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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百六十四話 私だけの魔法

 廃屋から出ると外は意外と明るかった。空を見上げると3つの月が煌々と輝き、足元には月明かりで出来た影が伸びている。


「月夜で良かったですね。怖くないでしょう?」

「さっきは凄くびっくりしただけだ。夜が怖いなんて年はとっくに過ぎたさ」


 言い返してから情けなさが込み上げてくる。それを唾液と一緒に飲み込む。


「さて、審判は私が行う。明日も早い。さっさと降参するか気絶してくれ」

「だとさ、レヴィ。よろしく頼むぜ」

「あら、それはアサギさんにお願い致しますね」

「じゃあ用意、始め」


 面倒臭さを隠しもしないダニエラの合図に慌てて剣を抜き、レヴィを見据える。が、すでにレヴィはお得意の『氷細剣』を構えて走り出していた。


「遅いですよ!」

「僕が遅いだって?」


 ひゅるりと巻き上がる白銀翆の風の力で立体起動を描き、レヴィの背後を取る。


「僕より速い奴なんてあんまり居ないぞ!」

「ふふっ!」


 背後を取り、剣を振り下ろしているというのにレヴィは笑う。其処に自信のようなものを感じ、一瞬警戒するも、まずは小手調べと振り下ろしてみた。


「ハァッ!」

「甘いですよ!」


 突きを放つ為、腕を引いていたレヴィの構える角度が変わった。まるで地面を突くように剣先が下を向く。反対に柄の角度は上がり、僕の方を向いた(・・・・・・・)


「あはぁ!」

「ッ!?」


 その違和感に気付けたのは数少ないながらも経験のお陰だったと思う。魔法はイメージ力。考え方一つで形は変わる。それが念頭にあったから、僕は鋭く伸びた柄を避けられた。


「あらぁ、惜しかったですね……」

「あっぶねぇ……」


 バックジャンプで距離を取り、息を整えようとして痛みに顔の右半分が引き攣る。そっと指を這わすと、血が付着していた。ゆっくりと探ると目の下が若干裂けていた。意識した途端、痛みが増してくる。


「痛てぇぇ……!」

「それくらいで痛がるなんて、可愛らしい。初心なんですね?」

「痛いもんは痛いんだよ!」


 カッターナイフで指先を切るのも痛いのに、剣で頬を切られたらとてもじゃないが平気とは言えない。そんな傷を沢山負ってきた僕ではあるが、痛みに慣れることは一生ないと思っている。


「ではもっともっと傷付けてあげましょう。私で素人童貞は卒業してくださいな」

「そんなんダニエラに怒られるわ!」


 かと言ってダニエラで卒業もしたくない。何故なら痛いのは大嫌いだからだ。頬から垂れる血をピッと指で拭い、気合いを入れ直す。


 帝剣武闘会で見たレヴィの戦いから細剣術と氷魔法がとても高レベルだとは分かっていたが、何処と無く力技の印象が強かったのは魔法の相殺が多かったからだろうか。まさか此処まで繊細で多彩な使い方をするとは予想出来なかった。


「さて、では本番と行きましょうか」

「こっちも準備運動終わったし、行くかな」


 鎧の魔剣を右手で持ち、肩に担ぎ、腰を落とす。そんな僕の構えを見てレヴィは今まで優しくも楽しげに笑っていた顔を伏せた。


「さぁ……戦いましょうぅぅう!!」


 バッと上げた顔にはダニエラと戦った時のような狂気に満ちた笑顔が溢れていた。ぶっちゃけクソ怖い。

 その怖さが逆に気を引き締めてくれる。剣を握る手に力が入る。


 レヴィが剣を構えながら走り込むのを見ながら両足に纏わせた風に力を込め、僕も走り出す。


「あっはァ!」


 ぐぐ、と引いた腕を一気に伸ばし、繰り出される氷細剣の突きを剣を振り下ろすことで叩く。しかしレヴィは軌道を逸らし、地面へ向かうはずの剣を体を撚ることで回避し、そのままの流れから回し蹴りを放つ。それを僕は剣の腹で防いだ。


