第三百八十四話 兵士達との旅
「くぁ…………っはぁぁ……」
「でかい欠伸だな……」
「眠い……」
「ほら、顔洗ってきなよ」
「ん……」
白い上体を起こしたダニエラが緩慢な動作で服を着て部屋を出ていく。僕はお先に顔を洗って身支度も整えている。
散らかったベッド周りを片付けているとダニエラが戻ってきたので、一緒に食堂へ向かう。其処には既に店長とレモンが座っていた。ちゃんとした場所で眠れたからだろうか、心なしかいつもより肌の艶が良い。
「おはようございます、アサギ先輩、ダニエラ先輩」
「おはよう、レモン。良かった、元気そうだ」
「昨日は久しぶりに飲んだので潰れてしまいました……」
照れ臭そうに笑うが、ちゃんと店長が介抱してくれたからか、翌日には響いていないようだ。
兵士達の列に加わり、皆と一緒の朝食を受け取った僕は店長達が座る席に戻る。二人共既に食べ終えているが、ゆったりと食後の休憩、兼イチャついている。それを見ながらの食事は想像以上に腹が膨れた。
「では、出発します!」
「お願いします」
元気良く敬礼する兵士に頭を下げる。すると兵士は緊張した面持ちで馬を繋いだ馬車の御者席に座り、手綱を握った。
「お世話になりました」
馬車の傍に立つガッセルさんに礼を言うと、嬉しそうに敬礼をしてくれた。
「此方こそ、会えて良かったです! また近くに来られた際は訪ねてください!」
「えぇ、必ず」
僕も胸元に手を当て、返礼をする。あちらの世界の返礼の形だが、嬉しそうに微笑んでくれたので礼儀的には同じようだ。
「お元気で!」
「ガッセルさんも!」
馬車が動き出し、砦がゆっくりと遠ざかっていく。手を振るガッセルさんの後ろに何人かの兵が一緒に手を振っていた。よく見ると一緒にお風呂に入った兵達だった。やはり裸の付き合いをした仲だけあって見送りに来てくれた。一晩の付き合いだったが、嬉しいな。
ガタリと馬車が揺れ、動き出す。馬の蹄鉄が地面を踏み締める音が鳴り、ゆっくりと砦が後方へと下がっていった。
僕は彼らの姿が丘陵の影に消えて見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
□ □ □ □
砦からは数人の兵士を乗せた馬車が出発した。僕達が乗る後部座席には、ダニエラ、店長、レモン、僕の他に4名の兵士が。そして御者席には1名の兵士。
その御者の兵士は実にお喋りだった。
「いやね、僕もフィラルド出身なんですよ。アサギさんのお話は偶に里帰りした時に聞きましたよ。黒兎、でしたっけ。あっ、これって詐称でしたっけ。すみませんね。いやでもほら、可愛らしいじゃないですか。僕結構好きですよ」
「あはは、ありがとう」
「あとほら、うちのガッセル隊長! 知ってました? 実は衛兵隊隊長のラッセルさんの従兄弟なんですよ。凄い偶然ですよね。でも僕に言わせてみれば名前似てるし、よく見たら顔も割と似てるんですよね。ガッセル隊長は髭ありますけど、ほら、剃ったら似てると思いません?」
「あーうん、確かに」
「ですよねぇ。そういえばこの間里帰りした時にラッセルさんとお話したんですけど、アサギさんの事話してましたよ。確か南のフリュゲルニア帝国の帝都で行われた帝剣武闘会で準優勝したんですって? しかも優勝はそちらのダニエラさんだったとか。すっげぇ、ツートップを乗せた馬車の運転してるのか僕!」
「ちょ、前見て、前」
「あっはっは、すみませんすみません!」
ずっとこんな調子だ。もう彼以外はグロッキー状態だった。妙に僕に懐いている所為か、暗黙の了解で僕が相手することになってるのが解せない。
「いやぁー、ほんっと光栄ですよ! あっ、ゴブリン」
「何!?」
「よし、私に任せろ」
「いや此処は私が」
「いえいえ、私が行きますので!」
と兵士の皆さんが言ってる間に《神速》で距離を詰めて一太刀で固まっていた4匹の首を落とした。しっかりと討伐証明の左耳と鉄製武器を3つ回収して荷台へと戻った。
