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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百三十七話 猫宴

今年最後の更新となります。

 靴を履いて首長の家から出た。入る時に居た両サイドの猫獣人の若者は居なくなっており、集落内は来た時よりも賑やかだった。さっきまでは家の中に隠れていた獣人達も忙しなく行ったり来たりしている。


「どうやら、首長の言っていた歓待の準備だろう」

「夜の歓待って事は宴かな。楽しみだな、猫獣人料理」

「今から腹が減るな……」


 それは流石に気が早いというか、胃が早いというか。


 実際にはまだ場所作りの段階だ。集落の外で雪かきをして場所を取り、家の枠組みのような木枠を並べて、板を敷いている。手慣れた様子から、度々こうした催し物を行っているのが伺えた。


 見る見るうちに出来上がっていく会場を2人して並んでみていると、着ていた防寒着をクイクイと引っ張られた。


「ん?」

「お兄ちゃん、人間なんでしょ」


 下を見ると猫獣人の男の子が立っていた。興味津々な瞳が僕を見上げている。しゃがんで目線を合せてやりながら、そうだよと答えてやると、パァッと表情が明るくなった。


「じゃあじゃあ、町にも行ったことある? この川のずっとずっと上の町!」

「あぁ、僕は其処から来たんだよ」

「へぇ~! いいなぁ、いいなぁ」


 羨ましそうに、でも楽しそうにコロコロと笑う獣人の子供。なんて可愛らしいのだろう。お持ち帰りしたくなってしまう。


「僕も大人になったら行きたいなぁ」

「遠いし危ないからね。大きくなってから行くんだよ」

「うん!」


 ぽんぽんと猫耳と猫耳の間を撫でてやる。聞き分けの良い子だ。この集落の大人達はしっかりしているのだろう。


 そうしていると、いつの間にか子供達に囲まれていた。もふもふの猫耳達がキラキラした目で僕達を見上げていた。


「お、おおぅ……」

「ふふ、大人気だな、私達」


 大人達が宴の準備で暇なのは分かるが、正直僕達みたいな怪しい人間相手に警戒心はないのだろうか。


「ねぇねぇ」

「あのねあのね」

「えーっと、えーっと」

「あの……!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! 一人ずつ、一人ずつな!」


 集落を散策するつもりで出てきたはずが、いつの間にか子守になっていた。結局宴が始まる寸前までずっと子守だった。


 しかし子供達の案内で散策は出来た。小さな子供の手に引かれ、集落をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。お陰様で隅から隅まで隈無く散策した。もうクタクタですわ……。


 でも色々勉強になった。家の造りとか、見ていて面白かった。

 骨組みも面白かった。板と板を交差させて作った蛇腹を広げて円形にして、屋根になる棒を組み上げ、そしてそれらを布で覆う。

 この布がまたオシャレポイントで、皆それぞれのデザインが違う。勿論、似通ったりはするが、実に色とりどりで見ていて飽きない。


 これは昔会ったオークの異常進化個体、アーサーに伝えた新しい生き方の中にあった家だ。僕は彼に遊牧民としての生き方を教えた。その中にこの家の話もしたような気がする。


 もしかしたらこの造りは彼が……なんてな。



  □   □   □   □



 日が落ちると設置されている木と鉄で出来た燭台に火が灯る。揺れる沢山の火が照らす集落から少し離れた場所に用意された宴の会場の特等席で僕とダニエラは酒の入ったカップを持たされていた。


「ではこれより宴の始まりだ!」


 本日はお日柄もよく、なんて長ったらしい挨拶のないシンプルな挨拶で宴が始まった。所々で乾杯の声が上がり、僕もダニエラと軽く打ち合う。


「お疲れ」

「あぁ」


 中身はよく冷えた果実酒だった。味は甘くて飲みやすい。何で出来てるんだろう?


