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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百七十三話 鬼の里の夜

「やっぱ米なんだよなぁ……」


 噛み締める懐かしき甘みに涙腺が緩む。異世界来たら皆して米栽培しやがってと馬鹿にしていたが、何だかんだ言って僕も日本人だったってことらしい。


 ユウナギの親父さんである鬼族族長『ヤマト』さんのご厚意で夕飯を共にすることになった僕とダニエラの前に並べられたのは、和食だった。鬼族の主食はお米だそうで、この地下都市ヤクシャシュタットでは、陽の光もないのに米が栽培されていた。


「これもみんなエルフ族のお陰なんやで」


 そう言って笑ったヤマトさんは豪快に米を食らう。隣のダニエラは不思議そうに、米を口に運ぶ。初めて手にしたという箸だが、扱いは僕を見てすぐにマスターしていた。


「旨いなぁ……」


 僕は味わうように、一口一口噛み締める。一緒に並べられた味噌汁や、魚の塩焼きも抜群に旨い。此処に来て和食が食べられるなんて思わなかったなぁ。




 幸福な時間はあっという間に過ぎ去り、卓の上に並べられていた食器類は片付けられ、代わりに食後のお茶が人数分と、古びた独鈷が一つ、置かれていた。


「此奴の話を聞きたいんやけど、ええか?」

「えぇ、勿論」


 何故これを手に入れたか。何故これを手に入れることになったか。それを話すには僕が異世界から来た人間ということも話さねばなるまい。


 僕は用意された熱いお茶を一口啜り、語り始めた。



  □   □   □   □



「そうか……大変やったな」

「えぇ、でもダニエラが居てくれたので此処まで来ることが出来ました」


 異世界にやってきてからの事を語り終えた僕は、ぬるくなったお茶を飲み干す。


 ノヴァとの因縁も話した。ノヴァが秘密裏に繰り返し行っていた《神界接続(リンカネーション)》のことも話した。当然、僕は知ってるものだと思いながら話したが、ヤマトさん達は全くそれを知らなかった。


「俺等がノヴァを嫌うんは、あの自立思考型魔道具の所為でエルフ族が滅んでしまったからや。アサギの話を聞いて、漸く分かったことがある」

「分かったこと?」

「何でエルフ族が滅んだかや」


 ダニエラの耳がピクリと動くのを横目に、ヤマトさんの言葉をジッと待つ。


「まぁ、恐らくなんやけどな……ノヴァは過去に神界接続に成功したんちゃうか」

「成功……あぁ、そういうことか。神界に接続してしまったから、神の逆鱗に触れてしまったと」

「そういうことや」


 ヤマトさんが言うには、昔はもっと魔素に溢れた世界だったらしい。その豊富な魔素を使って行われた神界接続の結果、エルフ族は力を奪われ、作り替えられた。


「それをノヴァが再び行おうとしているってことは……」

「ひょっとしたら世界そのものが滅びるかもしれへんな……」


 重苦しい沈黙が訪れる。


 僕はノヴァの実験の所為で過去、現在、そして未来の不幸な人間を救いたかった。問答無用に、無差別に、強制的に召喚され、帰る術はなく。今まで積み上げてきたものや、これから訪れるであろう幸福、不幸、そういった人生の全てを奪われるなんて、絶対に許せないことだ。


 その為だけに戦うと決めた僕だったが、事はそれ以上に大きいらしい。世界そのものを救う戦いに発展してしまった。


「僕達が戦うことで、どういった結果になるか分からないですけど、戦わないという選択肢は選びたくないです。僕はこの世界に飛ばされて、帰れないと知って泣き崩れた人を見ました。もうそんな人達は見たくない」

「せやな……あぁ、懐かしい顔思い出したわ。彼奴も何処か、諦めたような顔して生きて、死んでったけど、もしかしたら彼奴も異世界の人間やったんかもしれんな……」


 ヤマトさんが遠い過去の事を思い出すように優しく笑う。それを見ていたユウナギが僕へと向き直った。


「……アサギも帰れんのやろ? 辛くないん?」

「僕もまぁ、辛くないと言えば嘘になるけど、此奴を放っておけないし」


 ダニエラを肘で突くと、ユウナギが笑い、ダニエラが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「アサギよりは生きていけるし、生きてきたぞ。大きなお世話だ」

「あはははっ」


 食後のお茶会は和やかな空気で包まれる。このままの雰囲気で終わりたいが……僕達はその為に此処へ来た訳ではない。


「それで、ノヴァはどれだけの戦力持っとるんや?」


 真面目な表情になったヤマトさんの低い声に、彼以外の3人の背筋が伸びた。


「身を挺して情報を探ってくれた人が居ました。彼女の情報では、『自動人形(オートマタ)』千体の軍が用意されているそうです」

「それ以外は聞いてないな」

「ふむ……」


 ヤマトさんは腕を組み、ジッと卓上の独鈷を睨みながら、ポツリと呟いた。


「ほな、1万はおるやろな」


 出された数字の大きさに、思わず息を呑んでしまう。


「その根拠は?」

「身を挺したって事は、探られてるのはバレてるってことや。なら、その数字は信用出来ん。10倍は用意してると考えて、ちょうどええくらいやろな」

「1万の自動人形……」


 あの霧に包まれた緑の丘に1万の自動人形が並んでいる姿を想像して戦慄した。僕にダニエラ、店長、レイチェル、松本君、そして鬼族。これだけの戦力でその数に対抗なんて出来るのか?

