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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百十九話 さようならヴェルフロスト

明日、異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をするの2巻が発売されます。

買ってもらえると泣いて喜びます。

どうぞよろしくお願いします。お願いします。


では本編をどうぞ。

 そうと決まれば即日行動がモットーである僕が最初に来たのはレヴァンス・レーヴ帝城だ。まずはこの帝都に滞在する際にお世話になったあの人へ、別れの挨拶をする。


「えーっと、どうしよう」

「おう、アサギ!」

「うおぉ!?」


 城門付近まで来てからこの人にどうやって会おうかと考えていた。『暗部の隊長さんに会わせてください』と言えるはずもなく、さてどうしたものかと腕を組んだ瞬間、後ろから声を掛けられた僕は驚き、すっ転んだ。


「なんだなんだ、修行が足りないんじゃないか?」

「誰だっていきなり真後ろから声掛けられたら驚きますよ!」

「はっはっは!」


 豪快に笑うテムズさんと会ったのは水郷都市ニコラの衛兵詰所だった。ニコラを支配していた盗賊の首領イヴを討伐する為に潜入していた彼に僕は助けられた。


「行くんだってな。俺に別れの挨拶とは、律儀な男だよ」

「ちょっと前にダニエラと話したばかりなのにもう知ってる……」

「諜報舐めんなってな!」


 そうしてまたテムズさんは笑う。本当によく笑う人だ。仕事が仕事なだけにほとんど会えなかったのが悔やまれる。

 テムズさんとは1度帝都で会っている。例のレゼレントリブルの件で店長に手紙を渡して、全てが解決して帝都に戻った時だ。店長の知り合いという軍部の人間に手紙が渡り、テムズさんの働きで軍部は無事に最速でレゼレントリブルへとやって来られた。それをテムズさんから聞いた時、本当に心から感謝した。


「テムズさんには本当にお世話になりっぱなしで……」

「いいさ。頼ってくれって言ったのは俺なんだからな。お、そうだ。彼奴にも会っていってくれよ」

「彼奴?」


 テムズさんが上を見ながら言う。釣られて僕も上を見ると、城門の上から人が落ちてきた。


「う、うわっ」

「何を驚いているんだ。アサギ=カミヤシロ……」


 助けようと腕を伸ばしたが、その人物はふわりと、まるで重さなんて最初から無かったかのように降り立った。一瞬、風属性の魔力を感じた。きっと風魔法で落下速度を相殺したのだと思う。しかし本当に一瞬で、勘違いかと疑うレベルだった。


「……って、あれ? 貴女は確か……」

「ふふん、今のお前があるのは私のお陰だ。そうだろう?」


 ドヤ顔の彼女は僕に帝国軍人優先券をくれた諜報の人だった。確かに彼女のお陰で僕達は寝る場所を得られた。そのドヤ顔は忘れられない。


「あの時はお世話になりました」

「いい。やるべきことをやっただけだ」


 それだけ言うと彼女は名前も告げずに『では仕事だ。良い旅を』とだけ言って大きくジャンプして消えていった。また風の魔力を感じたのは一瞬だった。隣でダニエラが『ほう……』とか感心していたのできっとこっそり練習すると思う。


「また何かあったら戻ってこい。此処はお前達が帰ってくる場所だからな」

「はい……ありがとうございました。また来た時はよろしくお願いします」

「おう!」


 バシン! と思い切り肩を叩かれる。激励の気持ちが伝わってくるが、思わず前のめりになる力強さだ。

 そして顔を上げた時にはテムズさんは何処にも居なかった。魔力すら感じさせず、彼は一瞬で消えてしまった。


「凄いな……」

「私も驚いてアサギを見た後には居なくなっていた。侮れないな」

「流石は暗部隊長だ……よし、行くか」


 きっと皇帝様にはテムズさんから報告が行くだろう。お世話になったが、気軽に会うには彼は忙しすぎる。

 頑張った結果ではあるが、沢山の物を頂いた。せめてもの気持ちが伝わるようにと、帝城に向かって一礼してから僕はその場を後にした。



  □   □   □   □



「あれ、昨日ぶりだね」

「どうかされたのですか?」


 帝城を出てそのまま北上してハイペリカムさんに挨拶しに来たらリコリスさんもその場に居た。


「近々、帝都を出ようと思ってるのでその挨拶に来ました」

「詰め所には後で行こうと思っていたんだが……」

「あら、そうなんですか?」

「勿論、リコリスさんにもお世話になりましたから」


 彼女が此処に居てくれて良かった。先に宿泊施設に来たのも運が良かった。入れ違いにならなくて済んだし。


「そうか……じゃあお別れか。君達の話題は何処に居ても聞こえたけど、それも無くなると思うと寂しくなるね」

「そうですねー。お二人のお話は帝都でも盛り上がる話題の1つでしたから」

「えっ、そうなんですか?」


 全然知らなかった……。


「私は結構話し掛けられたりしたが……」

「僕は不人気かよ」

「あー……顔が怖いのかもね」

「嘘だ!?」


 こんなに穏やかな顔なのに!?


