第三百二十六話 念願の魚料理
「今日こそは魚を食うぞ」
そう意気込むダニエラが珍しく通行人に旨い魚料理を出してくれる店を訪ねていた。その姿を見て僕はダニエラの本気度合いに戦慄した。
「コミュ障のダニエラが見ず知らずの他人に声を掛けるなんて……」
「あまり私を馬鹿にすると怒るぞ」
呆れ顔のダニエラ。でも僕は本当に驚いていた。ダニエラに怒られることも承知でビックリしていた。
「……これでも結構気にしてるんだぞ。いつもいつもアサギに全部任せて私は後ろで突っ立っているだけだからな」
「まるで親分のようだよな」
「茶化すな、馬鹿。これからは私も頑張ろうっていう時に……」
僕は全然気にしてなかったんだけどな。接客業をしていたからか、他人に話し掛けるのはそれ程苦ではない。店員という仮面を付けるからだ。演じるだけなら何も問題ない。ま、それまでは結構な人見知りだったんだが……そうか。確かに、僕もそれを直したいという気持ちはあったっけ。慣れてしまうと忘れるもんだな……。
「悪かった。よし、じゃあ一緒に店探そうぜ」
「あぁ、さっきの人は大通りから少し入った場所に良い店があると言ってたんだ。まずは其処を見てみよう」
「おう!」
嬉しそうに微笑むダニエラが凄く可愛い。良い顔するんだよ、こういう時は……。
頑張るダニエラを見て、また1つ好きな所が出来てしまった。限界を知らないぜ、まったく。
比較的大きな通りを真っ直ぐ進むとガヤガヤと賑やかになる大通りに出たようだ。行き交う人は様々な格好で、商人から冒険者まで幅広い。一貫しているのは、皆暖かそうな格好をしているところだ。例に漏れず、僕達も真っ白な防寒具を身に着けている。これが本当に暖かくて優秀なので、下は普段着の長袖のシャツとズボンでも全く問題ない。
大通りに出たら少し人並みに逆らって北へ歩く。それからダニエラが見つけた目印の店の脇の路地へと入っていく。
「大丈夫なのか? 絡まれたりしそうで怖いな……」
「今更何を言ってるんだ。準優勝者だろ」
「それはそれ。これはこれ」
「そうは言うがいつもヘタレずに立ち向かうじゃないか」
「そう見えるか? 毎回チビリそうなんだぞ」
「聞きたくなかった」
雑談にもならない雑談。ただのヘタレ暴露話をしつつ路地を抜けると、大通りよりも静かで狭い道に出た。左右を見ると少ないながらにも人が歩き、店が看板を出していた。やっぱり何処の町も隠れた名店というのは住民しか知らないような裏通りにあるらしい。
「で、その店というのは何処にあるんだ?」
「あー……確かこっちだ」
ふらりと向かって右手に歩き出したダニエラを追う。キョロキョロと辺りを見回しているダニエラは迷子のようにも見える。僕も見るともなく辺りを見回していると、ダニエラが声を上げた。
「あ! あったあった。あの店だ!」
柄にもなくはしゃいで店を指差すダニエラ。可愛い。
「私じゃなくて店を見ろ! ほら、彼処だ!」
「どれどれ……」
ダニエラが指差しだ先にあるお店は、この町の基本的な造りである白煉瓦造りの建物だ。表には立て看板。窓の横の穴からは細い煙が出ている。ダニエラと並んで店まで歩いていくと、近付くにつれて焼いた魚の良い香りが漂ってきた。これは胃に効くぜ……。
「よし、合ってる」
ダニエラが看板を見て頷いている。頑張って見ず知らずの他人に話し掛けて得た情報を頼りに見つけたお店だ。旨いに決っている。
「入るか」
「待て、私が先だ」
それは腹ペコだからではなく、店主とのやり取りは任せろという意味だと、すぐに理解した。
ダニエラの成長を喜ぶ保護者的立場である僕はどうぞ、と先を促す。キリッと真面目な顔になり、気合い充分なダニエラがお店の扉を引いた。
「いらっしゃい」
「すまないが席は空いているだろうか。二人なんだが」
「あぁ、其処が空いてるから座ってくれ」
「ありがとう」
おぉ、淀みないね……。ダニエラの急成長に圧倒される僕。
「何してるんだ。早く行くぞ」
「お、おぅ……」
でもよく考えたらダニエラはずっと一人だったとは言え、旅は続けてきてたんだよな……そうなると最低限のやり取りはしていたはずだ。だからこれはダニエラ本来の姿なのだろう。やれば出来る子ダニエラさんという訳だ。
「安心したよ」
「さっさと座れ」
トントンとテーブルを指で突くダニエラに急かされ、僕は慌てて席へと向かった。
テーブルの上には広げられたメニュー表。あまり品数は多くないようだ。
「んー……どれにしようかな」
「私は決めた」
「今回は早いな。どれにしたんだ?」
「これだな」
ダニエラが指差した料理は『川魚のムニエル』だ。
「あ、それ良いな……」
「同じのを頼むか?」
「いや、何かそれは勿体無いと思う」
こういう場所に来たらお互い別々の物を頼んでシェアとかしたくなるよね。女子力的な。
その後、少し悩んで僕は『ラピッドフィッシュのクリーム煮』を選んだ。ファンタジー食材だ。
「ラピッドフィッシュは旨いと聞く」
「魔物っぽい名前だよな」
魔物は多分食べたこと無いと思う。
「聞いた話だが、結構な速さで泳いで矢のように飛び出してくる様子から魔物と勘違いして名付けられたらしいぞ」
「攻撃してきたと思った訳か……確かに魔物っぽいな」
これから船で川を下る訳だが、そんな弾丸魚に襲われたら……食に困らないな!
