第三百七十話 レヴィとの別れ
ひと悶着あったが、無事に……多分無事に冒険者ギルドに到着出来た。
「『冒険者ギルドレルクル支部』……やっと着いた」
「さっさと済まそう」
以前、騒ぎになってしまったから少し気が急いているダニエラがクイクイとジャケットの裾を引っ張る。
「レヴィは……クエスト報告か?」
「そうですね。アサギ様達に出会う前まで魔物討伐をしてましたので。その報告を終えたら島を出ようかと」
「そうか。寂しくなるな」
数日間ではあったが騒がしく、賑やかな日々を過ごせた。レヴィとの模擬戦はとても有意義だったし。
「そうですね……離れたくないです」
そう言ってそっと僕の背に寄り添おうとするので一歩二歩と前へ進む。
「あんまりいじめてくれるな。僕がダニエラに殺される」
「殺しはしない。半分だけだ」
ゾッとするね、まったく。
ギルドの中は日中ということでそんなに人は多くない。朝ならクエスト板やカウンターがごった返しているし、夜は酒場が騒々しい。昼間は真面目に外で働いている。この時間に来て良かった。
「じゃあ僕達はこっちだ」
ステカは『質問・その他』のカウンターで更新してもらえる。
「私は此方に」
魔物の討伐報告は『クエスト報告』のカウンターだ。じゃあまた後で、と手を振り、僕は虚ろの腕輪からステカを取り出しながらカウンターの前に立った。
「すみません、ステータスカードの更新をしたいんですけど」
「あー、はい。お二人ともですか?」
「あぁ、一緒に頼む」
「畏まりましたぁ」
ふにゃーっとした顔をしたギルド員さんが僕とダニエラのカードを持って奥へと行く。暫くして『うぇぇぇぇえ!?』なんて声が聞こえてきた。
何だ何だと周りが騒がしいが、これでも少ない方だ。本当に日中で良かった。
「お、お待たせいたしました……」
さっきとは打って変わって畏まった顔でギルド員さんが、背中に鉄の棒でも入れたかのように直立しながら歩いてきた。
「あ、あの、普通で構いませんので……」
「あっ、は、はいぃ」
「其処まで露骨に対応されると腹も立つしな」
「こら、ダニエラ!」
せっかく鉄の棒を取り除いたのにダニエラの一言でまた刺さった。
「こっちは放っておいていいので、カードください」
「はっ、はっ……」
「犬か」
「ダニエラ!」
ギルド員さんが過呼吸気味になってきたので僕はダニエラをカウンターから押し出し、控え用の椅子に座らせてくる。
「本当にごめんなさい。彼奴は馬鹿なので」
「いえっ、わ、私、こそ……うぅぅ……」
「泣かないでください、泣かないでください!」
まるで僕が悪者みたいになってしまう!
「深呼吸してください! はい、吸ってー、吐いてー」
「すぅ、はぁ、すぅはぁ、……ふぅ……すみませんでした……此方がステータスカードです」
「はい、ありがとうございました。本当にごめんなさい。きつく叱っておきますので」
何とか泣かずにやりきった。僕が泣きたいくらいだったが、無事に更新が出来た。ふぅ……何で更新だけでこんなに疲れなきゃいけないんだ……。
さて……久しぶりのステータスチェックだ。最後に見たのはいつだっけ。確か……そうそう。帝都でカルテラーザ家のクエストを受けた時だった気がする。
そんな事を思い出しながら控室の方に向かうと、ダニエラが椅子に座り、足を組んでふんぞり返り、冒険者達がペコペコと頭を下げていた。
「ちょっと目を離した隙にお前は……」
「此奴等がくだらない言葉を並べて絡んできたから立場というものを分からせただけだ」
そう言い放ち、舌打ちをすると冒険者達はビクリと肩を震わせた。まぁこういう場所だし、相手がダニエラならこうもなるか……。
「教育が必要だな」
「ひぃっ……」
「いいよ、もう行こうぜ」
「アサギがそう言うなら」
組んだスラリと長い足を解く動作一つ一つにビクビクと怯える冒険者を放置して僕達は控室から出た。
すると其処にはレヴィが壁に背を預けて待っていた。僕達を一瞥して溜息一つ。
「こうならないように釘を刺していたつもりだったんですけどね……耳の遠い奴等ばかりでうんざりします」
「まぁ仕方ないよ」
「そうだあ。仕方ない」
「はぁ……。それでは私は出発します。船の時間が近いので」
壁から離れたレヴィが握手を求めてきたのでその手をギュッと握る。
「短い間だったけどちゃんと冒険出来て楽しかったよ。また試合しよう」
「その時は圧勝してみせます。そして私の旦那様にさせます」
「それだけは勘弁してくれ……」
僕の拒絶にも苦笑で対応してみせるレヴィ。何だかんだで色々と吹っ切れているようだ。一時はヤンデレ事案かと思って肝を冷やしたが、これならまぁ、安心していい……のかもしれない。
続いてレヴィはダニエラとハグを交わした。
「貴女は私の生涯のライバルです。いつか試合にも勝ち、アサギ様も奪います」
「何方も無理な話だな。だが挑む姿勢は褒めてやる。いつでも来い」
物騒な話だが、二人とも笑顔だ。これはこれで良い関係と言えるだろう。その間に僕を挟むのはやめてもらいたいが。
「それでは、ご機嫌よう!」