 そんな話の流れから、何処の火から出た煙かも分からない噂を聞かされているとどんどん軍の人間が施設に帰ってきた。そのうち会話も途切れ途切れになるくらいにハイペリカムさんは怠そうな顔つきとは裏腹にキビキビと事務仕事をし始める。


「名残惜しいけれど、そろそろ御暇します」

「邪魔して悪かったな」

「いえそんな、こうしてお話出来て良かったです!」

「はい、鍵。……あぁ、僕も君達に会えて良かったよ。退屈しない日々がまたやってくるのはごめだけどね」

「あはは……そう言ってもらえると嬉しいです。色々ありがとうございました。また来た時は挨拶に来ます」


 ぞろぞろと列が出来始めたのでそれをチラ見しながらリコリスさん、ハイペリカムさんと順番に別れの握手をする。


「その時はまた此処に泊まると良いよ。316号室を空けておこう」

「案内の出番はないかもですけど、お出迎えは必ず」

「はい、じゃあまた」

「じゃあな」


 僕達の会話から、僕達が帝都を出ると知った軍人達も口々に別れの言葉を投げ掛けてくれる。此方が知らない人でも、向こうからしてみれば見知った顔だ。それを無視するなんてとんでもないので、一人一人挨拶したり握手したり、肩を叩き合う。


 施設を出た頃には背中は痛いわ喉は枯れるわで大変だったが、気持ちが良い。心が満たされている。結構好かれてたんだなって、自惚れても良いよな?


 太陽はとっくに沈んで、帝都は夜の帳が下りている。町に広がる夜の喧騒と魔道具の明かりは、まだまだベッドは遠いぞと訴えかけてくるようだ。


「さて、次だ」

「付き合わせて悪いな、ダニエラ」

「気にするな。挨拶は大事だからな。アサギと出会って、一緒に旅をするようになって町の人間との交流が増えた。私はそれを楽しく感じている」


 今まではずっと一人だったから、とダニエラは遠い何時かの自分を見つめるような顔をする。


「それと同時に別れの寂しさも知った。今までまったく誰とも交流してこなかった訳ではないが、無言で町を出ていたことを少し後悔しているんだ。もしかしたら、私とちゃんと別れの挨拶をしたい人も居たんじゃないかって」

「……居たと思うよ」


 もし僕があの時、ダニエラとずっと仲良くなる事もなく、飯を食っただけの間柄で、いつの間にか居なくなってたら。きっと寂しかっただろう。見つからないと分かっていても、視線は休むこと無く姿を探しただろう。