「……」
7人からの視線が痛い。言わずとも分かる。この御者が喋り倒している所為で皆、ストレスが溜まっているのだ。
だが言わせて欲しい。
「僕が一番キレそう……」
「あぁ……」
「それは……」
「すみません……」
ゴブリンに八つ当たりするなんて最低だが、僕も人間なのだ。
「いっやぁ、流石ですねぇ! 凄いです!」
「ありがとね……」
「あれっ、何か疲れてます?」
「ちょっとね……」
「じゃあゆっくり休んでください! もうすぐで今日の野営地ですから!」
流石に気は遣えるようで、それ以降は比較的静かになった。此処で問題なのは『比較的』ということだ。
「それにしても速かったですね! そんなに速くて大丈夫なんですか? 全然見えなかったです!」
「そうだね、速かったね」
「凄かったです!」
ずっとこんな調子だ。文字数が少なくなっただけで声量と勢いが全然減衰していない。対照的に僕の体力は心身ともに減退していく。怒る元気もなくなった。よく出来た作戦だった。
そんな御者も流石に喋り疲れたのか、野営地に到着してからは大人しくなった。溜め込んだ話題が尽きたのだろう。陰キャ代表の僕には考えられないレベルの引き出しの量だったが、無事に生き残れた。
更に言うと他の4人と一緒に野営地の設営をしていたのも関係しているだろう。旅慣れてる僕達も手伝おうとしたが『此処は私達が』の一点張りだった。仕方ないので周囲の魔物を殲滅することにした僕達だった。
東西南北に別れ、《気配感知》で反応のあった場所へ赴き、危険を排除する。それを数度繰り返してから野営地に戻ると立派な天幕が3棟、出来上がっていた。食事の準備も始めていた。
「すみません、雑用をさせてしまって……」
「いやいや、僕達が勝手にしたことですから」
と、一人の兵士が頭を下げてくるので慌てて上げてもらった。
しばらくするとダニエラ達も帰ってきた。その頃には火に掛けられた鍋からも湯気が昇り、いい匂いが漂ってくる。全員、色んな意味で疲れていたので、すぐに食事となった。
「ん……旨いな、これ」
「あ、それ自分が作ったんですよ」
「めっちゃ旨いですよ」
「ありがとうございます!」
なんて軽い雑談をしながらの食事だ。大人数での食事は楽しい。外で食べると味も良い。
気がかりなのは先程まで喋り散らしていた彼が大人しいことくらいだ。本当に引き出しが尽きたのだろうか。
「アサギさん……」
「ん?」
そんな彼が何処か申し訳無さそうに顔を上げた。
「先程はすみませんでした。僕、舞い上がっちゃって。全然気を遣わずに話してしまって」
あぁ、きっと僕達が魔物を排除してた時に皆に言われたんだろうなと思った。僕にも経験があるが、舞い上がってる時って自分じゃ気付けないよな。だからあんなに頑なに5人で作業しようとしてたのか。
「はは、いや、面白い話とか懐かしい話も聞けて良かったって思ってるよ。僕もちょっと疲れちゃったところもあったけど」
昼間の事を夜に持ち込むのも大人気ない話だ。
「すみません……」
「いやでもほら、そのお陰でこうして仲良く旨い食事を楽しめてる。良いってことよ」
実際、いい感じの疲労感で飯も旨い。一日の終わりとしては上々であった。
食事も終え、人心地がついたところで見張りの話になった。
「見張りは私達が交代でしますので、皆様はゆっくり休んでください」
「いや、そうもいかん。お前達だけ負担させて休むなんて出来ない」
ダニエラが断固として譲らない姿勢を見せる。その意見には僕も賛成だ。
「あと2日あるわけだし、皆で交代でやっていこう。その方が負担も減るだろう。3人もそれで良いか?」
向き直ってくるダニエラに店長達と一緒に頷き返し、参加表明をする。兵士の皆は遠慮していたが、僕達4人も参加することが決まった。一先ず今夜、最初の見張りは言い出した私がやるとダニエラが言ったので、後の全員は暫く休むことにした。




