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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百三十二話 船、遭遇、樹海にて。

 アスクを出て数時間。僕達は……いや、僕は気持ちを切り替えて船旅を楽しむことにした。僕もダニエラも船酔いはしなかった。まぁ、馬車とかすごい揺れ方するしね。揺れる乗り物への耐性はついていた。


「さて、アサギ。これから暫くは船の上での生活だが、夜は岸に上がるのか?」

「そのつもりだよ。ずっと船の上は辛いし、寝て起きたら全然知らない場所に居たとか怖いし」

「そうか。私はずっと船の上だと思っていたが」


 うーん、どうだろう。僕は定期的に降りないと、久しぶりに降りて『うわぁ、地面が揺れてる』なんて感覚になったらちょっと怖いな。確認はするけど、魔物とか居たら危ない。


「夜だったら結界の魔道具使えば安心して寝られるしな」

「船の上なら現在地を把握するために絶対に何方かが起きていないと危険だな」


 以前買った雷鉱石を搭載した新型結界の魔道具は、設置すると雷の結界が発生する。これに魔物が触れるとビリビリするので撃退出来るのだ。


「それに樹海……森だ。いざとなったらアサギ先生の薫陶の賜物である樹上野宿を行えば危険は更に減るだろう」

「そだねー」


 樹上生活は鉄板。


 今後……とは言ってもせいぜい数日の船旅だが、何となくの生活の仕方をお互いに決めた後は朝食だ。船のエンジンを切り、川の流れのままに進ませ、甲板と言うほど広くも大きくもない場所にテーブルと椅子を用意する。風の抵抗が少なくなったことでこうして皿を置いても吹き飛ばされることはない。


 その皿の上に今もアツアツのパンを置く。そしてスープも出して、ついでにサラダも用意した。


「この光景が見たかったんだ」


 エンジンを切ってきたダニエラが嬉しそうに椅子に座る。美味しかったパンのお店の朝食セットが並んだ光景をニコニコ顔で見ているダニエラを見ている僕。微笑ましい。


「何してるんだ。早く食べよう」

「そうだな。いただきます」

「いただきます」


 熱いパンを千切って一口。香ばしい香りとパンの甘みが鼻へと抜けていく。噛めば噛むほど旨いが、すぐになくなってしまう。

 匙を手にスープを口に運び、複雑な旨味を楽しんだら次はサラダだ。瑞々しい葉野菜が口の中でシャキシャキと弾ける。


「止まらないな……」

「すぐになくなってしまうな。旨い物だから仕方ないが」


 景色も良い。ゆっくりと流れる川から見る白銀の雪化粧。大小様々な木々が入り乱れる樹海も全て白銀だ。

 寒風はやはり冷たいが、それもまた風情がある。クソ寒いのにテラス席で飯を食うカップルを鼻で笑っていたが、もう笑っていられない。心が暖かいのだ。


 そうして景色を楽しみ、食事も楽しみ、お互いに旨い旨いと言いながら食べているとあっという間に皿が綺麗になった。



  □   □   □   □



 そうした船旅は続く。


「くあぁ……」

「何か釣れたか?」

「いや……全然駄目」


 釣り糸を垂らすが、何も釣れない。


 この釣り竿はダニエラとデート帰りに買った物だ。何の変哲もないただの釣り竿と釣り糸と針だ。先端には疑似餌が付いている。それをちょんちょんと動かしてやると魚が釣れるのだ。釣れる時は。


 けど全然駄目だ。やはり寒いからだろうか。船で動きながらだし、冷たい水面にはやってこないのだろう。釣り糸もそれ程長くもないし。何も考えずに買ったのが仇になったのだろう。