「どうだ? ベルル蜜の酒は口に合うか?」

「アッシュさん。これ、ベルル蜜なんだ?」


 少し離れた席に座っていたアッシュさんがカップを手に僕の傍に座った。どうやらこの果実酒はベルル蜜のお酒だそうだ。なら果実酒じゃなくて蜜酒だ。蜂蜜酒とは違うのだろうか。まぁ、木の蜜と蜂が集めた花の蜜の違いはあるだろうけれど。よく分からない。


「ちょうどこの間作ったのが飲み頃だったからな……良い機会だから振る舞おうって話になったんだ。口に合って良かった」


 くぴ、と口に含むとベルル蜜の甘みが広がり、鼻から抜ける。ヴァドルフで食べた森の果実のベルル蜜煮を思い出す。あれも甘くて美味しかったが、此方はアルコールが入ってるからか、さっぱりとしている。気がする。


「しかし酒があると料理が食べたくなるな……まだ出来ないのか?」


 遠慮という言葉を知らないダニエラ先生。アッシュさんは苦笑しながらほら、と指を差す。


「料理は酒が入ってから出てくるんだ。俺達猫獣人の間ではそうなってるんだ」

「ふむ、文化の違い……か。面白いな」


 顎に手を添えてじっくりと運ばれてくる料理を睨むダニエラ。


「はいよ、お待たせして悪いね!」


 恰幅のいい猫耳のおばちゃんが大きな銀色の皿をドンと僕達の前に置く。周囲の空気と料理の温度差で湯気が凄い。しかし香ばしい匂いも凄い。


「これが猫獣人の伝統料理、鹿のリューズ焼きだよ!」

「リューズ焼き?」


 聞き慣れない料理だ。鹿は鹿だが、リューズというのはファンタジー食材だろうか。


「リューズというのは特殊な葉でな、葉だけ食べると、とてもじゃないが食べられないくらいに辛い。だがそれを鹿の肉に巻いて丸焼きにすると味が肉に移るんだ」

「なるほど……つまり、これはとても辛い肉料理、ですか?」

「ははっ、とてもって程ではないがな」


 寒い季節に辛い料理は最高だ。おまけに甘い蜜酒もある。舌がやられることなくポカポカになれるって訳だ。厳しい氷雪期を生き抜く猫獣人達の知恵だな。


「これはアサギ達の為に準備したんだ。遠慮なく食ってくれ」

「じゃあお言葉に甘えて……」

「もぐもぐ……からっ」

「相変わらず早いな!」


 遠慮という言葉を知らないダニエラ先生。すでに配られた小皿に取り分けて食べていた。グビグビと蜜酒を飲んでいるのを横目に、僕も一口食べてみる。


「いただきまーす。……んっ! からっ!」

「ははは……人間にはちょっと辛かったか?」


 ピリ辛程度だと油断していたらまぁまぁ辛かった。アッシュさんは楽しげに笑っているが、僕は蜜酒をグビグビと飲み干した。


「っあー……ビックリした……」

「あんまり勢い良く飲むと明日が辛いぞ」

「あー、気を付けます」


 と言いながらリューズ焼きを口に運ぶのをやめられない。辛味の魔力が僕を支配している。そして蜜酒がまた旨い!


 あっという間に小皿もカップも空になる。体はポカポカ。気分も良い。


「んくっ、んくっ……っぷはぁ、あー、旨いな……!」


 ダニエラも肉だけじゃなく酒も飲み干している。普段は酒よりも肉の方だが、この酒は好みの味らしい。いつの間にか注がれてカップいっぱいになった蜜酒を飲みながらリュース焼きも口に詰める。


 そうして宴を楽しんでいると、女性の猫獣人達が踊り始めた。宴だ宴だと思っていたが、これは僕達を饗す歓待でもあることを思い出した。


 何処からか聞こえてくる弦楽器と木管楽器の音色と打楽器が刻むリズムが心地良い。自然と体が揺れ始める。


「ほう、その楽器は森の部族が使っていたのを見たことがあるぞ」


 ダニエラが興味深そうに、懐かしそうに弦楽器を眺める。するとアッシュさんがもう一つ楽器を持ってきた。近くで見るとそれはギターによく似ていた。


「魔物の筋で作った弦楽器だ。弾けるか?」

「かじった程度だが、まぁ」


 受け取ったダニエラが楽器の柄を握り、もう片方の手で弦を鳴らし始める。それは今まで皆が弾いていた曲のような落ち着いた曲調のものでなく、掻き鳴らすような激しい音楽だった。しかしそれがまた様になっている。僕が聴いた事のある音楽で例えるなら、ロマ音楽とか、そういう系だ。情熱的なメロディーが心地良い。


