第三十三話 さようならフィラルド
「おぉ、来たか。待ちわびたぞ」
3頭のフォレストウルフの後を追った先はぽっかりと開けた森の中の草原地帯だった。そこに50頭程の群れと共にいたのは白銀の巨狼、ベオウルフだった。
「待ってたのか」
「まぁな。そろそろ我も旅立とうと思ってたからな」
そういうことか。ならタイミングはバッチリだったな。僕とダニエラは群れを掻き分けてベオウルフの下へ歩み寄る。寝そべるベオウルフの側に腰を降ろして今回来た目的を話し出す。
「今日来たのはちょっとしたお願いをしに、だ」
「ほう?」
くい、と顔を上げて僕を見るベオウルフ。その目にはどこか楽しげな色が浮かぶ。
「一方的なお願いで申し訳ないとは思っているんだが……町とか村とか、人間を襲うのを控えてくれるとたすかるんだ。これは人間側の事情みたいなもんなんだけどな」
「ふむ。話の意味は分かる」
「人間ってのは数が多いからな。大勢でやり返されてお前が討伐でもされたら僕も何ていうか、良い気分ではないしな」
「くはは、我は魔物だぞ?」
「それでも、だ。お前との約束も果たせないしな」
そう言って肩を竦める。魔物に肩入れか……異端扱いされても文句は言えないな。
「ならばそのお願いとやら、無下には出来んな」
口角を歪ませて笑うベオウルフに釣られて僕も笑う。魔物と人との間の友情とはちょっと違う。言うなれば戦友のようなものか。ずっとお互いに戦い合う仲なんだろう。ベオウルフが僕を認めてくれたように、僕もベオウルフと戦う為の場を作る。人からの追手を遠ざけ、スキルと技術を磨く。そうすれば僕達の関係はちゃんと成り立つだろう。
「では、そろそろ行くとしよう」
「もう行くのか?」
立ち上がるベオウルフを見上げて尋ねる。
「ここに居る理由ももうない。外の世界も楽しみだしな」
「そうか。僕達も旅立つ。またどこかで会ったらお互いに遠慮なくやろう」
ベオウルフが此方を見下ろし、前足を上げ、軽く握ったそれを前に突き出す。ふふ、此奴、なかなか漢らしいところがあるな。
僕も握った拳を前に突き出し、ベオウルフの拳に当てる。どちらともなく吹き出し、そして笑い合う。ダニエラも釣られたように笑うが、どこか『これだから男は』といった風な笑い方だ。
「ではな、アサギ」
「あぁ、またな。ベオウルフ」
のしのしとゆっくり歩き去るベオウルフを見送る。何頭かのフォレストウルフが後を追っていった。家族か、親衛隊か。分からないが。残ったフォレストウルフは僕達をちら、と見てから森へと散っていった。もうここで彼らと戦うことはないだろう。
「さて、僕達も帰ろう。旅の準備をしないとな」
「あぁ。今日帰って、明日準備して、出発は明後日だ」
ダニエラがそう言って頷く。帰り道は実に穏やかだった。足元は全然、穏やかじゃなかったけどな。
□ □ □ □
「そうかい、寂しくなるねぇ」
「色々お世話になりました、マリスさん」
「世話になった」
ダニエラと二人で頭を下げる。マリスさんは笑って僕達の肩を叩いた。
「これで永遠の別れじゃないんだ。元気でやっていくんだよ!」
「えぇ、また来ます」
「体には気を付けて、ダニエラさんをしっかり守るんだよ? 男の子なんだから!」
「あはは……寧ろダニエラの方が守ってくれそうです」
「情けないねぇ……ま、お互いに助け合って、しっかりね!」
「はい!」
まったく、良い人だ。ダニエラともう一度頭を下げてお礼を言ってから、僕達はフィラルド最高の宿『春風亭』を後にした。
旅の準備は順調に終わった。と言ってもテント等の野宿セットはすでにある。合宿時に使った物だな。手荷物は多いのだが、実は良い物が手に入った。ラッセルさんに別れの挨拶をしに中央詰め所に行った時だ。
