第三百七十二話 ヤクシャシュタット
幾つも分岐があり、曲がりくねり、本当に迷路のような洞窟だ。こんな洞窟、《夜目》が使えたって秒で迷子になってしまうだろう。
「この先だ」
しかし僕達には心強い味方が居る。この案内人は迷宮在住の鬼さん、ユウナギだ。住人に案内してもらっているのだ。迷うはずがなかった。
最後の曲がり角を抜けると、洞窟には不釣り合いな木の扉が現れた。
ユウナギがトントン、と軽くノックをすると、少し待ってからギィ、と扉が開かれる。
「……其奴等は何だ?」
其処に立っていたのは男の鬼だった。でも筋骨隆々で金棒は持っていない。どちらかと言えばスマートだ。細マッチョ系のイケメン鬼が僕とダニエラをジッと睨む。
「同志だ。彼等が独鈷を見つけ、そして返してくれた」
ユウナギが手にした独鈷をイケメンに見せる。するとイケメンは一瞬だけ目を見開き、驚きの表情を見せた。が、すぐに頭を振り、冷静さを取り戻す。
「……だからと言って彼等を里に入れる訳にはいかない」
「彼等もノヴァと戦うんだ。同志と言ったろう。親父殿に会わせたい。通してくれないか?」
親父殿? 先程は族長と言っていたが、ひょっとしてユウナギはその族長の娘なのか?
ユウナギが独鈷を取り出し、門番に見せているのをボーッと眺めていると、脇腹をダニエラに小突かれる。
「もっと賢そうな顔をしろ」
「何時だって僕は賢い顔だが?」
とは言ってみたが少し気が緩んでいたかもしれない。このユウナギの大きな後ろ姿、凄く頼りになって安心出来るんだよな。立派だ。
独鈷を見た門番は目を見開き、驚いていたようだ。すぐに理解した彼は入る許可を出し、僕達をユウナギに任せて族長の家へと走っていった。
「さて、ようこそ、鬼の里へ。里の名はエルフ族の町の名をそのまま貰った『ヤクシャシュタット』だ。言いにくいが良い里だ」
ヤクシャシュタット……確かに舌を噛みそうだが、何か意味があるのだろう。
「じゃあゆっくり行こう。皆もびっくりしているだろうから、時間が必要だ」
それもそうだということで町を散策しながら家へ向かうことになった。
扉を抜けた先は地下とは思えない程に明るく、そして町並みを見た僕とダニエラは暫く言葉を失った。
「どうだ? 地下とは思えない程の里だろう?」
「……ッ」
「これは……」
「ふふ。言葉も出ないか?」
確かに言葉が出ないが、それはユウナギが思っている理由とは少し違う。
僕とダニエラが同時に言葉を失った理由、それはこの町並みによく似た町を以前見たことがあったからだ。
「似ている……」
「うん、エスタロスタにそっくりだ」
ゴブリンが溢れ出した地下廃墟都市、エスタロスタ。あの古代エルフが作った町と見た目がそっくりだった。
石造りの四角い建築物や、大きな塔もある。配置は違っても、構成している要素は一緒だ。
「エスタロスタ? それは外の世界の町か?」
「此処と同じような地下都市だよ。其処は古代エルフが住んでいた廃墟だったけど、此処と殆ど同じ見た目の町並みだった」
「なるほど、そういうことか。ならそれも当然だ。此処は、元はエルフ族の町だ」
ユウナギの言葉にピクリと肩が跳ねる。そうか……そう考えると、辻褄が合う。なるほど、古代エルフはこの島の地下にも町を作っていたのか。龍脈に近い場所に住む傾向のある種族だから当然と言えば当然か。
この島は龍脈に近い。だから第二番施設が建てられた。其処から更に奥深く、地下に都市を作って研究するのは不自然なことではなかった。
「彼等の町に住まわせてもらっているから、世界があんなことになっても我等は滅びずに生き延びた」
