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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三十四話 旅路と食事

 旅は順調だ。天気には恵まれ、整えられた道はとても歩きやすい。森に囲まれてはいるが以前のようにフォレストウルフに追われることもない。ベオウルフの躾が行き届いているんだろう。時々木々の間から顔を出すこともあるが襲ってくる気配はなかった。


「ところでダニエラ、次の町までどのくらいあるんだ?」


 隣を歩くダニエラに尋ねてみる。


「そうだな……徒歩なら6日程だな」

「結構掛かるんだな」

「そうでもない。王都周辺でないならそんなものだ」


 そんなものか……。まぁ歩いて着くなら良い。海を越えて山を越えてとなると大変だしな。


 長閑な空気に平和ボケした気持ちで歩く旅は3日目まで続いた。焚き火を囲んで、買い溜めた食料を消費するだけの気軽な旅。それが終わったのは雨が原因だ。台風かってくらいの大雨の中、二人して雨合羽を被って歩き続けている。


「それにしても酷い雨だな」

「だな……まぁ旅に雨は付き物だ」


 いつもいつも良い天気という訳ではないのは当たり前だな。天気に嫌われてるわけでもないだろうし、とりあえず歩くしか無いだろう。

 びちゃびちゃになった道を踏み締めて前を見る。厚い雲の影で昼間のはずなのに辺りは暗い。森の中はもっと暗いだろう。雨が止む気配も雲が切れる気配もない。恐らくこの雨は長引くだろう。

 この雨で怖いのは体温が下がることだろうか。それとも悪くなった視界だろうか。旅は初めてだから想像でしか語れないというのは経験値の無さを実感させてくれるのに一役買ってくれる。


 気付けば左右に広がっていた森は途切れて代わりに草原が広がっている。辺りに木はないので視界は広がる。まぁ大雨で暗いのには変わりないのだけれど。


「森が切れたか。草原ということはここからはグラスウルフの領域だ。魔物の気配を感知しなくてはな」

「あぁ、そうか。草原はグラスウルフか……」


 ヴィンテージなバッグに掛けていた手を離して腰の鋼鉄製の剣を触って確認する。これからは戦闘有りの旅か。異世界感溢れる旅になりそうだ。


 ダニエラ直伝の気配感知を広げてみるとなるほど、遠く離れてはいるが何となく何匹かいる気配がする。これも使い続けていれば練度が増して正確な数や距離感も掴めてくるのだろうか。しばらくは襲われることもなさそうだ。どれくらい安心出来るか分からないが、とりあえず安心と判断してバッグを背負い直した。今日の野宿は休めるだろうか。それが少し不安ではあった。




 野営地に選んだのは大きな岩が転がっている場所だ。それを背にテントを建てた形だ。雨脚は少し弱まっていた。止んではいないが……。タープを屋根に焚き火を起こそうと思ったが燃えちゃ敵わんと思い、外して焚き火を起こしてみた。薪は虚ろの鞄の中に詰めていたので湿気てない。火口に使った小枝も十分な量がある。旅をしながら集めた甲斐があったってもんだ。

 白煙を上げてはいるがしっかり燃えてくれている焚き火に安堵しながら鍋を火にかける。中は安定のスープだ。干し肉で出汁を取った野菜スープ。この状況ならなかなか温まるしな。鍋の中を掻き回しながら辺りを見回してみると、ダニエラが雨の草原から帰ってくるのが見えた。鍋を混ぜながら待つ気分は正に主夫だった。


「おかえり」

「ただいま。この近辺でグラスウルフの気配があったところは潰してきたぞ」

「悪いね。任せちゃって」

「持ちつ持たれつ、だ。アサギ。お腹空いた」

「はいよ」


 使い慣れた器を取り出す。この少し大きめな器はダニエラの物だ。合宿で知ったがダニエラはよく食べる。曰く、太らない体質なのだと。すわ、白エルフ特性か!? と思い尋ねてみたが特にそういうことはなくダニエラ特性とのこと。実に羨ましい話だ。

 恥ずかしそうにおかわりを言うダニエラにスープと少し多めの具材をよそってあげたが僕は知っている。大量の屋台飯を抱えて公園に消えたあの姿を。それはそれは嬉しそうな笑みを受かべていたあの姿を。


 大きめの器と標準サイズの器にスープをよそって焚き火を囲う。雨が降っているので僕達はタープの下だ。何かこういうゲームあったなぁとか思いながら温めたスープを啜る。天気は悪くとも味は最高。更に外飯効果で旨さも2割増しだ。

 鍋の中身はあっという間に無くなる。ダニエラ先生の胃袋は反比例的にいっぱいになる。後は寝るだけだ。温まった体を冷やさないようにダニエラはさっさとテントに入ってしまったので、僕は火の番をする。交代で見張りをするのだ。弱まった雨は更に勢いをなくして今はもうパラパラとちらつくだけになっている。それほど気にしなくても火は消えそうになかった。

 ふと、自分の髪を弄る。元々の生活の所為で髪は伸びている。この世界に来てからは店長の合図が無かったので忘れていたなぁ、と伸びた毛先に虚ろの鞄から取り出したハサミを当てて、ちょっとずつ切り出した。キャンプには便利グッズとして色々な装備が揃ったガジェットがあるが、そんな物はこの世界には存在しない。ということで個別に購入した物だ。他にも錐に似た小さめのエストックを大将に作ってもらった。


「こんなちっせぇエストックが何の役に立つんだ?」


 と、最後まで言っていたが出来上がった物は実に立派だ。流石大将と言わざるを得ない。

 適当に切ってはみたが、他人からしてみれば「まだ長ぇんじゃねぇの?」と言われそうだが、短くしたら風邪を引きそうだ。今はそれは拙い。

 パラパラと切った髪を掘った土の中に埋めて大将のエストックと、買った肉を取り出す。虚ろの鞄には次元魔法が使われているとのことでよもやと思い、生モノを入れてみたが予想通り、時間の経過はない。見た目変わらないだけでちょっとずつ進んでるんじゃないかと思って温かい物、冷たい物を入れて実験してみたが、温度変化は無かった。正真正銘、時間は止まっている。ただ、あれやこれやと突っ込んだ所為で容量はいっぱいらしく、これからは消費してスペースを空けるのが仕事だった。


 エストックに細切れにした肉を刺して焚き火に翳す。ふふふ、これぞ夜勤の楽しみ。福利厚生。お夜食だ。ジュワジュワと焼ける肉の匂いを嗅ぎながら買い溜めた香辛料を掛ける。あぁ、いい匂いだ。これぞ漢の料理だ。火に当てた肉は良い色に焼ける。カリカリになった表面に反して中身はレアだ。肉は焼きすぎないのがコツである。


「くくく、そろそろ良いかな」

「何がだ?」

「焼き加減さ。このくらいがちょうど良いんだ」


 よぅし、肉汁が滴る今、このタイミング! ではでは、いただき……ん?


「美味そうじゃないか。食べないのか?」

「あれ……ダニエラ、さん? 寝たんじゃ……」


 いい匂いのする肉を片手に振り返る。そこには満面の笑顔のダニエラ先生が腕を組み、仁王立ちで僕を見下ろしていた。


「アサギ」

「……はい」

「私の分は?」

「これをどうぞ……」


 僕はいい匂いがして実に美味そうな肉をダニエラに献上した。草原初日の夜勤は実に気不味いスタートを切ったが、特に魔物に襲われることもなかった。僕はダニエラが満足するまで肉を焼いた。

 買い溜めた肉が無くなったことに気付いたのはダニエラがテントに戻って寝た後だった。

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