□ □ □ □
「ラッセルさん、こんにちは」
「おぉ、アサギか。どした?」
「明日、この町を出るんだ。だからその挨拶に」
「其奴はまた突然だな!」
「まぁね……またいつか来るよ」
「そうか……寂しくなっちまうな」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいよ。ラッセルさん、お元気で」
「おう、アサギもな! あ! すまん、ちょっと待て!」
「うん?」
「えーっと、確か、この辺に…………あぁ、あったあった。ほれ、此奴を持っていけ」
「何、これ。汚い鞄だね」
「馬鹿野郎、お前、其奴は『虚ろの鞄』だぞ」
「『虚ろの鞄』?」
「なんだ、知らねぇのか? 其奴は次元魔法が掛かった鞄だ。見た目以上に物が入るレア物だ」
「うっそ、そんな物、何でラッセルさんが?」
「昔、この辺に蔓延ってた盗賊を討伐した時に拾ったもんだ」
「ふぅん、良いの? そんな高価な物」
「出発祝いみたいなもんだ。気にすんな」
「分かった。ラッセルさん、ありがとう。お元気で!」
「おう、お前さんもな! ダニエラによろしくな!」
□ □ □ □
というやり取りがあり、今僕の背には小汚い、ゲフンゲフン……ヴィンテージなバッグが引っ掛かっている。その中には当面の食料とテント、そして古代エルフの遺跡で頂いてきた4種の武器が収納されている。他にも細々とした物も入っている。
ギルドには古代エルフの武器を回収しに行った時に挨拶をしてきた。幸いにもガルドもネスも居たので別れの挨拶をした。
「という訳でこの町を出ることになった」
「まぁ、元気でな。色々悪かった」
「気にしてないよ。ガルド達も元気でな」
「でもまぁ、俺達も依頼とかで色んな方面に出ることがあるから、ひょっこり会うこともあるかもな」
何となく、そうなる気がしなくもない。僕達は冒険者だからな。道が重なることもあるさ。
よし、武器は回収した。挨拶も終えた。そろそろ行こう。と、出入り口に向かおうとした所で後ろから突進を食らった。転びそうになりながらも何とか耐え、攻撃してきた犯人を見やる。やっぱりというか、そこにはフィオナさんが居た。
「えー! アサギくん、ここから出ていっちゃうの!?」
「はぁ……気安いですよ、フィオナさん」
「私の玉の輿人生、どうしてくれるのよ!」
「知りません」
「また戻ってきてよね! 私のために!」
「はいはい」
「行ってらっしゃい!」
「……行ってきます」
何だかんだで嫌いになれない気安いギルド員フィオナは最後まで元気だった。チラ、と奥を見るとフロウさんがカウンターから手を振っていた。会話が聞こえていたのだろう、僕も振り返しておいた。
僕が異世界に来て自分の生き方を見つけた場所を振り返って目に焼き付ける。嫌なことも沢山あった。でも楽しいことも沢山あった。そんな思い出深い場所。冒険者ギルドフィラルド支部。
いつかまた、僕が成長した時に訪れよう。その時が今から楽しみだ。
□ □ □ □
最後の挨拶は僕がこの異世界に来て一番助けになった物を与えてくれた人へ、だ。
「こんにちはー」
「おぅ、来たな」
今日も大将が出迎えてくれる。だが、出迎えてもらうのは今日が最後だった。
「何となくそんな気はしてたんだ。アサギ、今日なんだろ?」
「えぇ、まぁ。行こうかなって」
「そうか……寂しくなるなぁ」
柄にもなく大将はしんみりとした、柔らかい表情で僕を見つめる。まるで、巣立つ子を見る親のようだと思った。
「あ、そうだ。これ見せようと思ってたんですよ」
