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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百四十五話 霊峰へ

 キャスパリーグを後にした僕達は西を目指す。天気は良く、ザクザクと雪を踏みしめているとじんわりと汗をかくくらいの気温だ。

 木々に積もった雪もゆっくりと溶け始め、ぽたりぽたりと雫を落としていた。そういえば最近は吹雪くこともない。深夜や朝方にちらりちらりと降る様子はあったが。


「そろそろ、氷雪期も終わりそうだな」


 いい加減暑くなってきたので防寒着を脱ぎながら後ろを歩くダニエラに声を掛ける。


「早起きな魔物が巣穴から抜け出してくるかもしれないな」

「気を付けた方がいいな……」


 とはいえ、辺りはまだまだ一面の銀世界。何処に魔物の巣穴があるかなんてまったく分からない。信用できるのは《気配感知》だけだ。


 試しに周囲へと広げてみるが、何の反応もない。ふむ……樹海は魔物の巣窟とは言っても巣穴が其処ら中にある訳ではないらしい。


「パラライズヴァイパーだっけか? 樹海から流れてきた魔物」

「ユッカの辺りまで移動していた魔物だな」

「そうそう。ああいう氷雪期でも動く奴も居るみたいだし、油断出来ないな」

「ん……いや、あれはレアなケースだと思う」

「?」


 ダニエラ曰く、ああいう蛇や蜥蜴といった所謂、爬虫類系の魔物は氷雪期は冬眠するそうだ。なら何故、ユッカ周辺なんかに居たのか。


「恐らくだが、氷雪期前には移動したのだと思う。それから慣れない土地で冬眠を始めて、知らずに藪を突いた冒険者か旅人辺りに起こされたんだろう」

「はぁー、なるほどね……しかし何で樹海から移動したんだろうな。樹海の方が食べ物は豊富だろう?」

「其処までは分からんな」


 まぁ、それもそうだ。ダニエラは別に魔物博士じゃないしな。でも樹海からわざわざ、それも氷雪期前に移動したパラライズヴァイパーの事は頭の片隅に留めておく必要がある気がする。あの時、ユッカでちゃんと戦っておけば良かったか……いや、それだと今回の色々な出来事が全部失敗に終わっていただろう。



  □   □   □   □



 木々の間を歩くこと数時間。何回か休憩をしたが歩き通しでクタクタだ。しかし、まだまだ森は続く。


「今日はもう休もう……」

「そうだな。準備しようか」


 良かった。まだまだこれからだぞなんて言われたら僕はストライキを起こすところだった。足が棒のようだった僕はその場に腰を下ろし、足を伸ばして脹脛や太腿を揉み解した。


「そんなに疲れたのか?」

「雪ん中歩くのって思ってた以上に疲れるみたいだ」

「慣れないときついかもな」


 一時期は雪国で暮らしたんだけどな。まぁ慣れる前にまた引っ越したのだが。その間、何度か冬を過ごしたが転ばない日は無かった。


 しかし何度も転んだお陰で歩き方のコツは掴んだと思っている。今はきっと久しぶりだから力んでしまっているのだ。そうだと思いたい。




 テントを組み立てて焚き火の準備が終わる頃には日は暮れてしまっていた。周囲の木々を焚き火の赤が照らし、白銀の森に暖かさが加わる。

 パチパチと爆ぜる薪の上にはトライポッドを起き、其処から吊るした鍋でスープを温める。屋台で購入した鶏のスープに、アスクで仕入れたスパイスを加えたアサギオリジナル。ピリ辛仕立てなので今夜は冷えずに済むだろう。


 ぐるぐると鍋の中を掻き回し、時々掬っては軽く味見をし、様子を見る。何だかまだまだ辛味が足りなく感じる。いや、味見のし過ぎで麻痺してるだけかもしれない。んーどうだろう、もうちょっと飲んでみよう。


「アサギ、それは味見なのか? 食事なのか?」

「これは味見です。一番旨いスープを作ろうと頑張っているのです」

「完成する頃には空っぽになってないといいがな」


 心配性め。僕がそんなヘマするはずなかろう。とは言え、味見でお腹いっぱいになってしまっては本末転倒も良いところだ。こだわりも大事だが、一番大事なのはスピードだ。提供速度こそが良い料理屋というものだ。速さこそが人生において何よりも大事なのである。