 ちゃんとした別れという区切りは必要なんだ。寂しさの終わりを知る為に。再会の喜びを知る為に。誰かの思い出に残るように。

 『あぁ、そう言えば彼奴、何処で何やってるんだろう』って、思われるだけでも人間、生きる理由になるってもんだ。


「だから別れって大事なんだよ。僕の中では」

「今は私も同じ気持ちだよ。アサギと一緒だ」


 そう言われて嬉しくなってしまう僕は実にチョロかった。



  □   □   □   □



 それから夜の帝都を歩き、閉店ギリギリの『ソリチュード服飾店』へとやって来た。


「いらっしゃーい。でもごめんね、もう閉店……あれ?」

「こんばんは、アマリリスさん」

「アサギ君じゃないか。顔出さないから旅に出たんだと思ってたよ」


 アマリリスさんにはレゼレントリブルへ行く前に挨拶をしている。これが最後になるかもしれないからと。全然最後にはならなかった。


「あれから色々ありまして、実はまだ帝都に居ました」

「あー、もしかしてナミラ村絡み?」

「まさにそれです。解決したのでそろそろ本当に行こうかなと」

「長かったねー……じゃあもうこれでお別れだ」


 アマリリスさんにもまた、沢山お世話になった。帝都で今日まで戦ってこられたのも、寒さに耐えられたのも全部この人のお陰だ。それ以外にも沢山服を買わせてもらったし。


「ま、1回お別れの挨拶はしたし、改めてってのもアレだね。まぁ元気でね」

「ちょっと締まらないですけど……また」


 差し出された手をギュッと握る。それからダニエラも握手をした。


「世話になった。貰った可愛い服は大事に着させてもらうよ」

「時々はオシャレしなきゃ駄目だよ。女の子なんだから」

「そうだな……女の子を自称するには少々年を取りすぎたが」

「少々……?」


 ダニエラの言葉に疑問を感じてしまった。


「んぐふッ」


 脇腹に肘鉄を食らってしまった。しかも両方だ。


「言葉に気を遣えよ馬鹿野郎」

「そうだよ。女の子は幾つになっても女の子なんだからね」

「はぃ……きをつけます……」


 女の子はいつまでも女の子……この世の真理を知った僕は痛む脇腹を抑えながらアマリリスさんの店を出た。


 その日の挨拶回りは終わった。いやぁ、流石に長期滞在すると1日では終わらないな。こんなのは初めてだ。皆とのお喋りはとても楽しい。何時までもずっと話していたくなる。

 でもそうもいかない。そうもいかないんだ。


「明日はアドラスの家に顔を出してから店長達とご飯食べて、出発だ」

「分かった。じゃあ夕飯にでも行くか」

「りょーかい」


 その日もパン屋だった。連日で来てくれた事に感激した店主と色々お話したが、明日には帝都を発つ事を話すと会って間もないというのにとても残念がってくれた。


 凄く嬉しかった。そして後ろ髪を引かれる思いだった。そう口にすると、では旅の無事を祈ってパンを焼くから明日の朝に寄ってくれと言われた。


 こういう、ちょっとした出来事というのもまた、旅の醍醐味なのだなぁと思う。



  □   □   □   □



 翌朝、日が帝都の壁から半分程顔を出した時点で僕とダニエラはパン屋の前に立っていた。

 宿の店主には今日、帝都を出る事を話して部屋を引き払った。長く借りていたので寂しがってくれたのが嬉しかった。次に泊まる時もあの宿だな……帝剣武闘会の時期でなければ、だが。


 そんな朝の出発だった。勿論、朝食は食べてない。時間が時間だったし、ダニエラが今すぐ行くぞと大慌てで片付けて飛び出してきたのだ。

 そしてやって来たパン屋の前。すでに辺りには焼き上がったパンの香ばしい匂いが漂っていて痛いくらいに胃を刺激してくる。


「もう我慢ならん、私は押し入るぞ」

「やめろ馬鹿野郎」


 餓狼の如く目を血走らせたダニエラが口の端から垂れる唾液を袖で拭う。


「しかしアサギ!」

「これから沢山貰えるだろ。まだ開店時間じゃないし我慢しなさい」

「ぐっ……拷問だ……」


 本当に食べ物の事となると此奴は残念極まりないな……美人なのに勿体無い。


 そんな馬鹿なやり取りが騒がしかったのか、カランカランと音が鳴る。パン屋のドアに括り付けられたベルの音だ。顔を上げると笑みを浮かべたお爺さんが此方を見ていた。パン屋の店主さんだ。


「やぁ、賑やかな声がしたから、君達だと思ったよ」

「朝から騒がしくしてすみません、此奴が待ちきれないって僕を叩き起こしたんです」

「此処のパンは絶品だ。寝てる方がどうかしている」


 憮然とした顔で腕を組むダニエラ。


「アッハッハ! いやぁ、そんなに褒めてもらえると焼いた甲斐があるってもんだ。さぁ、入ってくれ。朝食も用意したんだ」

「すみません、お忙しいのに……」

「良いんだ。こんなに私のパンを喜んでくれるエルフのお嬢さんが待っててくれると思えばこれしき。……おっと、見た目は可愛いお嬢さんだが、私より年上だったかな」

「気にしなくていい。私は旨いものを作るすべての人間を尊敬しているんだ。其処に年は全く関係ない」


 だったら僕も少しは尊敬してくれてもいいもんだが……ひょっとして不味いのか?


「ハッハ、そりゃ有り難い事だ。さぁ、立ち話も此処までにしよう。折角の料理が冷めてしまうからね」


 店主さんが扉を開いてくれるとより一層パンの香りが僕達を包んでくれる。腰砕けになってしまいそうだ。




「さぁ、約束のパンだ。その不思議な鞄に仕舞うと良い」

「ありがとうございます。大事に食べます」


 袋に入った沢山の焼き立てのパンを虚ろの鞄に仕舞う。失礼な話だが、折角頂いている最中だというのに視線はテーブルの上に並べられた朝食に釘付けだ。


 焼き立てのパン。ふわふわのスクランブルエッグ。カリカリと通り越してガリガリに焼かれたベーコン。そしてスープ。これはクラムチャウダーだろうか。貝が見えている。


「海鮮が食べられるとは思いませんでした」

「たまに市場に並ぶんだよ。運が良かった。さぁ、食べてくれ。君達2人の為に心を込めて作ったんだ」

「ありがとうございます。いただきます!」

「いただきます!」


 それからはもう言葉もなかった。食べるのに夢中なんてもんじゃない。必死だった。テーブルの上に並んだ料理、その全てが最高に旨かった。


 ベーコンの歯ざわりと食感はスクランブルエッグの甘みと対になり、止まらない。程良く油まみれになった口内を洗い流すクラムチャウダーは貝の旨味がギュッと閉じ込められていて、止まらない。パンは言わずもがな。止まるわけがなかった。


 あっという間にテーブルの上に置かれた皿は綺麗さっぱり、空になった。ダニエラはまだ全然物足りないって顔をしていたが、この後店長達との食事もあるのが分かってるからか、何も言わなかった。

 ただ、何方にしても大満足だったことは間違いない。今まで食べた中でも最高の朝食だったかもしれないな。


「ごちそうさまでした。とても素敵な朝食だった」

「美味しかったです」

「いやぁ、良い食べっぷりだった。満足してもらえて私としても嬉しいよ」


 本当に旨かった。人生最後の食事にしても悔いはないくらいに。


 窓の外を見るともう日も上り、帝都市民達の声で賑わってきている。僕達が去っても日常は変わらない。平和な時間はゆっくりと過ぎていく。このお店もそろそろ賑わってくる頃だろう。

