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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百五十五話 さようならキャメロット

 翌朝、新しく組み立ててもらった家で目を覚ました。久しぶりに暖かい場所で、敷き布ではなく毛皮のふわりとしたちゃんとした寝るところで寝たので朝まで泥のように眠っていた。


 ダニエラも同じ家で寝て、今もまだ寝ている。よっぽど心地良いのだろう。その気持ちはとてもよく分かる。出来れば二度寝を貪りたいところだが、鉄の意思で起き上がった。


「ほら、ダニエラ……朝だぞ」


 そして心を鬼にしてダニエラの肩を揺する。嫌そうにぐずるが、そろそろ起きないと。


 何度か揺らし、何度か手を叩かれたがどうにか起き上がらせた。


「ぁー……」


 ボサボサの頭と開いてない瞼のまま唸るダニエラは僕以外には見せられないな……。


 このまま僕だけ顔を洗いに行くと、絶対に二度寝をしてるので、何とか立たせて手を引いて外へ出た。


 太陽は見えないが周囲は明るい。もうすっかり朝だ。そんな光の下でオーク達はせっせと働いていた。


 虚ろの鞄から取り出してきた桶に水を生み、バシャバシャと顔を洗う。あぁ、冷たくて気持ち良い。


「ダニエラ」

「うん……」


 まだ半分寝てるダニエラがゆっくりとした動作で顔を洗う。

 首に掛けていた布で顔を拭いながらその様子を見ていると、アーサーがやってきた。


「おはよう、アサギ。ダニエラ」

「おはよう、アーサー。悪いな、急遽建ててもらって」

「いや、気にしないでくれ。こういう時にすぐに組み立てられるのがこの家屋の良いところだ」


 蛇腹の枠を円上に広げて柱を立て、梁を乗せて布を被せる。オークの体格とパワーがあれば時間なんて全然掛からなかった。あっという間に家が出来上がっていくのは見ていて気持ちが良かった。


「暫く居られるのか?」

「そうしたいところだけど、行く場所があるんだ」


 僕はダニエラが顔を洗っている間、アーサーには話していなかった旅の目的を伝えた。最終的にノヴァを始末する旅……その為に必要な物を集める旅。次の行き先も、だ。


「……だから、そのノヴァが居る場所へ入るための鍵が必要なんだ。その為に僕達は海を越えないといけない」

「ふむ……そうか。どういう縁でこの世界に来たのかと考えていたが、なるほど、ノヴァか……」


 オークらしい、凄みのある顔でジッと地面を見つめるアーサー。

 安らかに眠ったはずが、こんな血生臭い世界に、それも魔物とて生き返らされたんだ。掛け替えのない友と仲間に恵まれたって、その根本は拉致に等しいものだ。


 僕は状況が状況だったから、何とも言えない。刺されて血溜まりに転がった時に思った人生への後悔。しかし、刺された結果、ダニエラを初めとしたアーサー達との出会い。

 2つを天秤に乗せたって答えは出ないだろう。感謝の気持ちもあるが、恨む気持ちもある。何度考えたって、答えなんて出やしなかった。


「僕はいいんだ。もう決めたから。でも、このまま放置すれば何も知らない人達が、人や魔物の姿になってこの世界に召喚されてしまう。それも片道切符で。そんなの、看過できないだろう?」