「やりますねぇ!」

「くっ……!」


 この女、狂気に満ちた顔をしているのに動きは冷静だ。咄嗟の判断にも無駄がない。バトルジャンキーだけあってバトルセンスは紅玉のそれだった。


「うふふふふふふ!」


 連続で放たれる突きを躱しながら後退する。時折混ぜられる氷魔法が実に厄介だ。剣が途中で曲がって軌道がガラリと変わる。剣自体が折れ曲がって伸びる。

 初めてレヴィの氷細剣を見た時は、氷なのに靭やかな動きで凄いと思ったが、この状況では最悪だ。まるで剣のような鞭と戦っているみたいだった。


「流石と言わざるを得ないな……!」

「うふぅ、お褒めに預かり光栄ですねぇぇ!」

「勉強させてもらうよ!」


 文字通り勉強させてもらう。それこそがこの試合をやると決めた理由だ。正直言って《神狼闘衣(グレイプニル)》の力をフルに使えば勝つのは簡単だ。


 だけどレヴィの魔法はこの先の戦いでも絶対に役に立つ。魔法の応用の仕方が僕とはまったく方向性が違うから学べることがとても多い。


 応用が下手な僕が《器用貧乏》で学ぶ為、ありとあらゆる技を引き出させねばならない。


「しかし簡単に避けてくれますねぇ……」

「まさか、こっちは必死だよ!」

「嘘ばかり! 本当の必死というものを教えてあげますよ……」


 そう言うとレヴィは自身の両手首を切った。


「お、おい!」

「ふふ、ご安心を。私、人より血の量が多いので……それよりアサギさん、ご存じですか?」

「……何を?」


 溢れる血に意識を持っていかれ、話に集中出来ない。


「自分の血って魔力がよく通るんですよ」

「え?」

「だから魔法の媒体にするととても強力なんですよ!」


 レヴィが叫ぶと同時に魔力が血に流れる。その瞬間、氷結した血が棘となって僕へと襲い掛かってきた。

 それを空を踏むことで回避する。しかし僕を追うように血の棘は撓り、伸びながら追い続ける。


「フッ……!」


 キリがないので鎧の魔剣で砕くように弾き、進路をレヴィへと向けて一気に距離を詰める。


「浅はかですねぇ!」


 剣を振り上げ、血氷の根本を断ち切ろうとするが、寸前で血氷が爆発した。


「ぐぅあ……!」

「あはぁ……っ」


 手首を爆心地に無数の棘が全方向に伸び、僕の体を薄く切り裂く。それはレヴィも同じで、自ら傷付きながら、僕の攻撃を回避した。


「クソ……自分諸共だなんて……」

「血の魔法がある限り、私は傷付けば傷付く程強くなるんですよ……うふふふふふふ……」


 厄介な話だ。攻撃すればしつこく、防御すれば傷付きながらも強化される。勿論、引き際は分かってるだろうから無闇矢鱈に攻撃しても意味がない。クイーンズナイトゴブリンの時のような物量攻撃は効かない。

 もしそんな状況に陥れば、別の攻撃手段に変えてくるはずだ。けれど、それは本当に切羽詰まった時だけだろう。此処でそんな状況になれば、後が大変だ。僕達は別に殺し合いをしてる訳ではないのだから。



  □   □   □   □



 ……とか考えてるのでしょうね。お優しい事で。


 全く、心の底から戦いを楽しむ事が出来ないだなんて本当に、本当に残念な人種です。まぁ、私のような人間の方が稀なのは自覚していますが。


 アサギさんは剣を構えたままジッと此方を見ています。私の次の動きでも予想しているのでしょう。しかし、この血を使った魔法は秘匿された古代魔法。世に出回っていない魔法の内の一つですから、いくら考えても予想外になるでしょう。


 この秘匿魔法は氷の属性ととても相性が良いのです。何故なら、血を排出した後は氷で塞げるからです。逆に火の属性は相性最悪でしょう。だって血が燃えるのですから。傷口も燃えるし、まぁ、使い手の腕次第と言ったところでしょうか。


 血を媒介にした氷魔法の発動はとても美しいです。真紅の氷塊が敵を追い、貫き、赤い氷像にする光景……あぁ、あぁ、とても素敵です。何時見ても、何度凍らせても、とても美しい。


 今日は久しぶりに人を凍らせましょう。これは模擬戦ですから、すぐに魔法を解かないといけないのがつまらないですが。何処かに凍らせても問題ない犯罪者等が居ればこの衝動は解消されるのですが、この島は実につまらないです。


 鬼も居なければ盗賊も居ない。荒れた冒険者は居ても凍らせれば私が捕まってしまいますし……。


 でもアサギさんが居てくれて良かったです。ふふふっ、お陰で退屈しなくて済みそうです。多くの魔物達を凍らせてきた私の魔法をお見せ致しましょう。


「見たことない魔法ってのは怖いな……」

「私はこの魔法は秘匿された古代魔法の一つ、《血魔法》の中の氷属性術、《凍血術》と言います」

「……それで?」

「ふふふ、今日は名前だけでも覚えて帰ってください。貴方を凍らせる赤い景色の名前です」


 まぁ、帰れたらの話ですけどね?


