第三百二十三話 寝坊ダッシュ
「やべぇ!!」
慌てて飛び起きた。カーテンを引き千切る勢いで開けると眩い太陽が昇っていた。日が昇る少し前くらいに起きてシャワーとか浴びてさっぱりしてから身支度をしようと思っていたのに……。
「ダニエラ、起きて! 寝坊した!」
「んんぅ……」
剥き出しの肩を揺するが目を覚まそうとしない。むしろ鬱陶しそうな感じだ。
結局昨夜は此奴の所為で寝るのが遅くなった。寝ようとしていた僕に、此奴は襲いかかったのだ。
「早く起きてって、ダニエラ!」
「まだねむぃ……」
「もう!」
布団を剥いでやった。お母さんにされた数々の目覚まし攻撃で一番効くやつだ。布団を剥がれたらもう、起きるしかない。頑なに目を瞑ったまま布団を探すが、届かない所に置けば此方の勝ちだ。
「目に毒だ……」
「くそ……」
布団を剥がれ、剥き出しになったダニエラは全裸だった。
「もう起きるしか選択肢はないぞ」
「んぁー……ぁぁー……」
前は思いっきり怒られたけど、もう怒られない。そういう仲になったからな……そう思うと、何だかこの全裸も感慨深いものがある。
暫くゾンビのように唸っていたダニエラだったが、もう起きるだろうと自分の準備をしていたところ、この野郎、全裸で二度寝をかましやがったので窓も開けてやった。晴れているとはいえ、風は冷たい。一気に室内の温度は下がり、漸くダニエラが体を起こした。
「…………」
「おはよう、ダニエラ」
「……其処までするか……」
「起きてって何度も言っただろ。早く準備しろよ」
「ぁー……寝不足で頭痛い……」
「それも自業自得だ、馬鹿野郎」
僕だって眠いが、起きるしかないんだ……。
□ □ □ □
ギリッギリにはなったが何とか時間内にチェックアウトを済ませた。
「遅くなってすみません」
「いえいえ、ご利用ありがとうございました。またよろしくお願いします、アサギ様」
これだけ名前を覚えてもらえたら他を利用するの気が引けるな。まぁ、良い宿だし使わせてもらおう。
日はすっかり昇り、夜に冷えた空気が温められて良い気温だ。しかしやはり風は冷たく、暖かかった屋内から出てきた僕達の顔を冷やしていく。町を歩く人達はこぞって襟を立てて寒風から身を守っていた。
僕達もそれに習い、しっかりと防寒具を着込んで首元の熱が奪われるのを死守する。マフラーとかあれば良いが、このマントっぽい防寒具を着ていては身に付けにくい。首元まですっぽり覆う形なので防寒具とマフラーが喧嘩してしまうだろう。
「さて……まずは飯か」
「急ぐっつってんだろ」
「はぁ……なら歩きながら食べるとしよう」
ユッカから隣の町、湿地の町アルカロイドへ行くには西門を抜けて徒歩で大体1日くらいだ。それから更に西の目的地、交易都市アスクはまた徒歩で1日くらい。
「つまり、僕なら1日あればアスクまで行けるってことだ」
「便利なものだな」
「使えるものは使う。これ、大事なコツだから覚えるように」
「よし、なら私もそれに則ってアサギに楽をさせてもらうとするか」
西門を出た僕はダニエラを抱えて両足に白銀翠の風を纏う。ダニエラにしてみれば、僕はとても速く、安全で、便利な乗り物なのだった。
□ □ □ □
ユッカを出た僕達はまっすぐ道を進む。ただし上空だ。
「アルカロイドまでは徒歩で1日だ。アサギなら何分で着く?」
「あー……飛ばせば多分、昼くらいには」
大体2~3時間と言ったところか。障害物も信号もない道を真っ直ぐ行くだけだ。速度制限もないし、魔物も居ない。1日なんて掛かるはずもない。
「アルカロイドで休憩がてら昼食を食べて、それからすぐに出てまた走れば夕方にはアスクに着くと思う」
