリギリのタイミングで死の淵から蘇った御者君が皆を代表して敬礼をした。
「こ、この度は誠に申し訳ありませんでした……」
「いや、すぐ其処だったし大丈夫だよ」
「最後まで任務を遂行出来なかったのは大失態です……」
まぁ国に仕える職業としてはアレだったけれど、僕はただの客で、そして客商売をしていた身としては無条件で寛容になるのだ。大変だよねぇと言いたくなってしまう。
「僕が飲ませすぎた所為だから気にしないで」
「本当に申し訳ありませんでした……うっぷ」
もう限界っぽいのいでポンポンと肩を叩いて謝罪大会を終わらせ、僕達はその場を後にした。
□ □ □ □
ソル・ソレイユ。ランブルセン共和国王都。以前聞いた話では、昔は王国だったが共和制に移行し、国名が変わったが、ソル・ソレイユは首都とは呼ばれず、王都と呼ばれたままだった。
「その理由は、まだ王様が生きてるからです」
そう松本君が説明してくれる。
「この国の人達は皆、王様が大好きなんですよ。もう共和国になって王政は終わり、王様は議長になったにも関わらず、皆まだ王様って呼ぶくらいに」
ソル・ソレイユのメインストリートを進み、王城までやってきた僕達は入り口で松本君と合流した。レイチェルの指示で僕達を城内に案内するそうだ。
そして城内の庭園を歩きながら、僕達は松本君のランブルセンの成り立ちを説明されている。
「前に松本君が言ってた、サンタさんみたいなおじいさんが王様?」
「そうです。僕が此処に現れた時に最初に会ったのも王様なんですよ」
松本君はこの王城の庭園に召喚されたらしい。最初は大勢の兵に囲まれたそうだが、過去に現れた勇者と特徴と状況が似ていたということで王様に謁見し、議会での会議を通り、正式に勇者となった。
「勇者っぽい力もありましたからね。僕を助けてくれたランブルセンにも恩がありましたから、国の為に力になることに抵抗はなかったです」
「大変だったね……」
「先輩に比べれば、恵まれてたと思います。大事な人達にも出会えましたし」
松本ハーレムは健在だ。より親密度は上がり、結束も固くなっている。
庭園を抜け、真っ赤な絨毯が敷かれた通路を進むと其処は謁見の間である。
「元、ですけどね」
一応、謁見の間としては機能しているらしい。しかし此処も王様の指示で、落命後は改築の予定だそうだ。共和国となっても王様という形が残されてるのは、ひとえに王様の好感度の高さからだ。国民は王様が大好きなのだ。
「おぉ、ヤスシ君か」
と、皆で玉座とか眺めていると、奥から一人のおじいちゃんが出てきた。ゆったりとした服装で長いお髭が特徴的なおじいちゃんだ。
「あ、王様」
「ほっほ、もう王様じゃないけどね」
やっぱり王様だった。と、目が合ったので会釈をする。
「ふむ、君もヤスシ君と同じ国出身っぽいね。てことはアサギ君かい?」
「あ、はい。アサギ=カミヤシロと申します」
「そんな畏まらんでいいよ。もう王様じゃないしねぇ」
見た目はかなりのお年っぽいが、喋り方がやたら若者っぽくてフランクで脳が混乱する。
「キリコちゃんのお客さんだったねぇ。キリコちゃんはあっちの部屋に居るからね」
「キリコちゃん……」
誰のことか分からないが、本能が分かりたくないと訴えてくる。
「じゃあワシ行くね」
「はい、王様」
「もう王様じゃないっちゅーの。じゃあねヤスシ君」
最後までフランクだった王様がひらひらと手を振りながら庭園の方へと歩いて行った。それを見送った僕達は、王様が指差した方の部屋を見る。王様が出てきた方とは反対側の部屋だ。其処にキリコなる人物が居るのだろう。
「キリコ……」
「先輩、あんまりその名前は……」
「うん……何となくだけど危険な香りがする」
僕が此処に来た理由を考えれば、その名前が誰を示すかはすぐに分かった。いや分かりたくなかったけど。
「早く行こう」
スタスタとダニエラが先を歩き、部屋の扉を叩いた。恐れを知らねーな……。
「開いとるから入れ」
「あぁ」
レイチェルの声がする。あぁ、やっぱりレイチェルの声がした。
扉を開いたダニエラが手招きをする。僕と松本君は揃って深い溜息を吐き、その部屋へと向かった。