 名残惜しいが、御暇する時間だ。


「料理、本当に美味しかったです。また帝都に来た時は絶対に来ます」

「来ない理由がないな。絶対に来るから長生きしてくれ」

「いやぁ、有り難いねぇ……私ももっともっと頑張らないといけないね」


 席を立ち、ギュッと握手をしているとお客さんが入ってきた。馴染みのお客さんなんだろう、スッと窓側の席に座る。お気に入りの指定席かな。


「では、また。お元気で」

「元気でな」

「あぁ、旅の無事を祈ってるよ。気を付けてね」


 お別れの挨拶をして店を出る。すっかり上った朝日が町を照らしている。今日は心なしか温かいな……。

 そういえばと振り返る。店の看板をしっかりと見ていなかった。


「『グィートのパン屋』か……絶対来ような」

「あぁ、勿論だ」


 また来た時は腹いっぱい食べよう。そう心に誓って僕達は貴族街へと向かった。



  □   □   □   □



 貴族街、南西地区にアドラスが構える居がある。白い建材だけで建てられた家は、帝都市民からは『白の家』と呼ばれている。汚れ1つない純白の家に住むのは白エルフだけだ。

 今までのアドラスの白エルフ至上主義から、少なくとも良い意味で呼ばれてこなかった白の家だったが、帝剣武闘会以降は人が変わったように丸くなったのを受け入れた市民から、変わらず、しかし少々の友愛の気持ちを込められるようになった。


 そんな家に僕達はアポなし訪問をキメていた。


「おーいアドラスー。居るんだろー。出てこーい」

「おい、暇じゃないんだ。早くしろ」


 呼び鈴の魔道具は風魔石を使ったインターホンのような物だ。此方の声はしっかり白の家の中まで届いている。


「早くしろよー」

「いい加減にしないと帰るぞ」

『貴様らいい加減にしろ! 其処を動くな!』


 その後、ブチッと音がして声が途切れた。通信は途絶えたようだ。


「先触れも出さずに貴族街突撃とは僕達も偉くなったもんだな」

「アドラスなら問題ないだろう」

「それもそうか……おっ」


 立派な白い柵の向こうからアドラスが流れてきた。文字通り、水魔法で作った水流の上を滑ってきたのだ。このままじゃ僕達はずぶ濡れだ。


「アサギ」

「わーかってるって」


 藍色の魔素を練り上げ、何処かの広場の噴水のように足元から水のスクリーンを出現させる。そして藍色から紺碧色へと変換させ、凍結させて即席の氷の壁を用意した。わざわざ水魔法から氷を作り出したのはアドラスへの当て付けだ。はっはっは。ほら見ろ、嫌そうな顔をしているぞ。


「朝から何の用だ貴様ら……」

「おはよう、今日帝都を出るんだ。じゃあな」

「元気でな」

「ちょっと待て」


 じゃ、と手を上げて帰ろうとしたら呼び止められた。何だよ……。


「その『邪魔しないでくれ』という顔をやめろ。何だって、今日出るだと? もっと早く連絡しても罰は当たらないだろう」

「まぁ、色々準備してたからな。何だかんだで今日になったんだ。悪いな」

「むぅ……まぁ、挨拶に来たことは褒めてやろう。しかしこのまま返すのは癪だ。茶くらいは飲んでいけ」


 まぁ、それくらいは呼ばれるつもりだった。此処で一試合していけって言われたら《神狼の脚》で逃げたが。



  □   □   □   □



 家の中も真っ白で目が痛い。階段とか遠近感なくなって転げ落ちそうだ。男なら黒に染まれと何処かで聞いたが、白も黒も駄目だな。はっきりさせて良いことなんてないのである。


 アドラスの案内で白い廊下を進み、白い扉を抜けて通された部屋は白い食堂だった。


「すまない、温かい茶を3つくれ」

「はい、アドラス様」


 此処に来るまでにも何度かすれ違ったメイドさん達。彼女らもまた白エルフだった。ダニエラは狐につままれたような顔をしていたが、此処では白エルフが居るのが当たり前のようだ。

 食堂に居た給仕さんも白エルフだ。


「本当に白エルフしか居ないんだな」

「彼女達はこの大陸に長く住むエルフだ。長く生きれば、それだけ傷も多い。そんな者を保護していたら、何時しか自らやってくる者も増えてな」


 そういう活動の結果がこの光景ということか。愛されてるんだな……。


「お前が死んだらダニエラの面倒は私が見る」

「ざけんなお前」

「自分の面倒は自分で見る」

「そう言っていられるのも今のうちだ」


 ガルルルと二人して噛みつかんばかりに威嚇するが、何処吹く風のアドラスだ。これはうっかり死んだら大変だな……。


「お茶が入りました」

「ありがとう」


 音もなくカップが白いテーブルに置かれる。去り際にちょっと睨まれてしまった。アドラスが悪いと思います!