「世界?」
「あぁ、神様の逆鱗に触れてエルフ族が作り変えられ、滅ぼされた時だ。あの時は大変だった……まぁ我はまだ生まれてないが」
その辺の話はじっくり聞きたいが、ゆっくりしてもいられない。これでも結構忙しい身だ。とは言え焦る必要もない。微妙な身である。
「母から少し聞いたことがある。それも又聞きではあるが、突如として全能に近い力を奪われ、大混乱し、後にエルフ同士で戦争が起こって数が激減したそうだ」
「あぁ、それからひっそりと暮らし、数を増やして今に至る」
「大変だったんだな……」
全能に近い力、か。一体古代エルフはどれだけの力を持っていたんだろう。そんなエルフ族が神に罰せられた結果が、今の世界だ。良かったのか、悪かったのか。
ユウナギの後ろをトコトコとついていく。地下とは思えないほどの明るさは古代エルフが残した魔道具の恩恵だろう。地上と変わりない明るさだ。
天井から差し込む陽の光に似た輝きは、ユウナギは太陽の作り物だと言う。眩しいからジッとは見られないが、ゆっくりと動いて太陽の動きを真似しているそうだ。
かつてのエスタロスタも同じような機構があったのかもしれないな。
「もうすぐ族長の家だ。まぁ、我の家でもあるが」
「……人が集まっているな」
「先触れを出したから当然だな。勿論、これの話を聞いて集まっている。上手く説明してやってくれ」
手にした独鈷を見せたユウナギに頷き返し、待ち構える屈強な鬼族の紳士淑女へと視線を送り、軽く会釈しておいた。
□ □ □ □
「お前が独鈷を見つけてきたそうだな」
まるで山が唸ってるかのような低く、響く声。発している本人も、山のようだ。
「はい、この島のエルフ族の遺跡で貰いました」
正確には置いてあるのを持ってきただけだが、許可は貰っている。
「そうか……ほなお前も仲間やな!」
「へぇっ!?」
突然の懐かしい方言に思わず変な声が出た。
「何やねん、きしょい声出して。ほらはよ来いや! とりあえず飯や飯! ユウナギ、お母さんの手伝いせぇ!」
「お父さん、威厳無いからその言葉遣いやめて言うたやん!!」
「しゃあないやろ! 仲間や言うてんのに他人行儀な喋り方なんか出来るか!」
ダニエラと二人して固まっている。状況が急展開過ぎてついて行けない。誰か説明してほしい。
「あっ……ごほん、ほら、アサギ、食事を出そう」
振り返ったユウナギが咳払い一つ、キリッとした顔で腕を組んだ。
「いや今更それは……」
「無理があるぞ」
「あーもう、第一印象大事やのに……やらかしたぁぁ!」
頭を掻き毟りながらしゃがみ込むユウナギ。さっきまでの頼れる背中は何処にもなかった。
「鬼族の方言やねん……人の振りして町に行った時に田舎もんや言われて馬鹿にされてから皆で気ぃ付けてたんやけどなぁ」
「僕は別に嫌いじゃないけど」
「言葉が通じるなら何でもいい」
「ほんま? 嘘やろめっちゃ優しいやん……ありがとうな」
ちょっと涙目のユウナギ。あの古風な喋り方は舐められないようにという自衛だったらしい。別に僕は気にしないけど、あの町の冒険者が相手ならちょっと、なぁ。
「お前ら何してんねん! 飯や言うとるやろ!」
「今行くがな! ほら、二人共、行こ」
立ち上がったユウナギに手を引かれ、家へと続く階段を転がりそうになりながら駆ける。まるで初めて友達が出来たような嬉しさが、握られた大きな手を通して伝わってくる。
そうか、同志でありながら、友達になれたんだ。
そう理解した僕とダニエラは顔を見合わせて微笑み合った。
ヤクシャ・シュタット=鬼の町
古代エルフが鬼たちの為に作った町です。