元気いっぱいに手を振り、レヴィはギルドの出口へと消えていった。しかしまぁ、嵐のような人だったな……。でも学ぶことも多かったし、良い出会いだった。できればこれで縁が切れるなんてことはあってほしくないな。
「……私達も行こう。そういえば宿を取ってない」
「そういえばそうだな。またレイチェルの家に世話になるのは気が引けるし、フスクスで宿を探して今日は休もう」
頷くダニエラに頷き返し、僕達は冒険者ギルドを後にした。
□ □ □ □
流石、赤屋根温泉街である。温泉宿も多かったので何の問題もなく泊まることが出来た。海が近いので海産物は新鮮だし、やはり温泉が気持ち良い。
食事と温泉を楽しんだ僕とダニエラは最高潮にだらけていた。この上なく、これ以上なく、だらけていた。
「あー……明日はレイチェルに会ってから島を出るか……」
「そうだな。ところでダニエラ」
「なんだー……?」
「さっき鬼に会ったんだ」
「鬼かー………………鬼!? ッたぁい!!」
椅子の背凭れに体重を預けていたダニエラがガバッと起き上がる。その反射でビクンと跳ねた膝がテーブルの裏を強く叩いた。
「今夜……もう少ししたら待ち合わせしてるから行こう」
「待て待て待て! まったく話が分からん! 一から説明しろ!」
それもそうだ。ということで鬼に会った経緯と独鈷の話をしてやった。
「……なるほど。確かに所有権を主張する権利はあるか。渡しても問題ないし、渡す必要すらある」
「そうなんだよ。それがまわりまわって僕達の為になるのであれば、渡してもいいと僕は思ってる」
「私も賛成だ。何しろ自動人形の群れが控えている。その独鈷の力が戦力に加わるのは此方としても歓迎出来る話だな」
良かった。僕もダニエラと同じ意見だ。あの独鈷は返却するということでよさそうだ。
さて、そろそろ時間だが、まだちょっと余裕がある。何しろ僕は足が速い。多少出る時間が遅れても問題にもならない。
「ステータス、見ておこうか」
「そうだな。私も久しぶりに見る」
普段はあまり気にしてないから仕方がない。
お互いに虚ろの腕輪からステータスカードを取り出して、お決まりの文句を唱える。
「「ステータスオープン」」
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:A)
二つ名:銀翆
LV:95
HP:930/930
MP:892/892
STR:503 VIT:521
AGI:1091 DEX:536
INT:499 LUK:40
所持スキル:器用貧乏(-),神狼の脚(-),神狼の眼(-),深狼の影(-),片手剣術(10/10),短剣術(6/10),槍術(6/10),弓術(2/10),大剣術(7/10),気配感知(10/10),気配遮断(7/10),夜目(8/10)
所持魔法:氷魔法(10/10),水魔法(9/10),火魔法(2/10)
受注クエスト:なし
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-神狼闘衣
腕-神狼闘衣
脚-神狼闘衣
足-神狼闘衣
武器-鎧の魔剣
-なし
-なし
衣服-神狼闘衣
装飾-虚ろの腕輪
◇ ◇ ◇ ◇
名前:ダニエラ=ヴィルシルフ
種族:白エルフ
職業:冒険者(ランク:A)
二つ名:白風
LV:98
HP:997/997
MP:963/963
STR:481 VIT:378
AGI:460 DEX:523
INT:499 LUK:31
所持スキル:新緑の眼(-),気配感知(10/10),片手剣術(9/10),弓術(10/10),短剣術(6/10),槍術(3/10)
所持魔法:風魔法(10/10),水魔法(6/10),土魔法(6/10)
受注クエスト:なし
パーティー契約:上社 朝霧
装備一覧:頭-森の民の面
体-風龍の軽鎧
腕-風龍の小手
脚-風龍のレギンス
足-風龍の革靴
武器-死生樹の細剣
-死生樹の弓
衣服-風龍のシャツ
-風龍のスカート
装飾-虚ろの腕輪
◇ ◇ ◇ ◇
ふむ……ふむ……。と二人で無言で確認する。僕はついに《片手剣術》と《気配感知》と《氷魔法》がレベル上限に達した。その他の普段使っているスキルももうすぐ上限だ。ゲームではないが、何か達成感のようなものが湧いてくる。
「私の方は色々と上限に達しているな」
「僕もだ。お互い、強くなったな」
「あぁ、アサギと一緒だからだな」
お互いのカードを交換して確認する。まだちょっとダニエラの方が上か……いつか並びたいものだ。
さて、ゆっくりと感傷に浸っている時間はない。駆け足になってしまうが、そろそろ待ち合わせの時間だ。
「鬼に会うのは初めてだ」
「僕だってそうだよ。でもまぁ多分危ない人じゃないと思うよ」
乱暴ではあるが、それは目的が目的だから仕方ないとも言える。理由だって納得出来るものだった。だからこそ独鈷を渡すという結論に至ったわけだし。
窓を開け、ダニエラの手を引いて夜の空へと踏み出す。鬼さんはまた透明になって待ってるのだろうか。ちょっとワクワクする。