「よし、決まったのならさっさと頼もう。……注文いいか?」
店員さんへと振り返ったダニエラが慣れた感じで呼ぶ。僕はその様子に一々感動してしまう……。
「決まったのかい?」
「あぁ。この『川魚のムニエル』と、『ラピッドフィッシュのクリーム煮』を頼む」
「……よし、じゃあ少しだけ待っててくれ」
注文を書き留めた店員さんが奥へと引っ込む。彼はシェフでありウェイターでもあるのだろう。一人で切り盛りするのは大変だろうな。僕も仕事中は一人だったから、一人の大変さというのはよく分かるつもりだ。なので心の中で応援をしておいた。頑張って旨い物を食わせてくれ!
それから料理が来るまではダニエラと他愛の無い話を続けていた。やれ何処其処の店の料理が旨いとか、彼処で買った防具は駄目だったとか。ダニエラの一人旅時代の話は聞いていて飽きない。
「……でな、私はこう言ってやったんだ。『死にたくないなら消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな』とな」
「なるほどな」
「すると奴等は尻尾巻いて逃げていったという訳だ。分かるか?」
「分かる分かる。そういう時のダニエラって強いよな」
「あぁ、そうなんだよ。……おっと、お待ちかねの魚だ」
ふふん、とドヤ顔をしていたダニエラの耳がピクリと動き、後ろからやってくる店員さんの気配を察知した。僕はメニュー表をテーブルの端に寄せ、彼が持った料理が置けるスペースを確保する。
「はいよ、こっちが『ラピッドフィッシュのクリーム煮』だ」
「あ、僕です」
「はいよ。で、こっちが『川魚のムニエル』だ」
「ありがとう」
「ごゆっくり!」
店員さんに会釈してナイフとフォークを手に取る。ラピッドフィッシュ、どんな魚かと皿の上の切り身を見る。白いクリームが掛かった切り身は赤色だ。鮭みたいな感じなのかな。
「いただきまーす」
「いただきます」
フォークを刺し、ナイフで切り取ってまずは一口。
「ん……旨いな……!」
口の中に入れた途端にほろほろと崩れていく魚。でも噛めばちゃんと食感はある。絶妙な煮込み具合だ。そして魚から溢れた旨味と合わさったクリームの甘さが口内に広がっていく。またこのクリームがラピッドフィッシュによく合っている。
「やっぱり人に聞くのが一番だな……」
「探す楽しみもあるけどな」
「言えてる」
その町の人に聞くというのは一番ハズレがないやり方だ。それをダニエラが実践したのはビックリしたけど。
「ダニエラの方も旨そうだな」
「やはり交易の街だからな……スパイスやバターが沢山使われていて旨味が旨い」
「旨味が旨いか……」
パワーワードだな……力強い感想だ。そういう風に言われるとやはりそっちも食べたくなってくる。
「ちょっとくれよ」
「嫌だ」
「僕のもあげるからさ」
「仕方ないな」
僕があげることを提示しない限り、絶対に首を縦に振らない女、ダニエラ。
ササッとナイフでラピッドフィッシュを切り取ってフォークを刺し、ダニエラの口元まで持っていってやる。
「はい」
「ぁむ……うむ……はぁ、旨いな、これも」
「だろ。そっちもくれよ」
「あぁ。……はい」
「はむっ……うわうっま……」
塩胡椒とバターのシンプルながらも最強の組み合わせ……!
これは是非自分でも作りたい。
その後も何度か食べさせ合いながら、旨い旨いと一口ごとに感想を言いまくっていると、店員さんがやってきた。
しかし何だか気拙そうな顔だ。
「あー……旨い旨いと喜んでくれるのは嬉しいんだが……」
「本当に旨い。もっと食べたくなる」
「そうだな。レシピとか聞きたいです」
「いや、まぁ……有り難いんだが、その……」
「……?」
言いにくそうに、気拙げに後頭部を掻きながら店員さんは、意を決したように僕達を見た。
「すまん、その甘々なやり取りは、二人きりの時にやってくれ」
「……」
「……」
すっかり僕達は此処には他のお客さんが居ることを失念していた。そっと周りを見ると、苦笑しているお客さんしか居なかった。
「あー……ごめんなさい」
「魚が旨くてすっかり周りが見えなくなっていた。すまない」
「いや、分かってもらえたらいいんだ」
ふぅ、と一安心して胸を撫で下ろした店員さんは店の奥へと帰っていった。
勿論、こんな気拙い空気でお代わりなんて出来やしない。
さっさとお金を払い、僕達はいそいそと店を後にしたのだった。
「まぁ、日を改めてまた来るか」
「だな。一度限りというのは勿体無いだろう」
再戦を誓い合う僕達。夜の喧騒はどの町も一緒だ。行き交う人の騒がしさと、暖かさ。漏れる明かりの柔らかさと、懐かしさ。
居着くことのない根無し草の僕とダニエラは、その空気の中にお邪魔しながら、『せせらぎ亭』へとゆっくり帰った。明日はいよいよ船だ!
最近グルメ回ばかりですが僕は袋ラーメンばかりです。




