第三百六十五話 修羅場回避全振りマン
遅れて申し訳ありません(˘ω˘)
一晩経って漸く落ち着いたレヴィも交えて朝食を平らげた。ちなみに色々怖くて眠れず、朝まで一人で見張りをしていたのでめっちゃ眠い。
「さて、昨夜の試合についてだが……僕が話せることをゆっくり聞いてほしい」
「アサギ様の御言葉です。一字一句聞き逃しません」
とか言ってるけど、あんまり信用してない。聞き逃さなくても理解して納得するかは別問題だしなぁ。
とりあえず、《器用貧乏》のことだけを話す。異世界的なアレは言わない。言ったって意味ないし。神狼関連もだ。ユニークスキルということで全部片付けることにした。
「……てな訳で、ある程度の魔法や技術は学べるんだ。でも基本中の基本だけだ。其処から昇華させるのは僕の努力と才能次第ってこと」
「なるほど……つまり『凍血術』自体は習得していないということですね?」
「そうだな。あれは魔素の上書きをしただけだ。だからレヴィを越えたなんて烏滸がましいことは一切なかったんだよ。だから……」
「習得していないにも関わらず、あの物量を押し止めるなんて。あぁ、流石アサギ様です……」
予想はしていたが聞いちゃいないな、これは……。目を覚まさせることは出来なかった。
となれば待ってるのは修羅場だけだが、正直フィオナの時と店長の時のこと思い出すだけで胃が痛い……。何で僕から声を掛けた訳でもないのに、こんなことになってしまうんだ……。
異世界チーレムなんて松本君だけで十分だぜ……。
「でもまぁ、アサギ様にはダニエラさんが居ることですし、正妻は無理ですか……」
「おぉ……」
感動のあまり声が出てしまった。……ん? 正妻?
「愛人ということで此処は納得致します」
「納得すんな! 愛人も却下だ!」
「そうだぞ。アサギの恋人という立場は私だけだ。お前みたいな危険な人間は却下だ」
危険じゃなくても却下して欲しいところだが、ダニエラも僕と思いは一緒だ。ハーレムなんてありえない。こんなしょうもない修羅場なんて絶対嫌だぞ!
「ふむ……ではそういうことにしておきます」
片目を閉じて嘆息する姿は、『しょうがないからそういう事にしておいてやる』という何処か上から目線な印象を感じる。食えない女だな……暖簾に腕押しって感じだ。
朝食を食べ、昨夜の説明も終えた僕達は自然と3人で探索を始めた。何となく、じゃあまた今度とは言いにくかった。試合した所為かもしれない。
昨日はこの鬼の巣を探索してみたが、案の定というか、当たり前というか、結局何も見つからなかった。なので今日はもっと奥の方を探す事になった。
「とはいえ此処は島です。ある程度奥を探したところで人の手は入ってますよ」
「遭難するくらいの気持ちで進んで行くしかないんじゃないか?」
「うーん……」
周囲を見回してみるが、あるのは廃屋だけ。他は壊れた井戸とか、そんなんだ。生活していたのが分かる。こうして見ると鬼族というのも文化があったのだろう。意匠を見ても野蛮そうな雰囲気はしない。VSピーチ太郎鬼タイプではなく、ウェルカム村民鬼タイプだったのかもしれないな。
「居るからには役立ってもらうからな」
「アサギ様のお役に立てるのでしたら何でもしますよ」
何かやべー奴がやべーこと言ってるが気にしてたら精神が持たない。気を紛らわせたくて何も見えないふりをしつつ《神狼の眼》で遠くを見る。お空綺麗。
「ダニエラさんはアサギ様とは長いのですか?」
「そうだな……今までの人生では一番長く一緒に居るな。そろそろ1年くらいか」
「あら、そんなに長い期間ではないのですね」
「期間は問題じゃない。量より質、中身の濃さこそが生きていく上で重要だ」
「それは確かに言えてますね」
「その点で言えばレヴィの人生も中々濃そうだな。あの凍血術というのも……」
何だか仲良さげに話し始めた。出来れば移動して探したいところだが、僕一人離れて探すというのもな……仕方ないから《神狼の眼》で周囲から探索していく。ぐるぐると辺りを見回し、やはり何もないなと上空から見ようとして、ふと先程の井戸が目に入った。
「……まさかな」
井戸の底には色々な隠し要素が多い。コインを集めるおじさんが居たり、嘘を見抜く眼鏡があったり。
例えばこの井戸の底にキモンへの入り口があったりとか……。
「いや、ないか」
普通に井戸の底だった。若干水が滲み出てる感じはあるが、井戸としての機能は全く無い。何か無いかと調べてみるが、やはり何もない。スイッチとか、そんな物は一切ない。まったく、期待させるだけ期待させて何もないだなんて魔性の井戸ですわ。
「アサギ、いつまで突っ立ってるんだ。早く行くぞ」
「置いていきますよ」
「あ、ちょっと待って、今行く」
何故か僕がボケーッとしてた事になってたが言い返しても多勢に無勢なのを、僕はちゃんと理解しているので大人しくついていった。
□ □ □ □