「おぉ……やるじゃないか」


 アッシュさんも驚いている。先程まで楽器を鳴らしていた猫獣人も、その猫耳をピクピクさせて驚いているようだ。

 だけど音楽に国境も人種もない。ダニエラが奏でる音楽に打楽器のリズムが乗り、木管楽器がそれに寄り添う。ダニエラがチラリと弦楽器隊を見ると、彼等もダニエラをメインにし、それを支えるように鳴らし始めた。更には手拍子も加わり、皆が一体となって音楽を奏でる。


 いつしかダニエラを中心にノリの良い曲が演奏され、ライブが始まった。その音楽の熱に当てられた猫獣人達がそれぞれのパートナーを見つけて踊り始めた。


「いやぁ、良い光景だ」

「首長は踊らないんですか?」

「ははは、この歳になると腰がね……」


 腰を下ろした首長と並んで皆が踊る光景を楽しむ。それはあっという間の一幕だったが、とても楽しい時間だった。


「そうそう、アサギ殿にご報告です」

「なんですか?」

「雪猫様のことです」

「!」


 ちょうどダニエラの演奏も終わり、拍手に包まれながら首長が話し始める。そういえば昼間、僕達が来た事、遺跡に向かう事を雪猫様に報告すると言っていたっけ。


「雪猫様からの言伝です」

「はい、伺いましょう」

「『俺が行くまで待ってろ人間!』だそうです」


 急にドスの効いた低い声で叫ぶもんだからビックリしてひっくり返りそうになった。も、物真似お上手ですね……。


「な、なるほど……それで、何時頃来るんですか?」

「明日の朝だそうです」

「分かりました……」


 まったく、さっきので酔が覚めたわ……。


 周囲を見ると料理もなくなり、そろそろ終わりの雰囲気だ。宴会が終わる直前の空気がする。


 すると首長が立ち上がり、パンパンと手を鳴らす。


「そろそろ終わりとする! 片付けは明日でいいから、今日はもう休んでくれ。皆ご苦労だった!」


 シンプルな挨拶が終わり、ぞろぞろと皆が帰宅を始める。ダニエラもアッシュさんに楽器を返して此方に戻ってきた。


「楽しかった」

「ダニエラにあんな特技があるなんて知らなかったよ」

「まぁな」


 照れ臭いのか、ちょっとそっぽを向きながら短く答えるダニエラ。頬が赤いのはまだ酔ってるからかな?


「アサギ殿には我が家で休んでもらいたいのだが、良いだろうか?」

「其処までお世話にはなれませんよ。僕達は十分休める装備があるので、この会場の近くで泊まらせてもらえればそれで」

「ふむ……そういうのであれば。ではまた明日。雪猫様がいらっしゃるまでに起きてもらえると助かります」

「はい、分かりました」


 流石に首長の家に泊まるのは気が引ける。元々テントで夜を明かすつもりだったしな。この程度の寒さなど全然問題にならない。何故なら此処に来るまでずっと夜はテント暮らしだったからだ。ダニエラの魔道具もあるしな。


 人が居なくなり、閑散とした会場の端にテントを建てる。僕とダニエラが寝転んでも余裕のある大きなテントだ。其処にダニエラの魔道具と、暖かい毛布や厚い敷布を広げる。


「よし……じゃあ寝るか」

「ん……そうだな」


 やっぱり酔ってるのか、ちょっとふわふわしたダニエラが僕に続いてテントに入ってくる。が、足がもつれたのか僕に寄りかかってきた。


「おっと……大丈夫か? 珍しく飲んでたから、ふらふらだな」

「ん……まぁ、そうだな」

「……?」


 と言いつつ離れない。むしろどんどん押してくる。


「ちょ、あぶな……っ」


 結局そのまま押し倒されてしまった。


「本当に大丈夫か?」

「……今日はあれだ。楽しかった。それと、学んだ」

「学んだ? 何を……んっ」


 そして覆いかぶさったダニエラに口を塞がれた。


「んっ……はぁ……酒と音楽は、精神を昂ぶらせる、とな」

「そ、そうか……」


 これは朝までコースだろうか……。明日は朝から忙しいのだが……でも、こうなったダニエラを無視するなんてとてもじゃないが出来ないな。

 まだまだ僕とダニエラの宴は終わらないようだった。

良いお年を。

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