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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百五十九話 赤屋根温泉街

 席に着き、レイチェルの言葉に耳を傾ける。


「最初に言っておく。この付与の事は誰にも話すな」

「分かった」


 一体どんな付与をしたのか、少し不安になる。


「付与は一つしかしておらん」

「一つだけ?」


 てっきり全ての装備に付与しているものだと思ったが……。


「その付与の名は《神速》じゃ」

「神速……」


 敢えて今まで使ってこなかった言葉だ。僕が神の域に至ることはないと思っていたからだ。神狼の眷属になり、魔物化も進む身ではあるが、まだまだ心は人間だ。


「かつて、1度だけ付与出来たが、あれも狼由来の物じゃった。というか千切れたワシの尻尾じゃった。かなり昔で偶然出来たからヤバいと思って捨てたんじゃよなぁ。偽装して」

「危険物捨てるとか……」


 そんなんあったら死に物狂いで探し当てるだろうなぁ。


「大丈夫大丈夫。《AGI2倍》って嘘ついておいたからバレんじゃろ」

「……どっかで聞いたな」

「アサギ、アレだ。スピリスの」


 スピリス……? …………あーーー!!!


「それもしかして白いシャツか!?」

「お、おぉぅ、そうじゃが……何で知ってるの?」

「それ試着したわ……」

「はぁぁぁぁ!?」


 スピリスの防具屋、『肉球防具店』にあった白いシャツ。あれが確か《AGI2倍》の付与がされていたはずだ。凄く着心地が良かったのを覚えている。そう、まさに今、着ているような……。


「おかしいと思ったんだよ、あれ。当時のステータスでAGI2倍になったって瞬間移動みたいな動き出来るはずがなかったし」

「まぁ《AGI2倍》じゃないし」

「燃やすか何かしろよ!」

「えぇ~でも結構自信作じゃったしぃ。そういうの勿体無いなぁ~ってぇ」

「アサギ、殴っていいか」

「やめとけやめとけ、相手は最強だぞ」


 とんでもない爆弾を世に放っていた事実に戦慄したが、実際に着た身としてはこの服の価値を文字通り、身を以て知っている。これがどんなに危険で、それと同時にどれだけ価値があるのか。


 世に放ってしまったものは仕方ない。あんなもん着こなせる人間なんてそうそう居ないだろうから僕はしっかり管理しよう。力を持つ人間は、その力に責任を負わなければいけないのだ。


「今回は全ての素材を合わせて漸く一つの付与が出来た。それが《神速》。使い方は分かるな?」

「だいぶ前だったけど、何となく覚えてる」


 まだまだ未熟だった僕が《神速》のスキルを扱えたのは、森狼の眷属だったからかもしれない。今ならきっともっと上手く扱えるだろう。


「うむ。装備がどれか一つでも欠ければ付与は無くなる。大事にせいよ」


 自分を見下ろし、ギュッと拳を作った。きっとこれが僕の身を守ってくれる。魔物にならないようにしてくれる。それは同時にダニエラの事も守ってくれるということだ。


 ポチとレイチェルに感謝しなくては。二人は命の恩人だ。


「ありがとう、レイチェル。大事にする」

「うむっ」


 師匠も満足そうに頷いてくれた。ダニエラも嬉しそうに微笑んでいた。


「お前が《神速》を知っていたお陰で早く説明が終わってしまったな。ではワシの家に行くとするか」

「家?」

「おうとも。この島にはレハティと住んどるからな。夢の源泉掛け流しじゃ」


 それは魅力的だ。レハティとも会えると思っていた。無事にレイチェルの力でこの島に来られたのは知っていたが、実際に暮らしているところを見て安心したいな。


 それが終わったら、鍵探しだ。この島の何処かに眠る古代エルフの遺跡に封印された鍵。それを得るのが当初の目的だからな。その事についてもレイチェルとゆっくり話をしたいと思っている。


「で、家は何処にあるんだ?」

「あっちじゃ」


 ダニエラの問いにレイチェルが指を差す。その方向には森があったが、よく見ると切り拓かれて林道になっていた。あの道を進むとレイチェルの家に着くようだ。


「じゃあ行こうか」

「よし、付いてくるんじゃ」



  □   □   □   □



 林道を歩きながら周囲を見回すが、雪が見当たらない。氷雪期がしっかりと終わって暖かい季節になっている。そもそもこの島は雪は降らないのだろうか。


「いや、降りはするぞ。けどすぐに終わってしまう。大陸側に比べて此処は暖かいからの」

「ふーん。西側だけど南国って感じだな」


 ハイビスカスとかそういう花は咲いてないが、暖かいのは久しぶりだから気分が良い。寒いのもシンとして張り詰めた空気が好きだが、暖かいのもまた良い。穏やかでのんびりとした雰囲気はとても落ち着く。


