第三百五十六話 魔物化の原因と対処法
ポチの言葉がずっと頭の中で反響していた。
魔物化。僕はどうなるんだ。ダニエラは。異世界人だからか。どうしよう。ダニエラはどうなる。怖い。どうしよう。でも仕方ないのか。だって僕は、神狼の眷属だ……。
「アサギ」
優しく肩を叩かれ、ビクリと肩が揺れた。
「ダニエラ、僕……」
「大丈夫。アサギは人間だ」
「ダニエラ……」
ゆっくりと、諭すように僕の目をジッと見つめて言ってくれる。その言葉がじんわりと染み込み、冷えた心が温度を取り戻した。
「ありがとう……」
「良いよ。アサギはアサギだから」
抱き締め、感謝を告げる。ダニエラもギュッと抱き返してくれるのが本当に嬉しい。
ある程度自分を取り戻したところでポチへと向き直る。
「悪い、取り乱した」
「いや、我も伝え方が悪かった。すまなかった」
いつの間にか2つの毛皮を置いたポチがペコリと頭を下げた。
「正確にはアサギの中で芽生えた狼の力が強くなっている……と伝えたかった」
「狼の力……神狼の力?」
「そうだ。最近、能力を酷使した事はないか?」
言われ、少し記憶を探り、ハッとした。
「前に、強敵と戦った後に酷い眼痛が……」
「やはりな……恐らくスキルの枠組みを超えて魔物の力として浸透し始めている。それが一つ目の原因だ」
「一つ目?」
「もう一つは……我の不注意だ」
申し訳なさそうなポチを見て首を傾げる。僕は何かされただろうか……。
「我と繋がりを得ただろう? あれでアサギの中の狼の力が此方側に傾いたようだ」
言われ、理解した。深狼の力を得て僕の中の魔物の力が人側から魔物側に傾いたのだ。思えば自分の中で違和感はあった。スキルの暴発とか、不調とか。
「確かに違和感は少しあった……と思う。でも不注意なんて言うなよ。僕はお前と友達になれて良かったと思ってるんだ」
少し怒った顔で言うと申し訳なさそうにポチが笑う。
「ありがとう……そう言ってもらえると我も気が安らぐよ」
うんうん、と頷く。友達にならなければ良かっただなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。僕はポチに出会えて本当に良かったと思ってる。それが魔物化の一つの原因となったとしても、だ。
「そして三つ目はアサギが装備している龍の服と鎧が、力の妨げになっているのだ」
「それで、その毛皮を装備しろと?」
「あぁ。龍種の力に抗おうとして力が暴走しかかっている。この父と母の毛皮を身に付ければ力の流れはスムーズになるはずだ」
思わず2つの毛皮を見つめてしまう。これがポチのお父さんとお母さん……?
「弟が死んでから暫くして、我等はこの地へと辿り着いた。豊富な魔力と食料を得て、不自由のない暮らしをしていたが、やがて寿命で二人共死んだ。我は1人になってしまう事が恐ろしかった。だから、毛皮を残した。大地へと還る前に、形にしたかった」
「そうか……辛かったな」
「生きるという事は、そういう事だ。そして全てのものは受け継がれていく」
そっと鼻の先で毛皮を此方へ押しやるポチ。
「どうか父と母をその身に。そうすることで体の不調は緩和されるはずだ」
「ありがとう、ポチ。しかし、良いのか? 大事な家族だろう?」
「良いんだ。アサギと共に連れて行ってほしい。……勿論、弟もだ」
そう言うとポチが尾を此方に向けた。其処には括り付けられた『双頭の狼』があった。
「我のスキルと、父母の毛皮。そして弟。アサギは我等家族と共に旅に出ることになるな」
「ふふ、大所帯だな」
「あぁ、これで寂しくなくなる。狼は群れで生きる生き物だ。アサギを中心として、皆で生きていきたい」
そっと毛皮を胸に抱く。なんと温かいのだろう。ポチとオルトロスに対する愛情のようなものが溢れてくるみたいだ。同時に、僕自身も受け入れてもらえたように感じる。
「ありがとう。僕達は家族だ。家族は、ずっと一緒だ」
「あぁ、これで心残りはない」
手を伸ばすとポチが鼻を押し当てる。不思議な感触だ。
「我には父母の形を変える技術がない。出来るだけ早い内に、信頼出来る者に頼んでほしい」
「あぁ、そうする。ありがとう、ポチ」
手を離すとゆっくりとポチが立ち上がる。雄々しく、立派な姿。それを僕は瞼に焼き付ける。
「ではな、また会おう。兄弟」
「あぁ、元気で!」
「ダニエラも元気で。アサギをよろしく頼む」
「あぁ、任せてくれ。むしろ私にしか扱えないからな」
それは言い過ぎなところあるのでは。こんなに扱いやすい人間、なかなか居ないぜ?
