第三百四十二話 第三番施設ウルベサルトス
扉の向こうはいつも通りの光景だ。先程の石造りの建物とはがらりと変わった黒い壁。其処に走るラインは道の奥へと向かって流れていく。
油断なく《気配感知》を広げながら、ゆっくりと剣を抜いた。
「アサギ」
「いや、何があるか分からないだろ」
「敵対勢力と思われなければいいがな」
それも一理ある。ならいざという時に反応出来るように無手で魔法メインにいくべきか……。
此処はダニエラの言う通りにしておくべきだと判断した僕は防寒着を脱いで虚ろの鞄に仕舞う。ついでに腰の剣もだ。
ダニエラはすでに虚ろの腕輪に防寒着と武器を仕舞ったのか周囲を見回している。
「行くか」
「あぁ」
一応、古代エルフ直系の白エルフのダニエラが前だ。その後ろを付いていく上社朝霧22歳。冒険者として日々頑張っています。
青い光のラインを辿ってゆっくりと警戒しながら進む。いくつかの曲がり角では必ず向こう側を確認してから曲がるという徹底ぶりだ。
暫く進むと階段が出てきた。そっと足を乗せて罠がないか確認しながら慎重に降りた先には扉だ。ゴブリンで溢れたニセユグドラの地下にあった遺跡都市エスタロスタにもあった取っ手のない扉。自動扉だ。
「なぁなぁダニエラ」
「押したら蹴るからな」
「まだ何も言ってないんだけど……」
ちょっとからかってやろうと声を掛けたらめっちゃ睨まれた。あの時のこと、まだ根に持っているらしい。これ以上何かしたら泣くまで蹴られそうなので僕は大人しく定位置であるダニエラの後ろに下がった。
「……よし」
何かの準備が終わったダニエラが意を決して扉に近付く。ちょっと腰が引けているが後退しないのは流石だ。偉いぞダニエラ。何事もチャレンジだ。
ビクビクしながら進むと感知エリア内に入ったのか、プシュン、という空気音と共に扉が開く。
「うっ……!」
声が出そうになるのをすんでのところで堪えたダニエラ。扉が開ききり、何の害もないと確認出来たのか、ゆっくりと息を吐いている。
「よし……私はまた一つ強くなった……」
「そうだな……」
後ろから見ていた限りではまだまだ全然だな。僕くらいになれば一歩も止まることなく近付き、当たり前のように中へと入るだろう。まぁ現代日本を生きてきたからね。当然だった。
□ □ □ □
ダニエラが少し強く賢くなった事はさておき、扉の向こうを見据えると、其処はどうやら目的地のようだった。遺跡内を走る光のラインの終着点。長方形の見慣れたコンソール。カルマさんの本体だ。
「結局罠はなかったな」
「心配し過ぎたかもな」
無警戒よりはいいかもしれんが、いささかこの距離に時間を掛けすぎたかもしれない。警戒し過ぎはカルマさんに対して失礼かもしれなかったなと今更考える。
ダニエラを先頭に部屋へ入り、ある程度コンソールに近付くと、まばゆく輝き始める。どうにか耐えようと目を凝らすも、あまりにも強い光に目を閉じてしまった。
次に目を開いた時には、コンソールの上には美しい女性がふわふわと浮かんでいた。
『此処は第三番施設ウルベサルトスです。ようこそ、末裔ダニエラ=ヴィルシルフ、異邦人アサギ=カミヤシロ。お待ちしておりました』
おっと、やはり僕達の事は伝わっていたようだ。いつもなら要件を述べろと言われていたはずが、歓迎されてしまった。
「此処へ来た目的はノヴァへと至る為の鍵の入手だ。此処にあるのか?」
『肯定。《カルマネットワーク》での審議結果はお二人に鍵を提供することで決定しています』
カルマさんがそう言うとコンソールの側面が四角く光り、音もなくスッと可動した。ダニエラと一緒に覗き込むと、その中に《鍵》が入っていた。タンスみたいだ。
「これが、《鍵》?」
「どう見ても水晶だが……」
入っていた鍵はどこからどう見ても水晶だった。両端が尖った、所謂《両剣水晶》ってやつだ。色は薄っすらと青い。
『此方が鍵となります。第三の鍵《アストラ》。使い方は鍵穴に嵌め込むだけです』
「ありがとう。大事に保管させてもらう」
代表してダニエラが受け取り、虚ろの腕輪に収納した。それを確認したカルマさんはゆっくりと頷いた。
『では、ノヴァの情報を開示します』
「!」
もらえるとは思っていなかった突然のニュース。これは聞き逃がせない。
『異邦人召喚を行うノヴァの真の理由について、一部情報の解禁が可能となりました』
「聞かせてくれ」
『はい。ノヴァは神界への接続を目的としています』
神界への接続? それって、神の世界へ行こうって事か?
『一部肯定。行くのではなく、来させるのです。神界接続とは神降ろしの事です』
「神が存在していたのか……」
『神界は此処とは隔たれた別次元です。其処へ接続をする実験の失敗が異邦人の無差別召喚へと繋がっています』
過去にも勇者と呼ばれた異邦人の話があったのは聞いている。それがノヴァの神界接続実験の失敗結果とは、きっと誰も思わなかったはずだ。
『この神界接続をノヴァは《リンカネーション》と呼称しています』
「なるほどね……リンカネーションとはまた皮肉だな」
転生か。神を降ろして自身を転生させるつもりなのか?
その為に、しかもその失敗の結果、僕は、松本くんは、店長は、過去の勇者達は、此処に呼ばれたのか?
「腹の立つ話だ……」
ダニエラに会えたのは幸運だった。が、それはまた別の話だ。業腹なことには変わりない。結果良ければ全て良しとはならないのが人生だ。大抵の場合、原因と仮定に問題があれば、結果として幸せになることは殆どない。
「ノヴァは必ず始末します。僕と、ダニエラが」
「アサギ……」
『はい。最良の結果を求めます』
心配そうに僕を見るダニエラにそっと微笑むと、安心したように笑ってくれた。この笑顔をずっと守る為にはノヴァは不必要な存在だ。この世界を安定させ、恒常的な平和を続かせる為にはノヴァはいらない。
「次に僕達は西の第二番施設《キモン》に向かいます。話を通しておいてもらえると嬉しいんですが……」
『分かりました。カルマネットワークを経由してお話をしておきましょう」
「ありがとうございます」
よし、これで全部終わりだな。後は退去するだけだ。瑠璃水龍という障害はあったが、上手く立ち回れたお陰で今までのような苦労はあまり無かったな……。あれと正面から戦うとなればそれこそ命を賭ける必要があったが……まぁ、次回はもっと上手くやるつもりだ。
「では私達はそろそろ退去する」
「お世話になりました」
『はい、お気をつけて。貴方がたの未来が幸せでありますように、祈っています』
柔らかく微笑んだカルマさんはふわりと淡く光り、コンソールへと消えていった。
無音が僕達を包む。シンとした音が耳に痛い。これからの事を考えていると、ダニエラが振り返った。
「まぁ、とりあえず帰ろうか」
何だか疲れたと苦笑しているダニエラに、釣られて僕も苦笑を浮かべた。やっと一仕事終えたばかりなのに、もう次の事を考えている自分に少し呆れ、意外なまでにノヴァを打倒しようとしていることにビックリだ。
「あぁ、帰ろう」
一先ずは、キャスパリーグへ。首長に事の顛末を告げてアッシュさん一家のその後の様子を確認したら旅立とう。
もう一回くらい宴があったら、ダニエラに一曲頼みたいな。