 仮に突破出来たとしても、きっと奥の手もあるだろう。それを対処する為の体力があるかも疑わしい。千体なら何とかなると思っていたが、これは流石に……。


「まぁ、皮算用してもしゃあないし、今日のところはゆっくりしてけや。ほんで明日なったら島に帰れ。急いでるんやろ?」

「そうですけど、もっと作戦とか煮詰めないで大丈夫なんですか?」

「煮詰めるも何も、それが皮算用や言うてんねん。全戦力が揃ってないのに考えてもしゃあないやろ?」


 それもそうだ。まだ店長とも合流してないし、レイチェルとも松本君とも話もしてない。それでも何か考えたいと思うのは、あまりにも膨大な数字に萎縮してしまってるからだろう。それが自分で分かってしまったのが情けない。


「肩の力抜いて、ゆっくり休めや。それから気楽に考えたらええやろ」

「そうですね……じゃあ、休ませてもらいます」

「よっしゃ、ユウナギ、案内したれ」


 膝をパン、と叩いたヤマトさんが立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。残ったユウナギはそれを横目で見送り、姿が見えなくなると大きな溜息を吐いた。


「ほんまにあのおっさんは……ごめんな、やかましかったやろ?」

「いや、気にしてないよ。賑やかだし気遣いも出来るいいお父さんだ」

「それは言い過ぎやろ!」


 そう言って一頻り笑ったユウナギは、ヤマトさんと同じように膝を叩いて立ち上がった。


「二人の寝室に案内するわ。付いてきてぇや」

「うん、行こうダニエラ」

「ちょっと待て」


 残りのお茶を流し込んだダニエラが立ち上がるのを待って、二人並んでユウナギの後を付いていく。

 流石は族長の家だけあって、大きくて広い。幾つかの扉と廊下を通って、用意された寝室へと案内された。此処まで通った途中に、階段は見当たらなかった。やはり天井がある世界だから、出来るだけ低く設定されているのだろうか。塔があるのも、それに比例して周りを低くしているような気がする。


「此処や。ダニエラはこっち」

「なんだ、アサギと一緒じゃないのか」

「男と女が一緒な訳ないやろ?」


 鬼族というのは貞操観念がしっかりした種族らしい。ふむ、と頷いたダニエラはユウナギに案内されて向かいの部屋へと入っていった。


「さてと……」


 一人残された僕は目の前の扉を、一応ノックしてから開いた。勿論、中には誰も居なかった。


「おぉ、これは凄いな……」


 純和風、と呼べる部屋が、其処には広がっていた。ふすまじゃなくて扉だったりと多少の違和感はあるが、部屋の造り自体は和室と呼べるだろう。6畳程の広さに、ちゃんと畳まで敷かれている。


 部屋の隅に置かれた照明の魔道具は、仕組みは一緒でも見た目が丸っきり行灯だ。木で組まれた四角柱の枠に貼られた紙には、不思議な模様が描かれ、それが影となって部屋を照らす。それが何処か懐かしい気分にさせてくれる。


 中央に敷かれているのは布団だ。枕は触れるとじゃらじゃらと音が鳴る。籾殻だ。掛け布団は懐かしい重み……綿だった。


「此奴は拙いぞ……離れられなくなる」


 ノスタルジックな感情が沸々と湧き出てしまう。気付けば僕は布団に包まり、3秒もしない内に夢の世界へと旅立っていた。



  □   □   □   □



 若干乱暴に起こされるまで、僕は自分が寝ていることに気付かなかった。これ程深い眠りは何時以来だろう。


「ほらさっさと起き! 何時まで寝てんねん!」

「あぁ……ごめん。あまりにも寝心地が良くて……」

「お、分かるか、布団の良さ! まぁアサギなら分かると思ってたけどな」

「それってどういう意味で?」


 二度寝したい気持ちをどうにか抑えて布団から這い出ていると、頭上で腕を組んだユウナギが嬉しそうに言う。


「そらこの布団作ったんが大昔の勇者やからな! アサギと同じ世界から来たんやで?」

「あー……なるほど、納得した」


 だろうなとは思っていた。此処まで和風文化を再現するのに、鬼族だけじゃどれ程の偶然が重なっても難しい。それくらいこの部屋は懐かし過ぎた。其処に勇者の知恵と努力が加わっていたなら、納得出来る。


 むしろよく此処まで再現出来たものだと尊敬するよ。それ程、帰りたかったのだと思うと、ツンと鼻の奥が痛む。


「ほら、皆待ってるからはよ支度しぃや」

「うん、分かった。先に行ってて」

「ん」


 短く返事をしたユウナギが部屋を出たのを確認してから、僕はこっそりと目頭を拭った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帰りたい帰りたいと言うけど実際は腹を刺されて死んでたことを無視しすぎじゃないかと思う
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