「ん……旨いな」

「あったけぇ……」

「うちの庭で栽培しているハーブを数種類配合したオリジナルハーブティーだ。私は朝起きたら必ずこれを飲む」


 優雅にカップを傾けるアドラスに習い、出来るだけ品の良い飲み方を演じる。うん、旨い……。


 暫し、カップを傾けるだけの時間が過ぎ、おかわりをお願いする準備をしようとしたら唐突にアドラスが口を開いた。


「お前達には感謝している」

「うん?」

「彼女達を助けているうちに私は自分が優れた人間だと勘違いしていた。それを正してくれたのはアサギ、ダニエラ。お前達だ。帝剣武闘会では恥を晒したが、今となっては良い勉強になった」


 凄く真面目な顔で語りだした。出会いは最悪だったけれど、帝剣武闘会で戦い、和解し、ナミラ村解放戦線で共に戦った。個人的には戦友だと思っているが、こう、正面から来られるとどういう顔をしていいかちょっと分からない。


「アドラス……」

「すまん、おかわり」

「「……」」


 僕も結構空気は読めない方ではあるが、此処は真面目な場面だって分かるぞ、うん。


「ダニエラ……お前な、今アドラスが珍しく素直になってるんだぞ。僕達と別れるからって真面目な顔して今までを振り返ってるってのに、それは流石にアドラスが可哀想だ。見ろ、顔を真っ赤にして俯いちゃって……」

「待て、お前の方がよっぽどだ。見ろ、アドラスを。怒りに震えているぞ」

「いやあれは悲しい時のアドラスだ。頑張って頑張ってプライドを抑え込んで素直な気持ちを吐露してだ、最後に『ありがとうな』とか言って綺麗に幕を下ろす予定だったのをお前が潰したんだぞ、ダニエラ」

「それは違うぞ。ぶち壊したのはお前だ、アサギ。私はこれでも長く生きている。空気は読める方だ。アドラスが今までの事を情感たっぷりに語りだす場面というのはすぐに分かるさ。最初の一言で察した。これは長いぞと。だから私は合間合間に口を挟まないように早めにハーブティーのおかわりを頼んだんだ。佳境に入ったら頼み辛いだろう」

「確かにそれは言えてるかもしれない……ダニエラ、お前はやっぱり賢いな」

「だろう? じゃあアサギ、お前も此処らでおかわりを頼んでおいた方が良いぞ」

「それもそうだな、よし」


「「おかわり!」」

「かえれええええええええええええええ!!!!!!」



  □   □   □   □



 無事におかわりを貰った僕達はもう一度茶を啜って仕切り直しをした。


「まぁほら、いつも通りが一番ってことだよ」

「そうだな。変に気取るのも着飾るのもお前らしくない。傲慢で尊大で、それでいて視野の広いアドラスこそ、私達の戦友だ」

「いや、私はいつも以上に素直になってみただけで気取っても着飾ってもないのだが……まぁ良い。気を遣っていたのは事実だ。お前達程癖の強い人間は久しかったからな……少々、名残惜しく思ってしまった」


 カップを置いたアドラスがまだ揺らぐハーブティーの水面を見つめながら静かに語る。その穏やかな顔は、先程顔を真っ赤にしてブチ切れたアドラスとはまるで別人だった。空気の読める僕はその横顔を黙って見つめる。


「また帰ってこいよ。私はこの帝都から離れる気はないからな。何時だって歓迎する」

「先程は帰れと言われたが……」


 また無粋なことを言うダニエラを肘で突く。


「何時になるかは分からないけれど、帰ってくるさ。僕達だってこの帝都が好きなんだ」

「そうだな。此処はとても居心地が良い。白エルフも沢山居るしな……」


 ダニエラと同じ種族の白エルフが沢山居る町だ。ダニエラにとっても此処は特別な町なんだろう。


 僕にとっては何処も特別だ。つまらない生活をしていたあっちとは違って此処は本当に特別だ。町にしても、人にしても。


「旅の無事を祈っている。何かあったら頼ってくれ。どんな時でも私はお前達の味方だ」




 白の家を後にした僕はアドラスが最後に言ってくれた言葉を思い出していた。


 酷い出会いだった。初対面相手に殺すだの殺してみろだの、剣呑過ぎた。それからは顔を合わせる度に険悪なムードになって、そしてぶつかった。お互いに死力を尽くして戦った帝剣武闘会。あの後の後夜祭で僕達の関係は決定的に変わった。激しく争いあった僕達はお互いを認め、そして暫くしてからあのスタンピード。


 僕達は戦友となった。


「彼奴、良い奴だよな」

「口は悪いが行いは正しい。根が悪い奴には出来ない事だ」

「まったくだ」


 彼奴のお陰で帝剣武闘会は盛り上がった。ナミラ村解放戦線も首尾よく解決した。アドラスが居ない帝都暮らしを想像してみると、実に味気ないものになってしまった。まったく、癖の強い男だ。


