第三百二十五話 アスク到着
鳥系の魔物は意外と少ない。何故なら平地には大型の鳥というのがあまり存在しないからだ。小鳥は滅多に魔物化しない。魔物化するのは主に大型の生き物に多いからだそうだ。
つまり空を走っていても、魔物に襲われることは本当に少ない。可能性としては、高地や海辺、山地だろうか。例外としては、はぐれのワイバーン等が挙げられる。
僕達は長閑な風景を流し見しながら空を駆ける。眼下にはグラスウルフやゴブリンの姿を時々見掛けるが、相手をすることもなく。
日が暮れるよりも早く、僕達は交易都市アスクへと到着した。
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アスクは白い煉瓦造りの建物が並ぶ町だ。行ったことはないが欧風の海辺の町……なんてのを思い起こさせる。錯覚だけど。
「漸くと言うにはあまりにも早いが、着いたな」
「徒歩や馬車よりも早いけど、足がパンパンだ……」
ぐにぐにと張ったふくらはぎや太腿を揉みほぐす。結局僕は走ってる事になるのだから、筋肉痛にもなるというものだ。この世界に来てステータスの恩恵を受けたお陰で成し遂げられたが、以前の僕ならすぐにバテていただろう。
「まずは宿だな」
「色々買い物もしたいしな」
交易の町だ。買いたい物は沢山ある。ということで僕達は宿を目指すことにした。場所はもう決めている。以前お世話になった『せせらぎ亭』だ。クラマスという美人の女将の居る宿。ベーコンの想い人だっけ。
「でもまずは、町に入ったのなら手続きだ。そうだろう?」
「それもそうだな。……ん?」
流れで納得したが、ダニエラの声じゃない。トントン、と後ろから肩を突っつかれ、振り向く。
「おぉ、久しぶりだな、ベーコン」
「ユーコンだっつってんだろ!」
あの時と変わらないベーコンがキレ気味に肩を掴んできた。
「痛い痛い」
「何時になったら名前覚えるんだ……ったく。で、久しぶりだけど何か用なのか?」
僕とダニエラはステータスカードを取り出しながらこの町に来た理由を告げる。
「船が欲しいんだよ。川を下る為の」
「船か……まぁ、この町には沢山の物で溢れかえってるから、船もあるだろうな」
「何かオススメの店とかないか?」
ベーコンの後ろからやってきた衛兵さんに僕達のステータスカードを渡したベーコンが腕を組んで考え込む。
「小型ので良い。金はある程度は払えるぞ」
「んー……そうなると、だ……あの店が一番かなぁ」
どうやら思い当たる店があるらしい。幸先が良いね!
「案内してやるよ」
「おぉ!」
「ただし、明日だ」
「おぉ……」
まぁ、そらそうだ。もうすぐ日が暮れる。僕達も早く宿に行きたい。
「僕達はまた『せせらぎ亭』に泊まるつもりだ。明日の朝に宿まで来てくれよ」
「普通はお前達が詰め所まで来るんだけどな……まぁ良いよ。平和だし暇だし」
うんうん、平和なのは良いことだ。
そういえばベーコンはクラマスさんに惚れていたっけ。あれからどうなったのだろう。
「で、クラマスとはどうなんだ?」
と思っていたらダニエラがいきなりぶっ込んだ。
「ふふん……」
「そ、その反応は……!?」
「つい昨日、また振られました」
「……」
ま、しょうがないね。
今回はベーコンの紹介状という名のラブレターは無く、手ぶらで『せせらぎ亭』へとやって来た。宿の前に立つと、裏手で流れる小川のせせらぎが聞こえてくる。この音がまた癒やしなんだよなぁ。
いつまでも聞いていたいが、手続きをしないとな。開けっ放しの入り口から中に入る。すると以前と変わらない木造りの宿が出迎えてくれる。何処かノスタルジックな造りに心が痛くなる。
「あら」
カウンターの方から声が聞こえる。視線をそちらにやると、彼女が居た。この宿の女将さん、クラマスさんだ。
「お久しぶりです、クラマスさん」
「あらあら、久しぶりですね。アサギ様、ダニエラ様」
