第三百二十八話 酷い一日
ベーコンと別れ、ロントスさんのお店に入る。中は少々薄暗いが、広い。
「おぉー……」
そして驚いたのが、作りかけの船がど真ん中に置いてあったからだ。此処はお店というよりは造船所だ。看板通り、ロントスさんが一人で拵え、売っているのだと分かる。
「見惚れてくれるのは嬉しいが、其奴は売れんよ。オーダー品だからな」
「船作ってるところって初めて見たので」
「ほう。じゃあ操船は出来ないってことでいいな?」
「あ、はい。でも教えてもらえたら出来る自信が……」
「ハハッ、んなもん一朝一夕で出来るもんじゃァないぜ」
それが可能なのが《器用貧乏》先生だ。ま、基礎だけだが。コツなんかは繰り返し練習する他ない。
「まぁ操作が簡単な船を見繕っておいたからそっちを見てくれや。最近の技術ってのはすげェからな……魔道具ってのは大したもんだよまったく」
ほほぅ、船も魔道具化の時代か。まぁ古代エルフが栄えた後の時代だし、失われていても伝聞くらいは残ってるか。知らんけど。
僕とダニエラはロントスさんの後ろを付いていく。工房のような店内を抜けると普通に店外に出た。外だ。そして川が流れている。
「おぉー!」
「こんなにあるのか……」
そして川岸には沢山の船が並んでいた。バスフィッシングに使うくらいの大きさの船が、単胴船だったり、双胴船だったりだ。ヨットみたいな帆船もあったりと意外な種類の多さに驚いた。
「うちはもう全部魔道具化にしてある。今の時代は手漕ぎは流行らねェ。勿論、手漕ぎには手漕ぎの良さってものあるが、売れるか売れないかは別だ」
ロントスさんって職人肌って感じだけど、意外とフットワークが軽い。船屋だから流れに逆らわず、流行に乗るのだろうか。……いや、船も流れには逆らうか。
「これら全てに風鉱石を使った魔道具を積んでいる。仕組みを教えてやろう」
□ □ □ □
それから暫くロントスさんによる『簡単! 猿でも分かる操船術”魔道船篇”』を実に3時間近く講習した。
「……ってな訳で、様々な苦労と閃きがあって出来たのが、この魔道船だ。此処までは良いか?」
「はい」
「おぅ、なんだ?」
「此処までって事はこれ、まだ続くんですか?」
「当たり前だろう? 今話したのは魔道船の要の魔道具が出来上がった歴史だ。この後はそれを、どうやって世に広めたかっていう……」
「いやすんません、そろそろちょっと時間押してて……」
「何ィ!? これからが大事なんだろうが!」
「マジ勘弁してください……急ぐ旅なんです……」
それでも引かないロントスさんに謝り倒してどうにか操船術を教わった頃にはもうお昼も過ぎていた。結局操船術だけで2時間も掛かった……合計5時間か……。ダニエラはもう空腹で死にそうな顔をしている。
「ありがとうございました。もうばっちりです。何もかも分かりました。船のことなら任せてください」
「ありがとう、助かった。もう何も教わることはない。何もだ」
「そりゃあ良かった。しかしお前さんら、何か忘れてないか?
「……?」
首を傾げるロントスさん。僕とダニエラもお互いの頭の上にはてなマークを沢山拵えながら同じように首を傾げ合う。
「船がまだ決まってないだろ」
「……あっ」
急ぐ旅とは何だったのか。それから各種魔道船の歴史、メリットとデメリット、気に入ってる箇所の話を聞いた。全部だ。全部の船だ。僕はもう暫くは船に関わりたくなかったが、これからその船に乗ることを思い出し、また絶望した。
《器用貧乏》先生はしっかり各種魔道船の操船術を学んでくれた。この時、僕は初めて先生を恨んだと思う。
仕組みとしては簡単だ。備え付けられた風鉱石を仕込んだ魔道具に魔力を流して起動したら、上部の吸気口から空気を吸い込んで水中に設置された排気口から空気をぶっ放す。それだけだ。本当にそれだけだというのに日が暮れるまでみっっっっちり教え込まれた。主に雑学を、だ。
あの店を推薦してくれたベーコンには悪いがちょっとどうかしてるんじゃないかってくらい雑学のオンパレードだった。もう勘弁してくれと僕は大枚叩いて船を買って虚ろの鞄に仕舞い込んでとっとと帰ってきた。
勿論、安くない買い物だというのは分かっていたが金貨500枚と銀貨80枚は結構な値段だと思ったね……いや、最新式の魔道具を積んでいるから納得は出来るが、最近は金銭感覚がちょっとおかしくなってきている気がする。いやぁ、下手に大金を手に入れるもんじゃないね。深夜アルバイターには厳しいぜ……。
「いつまでそうしてるんだ、アサギ」
「……ダニエラが嫌いって訳じゃないんだけど、ちょっと今日はもう放っておいてくれ」
「私もアサギが嫌いって訳じゃないが放っておいてほしいから気持ちは分かるが、床に寝るのは体に悪いぞ」
「……だな」
《器用貧乏》先生が逆にフル回転するもんだからちょっと頭が痛い。床があんまりひんやりしてるもんだから寝っ転がったら動けなくなってしまった。ダニエラに指摘されているうちに言うことを聞いてベッドで横になった方が良いだろうな……。
「はぁ……今日は散々だった」
「本当はさっさと船を買って市場で買い物する予定だったのにな」
「まったく酷いってもんじゃないぜ……」
お陰様でクラマスさんに頼み込んで1日延長してもらった。明日買い物して一晩寝たら出発の予定だ。通りすがった衛兵さんにベーコンに一日延びる旨を伝えてもらうようにも言ったし。散々だった。本当に。
結局あの後は這々の体で宿に戻ってギリギリのタイミングで食堂に行って夕飯を頂いたが、疲れ過ぎて食えやしなかった。ダニエラも同じようで、その事にかなりショックを受けていた。『この私が……』とか呟いていたのは印象的だったな。
それでも何とか体を動かす分のエネルギーだけは補充すると、次は眠気が襲ってきた。しかし寝るわけにはいかないと眠気を堪えながら風呂に入ったら湯船で寝た。
「おぶぉっ!!」
当然溺れた僕は慌てて這い出ると、お湯が暴れる音を聞いたダニエラが心配してくれたのか、様子を見に来てくれた。が、疲労で死にそうな目をしたダニエラに一瞥され、何も言われずに戸を閉められた。特に心配してた訳じゃないのは顔を見ればすぐに分かった。でも恋人が全裸で息絶え絶えで風呂場で転がってたら心配して欲しかった。
そんなギリギリの精神で床に転がったら動けなくなってしまったという。いやぁ、今日は本当に酷い一日だった……。
「今日はとっても辛かった……明日はもっと良い日になるよね、ダニエラ……」
「知らん……が、努力はする……ぐぅ」
寝落ちたダニエラの横顔を見ていると僕も失われた睡眠欲が戻ってきた。明日の予定を考える振りをしつつ、今度こそ僕は微睡みに抗うこと無く泥のように眠るのだった。