「変に素直な彼奴を見た後だから何だか収まりが悪いな」

「確かに。もう店長の所に行く時間だし、腹ごなしといくか」

「だな」


 最後に僕達は店長とレモンとの待ち合わせ場所、『肉肉肉肉』へと向かった。



  □   □   □   □



 しっかしアレだな。この店も本当に通い詰めたよなぁ。


「先輩、遅いですよ」

「遅刻とは君らしくないね」

「すみません、ちょっと道が混んでて」


 昼前ともなれば帝都も賑わう。この店がある通りは人気の通りで、人も一段と多い。人を避けながら歩けば、必然的に遅れるというものだ。勿論、急いださ。アドラスの家からまっすぐ寄り道なしだった。まぁ、言い訳なのだが……。


「よし、揃ったところで入ろうか」

「あー、ちょっと待ってくれないかな。実はもう一人……」

「ん?」


 扉の取っ手に手を掛けたダニエラを止める店長の言葉に首を傾げる。誰か誘っていたっけ。


「その顔、全然覚えてないって感じだな」

「はい?」

「あ、来ましたよ!」


 レモンの声に振り向くと赤茶色の頭。その髪の下にはありとあらゆる不機嫌を詰め込んだって感じの顔だ。


「あっ……」

「『あっ』て何だよ、『あっ』て!」

「あー……その、何だ。久しぶりだな、レックス」


 其処にはレゼレントリブル以来のレックスが立っていた。


「お前、『じゃあ帝都で!』って言ってたよな」

「はい、言いました……」

「待ってたんだけど!?」

「ごめんなさい!!」


 バッと腰を折って頭を下げたらスパーンと思い切り叩かれた。


「ったくよぉ、この野郎! 今日はお前の奢りだ馬鹿野郎!」

「幾らでも奢る! 今日は皆の分は僕が払う!」

「よぉーし肉食うぞ!」


 店長とレモンとのお別れ会がいつの間にか上社朝霧謝罪会見兼お別れ会みたいになってしまった……。



  □   □   □   □



 ジュウジュウと肉の焼ける音が響く中、ダニエラ達は楽しそうに肉を食べている。僕はと言えば反省中だ。まるで僕の椅子だけ鉄板になったかのような気分だ。


「はーぁぁ……俺ァ久しぶりにアサギに会えて嬉しかったってのによぉ……」


 レックスは酒をグビグビと飲み干しながら管を巻く。


「違うんだ、僕も嬉しかったよ。あんな場所で会えるとは思ってなかったしさ」

「ふぅーん……」

「本当だって!」

「でも会いに来なかったよなぁ?」

「ぐっ……」


 此処は我慢だ。いくら此奴が面倒臭い彼女っぽくても悪いのは僕なんだ。


「もうその辺にしてやれ、レックス」

「ダニエラぁ、でもよぉ」


 真剣な顔で油が滴る肉をひっくり返しながらダニエラが片手間にフォローをしてくれる。


「自動人形がオークションに出品されたのは知ってるだろう?」

「あぁ、帝都中で噂になったぜ。何処から発掘されたのか、誰が買ったのかってな」

「買った人間は明かせないが、売ったのはアサギだ」

「はぁ!? マジかよ!!」


 机を叩きながら腰を上げるレックスは掴みかからんばかりの勢いだ。


「あんな激レアアイテム、何処で見つけたんだよ!」

「レプラントの北にある風化した遺跡だよ」

「馬鹿言え、彼処にゃ何もねぇぞ。ただの観光地だ!」

「地下だよ。でかい柱か何かが倒れた岩をひっくり返したら地下への入り口が出てきたんだ。其処を潜ったら落ちてた」

「マジかよ……」


 レックスも行ったんだろう。あの光景を知ってるからこその落胆だ。


「ちなみにもう1体あるから行ったら拾えるぞ」

「マジかよ!?」

「けど自動人形用炉心は無い。全部拾ってオークションでセット売りした」

「マジかよ……」


 さっきからテンションの差が激しい。大丈夫か此奴。


「そんな事はどうでもいい」

「いやよくないんだが……」

「兎に角、その自動人形を巡って一悶着あった。レゼレントリブルの件があってから休む間もなくな。それは首尾よく解決したが、その後にスタンピードだ。あのダンジョンから今日まで殆ど休む暇もなかった」

「そうなのか……」


 これで説明終了と、焼けた肉を頬張る。


「けど首を突っ込んだのは全部僕だ。忙しかった原因は僕にある。悪かったよ」

「いや、いいよ。正直言うと、お前がナミラ村に行ったのは知ってたんだ。帝剣武闘会連覇の『流転』のアドラスと、優勝者の『白風』のダニエラ、準優勝者の『銀翠』のアサギが向かったってな。まぁその自動人形の時はモヤモヤしてたけどな!」


