第三百二十話 ユッカへ
本日、『異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする』の2巻が発売されました。
此処まで来られたのも支えてくださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。感謝の極みです。
これからも頑張って更新し続けていきますので、どうぞ末永くよろしくお願いします。
では本編をどうぞ。
帝都西門から出た僕達は、様々な感情を振り切るかのように走った。と言っても実際に走ったのは僕だ。ダニエラを抱きかかえての《神狼の脚》。まるで重さなんて無かったかのように、白銀翆の風は僕達を運ぶ。
「まずはユッカか」
「だな。其処で一泊したら次はアルカロイド。沼地を抜ければアスクだ」
「ユッカはルーガルー騒動が解決したから賑わっているだろうな」
「ちょっと散策するか?」
「時間が惜しいが、顔見知りも何人か居ることだしな」
僕達も何だかんだで町ごとにお世話になった人間が何人か居る。その人達を無視して行くことは出来ないだろう。
「一緒に飯くらいは食いたいな」
「時間が合えば、な」
僕も出来れば楽しい夜を過ごしたいものだ。
スタンピード戦で負った傷も治り、《神狼の脚》も調子が良く、大樹をあっという間に通り過ぎた。やはりあの夜のブラッドエイプ戦がちょっとトラウマなのか、通る時は警戒した。あの大虐殺とも言える戦闘で数を減らしたのか姿は見えなかったが、夜は絶対にあの下では休みたくない。
その大樹を過ぎれば暫くは何もない。遠くに見える森に日が近づいてきたので野営場所を探す。
「何処か良い場所はないものか……っと」
「適当にあの辺で良いだろう」
「まぁ結界の魔道具もあるしな」
あの雷魔石が付いた魔道具であれば、近付く者はビリビリの刑だ。あの魔道具を買ったお陰で場所を選ばずに野営が出来るようになった。それでも何処か場所を探してしまうのはこれまでの経験からの癖かもしれない。
上空から《気配感知》で周辺をザッと索敵してみたが特に反応はなかったので、着陸して早速結界を張る。四方に設置して魔素を加えながらスイッチを押すと薄くビリビリし始める。あとは空気中の魔素を自動で取り込んで作動し続ける。片付ける時はスイッチを切れば問題なく回収出来る。スイッチを切り忘れたらビリビリの刑だ。
「よし、と」
荷物を置いた中央に戻るとダニエラが風魔法で雪を吹き飛ばして露出させた地面の上で薪を取り出して魔道具で火を付けていた。うん、やはり野営には焚火がないとな。
積雪はそう深くない。せいぜい10cm程だ。凍ってもいないし、軽く魔法を使ってやれば問題なく野営は可能だった。
そして一仕事終えたダニエラは早速腕輪から串焼きを取り出して一口食べて休憩。ふぅ、と一息ついているのを見ると苦笑が漏れる。
ムッとしているダニエラを尻目に僕はテントの設営だ。取り出したのはキャンパー憧れのワンポール式。真ん中に立てた棒に布を被せ、外側に布を引っ張って地面に縫い付けるだけだが、焚火とセットで眺めると雰囲気は最高だ。飯も旨くなる。
地面に最後のペグを打ち込み、布の張りを確かめてうん、と頷く。これで夜も安心だ。氷雪期だしストーブなんかも欲しいが、持っていない。アドラスがスタンピードの時に暖房の魔道具を置いていたが、あれを買っておくべきだった。何だろうな、いざ使う時になって必要だった物を思い出すこの現象は。
「食事にしよう」
「もう食ってるだろ」
「これはおやつだからまだ食べてない」
「なるほどね」
全く意味が分からなかった。阿呆な事を言ってるダニエラを放置して僕は料理を始めるのであった。
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お互いに膨れたお腹を撫でながら食後のお茶を飲む。