「あぁ、まったくだ。私も出来ればアサギ達と共にノヴァを始末しに行きたいが……」

「分かってる。気持ちだけで十分だよ」


 アーサーは皆を率いる役目がある。それに、アーサーには戦いに参加してほしくない。戦えばきっと頼りになるだろう。でも、アーサーには戦ってほしくなかった。


 その事をちゃんとアーサーに伝えると、彼は嬉しそうに苦笑した。


「あぁ、分かった。私は此処で君達の勝利を毎日祈ろう。無事に全て終えた暁には、再び共に酒を飲もう」

「うん、約束だ」


 そっと小指を出してやる。僕達にしか分からない、秘密の誓約。アーサーはきょとんとした顔をするが、すぐに理解し、懐かしそうに目を細めた。


「昔は沢山指を切った。守れた約束と、破ってしまった約束……どちらも沢山あったが、この約束だけは守ると、固く誓おう」

「僕達が帰ってくるまで、絶対に死ぬなよ。生きて、再び会うんだから」

「あぁ、勿論だとも」


 アーサーは僕の小指に小指を絡める。そしてギュッと強く締め、約束をした。


「破ったら針千本だからな」

「あぁ、絶対に飲ませるから破るんじゃないぞ?」


 冗談だと分かっていても強面のアーサーに言われると背筋が冷えた。絶対に守らなきゃ……針千本なんて、逆立ちしたって飲めない。 


 指を切った僕とアーサーは村の広場へと向かった。オーク達は皆一緒に食事をするそうだ。旅を始めた時、不安でいっぱいだった皆が肩を寄せ合いながら食べ始めたのが最初だったらしい。それからは皆、朝も昼も夜も一緒とアーサーは嬉しそうに語った。


 広場には沢山のオーク達が集まっていた。どうやら僕達が最後のようだ。いつの間にか居なくなていたダニエラも、子供達に囲まれて座っていた。


「遅いぞ、二人共」

「あぁ、すまない」

「起きるの遅かったくせに」

「だが私の方が早かった」


 結果的に早かっただけなのにドヤ顔のダニエラ先生。僕が起こさなかったらまだ寝ていたくせに、調子の良い奴だ。


 子供達が空けてくれたダニエラの隣に座るとアーサーも僕の隣に座った。胡座を掻いた僕の前にはまな板のような木の皿の上には採れたて瑞々しい果実が積まれていた。


「此処に来てからは朝は果物と決めているんだ。無駄に動物を狩るのも良くないし……それに、体にも良い」

「朝フルーツは良いって聞いたことがあるよ」


 全員が揃ったらそれが合図。皆が果物を鷲掴みにして口に運び始めた。


 それに習い、僕とダニエラも一番上にあった赤い、少しトゲトゲした果実を掴む。触った感じでは厚い皮があるようだったので足切丸を取り出して切れ込みを入れて其処から剥いていく。すると皮の奥から表皮よりも薄い赤色の実が見えてきた。それを千切り、一口食べてみる。


「…………んんぅぅぅぅ!?」


 恐ろしい程の酸味が口の中で爆発した。それを見たダニエラが口に入れる寸前で止まるのが視界の端で見えた。


「あっはっはっはっは!」

「ブゴゴゴゴ!!」

「プキャー!」


 アーサーを始め、大人も子供も僕を見てゲラゲラと笑っている。確かに面白い反応が出来たかもしれないが僕はそんな場合じゃない。慌てて氷のカップを生成して水を生もうとするが、ビビるくらい酸っぱくて魔力が定まらない。


「ほら、アサギ」

「ッ!!」


 アーサーが水が入ったカップを寄越してくれたのでそれを引ったくる。これも酸っぱかったら『神狼の脚・天空落としの刑』だ。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁぁ!」

「良い飲みっぷりだぞ、アサギ」

「し、しばくぞお前!」


 グッとサムズアップするアーサーにカップを突き返し、濡れた口元を袖で拭う。幸いにも水は少し甘く、酸っぱさが中和されて口内に平和が訪れた。これを見越しての悪戯か。よく見たら僕とダニエラの皿以外に例の果物は乗っていない。まんまと嵌められたらしい。


