第三百二十二話 飯と風呂とダニエラ
それからも楽しい食事は続いた。ダニエラが頼む物はどれも旨そうで、それを真似して頼んで食べる。飲む。それの繰り返し。お陰様でお腹いっぱいだ。
ナナヤさんも久しぶりに会えたからか、グイグイと酒が進み、上機嫌だ。お陰様で背中が痛い。
しかし時間も時間。もう少ししたら日付が変わる頃だろう。そろそろ帰るかとダニエラとアイコンタクトをする。が、ダニエラは首を横に振った。
「なんでよ」
「まだ食べ足りない」
「どんだけ食うんだよお前は……」
食いしん坊エルフは今日も腹いっぱい食べる。八分目なんてスタートラインにも満たないぜ。
「と、冗談はさておき、ナナヤがもう駄目だな」
「うん……」
「んへへー……あれ、アサギさんがふたりいる……」
完全に酔い潰れていた。目の焦点も合ってないし、自力では立てないレベルだ。どうしてこうなるまで飲んだんだ……。
「胸が服から出そうだ。アサギはあっち向いてろ」
「はいはい……」
ぐでーんとした骨抜きの体がカウンターに引っ掛かってあわや大惨事と言った具合だ。周りの冒険者はその様子を黙って見ている。此奴等……。
「……」
「……ッ」
ジーッと睨んでやると大人しくなる。あの乱闘騒ぎの時の冒険者は居ないが、これだけアサギダニエラと呼び合っていれば身バレもする。銀翠、白風という悪評はもう払拭出来ないレベルで浸透しているのだ。
「……よし、キラリカに任せて帰るか」
「じゃあちょっと呼んでくるよ」
「分かった」
あの桃エルフ男の娘ギルドマスターは少々苦手だが、ナナヤさんをこのままにはしておけない。元々、こうなったらギルドマスターに丸投げする方針だったから仕方ない。
僕はカウンターに飲み食いした代金を3人分纏めて支払い、ギルド酒場から出て適当なカウンターに居たギルド員さんに声を掛けた。
「すみません、ギルドマスターは居ますか?」
「あ、はい……職務中です」
「ちょっとナナヤさんが手に負えないくらい酔っちゃったので介抱してもらいたいなと」
「分かりました。すぐ呼びます。……はぁぁ、ったくナナヤはまた……」
奥にあるギルドマスターの部屋に向かいながら愚痴っていた。またとか言ってたし、いつものことなのかもしれない。ご迷惑をお掛けします……。
暫くしてピンクの頭が事務机の間を移動しているのが見えた。仕事に目処が付いたのか、ちょっと疲れ気味のキラリカが酒場の方までやってきた。久しぶりに見る彼……彼女? は以前と変わりない男の娘スタイルだ。僕は酒場の入り口で手をひらひらと振る。
「すみませんね、お忙しいところ」
「ほんとだよ……はぁーもう、ナナヤは優秀だけど、こういうところがなー……」
「お察しします」
「うん……てか久しぶりだねぇアサギちん! 元気にしてた?」
お疲れモードは何処へやら、いつものキラリカに豹変した。
「あーはい、元気ですよ。てか色々聞いてるんでしょう?」
「まーねー! いやぁ、推薦した甲斐があったってもんだよ! ルーガルー騒動を解決して、優勝と準優勝をもぎ取った有名冒険者が推薦されたギルドってことで新人が沢山増えて嬉しいよっ! マジ感謝ね!」
「いえいえ」
「相変わらず硬いねぇ……あ、そういえば今回はどれくらい滞在するつもり? 良かったらやって欲しいクエストとかあるんだけどー……?」
「明日には出発しますよ」
「はぁー!? マジつっかえねー!」
イラァッ!! どうせパラライズヴァイパーやらせるつもりだろ! ぜってーやってやんねー!
