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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百三十九話 瑠璃水龍

 アサギが私を抱えて《神狼の脚》で樹海の上を走る。白銀と翡翠の風が尾のように流れ、消えていく様を見つめているとすぐ側で盛大な溜息が吐き出された。


「いい加減に腹を括ったらどうだ?」


 悩めるアサギへ精一杯のアドバイスを送るが、返された答えは、また溜息だった。


「括れる訳ないだろ……はぁーぁあ、もう……」

「引き返す訳にもいかないし、瑠璃水龍ブルードラゴンを倒さない限り私達の目的は果たせない。それに遺跡に咲くイジリスの花も回収出来ない。今、私達がやらないとすべてが水の泡になるんだぞ」


 わざわざこう言ってやらないとアサギは覚悟を決められないだろう。アサギだって瑠璃水龍を倒さなければならないと頭では分かっているはずだ。だが、良い意味で臆病な奴だからまだまだ踏ん切りがつかないのだ。


 いざとなれば覚悟を決める間もなく結果を出す男なのは私が一番知っているが、覚悟を決める猶予があるなら、決めておいた方が後々動きやすい。


「分かった、分かったよ。ミシュカちゃんのお母さん為でもあるんだしな……怖いけど、やるしかないな」

「あぁ、私達と雪猫で成し遂げるぞ」


 ほら、私が少し背中を押してやればこれだ。まったく、世話の焼ける男だ。まぁ、そういう所も含めて愛しているのだが。



  □   □   □   □



 程なくしてアスル湖が見えてきた。上空から見下ろすアスル湖のは青と白のコントラストがとても美しい。しかしそんな湖に棲むのは最強のドラゴンだ。


「……彼処か」


 普段よりも低く、張り詰めた声でアサギが呟く。アサギが探している対象を追って《気配感知》を広げると、雪猫の反応が下方で、瑠璃水龍の反応が湖底の方にあった。

 私の確認を待っていたのか、アサギはスッと下へと降りていく。すぐに雪猫が反応し、上空へと顔を上げた。


「へぇ、便利なもんだな。そんな芸が出来るなら奴を殺すのも楽ってもんだ」

「買い被られても困ります。僕に出来る事はこの程度です」

「ハッ、どうだかな……」


 隣に降りた私達を鋭い眼光で睨みながら低く囁くように喋る雪猫。うむ、雪猫の見立ては正しい。アサギはやる時はやる男だ。縦横無尽に駆け回り、戦神の如き戦いを繰り広げる。瑠璃水龍も、やる気になったアサギには軽い朝飯前の魔物に過ぎないだろう。


「色々考えたんですが、まずは奴の動きを封じます」

「ほう? どうやって?」

「単純な話です。湖を凍らせます」


 そう言うとアサギは魔力を込め始める。出会った当時は魔法の使い方すら知らない《石》だったのに、今じゃもう《紅玉》だ。流れる魔力の質も量も昔とは桁違いだ。


 アサギの体内を巡る魔力が氷竜の鎧に秘められた本能を呼び起こす。それはアイスドラゴンの力。氷魔法の底上げだ。その力を用いて練り上げた紺碧色の魔力が大剣の形に成形される。


 アサギが初手に選択したのは奥の手。全てを凍てつかせる氷の大剣、『氷凍零剣(ニヴルヘイム)』だった。


「……マジやべぇもん出してきやがったな……」

「これを作ると半分くらい魔力を持っていかれます。でもちまちま叩いても絶対に勝てない」

「だから動きだけでも封じようって魂胆か。しかしそりゃあ見通しが甘ぇんじゃねぇか?」


 確かにアサギの奥の手を使ったとしても、この湖全てを、水面から水底まで全て凍らせる事が出来るとは思えない。


「全部を凍らせることは出来ないです。でも、彼奴の周辺さえ凍らせてしまえば……」

「勝ち目はあるってか?」


 静かにアサギが頷く。そして此方を見る。なるほど、そういうことか。


「私の魔法で奴までの邪魔な水を飛ばせば良いんだな?」

「あぁ、頼む。雪猫様は水を凍らせることは出来ますか?」

「舐めんなよ。全力出しゃあ半分はガチガチだ」

「でしたら、ダニエラが風魔法で開けた穴を凍らせて水の流入を防いで貰えると」


 フン、と鼻を鳴らす雪猫。


 アサギの立てた作戦はシンプルだった。私が風魔法で湖の底に棲む瑠璃水龍周辺までの邪魔な水を吹き飛ばす。その空いた穴を雪猫が凍らせ、アサギが氷凍零剣で瑠璃水龍や周辺の残った水を凍らせる。