 暫く進むと山道になった。徐々に上り坂になり、じんわりと汗が出てくる。


「ふぅ……流石にちょっと暑いな……」


 上着を脱いで腕輪に収納する。これ本当に便利だなぁ。


「慣れれば脱がなくても操作出来るようになると思う」

「ダニエラはもう出来るの?」

「いや、まだだな」


 なるほど。皇帝様から受け取ってから結構経つけど其処までは至ってないと。では僕はすぐに出来るじゃないか。何と言っても僕には《器用貧乏》があるのだから。


 ポチに言われてから使うのを控えていたスキルを発動させる。久しぶりの感覚。懐かしき脳内映像が僕を映し出した。その映像では両腕を振り上げた僕が映っている。

 何を始めるのかと見つめていると、何もない空の手を振り下ろす。すると振り下ろされた手の中には藍色の大剣が握られていた。


「ほうほう、なるほど」

「?」


 隣でダニエラが首を傾げているが一旦スルーしておいて、続きを見る。柄を握っていた手を放したら藍色の大剣が消える。腕輪の中に収納したのだろう。そのまま流れるように左手を腰の剣帯へ、右手は剣帯の近くの宙を掴んだ。


 そのまま勢い良く右腕を振り抜く。もう予想は出来ていた。右手の中には《白刀・天狐》が握られていた。


「なるほど、そう使うのか」

「あ、《器用貧乏》か」


 映像の中の僕が篭手を装備したまま仕舞ったり出したりするのを見ながら真似をすると、同じように出すことが出来た。瞬時に別の装備とはいかないが、仕舞って、それから別の装備を出すことは可能らしい。今、右腕には裂爪熊(スラストベア)の篭手が装備されている。邸宅警護の時に装備していた物だ。シャキンと爪が出てくる格好良い装備である。


「アサギ、私にも教えろ」

「えーっと、こう、腕輪を意識してだな……」


 折角レイチェルに貰った装備なのでちゃんと神狼闘衣の篭手に戻してからダニエラに虚ろの腕輪の使い方を説明する。ダニエラの方が先に貰っているのに、僕が説明することになるとは……これも《器用貧乏》先生のお陰だな。


 レイチェルの後ろを歩きながらダニエラに説明をしていると、交差路のような場所に行き着いた。右、左、正面と続く道。道の端には街灯もあり、文明の香りがしてきた。


「こっちじゃ」


 迷わず右の道を選ぶレイチェルにとことこと付いていく。此方の道は先程よりも道幅が広い。馬車くらいならすれ違えるくらいの広さだ。床は踏み固められた土だな。轍は……ない。


 辺りは草も適度に刈り取られ、手入れがされている。お陰で魔物なんかが此方を伺う事が難しくなっている。姿が丸見えだからな。その点、フィラルドの方なんかはまだまだ手入れが行き届いていなかったな。茂みの向こうを走るフォレストウルフの姿を見た時はゾッとしたもんなぁ。


「ん……っ」

「お、上手い上手い」


 ダニエラが装備の換装を虚ろの腕輪で行うのを応援しながら暫く歩いていると向こうから人が歩いてきた。第一島人発見だ。


「あら、レイチェル様。レハティさんは一緒ではないのですか?」

「うむ。レハティなら家に居る。此奴等を其処へ案内する途中じゃ」

「そうでしたか。ようこそ、旅の方。ゆっくりしていってくださいね」


 優しげに微笑むおばさんに会釈をするとニコニコしながら僕達が歩いてきた道を進んでいった。海に用事があるのかな。


 おばさんを見送ってから、並ぶ街灯を横目に道を進む。結構歩きやすく、足への負担もなくサクサクと歩いていると、ものの5分程で町並みが見えてきた。


「あの町がそうじゃ」

「町なのに源泉掛け流しなのか?」

「うむ。あの山のマグマで温められた地下水がそこら中から吹き出しておるからの。ちょっと整備してやれば、こうして温泉街の出来上がりじゃ」


 ちょっと整備するのって結構大変だと思うのだが……レイチェルが関与してるのなら何でもありな気がしてきたので突っ込むのはやめておいた。


 そして見えていた町並みが近付き、はっきりと姿を現した。赤いレンガ造りの屋根が目立つ。温泉との相性は良いのだろうか。建築に関してはズブの素人なのでさっぱり分からないが、統一された赤い景観はとても綺麗だった。


「此処がワシが住む場所、赤屋根温泉街『フスクス』じゃ」


 振り返ったレイチェルが両腕を広げて歓迎してくれた。


 孤島の温泉街、フスクス。


 さてさて、どんな町なのか。今から楽しみでしょうがない。

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