「すぐに旅立とうなんていう薄情者には良いお灸だろう」

「こ、この野郎……」

「理解はするがな、私も寂しいんだ」

「……悪かったよ。あぁ、それにしても酸っぱかった!」


 アーサーも大人な癖に子供っぽいな……まったく、そんな事を言われたら怒れないじゃないか。


「……ん? ダニエラ、食べないのか?」

「食えるか!」


 再び場が笑いに包まれたのは言うまでもなかった。



  □   □   □   □



 皆で囲んだ朝食が終わり、旅立つ時がやってきた。滞在時間は少なかったが、全ての目的は達成された。アーサーから預かっていたエクスカリバーを返し、旧交を温められた。彼の旅路も見届けられた。意外な過去も知れた。そのお陰でもっと彼との距離も縮まったと僕は思っている。


 キャメロットの皆も僕達を歓迎してくれた。生き方を変え、言葉を覚え、文化を築いた。人を襲うだけだったオークが新たな種族として生まれ変わったのだ。それが見られただけでも僕は満足だった。


「そろそろ行くよ」

「あぁ、気を付けてな。……全ての向こう側の人間の為に、必ずノヴァを」

「あぁ、必ず始末するよ」


 ギュッと握手をしてアーサーと誓い合う。これ以上不幸な転移者・転生者を生まない為に。僕は改めて、必ずノヴァを始末することを心に刻む。

 それと一つ、心残りをアーサーに託した。


「ポチに会ったら、別れの言葉を伝えてくれないか?」

「そういえば姿が見えないな……分かった。必ず伝えよう」


 うん、これで良い。もう心残りはない。


「じゃあ、またな!」

「皆で君達の帰りを待つよ。気を付けて!」

「あぁ、また会おう!」

「行ってきます!」


 手を振るアーサーを始めとしたオーク達に手を振り返し、僕達は歩き出す。向かう先はアーサーに聞いた麓の洞窟。其処から出たらぐるりと山を迂回して海へ出る。ロントスさんのところで買った船なら海もきっと越えられるはずだ。




 キャメロットを出て、暫く草原を進む。来た道とは違う方向だから森は無い。清々しい風が草を靡かせ、僕達の間をすり抜けていく。


「此処は風の精霊が沢山居るようだな」

「やっぱり、古代エルフと関係があるのかな」

「どうだろう。意図的に弄られているのは明らかだが……」


 僕は此処が古代エルフの箱庭だと思っている。不自然なまでに整った環境は、違和感しか感じない。それでも此処は楽園のような場所だ。変に突いて回る必要もないだろう。その所為で壊れてしまったらアーサーやポチに申し訳ないからな……。


 しかし未だにポチの姿が見えない。村に居た時から探していたのだが、送り届けられてからは姿を見ていない。やっぱり、隣人で友人とは言っていたが、種族が違うから近寄らないようにしていたのだろうか……。


「……アサギ、ポチが此方に向かっているようだ」


 ダニエラがふとキャメロットの方向を見る。《気配感知》をそちらに向けてみると、確かに強い反応が此方に向かっていた。暫くすると、大きな三頭狼、ポチの姿が見えてくる。


「何か咥えてるな……」


 スッと目を細めるダニエラ。《神狼の眼》で確認してみると、左右の頭がそれぞれ何かを咥えているのが見えた。あれは何だろう……毛皮?


「はぁ、はぁ……追いついて良かった」

「悪い、探したんだが姿が見えなかったから……」

「すまない、これを取りに戻っていた。アーサーの元へ行けば会えると思ったのだが、入れ違いだったようだ」


 どうやらアーサーに聞いて僕達の元まで走ってきてくれたらしい。お土産かな? 嬉しいなぁ。


「アサギ、お前に渡したいものがあるんだ」

「もしかして、その咥えてる毛皮?」

「あぁ、これをお前の装備にしてほしい」


 僕には竜種装備があるんだけど、それより良いものなのかな。


「急いでいるところ悪いんだが、少し聞いて欲しい」

「ん?」

「お前に少し異変が起きている」

「えっ?」


 ポチの言葉に背筋が冷えた。


 そして続いた言葉に、僕は言葉を失った。


「お前の中で魔物化が進んでいる」

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