 直接の戦闘は無いし、これなら初手で終わるだろう。嫌だ嫌だと言いながらも効率のいい作戦を思いつく辺り、アサギはやはり優秀だ。


「んじゃまぁ、そうと決まったら早速やるかぁ!」

「よし、ダニエラ、初撃頼んだ!」

「まかせろ」


 風魔法を使って空を滑る板、『風速移動(ブラストボード)』を生成する。アサギに勝手に付けられた名前でセンスは良くないが、この魔法の使い勝手は非常に良い。

 翡翠の魔力の軌跡を残しながらアスル湖の上空まで移動した私は体内で魔力を練り上げる。其処へ翡翠の色を混ぜ、風属性に変化させる。


「すまない、助けてもらってもいいだろうか?」

『まかせてー』


 更に周囲の風の精霊達に助けてもらい、魔力の底上げを行う。そして放つ魔法は風魔法最高クラスの威力を誇る翡翠の竜巻。


「『風帝暴乱(ゲイルストーム)』!!」


 湖に向かって突き出した両の手から放たれる暴風は真っ直ぐにアスル湖の主、瑠璃水龍へと向かう。竜巻を放ちながらボードを制御するのは非常に難しいが、かつてレプラントの谷の霧を吹き飛ばした時よりは魔法の制御が楽になっている。これも成長か。


「よっしゃあ!!」


 下方では雪猫が湖の上を走る。脚を着いた場所が瞬時に凍って足場になっているようだ。あれが奴の特殊能力だろうか。


「わっはは! やっべぇ!!」


 楽しそうにはしゃぎながら走る雪猫。私の魔法で荒れる水面を器用な体捌きで実に楽しそうに走り抜けていっている。

 荒れ狂う波間を抜け、私が今も放つ魔法の爆心地へと到達した雪猫はその穿った穴の水壁を螺旋を描くように走る。奴が駆け抜けた後からどんどんと水壁は氷壁となり、穴を固定していく。


「よっしゃあ! やれアサギィ!!」


 《気配感知》では瑠璃水龍は確実に捉えている。一切の動きがないが、大丈夫だろうか。いや、今しかないだろう。


「アサギ!」


 頼れる相棒の名を呼ぶ。私の向かいに《神狼の脚》で立ったアサギは既に最強の氷魔法。全てを凍てつかせる氷の大剣、氷凍零剣の準備を完了していた。

 邪魔にならないように風帝暴乱を解除し、風速移動の維持に専念する。雪猫の力で凍った穴が顕になる。

 

 紺碧の魔力を帯びた大剣の切っ先を湖底に向け、その中心へ真っ直ぐに叩き込む。


「よし……」


 氷凍零剣が放たれた。あれさえ決まればいくら瑠璃水龍と言えど、抵抗は難しだろう。

 紺碧の光が湖底へと落ちていく。その光景を眺めていると、不意に背筋が凍るような悪寒が走った。

 アサギの魔力と同等か、それ以上の魔力が突然、湖底から溢れ出す。


「やべぇ!!」


 一目散に湖面を駆けていく雪猫。瑠璃水龍の攻撃なのは明らかだ。すぐにこの場を離れた方がいい。


「アサギ!!」


 声を荒げ、逃げるように相方の名を叫ぶが、アサギは微動だにしない。


「アサギ……!?」


 今にも湖底から魔法が放たれる。藍色の魔力が雪猫の氷を侵食し、どんどん氷が溶けていく。その中心、瑠璃水龍の居る場所に氷凍零剣が消えていき、そして膨大な魔力が爆発した。


「ぐっ……!!」


 放たれたのは圧縮された水のブレスだ。氷凍零剣を飲み込んだブレスが一直線に空へと伸びていく。


 しかしアサギの魔法も侮れない。ブレスが伸びたのは一瞬の事で、氷凍零剣を飲み込んだ所為か、途中でブレスが凍結した。その異物を吐き出すように瑠璃水龍はブレスを放ち続ける。が、その異物は瑠璃水龍が思っている以上に厄介なものだ。


 その氷の大剣を中心にブレスが拡散され、根本からどんどん凍っていく。出来上がるのは氷の傘だ。私と雪猫が作り上げた氷の穴を塞いでいくように広がっていく氷の傘を眺めながら、逃げるべきか留まるべきか決めあぐねていると、視界の端でアサギが動いた。



  □   □   □   □



「ダニエラは逃げろ!」


 どうするべきか状況を伺っていたダニエラに指示を飛ばした。それでも残ろうとする気持ちは有り難いが、これ以上此処に留まっては危険だ。


 僕が考えた作戦は不完全だった。ダニエラの魔法で穴を開けて雪猫様が固定するまでは良かった。だが僕が思っていた以上に瑠璃水龍はしぶとかった。凍った湖の中からブレスを吐いてくるとは思わなかった。後少しで『氷凍零剣(ニヴルヘイム)』は瑠璃水龍へと到達し、その全てを凍らせるはずだったのに。


 こうなってしまえば後は逃げるか、無茶をするかだ。


 僕は虚ろの鞄から霧氷石の槍(コキュートス・ランス)を取り出す。その槍に体内に残った紺碧の魔力を込め、氷槍化させる。


「駄目だアサギ! 逃げろ!」


 ダニエラの声に顔を上げ、安心しろと笑ってやる。だけどダニエラは何を勘違いしたのか、泣きそうな顔をしている。まるで僕が死にに行くみたいな感じになっちゃってるじゃないか。