「よーし完成だ。食べようぜ」

「待ちくたびれた。これが料理屋なら店を出ていたところだ」


 そんなに待たせたつもりはないが、食いしん坊にはスピードと量か。次からは気を付けよう。


 底の深い器にスープを注ぎ、傍らで焼いていたパンも添えて渡してやると早速齧りつくダニエラ。それに倣って僕も焼けたパンを齧る。


「ん……旨いな」

「やはりパンは焼き立てが一番だな」

「温かい料理は温かいうちに食べるのが料理に対する礼儀だからな」

「まったくだ」


 カリカリになったパンの表面の食感と香ばしい風味を楽しみながら手を加えたスープを行儀悪く啜る。唇がピリピリする。味はやはり辛い。でも鶏の旨味もあってコクがある。溶け出した野菜の甘みもまた良いアクセントになっている。


「大成功だなぁ、これ」

「寒い夜にはもってこいのスープだな」


 ダニエラにも好評で何よりだ。頑張って良かったな。


 僕もダニエラも手が止まらないままに食べ尽くし、ほぅっと白い息を吐く。お腹いっぱいだ。ダニエラの方を見ると流れるように横になっていた。


「牛になるぞ」

「今日は牛でもいい……」


 お腹いっぱいで眠そうだ。もう目がトロンとしてる。これはそのまま放置してたら寝そうだな……。


「寝るならテントで寝るんだぞ」

「ん……」


 目を擦りながらもそもそと起き上がってテントへと入っていくダニエラ。何だかんだ言ってダニエラも疲れていたんだろう。今日はゆっくり休んでもらうとしよう。


 今夜は僕一人で見張りと洒落込むか……久しぶりの夜勤だ。



  □   □   □   □



 深夜というよりは早朝に近い時間。空は未だに真っ暗で、その中でキラキラと光る無数の星と大きな月が僕を見下ろしている。


 ダニエラが寝た時間からかなり経ったが、周囲には何の気配もない。まったくのゼロ。聞こえてくるのは薪の爆ぜる音と風と葉擦れの音だけ。


「よいしょ……っと」


 僕は引き摺ってきた細い木を地面に下ろす。細いとは言っても僕の二の腕くらいはある。そんな木を藍色の大剣(シュヴァルツ・テンペスト)で切断し、等間隔で切り分ける。後は鎧の魔剣(グラム・パンツァー)で邪魔な枝を切り落とせば、薪の出来上がりだ。


 大体暇な夜はこうして薪の作成に勤しんでいる。とは言え、油断はしてないつもりだ。《気配感知》は常に展開しているし、時折、《神狼の眼》で遠くの方を見て異変がないかも確認している。アッシュさんの時のこともあってあまり見すぎないようにはしているが。


「ふぅ……」


 一作業を終えた僕は焚き火の傍に腰を下ろす。このまま横になったらぐっすり眠れそうな、そんな心地よい疲労感が僕を包んでいる。


「それは流石にな……」


 いくら気配がゼロで安全とは言っても、木の上でもない限り眠ることは出来ない。木の上くらいの安心感がない野宿などごめんだ。木の上はいいぞ!


「……あ、そうだ」


 木の上からこの地域一帯を見回してみよう。《神狼の眼》で見てもいいが、偶には肉眼で見たい。


 もう一度、《気配感知》で周囲を調べて、何もない事を確認してからすぐ傍の木へと登った。


「あっちの方が高いな……」


 前にアレッサの町でも高い所に登ったっけ……。そんな事を思い出しながら辺りで一番高い木の天辺へと降り立つ。


 周囲はまだまだ夜だ。しかし東の地平が薄っすらと明るい。あと数時間もすれば日が昇るだろう。


 来た道とは反対の、進む方向……西の方を見る。まだまだ樹海が続くが、遠くに大きな大きな山が見える。あっちの世界では写真でしか見ないような大きな山だ。

 山頂から麓まで雪が積もっているようだ。此処からは白い山に見える。暗い闇の中に浮かぶ白い

姿が幻想的でとても美しい。


「霊峰……って雰囲気だな……」


 彼処にアーサーが居る。白い山に白いオークか……不思議な結び付きだ。


 さて、そろそろ降りよう。もうすぐ朝になるから朝食を準備しないと。それが出来たらちょっとだけ寝るとしよう。流石に徹夜は、厳しい。

ということで霊峰篇、始まります。

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