第三百六十三話 鬼の巣のバトルジャンキー
展開で悩んでて気付けば2週間以上経ってました。
オークを殲滅するのに数分と掛からなかった。僕とダニエラが相当な鍛錬を積んでいたのもあるが、僕自身の素早さが以前に比べて格段に上がっているのが原因だ。
速さはそれだけで攻守両方を引き上げる。攻撃は速く、攻撃は当たらず。今までもそれを意識した立ち回りを演じてきてはいたが、今日はそれが完璧に出来ていた気がする。冒険者のフォローもしつつ、魔物を殲滅……うん、理想の自分だった。
「すげぇな……何者なんだ? あんた」
「僕はアサギ。紅玉だ」
「マジかよ、やっぱ本物は違うな」
僕も本物の強者になれたか……ふふふ、歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ。
状況が落ち着いたので事の経緯を聞いてみると、山道を進んでいたら突然左右から襲われたらしい。警戒はしていたらしいが、運が悪いことに、先日怪我で脱落した仲間が《気配感知》を持っていたらしく、奇襲に対応出来なかったらしい。
「悪い事は重なるもんだな……今日は帰ることにするよ」
「そうだな。彼奴の具合も心配だし、急いては事を仕損じるって昔の勇者も言ってたらしいし」
「気を付けてな」
「あぁ、兄ちゃん達もな。鬼の巣に行くんだろ。彼処には鬼の亡霊が出るからな」
「鬼の亡霊……?」
ピクリと反応したダニエラが腕を組みながら尋ねると冒険者達がある噂について教えてくれた。
「あぁ、このずっと先には鬼の巣がある。かつて鬼族が住んでた集落跡だ。其処に居ると、声が聞こえてくるんだよ。鬼の亡霊の声がな……」
「何人もの冒険者が聞いてるんだ。噂とは言ってるが、これは事実だぜ」
「ふむ……」
思案するように俯くダニエラ。格好つけてるが、これはお化けが怖いだけだ。僕には分かる。
「教えてくれてありがとう。気を付けるよ」
「兄ちゃん達は命の恩人だからな。鬼の亡霊にやられたなんて後味悪ぃしよ。じゃあ俺達は帰るわ。ありがとうな」
そう言って彼等は下山していった。《気配感知》を広げてみるが、周辺には魔物は居ないようなので、安心して僕達は彼等を見送った。
「亡霊、ね……」
「怖いか?」
「いや、信憑性のない単なる噂だったら怖かったが……いや怖くないが、これは事実だと言われると、ちょっとな」
「あー……」
実証実験とか繰り返した訳ではないだろうが、何度も亡霊の話が上がったと言われるとちょっと気になる。もしかしたら本当に鬼の亡霊が……?
「……いや、気にしても仕方ないな。先へ進もう」
「そうだな……よし、もう地道に登山してるのが馬鹿らしくなってきた。一気に進もう」
《神狼の脚》、《神速》を解禁したことでゼーゼー言いながら坂道を歩く事が急に嫌になった僕はダニエラを抱えて空へと駆け出した。
□ □ □ □
眼下に広がる島の斜面には、かつての鬼の集落の跡が見て取れる。どれも石造りで、四角い石を切り出して組み上げた立派なものだ。古代エルフと同じくらいか、或いはそれよりも昔に生きていた種族だからといって侮れない。とても高度な建築技術があったのだろう。長い時を経ても形が残っているのは素直に驚いた。
風を切りながら降下し、拓けた場所に降りる。其処は広場のようで、周囲には一部風化した建物の残骸が僕達を囲んでいた。
「此処が『鬼の巣』か……」
「意外と形が残ってるなぁ」
「つい最近、廃村になったと言われても信じられるな」
そう思えるくらいに形が残る集落跡を眺める。廃村と言うよりは、限界集落と言った雰囲気だ。探せばまだ誰か居るような、そんな気配。
「気配……《気配感知》したら誰か居たりしてな」
「怖いこと言うな。……うん、誰も居ない」
怖かったのだろう、実際に《気配感知》を広げて確認するダニエラだった。
周囲にはやはり誰も居ない。冒険者は勿論、鬼の姿もない。
「さて……もう探索され尽くしてるだろうけど、ちょっと軽く漁ってみるか」
「私はあっちを見てみる」
「りょーかい」
二手に分かれて『キモン』の手掛かりを探し始めた。石造りの廃屋の中にお邪魔して中を覗くが、まぁ、何もない。そりゃそうだ。ちょっとトレッキングしたら来られる場所だ。冒険者達も見飽きてるくらだろう。
でもこういう場所にこそ、手掛かりがあるのだ。普通の場所にこそ、隠されてる秘密があるのだ。
□ □ □ □
そんなことは無かった。
日も落ちて今は深夜。適当な廃屋に焚き火跡があったので利用させてもらい、ダニエラと泊まることにした。此処は普通に魔物が出る場所なので、交代で見張りをする。
「ふぅ……」
一通り、《器用貧乏》での演習を終えた。神狼闘衣を身に着けてからの戦闘の違和感を修正してから、出来そうなこと、思い付いたことを繰り返してみる。やはり実際に体を動かさずにシミュレート出来るのは強い。おまけにそれが自動的に体に刻み込まれる。