「すぐに済ませる!」


 そう言って安心させても、逆効果らしい。だがこれ以上は待っていられない。もうすぐ氷凍零剣が消えてしまう。そうなる前に、この槍を突き立てなければいけない。


「行くぞ……ッ!!」


 《神狼の脚》の風速を《大強風》まで一気に上げ、槍を構えてブレスが拮抗している中心、氷凍零剣まで駆ける。


 近付く程にブレスの恐ろしさが肌にしみる。今もなお、氷凍零剣による凍結と圧縮された水のブレスが戦っている。僕の魔法がブレスを凍らせるが、その奥からブレスが氷を砕く。そのブレスさえも凍らせるが、ブレスも負けじと氷を砕く。


「くっ……!」


 弾かれた水と氷が周囲に飛び散り、礫となって近付く僕を激しく攻め立てる。せめて目にだけは入らないようにと薄目にしながら、駆け抜け、漸く氷凍零剣の元まで辿り着いた。


 僕は手にした霧氷石の槍を氷凍零剣へ突き刺した。槍の素材となった石、霧氷石は氷鉱石と水鉱石の混合石だ。その力を存分に利用し、槍を通して僕の残った魔力全てを注ぎ込む。


「はぁぁぁぁぁ……っ!!」


 帝剣武闘会でアドラスと戦った際に学んだ『魔素変換』を此処で利用する。そのための媒介に霧氷石はもってこいの素材だ。何せ、氷と水、両方の性質を持っているのだから。


 つまり、瑠璃水龍の水属性のブレスを吸収しながら、氷凍零剣の効果を持続、更には高める事が出来る。問題は一歩間違えればブレスに巻き込まれて死ぬってことだ。


 けれど、僕はこんな場所で死ぬつもりはない。だってダニエラが待ってるからな。


「喰らえぇぇぇぇぇ!!!」


 紺碧の輝きを取り戻した氷凍零剣がブレスを飲み込んでいく。拮抗していたブレスをどんどん凍らせ、遂には根元まで到達した。


 一瞬、湖が紺碧の光に包まれる。眩しさに思わず目を閉じてしまったが、すぐに光は収まった。すぐに目を開き、そして眼下に広がるアスル湖を見て思わず息を呑んでしまった。


「マジかよ……」


 此処までの効果が出るとは思わなかった。瑠璃水龍のブレスを変換して奴自身を凍らせるつもりが、ダニエラが開けた穴だけではなく、その周囲まで凍結してしまっていた。

 ブレスが止んだ湖底には瑠璃色の巨体を持つ水龍が口を開けたまま凍っている。ああなってしまえば、もう動くことは出来ないと思うが……どうだろうな。死んでいるかは分からない。


「ふぅ……」


 どうにか無茶が通ったようで安心した。一時はどうなることかと思ったが……まったく、ヒヤヒヤさせてくれる。

 霧氷石の槍の氷槍化を解除し、グッと腰を伸ばす。……その瞬間、腰に強烈な一撃を食らった。


「ふぐぅ……っ!!!」

「このッ、大馬鹿野郎!!!」


 エビ反りになって上下逆さまになった視界にはダニエラが居た。見事な後ろ回し蹴りをキメたダニエラが涙目で僕を睨んでいた。『風速移動(ブラストボード)』の推進力とダニエラの体捌きが成した見事な後ろ回し蹴りだった。

 完全に不意を突かれた一撃に《神狼の脚》が解け、エビ反りに落ちそうになった僕をダニエラが脇に抱えた。


「今のは痛かった……痛かったぞ……」

「私だって痛かった。心が!」

「悪かったよ……」

「謝って済む問題ならこんなに怒らない! 馬鹿野郎が!」


 エビ反りは結構きつい。喉が詰まって声がしわがれる。ダニエラはそれをもっと重要視しないといけない。


「でもほら……勝ったじゃん……」

「結果的にはな……撤退する手段だってあったのに、お前という奴は……!」


 完全にキレてる……こうなってしまっては何を言っても無駄だろう。というか何かを言う気力がない。もう魔力がすっからかんだ。


 地上へと降りたダニエラは僕を放り投げる。


「ぐぇっ」


 固い氷の上に落とされた僕は無様の一言だった。瑠璃水龍を仕留めたというのに、この様だった。


「強ぇのか弱ぇのか分からんな……人間ってのは」

「此奴に関しては馬鹿だからな。参考にするな」


 呆れる雪猫様と、今もなお無茶をした僕に憤慨するダニエラ。僕はエビ反りのまま力尽きた。


 大した時間が経ってない空は今は流れてきた雲が一時的に太陽を隠している。ちょうどいい明るさの空を眺めながら、僕は一人虚しく、魔力の回復と腰の回復を待つのだった。

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