「ん? ……おぉぉぉ!! それが例のアレか!!」
虚ろの鞄から取り出した古代エルフの剣をカウンターの上に置く。大将は齧り付くように観察する。
「何でもねぇように出したが、これは超超レア物なんだぜ? お貴族様が飾るくらいの品だからな」
「ダニエラに聞きました。売れば金持ちですよ」
「夢がねぇなぁ……いや、それにしてもこの造形は素晴らしいな……素材は何だ?」
会話中も剣から目を離さない大将。鞘から抜き、翡翠色の刃を見てうんうん唸る。難しい顔をしながら、でも目はキラキラとまるで宝物を見つけた子供のように。
暫く観察した大将は剣を鞘に戻して僕に差し出した。
「最後に良いもんが見られた。ありがとな、アサギ」
「恩返しは出来ましたか?」
「貰いすぎだ、馬鹿野郎」
苦笑を浮かべる大将から剣を受け取る。それを鞄に仕舞い、背負う。そろそろ時間だ。
「じゃあ大将。また」
「あぁ、今度会う時はその剣、しっかり下げてこいよ。いつまでも待っててやる」
「ありがとうございます。大将に会えて本当に良かった」
「ハッ、俺もだよ!」
差し出した手をがっしり握る大将は濡れた目を乱暴に拭う。離した手を僕の肩に置いて強引に後ろを向かせ、そしてバシンと気合いを注入された。
「しっかりやってこい!」
「……はい!」
僕は振り向かない。目の前の扉を開けて外へ出る。バタン、と扉の閉じる音を聞きながらそれでも足は止めず、ダニエラの下へとまっすぐに向かった。
僕に生きる為の力をくれた人。彼に恥ずかしくない生き方をしよう。そんな小さな、でも大事な誓いを胸に。
□ □ □ □
さて、ではそろそろ出発しよう。これで挨拶回りは終わったはずだ。ミゼルさんだけは運悪く買い出しに出ていたので、マリスさんによろしく伝えておいてくれと頼んでおいた。彼女と言葉を交わせなかったのだけが少々の心残りだった。
行き先はダニエラと相談して東へ行くことが決まった。僕が来た方向とは逆だ。僕は西門から来たからな。出ていくのは、東門だ。色々と買うものはあったが節制は続けている。なので徒歩だ。急ぐ旅でもないので馬は買わなかった。馬自体も高いが餌代もなかなか馬鹿にならないからな。
二人で東門に立つ。門番は二人いるが、どちらも僕をフォレストウルフから助けてくれた衛兵だ。
「旅立つんだってな」
「はい。あの時はありがとうございました」
「気にすんな! 気を付けてな」
「はい、お世話になりました」
二人に手を上げて別れの挨拶をする。開かれた門を二人で抜ける。ここに来た時は一人で潜った門だ。出る時は二人だなんて考えもしなかった。
門を出て、振り返る。いつものような賑やかな喧騒が聞こえる。この町に来て本当に色々あった。この世界に来て最初の町だ。思い入れもある。真っ先に来てくれたラッセルさん。住む場所を用意してくれたマリスさん。ふわふわした雰囲気のミゼルさん。冒険者仲間のガルド、ネス。気安いギルド員のフィオナと文学少女っぽいフロウ。そしてパーティーを組むことになったダニエラ。
出会った数だけ別れがあるとは言うが、今生の別れじゃない。またいつの日か、どこかで会えるはずだ。
僕は前を見る。目の前にはまた森が広がって入るが整備された道も伸びている。
「アサギ、置いていくぞ」
その道の上でダニエラが振り返って手招きをしている。ボサッとしていられない。置いて行かれちゃたまらない。僕は走る。新たな場所、知らない世界を目指して。
僕の冒険は、まだ始まったばかりだ!
※勿論、まだ続きます
※大将アラギラとの別れを加筆しました。書いたつもりでした。申し訳ないです。




