第三十二話 雨上がりの森へ
朝食を食べた後は自室に戻って魔法の訓練だ。外に出る用事もないので、訓練に充てた。
まずは魔力というものを意識してみる。僕の中に渦巻く力の本流。水と、氷と、火の力。スッと手を前に出し、手の平を上に向ける。手の平に魔力を集めるイメージだ。
ずん、と手の平の上が重くなった気がした。目には見えない何かが乗せられた感覚。その手の平の上の何かに形を与える。まずは球体だ。ゆっくりと自転している丸い塊。より強いイメージを浮かべる為に両目を閉じた。
「よし……いいぞ……」
深呼吸して、集まった魔力の形を整える。大体丸くしたつもりだ。丸く、丸く、と念じながら、続いて球体に色を加えた。藍色の魔力をそっと乗せる。すると自転する流れに色が乗り、マーブル状に色がつく。それも回転していく度に一色に染まり、やがてそれは藍色の球体となった。
そしてそっと両目を開ける。手の平の上にはゆっくりと自転する水球があった。
「ゆっくり丁寧にやってみたが……」
目の前の水球を見る。以前、森で撃ち出した氷の弾丸のような即興ではなく、地道に魔力を組んで作り上げた魔法。空いているもう片方の手の平には単純なイメージで作り上げた水球を浮かべる。ふわふわと浮かぶの2つの水球をジッと見つめるが、何となく丁寧に作った方は『密度』が違うような気がした。魔力感知と言える程のスキルは持ってないから気の所為だとは思うが……。
よし、こういう時は先生に聞こう。
僕は水球を浮かべたまま足で扉を開き、廊下に出る。向かう先はダニエラの部屋だ。彼女も2階にいるが部屋の場所は反対側だ。なので歩くしか無い。途中、誰ともすれ違うことなくダニエラ先生の部屋へと辿り着いた。
「ダニエラ先生ー。いるかー?」
僕はノックが出来ないので声を出して呼び掛ける。それほど待つこともなく扉は開いた。中から部屋着のダニエラが出てきた。
「なんだアサギ。ここに先生はいないぞ」
「ダニエラが先生さ。ちょっとこれ見てくれないか?」
と、両手の水球を前にだす。
「うわ! 馬鹿、屋内で魔法を使うんじゃない!」
「えっ、駄目なのか?」
全然その辺は考えてなかったので首を傾げる。
「万が一、暴走でもしたら家屋が吹き飛ぶぞ!」
サーッと背筋が寒くなる感覚がした。や、やばい、どうしよう……! 慌てた心が魔法に響いたのか、手元の水球が揺れてバチャバチャと音が鳴る。
「あ、アサギ、深呼吸だ。深呼吸しろ」
「すー、はー、すー、はー……」
すると落ち着いたのか、揺れていた水球はまたゆっくりと自転し始める。あ、焦った……。
「全く……本当に先生が必要なようだな?」
「面目ない……」
「まぁとりあえず中に入れ。そこにいても仕方ないだろう?」
棒立ちだった僕はダニエラに招かれ、室内へと入った。
「で、それは何だ?」
「あぁ、これな。こっちのは魔力を集めるところからイメージして作った水球。こっちはイメージだけで作った水球。違いとかあるか?」
手が塞がっているので顎で指し示して説明する。ダニエラがふむ、と腕を組みながらジッと見つめる。
「こっちの、段階を踏んだ方が魔力の密度が高い。イメージで作った方もなかなかだがな。イメージの仕方が違うんだろう」
なるほどな。以前もイメージが大事だと教わったしな。イメージさえしっかりしていれば段階は踏まなくても良いと。ていうか段階を踏むのが詠唱なのでは? と思わなくもないが、思ってしまうとちょっと練習した時間が無駄になりそうなので考えることをやめた。
「イメージに関してはばっちりだな」
「後は実践力、か」
「いざという時、いつ何時でもすぐに魔法を使えるようにする経験値さえあればアサギは良い戦士になるよ」
ダニエラ先生のお褒めの言葉に嬉しくなる。器用貧乏なんて不名誉なレッテルを貼られちゃいるが、やりようによっては何でも出来るようになるんだ。努力することがコツなんだな。
それからはあの屋台の飯が美味いだの、あそこの武器屋は質が悪いだの、ダラダラととりとめもない話を続けていた。
□ □ □ □
結局、雨が止んだのは2日後のことだ。今現在、僕は泥濘んだ森の道をダニエラと進んでいる。日差しは乾いたものだが道は最悪だ。靴が泥だらけで僕は顔をしかめた。前を歩くダニエラは流石、慣れたもので悪路も気にせずどんどん先を行く。追い掛けるのがたいへんだ。
「泥遊びする年でもないんだがな」
「私から見ればアサギもまだまだ可愛い年頃だがな」
「やめてくださいよ、先輩」
「それなんか傷付くからやめてくれ」
くだらない会話をしながら先を歩くダニエラを追う僕。息が上がりそうだがダニエラはすいすい木々を避けながら進んでいく。もう本当辛い。休憩したい。
なんて心の中でグチグチ文句を垂れてるとダニエラがピタリ止まる。優しさから待ってくれたのかと思うが、それはすぐに勘違いだと気付く。ピリッとした空気が辺りを覆った。
「フォレストウルフだ」
小さく告げるダニエラ。気配感知を広げてみると前方の茂みの更に奥に複数の何かがいる気配がした。
「ベオウルフの眷属か……あまり戦いたくないな」
「そうだな。しかしそうも言ってられない」
「あぁ、だな」
向こうから気配が近付いてくる。どうやらこちらに気付いたようだ。僕達は剣を抜いて身構える。ガサガサと揺れた茂みの向こうからゆっくりとフォレストウルフが現れる。3頭だ。ジッと僕達二人を見る。しかしその視線に敵意は無く、何か確かめるような雰囲気を感じた。それからふい、と来た茂みの方を見て、再び僕達を見てから来た道を戻りだした。これは……
「付いてこい、ってことだろうな」
「だろうな……まぁ、罠じゃないだろ」
ベオウルフの使い、ってところか。きっと向こうも僕達が来るのを待っていたんだろう。剣を鞘に納めて僕達はフォレストウルフの後を追うために走り出した。泥が跳ねるが、気にしていたら置いて行かれそうだ。仕方ないな、まったく。