「また世話になりたいが、良いだろうか?」
珍しくダニエラから声を掛けている。まぁ、一度会った人だしね。お世話にもなったからね。此処はダニエラの頑張りどころだと思い、僕は黙っていることにした。
「お部屋は空いていますよ。この時期ですから、空いています」
「なら一部屋借りたい。期間は……」
と、ダニエラがチラ、と僕を見やる。そういえば決めていなかったな。うーん、船はベーコンが店を見繕ってくれたから大幅に時短出来た。後は諸々の買い物を考えると……。
「3日くらいかな……」
「あら……もっと長くは居られないのですか?」
それが商売トークではなく、心から滞在して欲しいという言葉なのが伝わってくる。でも僕達も急ぐ旅だ。長くは居られない。
「すみません、もっと居たいんですけどね……」
「ふふふ、困らせてしまってすみません。では3日で……、と」
帳簿に書き込んだクラマスさんが壁際に取り付けられた戸棚から鍵を手に取る。
「此方の部屋をお使いください。『116号室』です。そちらの通路の一番奥ですね」
「ありがとうございます。お世話になります」
「短い間だが、またよろしく頼む」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
にこりと微笑んむクラマスさん。でもこう見えてベーコンを何度も振って楽しんでいるサディスティックな面がある。気を付けないとな。
「あら? アサギ様、何か?」
「いえなにも!」
□ □ □ □
通してもらった部屋は一番奥の角部屋だ。この宿は2階建てで横長の造りだ。だから1フロアの部屋数が多い。横長に。その一番奥。入り口からは離れてしまったが、静かで落ち着いた部屋だ。
扉を開けて、やっぱり思うのは懐かしさだ。この部屋は以前借りた部屋とはまた雰囲気が違った。床で暮らす部屋だった。
「面白い部屋だな……」
興味津々といった顔のダニエラの後に続いて僕も部屋へ入る。そしてまっすぐに椅子へと向かい、座る。
「あぁ……良いなぁ。座椅子」
「脚のない椅子とは珍しいな」
「ダニエラも座ってみろよ」
「うむ……」
僕を真似てゆっくりと腰を下ろす。勿論、外では石を椅子にして座ったり、布を敷いて座ったりするが、こうして部屋の中で床に腰を下ろすことは中々ない。だからダニエラも少し違和感を抱いているみたいだが……。
「……これは良いな」
「だろ! これ、僕が住んでた場所にもあったんだけど、座りやすくて良いんだよ」
「こうして地面に座る時は自然と背中が曲がってしまって体が疲れるが、背もたれがあるのは素晴らしい。足も楽だから疲れない」
まぁ、健康面から見れば椅子の方が良いらしいが、僕はやはり座椅子の方が好きだ。
そんな座椅子とローテーブルを中心に広がる116号室。周囲を見回してみると、ベッドも比較的高さが低いものだ。ちょっとしたサイドチェストの脚も短く切られてて、ちょっと可愛い。
照明も優しい暖色で部屋にマッチしている。今の時間は西日もあって癒やし効果が凄い。無意識に降りた瞼越しにオレンジの明かりが眩しい。
「ほらアサギ、寝るにはまだ早いぞ」
「んぁ……流石に疲れたからかな……めっちゃ眠い……」
「夕飯がまだだろう?」
「今は眠気の方が強い……ダニエラだけ食ってこいよ……」
「お前が居ないと始まらないだろう……」
ドッと疲れが出たのか本当に眠い。けれど、ダニエラに其処まで言われたら行かない訳にはいかないな……。
どっこいしょと立ち上がり、虚ろの鞄から外用の服を取り出す。行く気になったことを喜んだダニエラも同じく服を着替え始める。
暫くしてお互いに着替え終わったので町へと繰り出した。オレンジとディープブルーのグラデーションが広がる空の下でポツポツと明かりが灯り、並ぶ建物の窓から光が漏れ出す。
地面を照らす四角い光を踏みながら胃を擽る匂いを求めて、僕達は並んで歩く。