「ふっ、ふふふふふふ! さぁ、行きますよぉ?」

「何時でも……!」

「『幾重にも砕(ヴァーミリオン・ミリ)ける血の破片(オン・スクラップ)』!」


 まずは手首で破裂させた氷塊をアサギさんに向かって飛ばします。極小にまで砕かれた血の破片は鋭い刃の壁となって襲いかかりますが、アサギさんは一気に加速して逃れようとします。


 しかしそんな行動は予想済み。帝剣武闘会で貴方の動きを見ていたのが此処で役立つとは思いもしませんでした。

 アサギさんも私とダニエラさんの試合を見ていたようですが、この凍血術は見せていないので対処のしようがないのは明らかです。


 だからその程度の移動では避けられないと分かっていない。私の破片はただ飛ぶだけではないです。これは魔法なのですから、追尾だって可能です。


「うわっ!?」

「ほらほら、逃げないとズタズタになりますよぉぉ!?」


 慌てて再加速して縦横無尽に逃げますが、駄目ですね。私に追い込まれているのがまるで分かってない。


「くっ……」

「あはっ」


 破片の下へ逃げましたね?


「『やがて血は降り注ぐ(ヴァーミリオン・リベンジ・レイン)』!!」


 凍った血の破片は解凍され、元の血液となり、降り注ぐ。落ちる雨を避けられる人間なんて居ません。アサギさんも例に漏れず私の血に塗れるでしょう。そうなれば後は凍らせるだけ……。


「おや?」


 アサギさんが片手を頭上に挙げると、振れた私の血が凍りました。凍った血に触れた血がまた凍り、それに触れた血もまた……そうして降り注ぐ血の雨全てが凍結していきます。


「血ってのは水分だろ? ならば僕にも凍らせるよな」

「純粋な水分でもありませんよ? それに私の魔素だって……」

「でも、僕には出来るんだよ(・・・・・・・・・)


 意味深ですね……いや……まさか、私の凍血術を見て覚えた……?


 いえ、ありえません。血の滲むようなだなんて生温い。文字通り、血を流しながら覚えた私の奥の手を……今、見て、覚えた?


「ありえない……」

「ありえなくても、出来るんだ。僕には」

「ありえないありえないありえない!」


 広げた手をギュッと握り、手の中の血を砕くとそれは衝撃として広がり、全ての血が砕け落ちました。バラバラと、先程まで操っていた魔法のような破片となって、地に広がります。


 それはまるで私の力が、自信が、誇りが、全部砕けたような、そんな喪失感。


「凄い魔法だと思うよ。こんなの、常人には出来ない」

「でも貴方は……」

「相性が良かったみたいだ。まぁ、僕がレヴィみたいに血を流したら死ぬけど」


 簡単に言ってくれますね……。まったく、腹の立つ人です。


 でも、まぁ、世界は広いと言いますし、上には上が居るのでしょう。


 そう思えば仕方がないと、思えません。


 理解したし仕様がないと納得、出来ません。


「ふ、ふふふ、あは……」

「レヴィ?」

「ひ、ひひ、ひははふははへへはははぁぁぁああ!」

「ひぇっ……」


 おかしいおかしいおかしいおかしいありえないありえないありえないありえない!!!


 こんな人間が何故この世に居るのか理解出来ない!!


 はぁぁぁ、あは、居るのが理解出来なければ死んでも良いでしょうだって存在する意味が分からないのですから居ても居なくても一緒でしょう。


「……死んでください」

「は……?」

「『それでは永遠の(ヴァーミリオン・ウェ)血霧を交わしましょう(ディング・フューネラル)』」


 血の破片は血液となり、蒸発し、霧散する。


 吸った人間全てを内部から凍結させる私の最も奥にある魔法。


 これなら……!


「きっとそういう魔法もあると思った。だから対処法だって作れる」

「は?」

「『朝霧(ホワイトガーデン)』」


 アサギさんの足元から噴出した白い霧が全てを覆う。私の視界も、世界も、魔法も。


 やがて頭の中まで真っ白になり、気付けば私の魔法は対消滅され、辺りには静けさだけが広がっていました。


「僕の勝ちだな!」


 そんな中でアサギさんの声だけが、スッと、私の耳へ届きました。


 それは私の心を掴んで離さない、運命の声でした。

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