「駄目だ駄目だ。釣れねーよこんなん」

「釣りは気の長い作業だ。アサギには向いてないかもな」

「なにをぅ」


 とはとりあえず言い返すものの、そうかもしれないと自分でも思う。僕には釣り堀とか、管理された池がお似合いなのだろう。


 釣り竿を放り出した僕はその場で寝転び、天を仰ぐ。本日の天候は晴れ。珍しく陽の光が降り注ぎ、防寒具を着ているとじんわりと暑い。なので前を開けて熱気を解放してやる。


「はふぅ……」


 陽の光は暖かいが、風は冷たい。その気温差が心地良い。


「風邪引くぞ」

「んー……」


 生返事を返してごそごそと前を閉じる。程良く冷えた体を防寒具で覆い、温度のキープを試みる。


「しかし平和だな……」

「やはり氷雪期に来て正解だな」


 これが暖かい時期だったら川から魔物が飛んでくるかもしれない。森から元気な奴が出てくるかもしれない。


 でもこの船旅を始めてからそんな事態は一切無かった。あれ程広かった川幅の両端に森が見え始めて結構経ったように思うが、何もない。


 アスクを出て今日で4日目。そろそろ船旅も飽き始めてきた頃だ。



  □   □   □   □



 船を岸に寄せてから適当に場所を作って野営をする。それがそろそろ手慣れてきた6日目の夜のことだった。


「……む」

「どした?」

「何か居る」


 ガチャガチャと鍋を運んでいた僕はそれをソッと地面に置き、《気配感知》を広げる。すると森の奥に何かの小さな反応があった。


「……人、か?」

「そのようだな。しかしこんな場所に人が居るとは思えない」


 アスクより南には町は存在しない。だから人は居ない。仮に冒険者だったとして、何の障害物もない川を、魔道具を積んだ船で6日間も移動した距離の場所に居る訳がなかった。


「……原住民?」

「そういうのは聞いたことがない。森に隠れ住む人……いや、もしかしたら」

「ダニエラ?」


 ダニエラが何か考え込むようにジッと暗い森の奥を睨む。僕もそれに習うように《夜目》を使って森の奥を見る。《気配感知》が教えてくれる方向は木々が乱立しているし、茂みもある。更に雪が積もっている所為で隠れる場所は沢山ある。


「昔聞いたことがある。森に隠れ住む種族が居ると」

「それって?」


 警戒するように死生樹の弓に矢をつがえたダニエラが小さく呟いた。


「獣人だ」

「獣人……レハティのような?」

「あぁ。人に迫害され、森へと隠れ住んだ獣人なら、居るかも知れない」


 そんな獣人が、僕達の存在に気付いて様子を見に来たかもしれないと。うーん、迂闊に声を掛けるのも刺激することになるかもしれないな。敵意が無いことだけは伝えたいところだが。


「……危害をくわえるなら幾らでもやり方はある。矢でも石でも何でも。とりあえず結界の魔道具だけは設置しておこう」

「分かった。僕が行ってくる」


 一応、帯剣だけはしておこう。問答無用で攻撃されたら怖いし。という事で虚ろの鞄から《白刀・天狐》を取り出し、防寒具の上から剣帯を締めて腰へ下げた。




 そーっと魔道具を持って森へと入る。この魔道具は、魔道具同士を繋いで雷の結界を作り出す。だから間に障害物があると使えない。上手に設置しないといけない。


 《気配感知》を反応があった方向へ広げながらゆっくりと森を進む。反応があった前方が気になってしょうがないが、設置するためには点と点を繋ぐ必要があるので周囲も見回さないといけない。


 そして随分神経を使ったが、5時と8時の方向に拓けた場所を見つけた。別に正方形で設置する必要はないが、ある程度は結界内の範囲が欲しいので此処から進んだ先の場所でもいい感じの地点を見つけたいな。


 と、1つ目を置こうと腰を折ったその瞬間、ドサリと木に積もった雪が落ちた。


「ッ!!」


 その体勢から素早く柄と鞘を掴み、一気に引き抜く。もし危害をくわえるなら致し方ない。木ごと天狐の魔力の刃で切らせてもらう。


「ひぃっ……」


 しかし聞こえたのは小さな悲鳴。


「ま、魔物……?」


 次に聞こえたのは失礼な間違いだった。


「いえ、人間ですけど」

「ひぃっ……人間……!」


 訂正したのに怖がられてる。


「助けてえええええ!」

「え、ちょっ」


 両手を上げて走り去っていく後ろ姿がはっきりと見えた。子供のようだけど、頭の形がちょっと違う。《夜目》を使ってしっかり確認すると、耳が生えていた。


「わああああああん!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 思わず冷静に確認してしまったが、あれは獣人だ。それに気付いたと同時に慌てて追おうと手を伸ばすと、その手を掠めるようにヒュン! と矢が飛んでいった。


「ふぎゃあ!」


 ダニエラが矢を放ったと理解し、声をあげそうになるがそれよりも先に獣人の子の方から悲鳴があがった。


 振り向くと獣人の子は木から落ちてきた雪に埋もれていた。


「……いや、逃げられたら大変だったから」


 ダニエラが弓を肩に引っ掛けながら歩いてくるが、言葉が出なかった。


「おま、嘘だろ……」


 ダニエラは子供が逃げた方向に矢を放ち、木に当てた。そして落ちてきた雪で子供を上から押さえて逃げられないようにしたのだ。


 突然現れた獣人の子。魔物扱いされ、人間扱いされ、怖がられたこと。ダニエラの神業のような一射。躊躇いのない一射。あやうく手を射られたかもしれない一射。


 多すぎる情報量に言葉が出なかった。


「さ、早く助けないと凍えてしまうぞ」


 しれっとした顔で積もった雪の方へ歩いていくダニエラ。今もまだ理解が追いつかない僕ではあるが、これだけは、はっきりと言えた。


「お前が言うなーーー!」

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