「本当に便利だな」
「便利言うな」
誰が高速バスじゃ。
アスクはレモンの居た町だ。湿地の町……特に何もなかったような気がする。あの時は雨に降られて困っていたところを行商のタンジェリンさんに助けられた。幌馬車で町に入ろうとしたところで、レモンに出会ったんだな。
んで、紹介された宿の風呂に入ったらレハティが居たんだ。観光した記憶はなかったが、出会いは沢山あったようだ。今回は晴れてるし、何か名物のような物があればいいのだが。
ダニエラと他愛のない話をしながら空を駆けること約2時間。アルカロイドが見えてきた。晴天の下で見るアルカロイドは初めてだ。意外と綺麗な作りの建物が多い。その建物も屋根が黄色くて可愛らしい。
これが春であれば、湿地の町の所以である町周辺の湿地がキラキラと見えただろう。水際には花なんか咲いたりして、心を和ませてくれるだろう。
しかし悲しいかな、今は氷雪期。周辺は全て雪に覆われている。それが非常に残念だった。
「よし、そろそろ降りて徒歩だ」
「分かった。彼処が道のようだな」
上から見ると、雪のない1本道が見える。それは真っ直ぐとユッカの方に伸びている。アルカロイドの方を見ると、そちらにも伸びていたのでこの道を歩けばすぐに着くはずだ。
周辺の雪を巻き上げないように気を付けながら着地し、抱いていたダニエラを下ろす。お互いに少し乱れた防寒具をしっかりと着込み、アルカロイドへ向けて歩き出した。
降りてみると、上から見るより雪の圧が凄い。結構積もっているな……でも表面は凍っているようだ。少し溶けては固まり、を繰り返したのだろう。それか、誰かが水を撒いたか。滑りそうだなぁ。
ノッシノッシと雪を踏み締めるとだんだん体がポカポカしてくる。防寒具も相まってちょっと汗も掻いてきた。
「ふぅ……着いた着いた」
しかし頑張って転ばずに歩ききった。目の前にはアルカロイドへの入り口、木で作られた門がそびえ立っている。
「すみませーん」
寒いからか、門番は立っていなかった。それでいいのかと思うが、氷雪期は魔物も少ないし、何より寒い。門番だろ、立ってろよとは思うが、アルカロイドの衛兵隊はホワイト企業なのだと思い込んでおく。
「ん……すまんすまん、町に入りたいのか?」
「はい。僕と此奴の二人です」
門の傍の小さな扉から出てきた門番さんが寒そうに手を擦り合わせながら僕とダニエラのステータスカードを受け取った。
「ちょっと待っててくれ。すぐ済むからな」
「はい」
うーさみぃさみぃと小走りで帰っていく姿は冬の寒空の下、家の外のポストに朝刊を取りに行ったおっさんそのものだった。
それから1分程してからおっさんが出てくる。今度は暖かそうな上着を着ている。その大きめの服のポケットからステータスカードを取り出し、手渡してくれた。
「じゃあそっちの扉から入ってくれ」
「門は開けないんですか?」
門番さんは自分が出てきた小さい方の扉を指差している。
「手が悴んじまってな。温まるまで待つか?」
「ありがとうございましたー」
「あいよー。ようこそ、アルカロイドへ」
そんなもん待ってられるか! 僕は呆れ混じりにとりあえずの礼を告げてダニエラと一緒に扉をくぐった。
中には小さな一人部屋があった。テーブルに何かの書類、ステータスカードの読み取り機、それくらいだ。暖房もあったが小さめだな……これじゃあ足元とか冷えてきそうだな。
そんなワンルームの反対側に、また扉がある。あれを抜けたらアルカロイドだろう。久々の町だ。果たして旨い物はあるだろうか……少し楽しみである。




