第三百二十七話 ベーコンといっしょ
翌朝、窓から差し込んだ爽やかな日差しに起こされた。
「んんぅ……っくあぁぁ……よく寝た……」
ぐぐっと背筋を伸ばしてまだ少しだけ燻っていた睡眠欲を吹き飛ばす。低めのベッドから出て洗面所で顔を洗い、ちょっと跳ねた寝癖を手櫛で丁寧に撫で付けて洗面所から出てきたところでダニエラと鉢合わせた。
「おぉ、びっくりした。おはよう、ダニエラ」
「おはよう、アサギ。……ふあぁ」
まだちょっと眠たそうだ。いつものキリッとした顔もトロンと締まりがない。
道を譲ってやるとダニエラが洗面所に入っていったので。僕はその間に着替えて外へ行く準備を済ませた。
ダニエラも顔を洗い終え、でもちょっとまだ眠いのか、動きが緩慢だが無事に着替え終えた。
「そろそろベーコンがやってくると思うが……」
コンコン、と扉がノックされた。
「来たみたいだな」
「私が出よう」
座椅子から立ち上がろうとした僕を静止してダニエラが小走りで扉へ向かう。
「ベーコンか」
「あ、はい。俺です」
「少し待て」
あ、はい。って返事しちゃってるベーコン。一々反応が面白いからベーコンと呼んでしまっていてだいぶ僕の中で定着してしまっているが、彼はユーコンである。しかも隊長なのにダニエラに敬語だ。ダニエラ相手だと畏まってしまうところ、あるよな。分かる分かる。
そんな事を思い、ちょっとにやけながら虚ろの鞄を背負い、扉を開ける。
「お待たせ」
「おはよう、アサギ。ダニエラさんも。じゃあ行こうか」
「今日はよろしく頼む」
「あ、はい」
低姿勢のダニエラにおっかなびっくりなベーコン。昨日から彼女は頑張ってるんだよ。
「よーし行こうぜ!」
「あ、おい。お前が先を歩いたって場所分からんだろ!」
「道というのは僕が歩いた後に出来るものなんだよ」
「いや、えぇ?」
何だかダニエラの事が誇らしくて、嬉しくて、でも何だか照れ隠しをしてしまい、意味不明な事を言っていた。何だろう、このよく分からない感情は。うーん、モヤモヤする。好きとはまた別の感情?
「……いや、感情を捨てた僕にそんな事は分からない」
「おい大丈夫か? 何処か打ったのか?」
ベーコンが心配して僕の頭をペタペタと触る。
「あ、おいやめろ。折角直した寝癖が!」
「うわ、鳥みたい」
「アサギ、それはちょっと恥ずかしいぞ」
「くっ……!」
だから頑張って直したのに……くそ、ベーコンめ!
□ □ □ □
宿を出て、まずは朝食だとダニエラが言うもんだからベーコンがいつも行ってる場所を案内してもらった。其処で僕はこれ見よがしにベーコンエッグを食ってやった。
「このカリカリのベーコンを……こうだ!」
「半熟の黄身と一緒にパンで食うとか魅力的過ぎる……!」
「お前ら黙って食えよ……」
旨い食べ方というのは常日頃の研鑽の結果、編み出されるものだ。僕達は努力を惜しまないのである。
腹いっぱい食べた後はベーコンの案内で町を歩く。交易の町ということで此処は朝からとても賑やかだ。行き交う荷車の上に乗せられた山のような麻の袋。手に持った紙と荷物を交互に睨む商人。そして剣を下げて張り切る冒険者。
この町へ来る際の護衛、この町から旅立つ際の護衛と、冒険者の需要は多い。腕の立つ人間であれば引っ張りだこになるだろう。
それらの光景を横目に見ながらベーコンの後ろをついて行くと、大きな川に出た。相も変わらず川幅は広い。この向こう側が、ニコラだ。
「そう言えば私はこの川の名前を聞いていないな」
「僕もだ」
「何だ、知らないのか? この川はアレクシア山脈から、果ては南の樹海の深奥まで流れている『リトゥン大河』だよ」
『リトゥン大河』ね……確かに大きな川だ。大河というのも頷ける。
「深奥まで流れているのか?」
「あぁ、船で川を下りすぎるなというのはアスクでの掟だな。此処より川下には町はないから、南に行くことは危険だってのが常識だ」
「なるほど……それは好都合だな」
その樹海こそが僕達が目指すべき場所だ。まずは川を下って南へと考えていたが、深奥にまで行けるというのであれば好都合だった。
「アサギ、お前、もしかして樹海に行くのか?」
「そうだよ。言ってなかったか?」
「言ってないな。樹海は本当に危険だぞ」
「分かってるつもりだよ。でも、其処に行かないといけないんだ」
もう決めたことだ。樹海を始め、西の孤島、北の地へと行く。誰に何を言われても折れる気はない。
「……まぁ、お前なら大丈夫だろう。ダニエラさんも居るし」
「ダニエラが居れば百人力だよ」
「買いかぶられても困るぞ」
バシバシと背中を叩くベーコンの脇腹を肘で突いてやる。ダニエラは僕達を見て呆れたように笑っていた。
「ほら、そんな事言ってる間に店に着いたぞ」
「此処か……」
ベーコンが指差した店に掲げられた看板は『ロントスの船』と書かれていた。ロントスさんのお店ということだろう。
「ロントス爺さん、俺だ、ユーコンだ」
「おぉ、来おったか。てこたァ、お前さん方が船が欲しいって奴等だな?」
「はい、アサギと申します。こっちが」
「ダニエラだ。よろしく頼む」
促すとダニエラがペコリと礼をした。
「ん。俺ァ、ロントスだ。よろしくな。二人共」
差し出された年季の入った手をギュッと握り返す。お爺さんのように見えるが、とてもしっかりとした手だった。職人の手だな。
ダニエラともしっかり握手したロントスさんは『じゃあ先に行ってるぞ』と、さっさと店へと入っていった。
「じゃあ俺は此処までだな」
「ありがとうな、助かったよ」
「いいさ。これも俺の仕事だ」
振り返ったベーコンとも握手をする。
「明日まではアスクに居るつもりだ。船出の時は顔出してくれよ」
「分かってるよ。じゃあ、またな」
「あぁ、また」
ベーコンは町の方へと帰っていった。すれ違う人達も笑顔で手を振っている。彼奴は人気者だな……。僕も、彼奴の事は好きだな。初めて会った時から変な壁もなく、親しい会話が出来た。そういう奴って居るよな……。
さぁ、あまりロントスさんを待たせてはいけないな。僕達も店に入ろう。




