第三百四十一話 遺跡へ
集落の端、ミシュカちゃんとアッシュさんが住む家の前に降り立つ。すると気配で分かったのか、扉が開き、そっとアッシュさんが顔を覗かせた。
「アサギか?」
「アッシュさん!」
僕は駆け寄り、虚ろの鞄から取り出した花を見せた。すぐにアッシュさんはそれがイジリスの花と気付き、声を震わせる。
「こ、これが……ありがとう、アサギ……ありがとう!」
「礼を言うにはまだ早いです。これを煎じて奥さんに飲ませてからですよ」
「あぁ……あぁ!」
花を受け取ったアッシュさんが家に入る。僕とダニエラも少し迷ったが、お邪魔することにした。
家の中は広く、家具も揃っている。やはり3人家族だからか、首長の家よりも物が多く見える。
そんな家の一番奥に木製の衝立があった。その向こうから人の気配がする。
「アッシュさん?」
「あぁ、こっちだ」
衝立の向こうから声がしたので覗き込むと、其処にはベッドがあり、その上には女の人が寝かされていた。ミシュカちゃんのお母さんだ。
「俺の妻だ。ナミルという。ナミル、此方がアサギ。イジリスの花を持ってきてくれたんだ」
起き上がろうとしたナミルさんを介助するアッシュさん。優しく抱き起こし、支えてあげるとナミルさんは弱々しく、咳き込みながら頭を下げた。
「けほっけほっ……ナミルです。もう助からないと思っていました……本当に、ありがとうございます……」
「無理するな、ナミル。よし少し待ってろ。すぐに薬湯を用意する」
それからはナミルさんが回復するまでは早かった。アッシュさんが作った薬湯を飲ませると、病気はすぐに治り、苦しげだった顔が安らいだ。体調が戻って安心したのか、今はぐっすりと寝ている。ミシュカちゃんは嬉しそうに、でも静かにナミルさんの隣に寄り添っている。
「こんなに効くとは……伝説の花だけはあるな」
「伝説の花?」
「言ってなかったか? アサギ達が見つけてくれたイジリスの花は伝承でしか伝わっていない伝説の花なんだ。雪の降る氷雪期にだけ咲く花。言い伝えでは特殊な魔素溜まりにだけ咲くそうだが……」
特殊な魔素溜まり……それって龍脈の魔素とか、そういう場所だろうか。
「……あぁ、だからあの遺跡の傍に咲いていたのか」
「アサギ?」
「龍脈の魔素の傍なら、特殊な魔素溜まりがあっても当然だろう。彼処はカルマ・ネットワークのある場所だし」
「なるほど、そういうことか……」
ダニエラも納得するということは僕の推測は正しかったと言える。
アッシュさんは不思議そうな顔をしていたが、分からない事は分からない事として処理することにしたのか、眠るナミルさん顔を見つめた。
「どんな理由にせよ、花を見つけてくれた事、心から感謝する。ありがとう、アサギ。ダニエラ」
「いえ……ナミルさんが助かって良かったです」
「……ありがとう」
これ以上、家族の時間を邪魔するのも忍びない。小島に戻ろう。
家を出る前に振り返ると、アッシュさんは静かに涙を流していた。愛する家族を助けてあげられて本当に良かった。
□ □ □ □
集落を出て小島に戻り、ダニエラが築いた野営地の焚き火に再び火を灯す。一気に明るくなる周囲に魔物の気配はない。
「今夜は寝て、明日になったら遺跡を調べよう」
「そうだな……ま、その前に飯にしようか」
「アサギは今日は沢山頑張ったからな。今日は私が作ってやる」
「おぉ、それは楽しみ……」
「はいどうぞ」
「……串焼きかー」
虚ろの腕輪から取り出した串焼きを2本渡される。それを両手に握る僕は嘆息と共に天を仰ぎ見る。あぁ、今夜も晴れ。星がとても綺麗だ。こんな星空の下で食べる串焼きはさぞ旨いのだろう……。
「スープもあるぞ」
「ありがとう。いただくよ」
「あぁ」
嬉しそうに笑うダニエラ。こんなに可愛く笑われたらもう何も言えない。むしろ何だか普段より美味しく感じてくる。
何処で何を食べるかより、何処で誰と食べるかが大事なのかもしれない。なら、ダニエラと食べるなら何処でも何でも美味しいに決まっていた。
翌朝、僕達は遺跡を目指して歩き出した。少し坂になった小島。木々もまばらだし歩きやすい。
そんな斜面をゆっくりと登っているとすぐに教会跡が見えてきた。ダニエラの話ではあの中に地下への入り口があるみたいだが……。
「こっちだ」
扉があった場所から入ると、ダニエラが奥を指差す。其処には半分砕けた扉があった。それを押し開くと地下へと向かう石造りの螺旋階段があった。
「まさかこれが入り口だなんて言わないよな」
「まさか。この先の部屋の中にあったんだ」
鞄から出した照明の魔道具を手渡すと、それを掲げたダニエラが先へと進む。一応危険はないとは思うが、一応腰の剣の柄を掴みながらその後ろへと続いた。
階段を降りた先にあったのはまたしても扉。奥に進む程、扉の損壊具合が少なくなってきている気がする。まぁ、螺旋階段だし雨風もある程度は防げるから当然ではあるか。
その扉をダニエラが押し開く。扉の向こう側は見たことのない光景が広がっていた。
「これは……」
「地下墓所……カタコンベというらしい」
いくつもの棺が置かれた空間。壁際には火の付いていない蝋燭が並んでいる。その蝋の残り具合から、ある程度は使用していたのが分かるが、それが何時頃のことかはまったく分からない。
細やかな装飾が刻まれた棺に視線を戻す。こうしてちゃんと棺を見たのは、実は初めてだ。僕のおばあちゃんもおじいちゃんも、まだ日本に居た頃は元気そのものだった。
今はどうしているか分からない。元気で居てくれていると信じたい。
「こっちだ。……アサギ?」
「あぁ、悪い。その奥だな」
「そうだ。この端の棺の中の仕掛けを弄ったら扉が開いたんだ」
ナチュラルに棺を開けるダニエラ先生。僕はうわーと若干引きながら棺の中を覗き込むと、薄っすらと光る石がある。その石から放射状に光のラインが、棺内へと伸びていた。
「もう見慣れたな……この光のライン」
「古代エルフの遺跡には必ずあるものだな」
ダニエラが石にそっと触れて魔力を流すと、ラインが棺を越えてカタコンベの中まで伸びる。そのうちの何本かが壁際へと走り、広がる。幾何学模様のように広がったあと、その場に扉が出現した。
「あれだな」
あの奥に古代エルフの遺跡がある。此処から先はダニエラもまだ確認していない。今までの遺跡には何の危険も無かったが、此処は違うかもしれない。カルマ・ネットワークで僕達の事は伝わっているはずだ。わざわざ物騒な出迎えはしないとは思うが……。
「行こう」
ダニエラの言葉に頷き、ジッと扉を見据える。その先には何があるのか。期待と不安が、入り交じる。