頭の中で一度やってみたこと。例えば、テレビでバク転をしている人を見て『お、かっけぇな。自分も出来るかな』と頭の中で想像する。其処には華麗にバク転を決める自分の姿。それを見たなら、もう《器用貧乏》は発動している。バク転が出来るようになっているのだ。
そう考えると、凄まじい能力だと言える。今までは使い方は良くなかったのだろうな……あとは《器用貧乏》という名前に引っ張られすぎた。
『何でもは出来るが、何でもは出来ない』。そんな象徴みたいな名前の所為で僕はその真価に気付けていなかったのだ。それをレイチェルが教えてくれた。本当に師匠だよなぁ……。
「今まで《神狼の脚》で使ってた技を《神速》に置き換えることで効率がかなり上がるが……やっぱり負担も上がるみたいだな……」
《神狼の脚》を使った僕の剣術の真骨頂である《神狼剣域》は《神狼の脚》を最大風速まで引き上げ、高速で移動しながら相手を切り刻む技だ。
更に《神狼の眼》を並行して使用することで相手の姿を上下左右全ての方向から見て構えの隙や防御の隙を突くという、編み出した僕でさえ恐れる禁忌の技だ。相手は常に弱い所を突かれる。それも目にも留まらぬ速さでだ。
だから相手はそれ程長く耐えられないし、僕も長く行使する事は無かった。が、此処に来て強敵との遭遇が増え、次第に負担も増えてきた。
「そもそも限界時間を5分に設定したのが間違いだったな」
5分以上行使すると鼻血とゲロを撒き散らすという《器用貧乏》先生の有り難いシミュレートにより、限界時間を設定したが、そもそも5分近く使用するのが間違いだった。3分くらいで切り上げておけば異変なんて起きなかったんだ。
「でも3分で切り上げてたら負けてた場面も多かった」
行使せざるを得ないという場面の繰り返しが、僕の魔物化の進行を早めてしまった。
でもこの《神狼闘衣》のお陰で無敵だぜ! ……とは残念ながらならなかった。
何故かというと、《神狼の脚》を《神速》に切り替えても《神狼の眼》の負担は減らなかったからだ。いや、むしろ増えたと言ってもいいだろう。なんせ今までよりもっと速くなってるからだ。
「帯に短し襷に長しとは、まさにこの事だぜ……いや、一長一短だっけ。辞書欲しいなぁ……」
良い事が全部良いとは限らないのだ。長所短所は誰にでも何にでもある。それを上手く調整するのが《器用貧乏》なのだ。
「ま、お陰様でいい感じに調整出来たし……強敵、現れないかな……」
「あら、でしたら私と戦いますか?」
「ぅひぇぉわあぁあ!?」
いきなり声を掛けられて死ぬ程ビビり散らして焚き火に掛けてた鍋を蹴り飛ばしてしまった。中に入っていた朝食用のスープが焚き火の上にぶちまけられる。
「なななな……」
「はぁ……私です。レヴィです」
「え……あっ……」
《夜目》を使い、周囲を見ると廃屋の入り口に背を預けたレヴィが僕と同じ《夜目》で此方を見ていた。呆れ果てた顔で、だ。
「それでも貴方、二つ名持ちなんですか?」
「い、如何にも私が『銀翆』です……」
「まぁいいです。で、試合しませんか?」
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、目を光らせるレヴィ。そういえば此奴、バトルジャンキーだったっけ……嫌な奴に目を付けられたな……。
「嫌って言ってもやるんだろ?」
「あら、私という人間をよくご存知のようで……ふふ、では外行きましょうか」
「ちょっと待て、その前に審判起こすから」
僕も割と熱くなる方だし、相手はジャンキーだ。此処は公正な審判を用意しなければならない。
「ダニエラ、ちょっといいか」
「んぅ……交代か……」
「いや、交代じゃない。審判だ」
「……は?」
寝惚けるダニエラをしゃっきりさせてから其処に居るレヴィに絡まれた事を説明する。
「……てなわけで審判が必要なんだ」
「相手にする必要あるのか?」
「あるよ。……見ろ、彼奴、目がやばい」
そっと《神狼の眼》で背後に居るレヴィを見る。強敵相手と戦えるからか、恍惚とした目で僕を見ている。心なしか、息も荒い。
「放っておいたらどうなるか分からん」
「確かにな……まったく、面倒事ばかりだ」
「ねぇ、まだですか? もう始めましょうよ?」
僕とダニエラの会話に割り込んでくるくらいだ。これ以上放置したら後ろから襲われそうだ。物理的に。
「わかったわかった。今行く」
はぁ、何でこんな事に……朝を迎えたらもっと奥の方を探索しようと思っていたのに。
溜息混じりに虚ろの腕輪から取り出したのは《鎧の魔剣》。それを剣帯に差し込み、廃屋を出た。ちょっとバトルジャンキーの相手するか……。