「なんだよー……あの頭痛の元を始末出来ると思ったのになー……はぁー……まぁしょーがないか……っとと、それよりナナヤだよ。あの子はちょーっとお仕置きかな」
可愛い顔して悪い笑みを浮かべている様は中々貫禄がある。流石はギルドマスターといったところか。性格の悪い幼女にしか見えない。
キラリカを連れて酒場に入ると冒険者達が緊張した顔になるが、キラリカは何も言わない。元気そうにはしているが、あんまり余裕がないようにも見える。ナナヤさんだけ回収したらさっさと帰ろうという顔をしてるな……。
「久しぶり、ダニエラ」
「あぁ。じゃあ任せた」
小脇に抱えていたナナヤさんを小さなギルドマスターに向かって差し出すダニエラ。キラリカはどう受け取ればいいものかと腕を抱える形にしたまま右に左にと動くが、最適解は出なかった。
「むり。部屋まで運んで」
「これだから子供は……」
「なんだよー。ギルドマスター権限だぞー」
「チッ……じゃあちょっと行ってくる。先に出ていてくれ」
舌打ちしたダニエラは面倒臭そうに、それだけ僕に告げて返事も聞かないままさっさとギルマス部屋の方へ歩いていった。
「ちょ、ちょっと待ってってー! あ、アサギちん元気でね。また来た時は顔見せてね!」
「はいー」
ひらひらと手を振って別れを告げる。果たして次に会うのは何年後か……その時は多少なりとも成長していて欲しいなと思うアサギであった。
□ □ □ □
ギルドを出て夜風に当たりながらダニエラを待つ。しかしすぐに冷えてきて着ていたスノーアラクネの防寒具の襟をグイッと伸ばして首元を覆った。
酒で火照った顔にはこの冷風も心地良いが、芯から冷えるのはご勘弁願いたい。帰ったら風呂に入るつもりだが、風呂欲と同じくらい睡眠欲も強い。ササッと体を綺麗にしたらとっとと寝たいね……。
と、今夜の予定を立てていたらガチャリと扉が開き、ダニエラが出てきた。
「すまん、先に出ていてくれは拙かったな」
「くそ寒いわ……」
「悪い悪い。早く帰るか」
「だな……」
こんな寒い夜は屋内で過ごすに限るぜ……。
僕とダニエラは同じ白い防寒具を来て並んでユッカの通りを宿まで歩いた。途中、ゆっくりと雪が舞い降りてきた時はちょっとロマンチックだった。しかし明日積もるかもと考えてしまう旅脳はどうにかしたいです。
宿に帰ってきた僕達は早速風呂に入った。安い部屋でもお風呂付きなのはいいね! お陰で着替え持ってウロウロしなくて済む。
「ふぅー……あー……寝そう……」
「入るぞ」
「おぼぼぼぼぼ」
普通にダニエラが入ってきて溺れそうになった。
「僕が入ってるだろ!」
「ダラダラ入ってるから悪いんだ」
「くっ……」
言い返せない。ダニエラ基準で考えれば長湯をしていたという自覚はあった。でも順番はちゃんと決めたし……。
「大体、交代で入るのがおかしいんだ。恋人同士なら気にすることもないだろう」
「それはそうだが……久しぶりに裸見るからなんか恥ずい」
「子供かお前は。ほら詰めろ」
喋りながらさっさと体を洗ったダニエラが湯船に乗り込んでくる。弱者アサギは敢え無く端へと押しやられる。弱いったらないな。
「はぁ……温まる……」
「僕は色々逆上せそう」
「なら風呂から上がったら発散させてやろうか?」
「寝るっつってんだろ……明日起きられなかったらどうするんだ」
「ふん、人の誘いを不意にするとは、偉くなったもんだな?」
不満そうに拗ねた顔でわざと胸を寄せるダニエラ。慌てて目線を天井へと逸らした。
「お前の息子も天井が好きなのか?」
「もーう出る! ダニエラなんか知らん!」
「あ、おい!」
顔を真っ赤にした僕はダニエラを置いてさっさと風呂を出た。あんな場所に居られるか。僕はさっさと寝かせてもらう!
ダニエラが何を言ってきても僕は寝る。そう強く心に誓い、着替えた僕は頭まで布団を被った。ホカホカの体に少し冷えた布団が心地良い。
「ったく彼奴は……」
風呂でのダニエラに愚痴を言うが、聞く相手は居ない。そのうち、ゆるりと眠気がやってきて、ペタペタと裸足で歩く音が聞こえたのを最後に、僕の記憶は途切れたのだった。




