第三百四十九話 蛇から逃走
ダニエラが洞窟を塞ぎ、僕が照明の魔道具を取り出して明かりを灯す。それから暫く休憩した。時間にしてみれば1時間少々ではあるが、だいぶ疲れも取れた。
その間、ダニエラがずっと《気配感知》で索敵してくれてたが、外から蛇が来ることもなく、中から別の魔物が来ることも無かった。どうやら此処はただの洞窟らしい。
そして換気の為に入り口の土を少し崩した時に気付いた。奥から風が吹いていたのだ。空気の流れがある。つまり、向こう側は外へと繋がっているということだ。
「この先が何処へ繋がっているかは分からないが、進めば出られるというのは安心出来るな」
「きっとこの大きな壁の向こう側に繋がってるんだよ。そうに違いない」
確証はないが、そうだと僕の勘が告げている。この先は山の内側で、其処にはアーサーが居る、と。
「なら、進むしか無いな。動けるか?」
「あぁ、もう十分に休んだ。進むとしよう」
狭い洞窟だ。槍は振り回せない。此処でも槍の出番は無しか……何時になったら満足に振るえるのか。思えば今まで遊んできたゲームでも槍はあまり使わなかったな……だからだろうか。使える場面があっても剣に頼ってしまうから日の目を見ないのか。なら、意識して使っていくのが上達への第一歩か。
「狭いのに槍か?」
「狭いからこそ、さ。相手も前か後ろしか逃げ場がない。一突きだぜ」
発想の転換だ。狭いから小回りの効く武器をと槍は除外していたが、狭いからこそ、突きの右に出る攻撃はない。外さなければ、だが。
準備も整ったのでゆっくりと奥へと進む。腰のベルトにぶら下げた照明の魔道具が揺れるたびに、大きく小さく、僕とダニエラの影を岩壁に映す。それがまるで魔物のように見えて落ち着かない。
足音も反響して聞こえる。あぁ、懐かしの坑道跡を思い出す。
「やはり魔物は居ないようだな」
「とは言え、油断は出来ないな……《気配遮断》しているかもしれない」
岩に擬態しているかもしれない。見逃した横穴から出てきて背後から襲われるかもしれない。そんな不安が何時までも付きまとう。だから狭い場所は嫌いなんだ……。
暫く進んでみたが、先から光が差すことはなかった。ということで今日はこの辺で休むことにした。雷鉱石入りの結界の魔道具の安心感は凄い。透明だから分かり難いが、ピリピリとした電気を感じる。結界と結界の間を進もうとすれば容赦ない電撃を食らうことだろう。それを通路を挟んだ壁際に2つずつ置いて、目に見えない雷のシールドを通路の形成する。うん、これで良し。
「魔道具置いてきたよ」
「お疲れ。飯の準備も出来たぞ」
コンロの魔道具で温められたスープとパンか。直火で焼いた肉が食いたいなぁ……。
「火は危ないからな……肉は外に出るまでお預けだ」
「悲しいなぁ。洞窟って嫌いだ。しゃーない、串焼き肉で我慢だ」
ダニエラではないが、肉のない生活というのは結構辛い。僕は虚ろの鞄から取り出した串焼き肉を頬張る。これも旨いが、やはり違うと感じる。こうじゃない、こうじゃないんだと僕の中のダニエラが叫んでいた。
叫んではいたが食は進み、贅沢なことにお腹いっぱいに食べた僕は敷いた布の上に転がった。
「今日は私が見張りをしよう。前回は世話になったからな」
「ありがとな……くふぁ……今なら地震がきても起きない自信がある……じしんだけに」
「黙ってとっとと休め」
お言葉に甘えて眠るとしよう。大丈夫、こんな山の中で地震なんて起きるはずもない。
□ □ □ □
「起きろアサギ!」
「どぅおわぁ!?」
急に体が半回転して地面に顔をぶつけた。慌てて起き上がり、ダニエラを見ると敷いていた布を持っていた。思いっきり引っ張って僕を起こしてくれたらしい。乱暴にも程があるが、それだけ緊急事態という訳だ。
「何があった!?」
「何がも何も、あれだけ揺れたのに何故お前は起きないんだ!?」
「え!?」
「はぁ!?」
気が動転したダニエラと意味が分からない僕。
「地震か……?」
「あぁ、地面が揺れた……きっと何か大変なことが起きているはずだ」
「どれくらい揺れたんだ?」
「えぇ……これくらい、か?」
ダニエラが僕の肩を掴んで揺する。左右に揺らされ、頭がグワングワンと揺れるが、地震大国出身としては別に焦るような程じゃなかった。震度3くらいだ。
「……あぁ、そういえば昔、何かで読んだな……大陸の人は地震に敏感だって……」
「大陸? 何の話をしてるんだ!」
「いや、何でもない……まぁ大丈夫だと思うよ」
此処が洞窟という事を鑑みても、大した影響はないように思う。何処も崩れてないし。しかし原因ははっきりさせたい所だ。とは言え、プレートの話まで関わってくると門外漢の僕にはどうしようもないが……。
「恐らく、あの壁を突破されたんだと思う」
「あの入り口……てことは蛇か!」
「恐らくな。すぐに逃げる準備をしよう。此処じゃ勝ち目はない」
確かに、あの土壁を強引に突破すれば揺れもするだろう。殆ど崩落みたいなもんだからな……流石に此処じゃ戦えない。外を目指すしかない。
素早くダニエラが荷物を片付け、僕が周囲を、というより、後方を警戒する。
「よし、準備は出来たぞ。明かりはどうする?」
「消しても意味がない。すぐ行こう!」
ピット器官相手に明暗は無意味だ。僕達が居るという、それだけで索敵される要因になる。体温があるというだけで居場所がバレてしまうのだ。
ん……体温?