 レックスが肉を放り込み、酒で流す。


「ま、こうして旅立つ時に出会えたんだ。結果的には良かったと思ってるよ」

「悪いな……」

「いいって言ってんだろ? ほら、湿っぽいのはやめにして食おうぜ! お前の奢りだ、どんどん食え!」

「……はぁ、よっしゃ、此処の肉全部食い尽くしてやる!」

「おいアサギ、私の分は残しておけよ!」



  □   □   □   □



 レックスがダニエラと肉食い合戦を始めたので巻き込まれないように店長の隣に移動した。


「君がこの帝都を出ていくというのがまだ信じられないんだ」

「折角追い掛けてきてくれたのにすみません」

「良いんだ。此処で立ち止まられても困る」


 苦笑しているが残念だという気持ちは隠しきれていない。遠い北の国からこの帝都までずっと旅をしてきた理由、その中に僕に会うという理由があったのは聞いていた。店長の気持ちを考えると立ち止まりそうになってしまうが、それを店長が許すはずもなかった。


「……ところで店長達はどうしてレックスと?」


 ちょっと露骨ではあるが、そんな空気を払拭しようと気になっていた事を聞いてみる。


「宿が一緒だったんですよ。結構一緒にご飯とか食べてたんですよ」

「そうだったんだ。意外なところで繋がりってのは出来るんだな……」


 店長がレックスを連れてきたのも納得出来た。きっと僕が来ないって愚痴ってたんだろうな。


「というわけで連れてきてやったんだ。感謝してくれよ?」

「ありがとうございました……」

「はっはっは」


 気分が良さそうだ。ちょっとお酒入ってるようだ。


「それにしてもアレだな……寂しくなるな」

「また戻ってきたら会えるとは思いますけど……店長もまた旅に出るんですか?」

「そうだな……レモンと、一緒に旅をするのも良いなと話したことはある。どうする?」


 果実酒の入ったカップを傾けた店長がレモンに尋ねる。レモンは焼けた肉を店長の皿に置きながらまるで当然のように即答した。


「一緒に行きますよ。その方が楽しそうですしっ」

「だそうだ。私達も近いうちに旅に出るだろう」

「そうですか……何処かで会えたら声掛けてくださいよ」

「当たり前だろう。数少ない古い付き合いの人間なんだ。これ以上私を寂しくさせないでほしいね」

「……ですね」


 僕達二人は異世界の人間だから、何処まで行ってもこの世界の人とは違う。文化、道徳、倫理観……それらは生まれ育った場所でしか培えないものだから。


「さ、湿っぽい話はおしまいだ。レモン、アサギ君の奢りなんだから遠慮せずに食べなよ。私の皿にばかり置かれても困る」

「むぅ……私はリンドウさんの為に焼いてるんですけど」

「では私はレモンの為に焼くとするか」


 仲のよろしいことで……。


「僕はちょっと外の空気にあたってきます」

「勝手に追加注文するからね」

「えぇ、沢山食べてください」


 どっこいしょと腰を上げて席を離れ、ポケットから取り出した金貨を先に店員さんに渡しておいた。少し多めに。それから扉を押し開いて店を出る。


 外はまだまだ昼にもなっていない。こんな時間から店長達はお酒だ。まぁ、今日くらいは……な。


 町は今日も賑やか。何度も何度もこの光景を見てきたが全く飽きることはない。僕もだいぶこの光景に馴染んできたように思う。剣を下げて歩けば珍しい黒髪の旅人程度にしか思われないだろう。


「はぁ……」


 抜けるような青空を見上げていると自然とため息が出る。ミルク色の息は霧散し、空に溶けていった。

 店の壁にもたれ掛かり、ずるずるとしゃがんでボケーっと眺めているとギィ、と木が軋む音がした。振り返るように見上げると、其処には店長が立っていた。


「追加注文はいいんですか?」

「レモンとダニエラがいっぱい食べてるよ」

「それは良かった」


 彼奴等は長生きしているから、沢山食べて健康にならなきゃ駄目だ。野菜も食わせないといけないな。


 店長は別に用事がある訳でもないのか、何も言わずに僕の隣に腰を下ろした。何となく距離が近くて気拙い。


「こうしていると、あの時を思い出すね」

「あの時……って、何かありましたっけ」

「ほら、台風が来た日の夜勤明け」

「……あ」


 店長に言われて思い出した。




 あれはドでかい台風が本州を襲った日の夜勤の事だ。いつも通り、僕は働いていたコンビニまで行ったのだが、もう家を出た時点で雨風が凄かった。それでも夕方勤務の高校生が待ってるからドタキャンなんて出来ない。


 とりあえず濡れる事は避けられなかったので、シャツとパンツと靴下をビニール袋に入れて、傘を片手に自転車を漕いだ。必死こいてコンビニに転がり込み、代わりに酷くなりつつあるコンビニから高校生達を追い出して、夜勤がスタートした。