鬼の巣の奥から伸びる山道はそのまま山頂まで続いている。この島の象徴のような大きな山だ。聞けばその山は火山だそうだ。此処最近は噴火とかしてないらしいが、死火山ではないようだ。
その山の上を目指すように山道を登りながら、ちょっとした獣道を探ったりして遺跡探索をするが、それらしき物は見つからなかった。
時折、壊れた石造りの建物があったが、遺跡とは呼べないただの空っぽの廃屋だ。崖際に作られて崩れ落ちた物や、蔦が絡まって入れないような、そんな物ばかり。
逆に言えばそんな山道から外れた奥地にもまだまだ建物はある。であれば遺跡も、もしかしたら……そう思って探索を続けて山道を進んでいたのだが、いつの間にか山頂までやって来ていた。
何故こうなったのか。それは其処に山があったからとしか言えない。
「良い景色だ……」
「清々しいですね……」
「あっつ……」
深呼吸するダニエラ。眩しそうに目を細めるレヴィ。上着を脱いで座り込む僕。
「たまにはこういう登山も良いな」
「実に健康的ですね。戦闘とはまた違った運動と言いますか……」
「平和的に体を動かすというのも大事か」
年寄りの健康談義みたいなのが始まってるが、僕は太腿がパンパンできつい。どちらかと言えば年寄りは僕だった。
ダニエラとレヴィの声に顔を上げて景色を眺めてみる。確かに綺麗だった。上には広がる青い空。眼下には何処までも広がる青い海。その二つの青を雲の白と森の緑がより際立たせていた。
「確かに……悪くないな」
「アサギもたまには運動しないとな」
「たまにはな」
あっちでも登山なんてやったことも、興味もなかったが、こうして実際に登ってみるのも良いかもしれない。心地良い疲労感と達成感と満足感は病みつきになりそうだった。
「けど目的は登山じゃないぞ。遺跡探しだ」
「うーん、しかし此処に来るまではハズレしかなかったぞ」
「そうなんだよなぁ……」
こうなったら反対側も探すしかないか……と、嫌々重い腰を上げた時、レヴィも小さく手を挙げた。
「質問なのですが、アサギ様達はどんな遺跡を探しているのですか? 此処まで鬼の巣と同じような廃屋は沢山ありましたが。かと言って財宝を探してるようには見せませんでしたし……もしかしてまた別の財宝でもあるのですか?」
「あー、言ってなかったか……一緒に探し始めたから言ってるつもりになってたよえっと、何処から説明しようか……」
いや、何処から『何処まで』、話すべきか。
「レゼレントリブルの話は知ってるか?」
と、考えていたらダニエラが口を開いた。
「えぇ、帝都に居ましたから。大昔のダンジョンが実は古代エルフの遺跡だったとか。それが暴走して大騒ぎになったのを鎮圧したのがアサギ様を含めた5人の冒険者だったと」
「あぁ、そうだ。それと同じ遺跡を探しているんだ。私達が得た情報だと、此処、鬼の巣にそれがある」
「暴走する可能性のある遺跡を攻略しているのですね……なるほど」
そう解釈してくれるのは有難かった。でもそれだと少々、問題がある。
「ですが、仮に見つけたとして、この3人で攻略出来るのですか?」
「いや、攻略は私とアサギでやる」
「それは……」
其処が問題だった。無関係のレヴィを遺跡内部に連れていくと、カルマさんがレヴィを異物として排除してしまうかもしれない。となると困ってしまうのはレゼレントリブルのような暴走状態だ。
カルマネットワークに登録された僕とダニエラ以外の人間は遺跡には入れたくない。
「古代エルフの遺跡だ。何があるか分からない。そんな遺跡を私とアサギで攻略してるしな」
「ですが私も二つ名持ちです。お役に立てると思いますが」
「すまないがこればっかりは譲れん」
全然すまなさそうな顔をしてないダニエラがバッサリと同行案を切り捨てる。ノーと言えない日本人代表である僕はダニエラの代わりにすまなさそうな顔をしておいた。
「その代わりと言っては何だが、財宝を見つけた場合はレヴィに譲る」
「冒険もせず、財宝だけ貰っては冒険者の恥ですよ」
「これ以上は譲歩出来ない。悪いな」
全然悪いと思ってない顔のダニエラが財宝を譲るということで交渉している。そんなダニエラの代わりに僕は悪そうな顔をしておいた。
「……はぁ、此処数日の付き合いですが、ダニエラさんが頑固なのは理解してます。私が折れるしかありませんね」
「悪いな」
「悪いです。ですが、此処はアサギ様に免じて引きましょう」
どうやら交渉成立したようだ。しかも僕のお陰らしい。表情筋鍛えておいて良かったぜ。
「しかしアレだな。肝心の遺跡が見つからない事には財宝もクソもないぞ」
「そうだな……レヴィ、何か心当たりはないか?」
「そうですね……この島には鬼の巣以外の特徴と言えば、この山くらいしかないですね」
例の火山か。もう少し登れば火口に着くが……。
「一先ず火口まで行ってみるとしよう」
「そうだな。どっこいしょっと」
「アサギ様、年寄り臭いです」
若干引き気味のレヴィを横目に僕は火口目指してもうひと踏ん張り、登山を楽しむことにした。