嬉しそうに頷いたポチは颯爽と駆け出す。風のように走り、風と共に森の奥へと消えていった。
あぁ、最後に別れの挨拶が出来て良かった。
しかし……衝撃の事実だった。まさか僕が魔物化しているなんて……いや、神狼の眷属となった時点で人間の枠組みから少し外れていたから、可能性はあったかもしれない。
「神狼の眷属か……」
「狼側に傾いたという話だが……レイチェルに一度話を聞いてみるべきじゃないか?」
「そうだな……ついでにこの毛皮で装備を作って貰おうか。ところでこの毛皮、どういうものだろう」
僕は虚ろの鞄の中へ手を突っ込み、久しぶりに『鑑定眼鏡』を取り出し、装着して2つの毛皮をジッと見つめる。
まずは黒い方の毛皮。所々に金色の模様が入ったこれを、ポチは父と言った時にジッと見ていた。
『咆狼の衣 特殊異常進化個体の狼の衣』
「おっと……」
多分これとんでもないやつだ。訝しむダニエラをスルーして白色の方の毛皮も見る。此方は逆に薄い銀色の模様が入っていた。
『月狼の衣 特殊異常進化個体の狼の衣』
「こっちもかー……」
特殊進化個体ってたしかユニーク個体の進化種じゃなかったっけ……それの異常進化個体? 多分、元々ユニークだったのが、この特殊な環境と魔素で異常進化したのだとは思うが、それにしてもだろう。これは僕には扱いきれない気がするが……。
「これは……」
業を煮やしたのか、ダニエラも『鑑定眼鏡』を掛けてジッと毛皮を見ていた。
「これ、逆に魔物化進まないよね?」
「どうだろう……それを含めてレイチェルに聞いてみた方が良いだろうな。ついでに装備を作ったら付与もしてもらえ」
「それ良いな」
きっと眷属割で安く作ってくれるだろう。豪勢な装備は多分自作だろうし。それにあれは稀代の付与術士でもあるから、速度特化の装備にしてもらおう。勿論、眷属割で。
あぁ、そういえばこれを身に着けるということは今まで愛用していた竜種装備を脱ぐことになるのか。ダニエラも少し前に竜種装備に切り替えたが、以前の服も時々着ている。初めて会った時の服装だ。あれもまた素敵だ。太腿が特に……。
いやいやそうじゃなくて、だ。僕もガラッと装備を変える時期が来たようだ。普段着くらいは許してもらえるだろう。……そうじゃないと寂しい。
「これから行く孤島はレハティの目的地でもあった温泉の島だし、急がなくてもレイチェルにも会えるだろう」
「そう言えばそうだな。レハティ、元気にしてるかな」
温泉好きなレハティ。レイチェルと玄関空間に同棲しているが、元々の目的地はその孤島だった。
彼女もまた先祖返りした狼獣人だ。やはり僕の周りには狼の関係者が多いみたいだ。これじゃあ狼寄りになってしまうのも頷けるだろう。
ともあれ、とりあえずの目的地は西の孤島だ。このまま進めばアーサーが教えてくれた麓へと繋がる洞窟に辿り着ける。其処を抜けたら森を通って海に出る。ロントスさんの船なら孤島まで大丈夫だろう。駄目なら最悪、レイチェルの玄関空間に飛んでもいい。でも船旅したいから極力控えたいな。
「では行こうか」
「あぁ、いざ、西へ!」
格好つけてビシッと指を差す。この先には何が待っているのか。苦難か、それとも……?
さぁ、新天地へ向けて出発だ!
「アサギ、そっちは東だ」
「……」
出発だ!
これにて霊峰篇、終わります。
次回からは孤島篇が始まります。
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