「ちょっと待ってくれ」
「何か思い付いたか?」
「あぁ、もしかしたらこれで回避出来るかも……!」
両手に紺碧の魔力を貯め、地面に付いて流し込む。僕達が来た方向、其処へ分厚い氷の壁を作り出した。これで温度は下がり、向こう側は感知しにくくなる……かもしれない。
「こんなので大丈夫なのか?」
「いや……どうだろう。期待し過ぎないでくれ」
足止めにはなるだろう。物理的に。
という事で再びダニエラを抱えた僕は《神狼の脚》を使い、滑るように洞窟を進む。ダニエラを抱えたまま、岩を跳んで避けると腕の中で小さく悲鳴を上げる。
「あっ、アサギ、ちょっとこれ怖い……!」
「ごめん、今ちょっと集中してるから」
目を見開いて地形を読み取り、スピードを落とさないように最小限の接触で突き進む。壁を蹴り、天井を踏み台にして地面を滑る。その度にダニエラが小さく息を呑む。普通に空を飛んでるのとは違うから仕方ないとはいえ、流石に申し訳なくなってきた。
「……はっ、アサギ、後方から魔物!」
「駄目かー!」
氷の壁も駄目らしい。蛇のようなしつこさだ。文字通り蛇なのだが。しかし氷の壁でも駄目となると、ピット器官だけじゃないのかもしれない。魔物の本能が、一度相対した僕という獲物を追い掛けているのかもしれない。
それならとことん逃げてやるだけだ。逃げ足の速さは自身がある。この足に追いつけた魔物は過去には存在しなかった。……はずだ。
と、走り続けていると少し周囲の様子が変わってきた。なんというか、ゴツゴツした感じがなくなって滑らかになってきた。角が取れて丸くなったというか……そして幾分か広くなった気もする。壁や天井がつるつるして踏みにくいが、狭くない分だけ走りやすい。道もなだらかな直線になってきた。
「出口が近いのかもしれない!」
ダニエラの声に《神狼の眼》を一瞬だけ発動させる。この通路の先、出口はあるのか。魔物は居ないのか。
「……ッ、出口だ!」
僕が見た光景は大きく口を開いた洞窟の終わりだった。その先までは見えなかったが、外には出られるようだ。
確信を得た事で自然と足が速くなる。キィィン、と両足の風速も増し、1段も2段もギアを上げる。更に上る速度に翻弄されないように、意識はどんどん研ぎ澄まされていく。
そしてトップギアで走り続けているうちに道がなだらかな曲線を描いくようになってきた。緩く右に、左に、道の先が垣間見えるような蛇行。もう尖った岩や天井ではなく、削られた丸い岩壁となっていた。恐らく、出口が近いのだろう。きっと雨風によって削られた結果だ。
「ッ、見えた!」
腕の中のダニエラが叫ぶ。一瞬見えた蛇行の先の出口を見たようだ。僕は後ろばかり気になってしょうがない。蛇は確実に此方の気配を察知して追い掛けている。僕達が休んでいた場所なんて既に通過している。
意識を前方に向け、ジッと蛇行の奥を見ると、確かに出口が見えた。丸くポッカリと空いた穴。その先は逆光で見えない。かと言って走りながら《神狼の眼》を使える程器用でもない。
「どうなってるか見えない。出たとこ勝負だな!」
「シールドを展開しておく! そのまま走れ!」
僕の首に回していた腕を片方だけ解き、前に伸ばし、ダニエラが『風盾』を展開する。半透明の翡翠色の盾越しにはっきりと出口が見えた。背後に広げた《気配感知》も、すぐ傍まで蛇が来ていることを知らせてくれる。もう300mも離れていない。
「行くぞ! 捕まれ……ッ!!」
ギュッとダニエラがきつく抱き締めたのを感じ、最後の直線を最速で通過した。




