第三百六十二話 山道
門を抜けた先には1本の道が続いていた。山に向かっての坂道だ。つまりこれは山道で、あの門は山門だった訳だ。
緩やかに伸びる山道には所々、石の階段が置かれている。その部分は少し急な斜面になっているので、誰かが気を利かせて置いてくれたようだ。お陰で登りやすい。今までは斜面とか普通に道だったし、これはやはり観光地だからだろう。普通の道でわざわざ階段を用意する人間なんて居ないだろう。ちょっと我慢すれば良いだけなのだから。
暫く登るとレルクルに近い位置は切り拓かれて少なかった木々が増えてくる。徐々に増す草の匂いに妙な懐かしさを覚えながら、いつの間にか曲がっていた腰と背をグイッと伸ばした。
「……~~っはぁぁ」
「ジジ臭い」
「やかましい」
僕よりも遥かに年上の奴にジジイ呼ばわりはされたくない。
「しかしこの山道はあとどれくらいあるんだろうか……」
「もうバテたのか?」
「坂道は嫌いだ……」
やっぱりおばあちゃんだし、こういう道はきついらしい。まぁ仕方ないね。おばあちゃんだし。
「今絶対に腹の立つことを考えただろう」
「いや全然」
「考えただろう」
「いや全く」
「……」
ジト目で睨むダニエラから視線を外し、坂の先を見るともなく見る。この先に鬼の巣があるのか……後どれくらいあるんだろうか。気になった僕は《神狼の眼》で少し先を確認してみた。
「おぉっ……」
「どうした?」
「いや、凄く目が良くなった感じがする」
「装備のお陰だろうな」
「なるほどな……」
例えるなら慢性化していた眼精疲労が綺麗さっぱり取り除かれた感じだろうか。何かを見るという行為に一切の負担を感じない。こんなに晴れやかな感覚は久しぶりだ。いや、久しぶり過ぎて最早初めての感覚だ。ゲームや漫画にハマる前はこれくらい目も良かったんだろうな。
そんな視界はまるで《神狼の脚》を使った時のようにグングンと速度を上げて山道を登っていく。グネグネと続く坂道を駆け抜けていくとチラホラと建物の残骸らしき石の塊が増えてきた。きっとこれが鬼の巣の残骸だろう。
「あっ、誰か戦ってる」
そんな視界が捉えたのは魔物と戦う冒険者の姿だった。5人くらいの男がそれぞれの得物を手に魔物と対峙している。魔物は……ふむ、オークか。
「冒険者が5人、魔物に囲まれてるみたいだ」
「助けるか?」
「見てしまった手前、無視するのは良い気分じゃないな」
「アサギならそう言うと思った。さぁ私を抱えて駆け登れ」
「お前それが目当てだろう」
ジト目で見つめるとふい、と目を逸らすダニエラ。やはりおばあちゃんになるくらい生きると強かにもなるらしい。
溜息一つ、虚ろの腕輪から『黒帝剣』を取り出し、剣帯に通してベルトを締めた。今回選んだのはソードブレイカーである黒帝剣だ。何故この剣を選んだかと言うと、オーク達は剣を手にしてたからだ。
普通のオークは丸太とか棍棒とかもっと無骨な物を好んで使う。叩き潰すことに関しては右に出る者は居ないだろう。
そんなオークが剣を手にしていた。恐らくは冒険者が捨てたか死んだかして手放した物を拾って使ってるのだとは思うが、切れ味がある分だけあまりよろしくない。
「ところで魔物は何だ?」
「あぁ、ごめん。言ってなかった。オークだ」
「ッ……アーサー達と出会った手前、やりにくい相手だな……」
「そうだな……でもオークが全てアーサー達のように優しい魔物じゃない。切り替えていこう」
「……だな」
ギュッと弓を握るダニエラを抱き上げ、両足に力を込める。すると今までとは比べ物にならない程に緻密で力強い白銀翠の風が渦巻いた。
「よし、飛ばすぞ」
「ん……!」
僕の首に腕を回したダニエラがしがみつく。これから戦場に向かう僕はダニエラの柔らかな双丘を薄いインナー越しに感じながら、空へと飛び出した。
□ □ □ □
「うわぁぁ、走りやすい!!」
「た、高いな……いつもより高くないか?」
勢い良く飛び出した僕ではあるが、勢いが良すぎた所為で島全体が見渡せるような高度まで飛び出してしまった。
いつも走り出すよりは力を抑えたつもりだったけれど、想像以上に力が増しているようだ。いや、神狼闘衣に装備を変えた事で力の流れがスムーズになったという話だから、これが上社朝霧本来の力と言える。
そうか……ついに僕も、強者の仲間入りという訳か……感慨深いものがあるな……。
「此処から《神速》で一気に戦場まで距離を詰めるよ」
「使えるのか?」
「忘れたのか? 僕には《器用貧乏》がある」
脳内でシミュレートした結果、力の入れ方、角度、止まり方まで全てをマスターした。後は実際に使ってみて確認だが、今回はぶっつけ本番だ。
体の中で魔素を練り上げ、体中に流す。すると体が何かに包まれたような感覚があった。もう飛び出せばスキルは発動して、一瞬であの戦場へと到着するだろう。
「ダニエラ、多分、物凄い衝撃があるから風魔法で身を包んだ方がいい。それも何重にも」
「む……確かにスキルの恩恵はアサギにしか発生しないから、私は生身でとんでもない速さで移動することになる……とりあえずお前ごと覆うぞ」
「頼む」
ダニエラから魔素が現れ、翡翠色に輝く。それらが練り上げられ、魔法と昇華した。僕の正面に水の波紋のような半透明の壁が広がる。この波紋、一つ一つが障壁だ。パッと見で10枚以上ある。流石にやりすぎな気もするが、保険は多ければ多い程いい。
「よし、行くぞ!」
答えない代わりにギュッと力強くダニエラ。準備が完了したことを確認した僕は一気に駆け出し、そして一瞬で景色は後方へ吹っ飛び、僕達は戦場のど真ん中に着地した。
「どうもこんにちは。加勢に来ました」
ダニエラを下ろして腰の黒帝剣を抜き、オーク達に向き直る。ダニエラは無言で弓を構え、すでに矢を放っている。
「ど、どっから来たんだてめェら!」
「うわ、もう倒してる!?」
冒険者達は状況が理解出来ず、てんやわんやだが、オークはその辺り、馬鹿だ。餌が増えたくらいにしか思ってないから何も考えず剣を振り上げて襲ってくる。
それを黒帝剣の櫛側で防ぎ、《神狼の脚》でその場で側転するように円を描いて根本から捻り折る。そしてその流れでオークの首に蹴りを放つ。白銀翠の風を纏っての蹴りでオークの肉をズタズタに引き裂かれ、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされていく。
「ほら手を動かせ!」
「お、おぅ!」
「うおぉぉぉぉおお!!」
ダニエラの声に我に返った冒険者達が剣や斧を振り上げてオークへと立ち向かっていく。それをサポートするように矢を放つダニエラ。剣と斧で鍔迫り合いをする冒険者に襲いかかろうとしていたオークがダニエラの矢を額に受けて絶命する。
この様子なら大丈夫そうだろう。さて、僕も働かないと。
「ふむ……魔法もスムーズだ……」
開いた手の平にキン、と甲高い音を立てて『氷剣』が出現する。
黒の剣と白の剣を手に、僕は残りのオークを殲滅する為に駆け出した。