「雪の中でも結構温かいな」
「この防寒具のお陰だな……流石は翡翠風竜のマントだ」
「それ久しぶりに聞いたわ」
ドヤ顔のダニエラを見て笑う。何だかこういう2人きりの野営が久しぶりで本当に心地良い。
さて、あとは寝るだけだ。結界の魔道具もしっかり動いてるし、《気配感知》でも魔物の気配はない。やはり氷雪期というのは魔物の活動を鈍らせるらしい。旅がしやすいが、寒さが厳しい。どっちを取るか、だな。僕としては暑いより寒い方が好きだから苦労は少ない。
「一応、見張りはしよう。久しぶりだしな」
「では最初は私が。アサギは休んでくれ」
「悪いな」
「気にするな」
ダニエラのお言葉に甘えることにしよう。んんぅ、何だか急に眠たくなってきた。この眠気を逃したら睡魔は遠くへ行ってしまう。さっさと寝るが吉だ。
「じゃあ眠くなったら起こしてくれ……おやすみぃ」
「あぁ、おやすみ、アサギ」
火掻き棒で薪を弄るダニエラに軽く手を振ってテントの中へと入る。敷いた厚手の布の上に転がり、防寒具を頭まで被った。何だかまだ帝都に居るような気分だ。気持ちがふわふわしているというか……うーん、眠くて頭が回らない。そもそも回す必要はないか。寝るのだから。
「何言ってるのか分かんないな……眠い所為だ……」
結局最後まで何が言いたいのか分からないまま、僕は瞼を下ろして眠りについた。
□ □ □ □
意外にもぐっすり眠っていた僕は目をしょぼしょぼさせたダニエラに起こされ、夜の見張りを始めた。
「無音過ぎて耳が痛いな」
今夜は風もなく、静かだ。全く音がしないと逆に無音が煩いという変な感じがする。しかし平和の証拠だ。樹海に行ったらきっと見たこともない色の鳥が鳴いてたり野蛮な猿が騒いでいたりしそうだな。
ボケーッと夜空を見上げる。点描画のような密度の星空に自然と溜息が出る。この星は地球の何処に居ていも見られないんじゃないかと思うくらいに幻想的だ。
星達に囲まれる、もう見慣れた3つの月の明かりが辺りを優しく照らす。日光とは違った柔らかさとミステリアスな明かりが雪に青い影を生む。その影を焚き火の炎の光が上書きしていく。
「ダニエラと一緒に見たい光景ランキング2位だな……」
1位は夕焼けだな……僕は夕焼けが一番好きだ。西の孤島に行ったらダニエラと海に沈む夕日を見てみたいものだ。
翌朝、無事に寝坊すること無くテントから這い出てきたダニエラに朝食を与えて元気にさせたら《神狼の脚》で一気にユッカまで距離を詰めた。途中、何度か休憩を挟みながらだったから特に辛くはなかったがちょっと時間は掛かった。ユッカに着いた時は日暮れ頃だった。
「確か以前はユッカから帝都まで4日は掛かったな……一日半で着くとは、アサギのスキルは便利だな」
「レイチェルからの借り物だけどな」
「それでも、だ」
ユッカ東門が閉まる直前で滑り込んだ僕達は、すっかり夕飯時となったユッカを進む。するとすぐに見えてきたのは薄緑色の建物。僕達が過ごした宿だ。結構お高い値段設定だったが、今も昔もお金には余裕がある。それに一晩だけだし、問題ないだろう。
ダニエラと並んで宿へ入る。以前はだいぶ汚れた格好をしていたから門前払いされそうになった。其処でダニエラがブチ切れて宿の人に僕のこっ恥ずかしいエピソードを並べて『超凄い冒険者だぞ』みたいな事言ってたな。あれはマジで恥ずかしかった。
「さて、今回はすんなり泊めてもらえるだろうか」
「前みたいなクソ恥ずかしい話はやめろよな」
「それは宿側の対応次第だな」
言う気満々みたいな顔してるのが凄く不安だ……。
僕達がカウンターまで歩いてくると、何か作業をしていた店員さんが此方に気付いて笑みを浮かべる。その笑みはどっちなんだ?