 慣れた仕事だ。大半の必要作業は2時間もあれば終わる。時計を見上げたら深夜0時を過ぎた頃だった。


「よーし、後はダラダラ出来るぞー。こんな台風の深夜に来る客なんて居ないからな。へっへっへ」


 事務所でスマホを弄りながら朝を迎えるだけの簡単なお仕事だ。台風様ありがとう! なんて事務所のパイプ椅子で踏ん反り返っていた僕に、最速で天罰が下った。


 停電である。




「……あの時は大変でしたね」

「まったくだ。寝ようとしていた所に君から泣きの電話が掛かってきて店に行ったのは本当に大変だった」

「いやでも店長居ないとどうしようもなかったですし」

「まぁそうだけどな」


 店はまったく機能していない。レジは疎か、冷凍庫もだ。お客さんが来ても何の対応も出来ないので、急いで店の中から動かない自動ドアに『停電により閉店中』の張り紙を貼った。


「結局、君と朝まで2人きりで店番をした」

「嘘ばっかり。店長、すぐに寝たじゃないですか」

「そうだっけ? 覚えてない」

「寝てたんだから覚えてないですよ」


 じゃあ朝になったら起こしてって寝たのを僕は覚えている。どうしようもないから呼んだのにあんまりだと起こそうとしたのだが、びっくりするぐらい安らかな寝息をたてていたので起こせなかったのだ。


「でもこれだけは覚えてる。あの夜勤明けの朝の空。あれは綺麗だった……」


 台風が過ぎ去り、雲や空気中の塵なんかを全部吹き飛ばした後の朝日に照らされた青空。それを駐車場で店長と2人、言葉もなく見上げたっけ……。


「ちょうどこんな綺麗な青空でしたね」

「此処は空気が綺麗だからね……特に晴れた日は思い出すんだ」

「……帰りたいですか?」

「帰れるなら、ね。でも私は此処で生きると決めた。まぁ、帰れるようになったら……店に顔でも出すよ」

「はは、気の長い話ですね……」


 ふぅ、と店長が短いため息をついた。話は終わり……そんな雰囲気だ。これ以上聞くなという空気だった。口を開くが、其処に店長の気持ちの強さが表れていたから、結局僕は何も言えなかった。


「そろそろ肉が焼ける頃だね」

「休憩は終わりですか?」

「あぁ、食い貯めておかないとね」

「んじゃあ、戻りますか……」


 再び、どっこいしょと腰を上げて店の中へ入る。振り返ると、店長はまだ空を見上げていた。



  □   □   □   □



 楽しい食事の時間もそろそろお開き。旅立つ時間が迫ってきた。周りを見るとレックスは酔いが回って顔が真っ赤だ。店長はお腹いっぱいで満足そう。レモンはレックスの酒でも飲んだのか、ほろ酔いといった感じだ。ダニエラはまだ肉を焼いている。


「そろそろ行くか……」

「えっ、まだ焼いてるんだが」

「もう昼前だぞ。遅くなったらユッカまで行けない」

「むぅ……じゃあこれが焼けたら行くか」


 ユッカまで行くのも結構掛かる。確か4日くらいだったかな。だからある程度は《神狼の脚》で行くつもりだ。ある程度というのはブラッドエイプが居たでかい木を過ぎるまで、という意味だ。あの木で野営は絶対したくない。


 最後の肉が焼けて、それを口に運んだので荷物を片付けて店を出た。


「いやぁ、先に支払ってるとはアサギ君、成長したね」

「たまたま思いついただけですよ」


 後ろからパシン、と背中を叩かれる。夜勤中に読んだ雑誌に書いてあったとは口が裂けても言えない……。


「次に会う時はどれくらい成長しているんだろうね?」

「はは、世界一強い人間になってますよ」

「先輩はもう一番強いですよぉ」


 ちょっと足元がふらついてるレモンが上機嫌で笑う。けどまだダニエラの方が強い。僕もまだまだこれからだ。


「もっと頑張るよ。レモン、元気でな。店長も」

「あぁ、君も。ダニエラも元気で。また会える日を楽しみにしてるよ」

「あぁ、リンドウ。レモンも達者でな」

「はぃっ、ダニエラ先輩もアサギ先輩もお元気で!」


 店長とレモンが手を振ってくれる。レックスも何だか辛そうだかプルプルと震える手を上げている。


「お前さ……」

「言うな……吐く……」

「まぁ、元気でな。水飲めよ」

「おう……悪いな……達者でな……」


 レックスにはお手製の氷コップ水を渡しておいた。何だか締まらないお別れになってしまったが、僕からのご馳走を楽しんでくれたようで嬉しかった。此処まで飲むのはちょっとアレだが。


「じゃあ皆、またいつか!」

「元気でな!」


 鞄を背負い直し、振り返って大きく手を振った。並ぶ3人も手を振り返してくれる。笑顔のレモン。何処か寂しげな店長。気持ち悪そうなレックス。何度か振り返り、手を振っていたがすぐに人波に紛れて見えなくなってしまった。一瞬、立ち止まってしまう。


「アサギ」

「……分かってる。行こう」


 寂しさを断ち切り、前を見るとダニエラが手を伸ばしている。その手をしっかりと掴み、並んで歩く。


 風竜討伐。帝剣武闘会。店長との再会。オークション。ダンジョン探索。帰れない事実。邸宅警護。スタンピード。


 沢山の出来事があった帝都を今日、僕達は旅立った。 

1話に収めたかった&手抜きはしたくなかった結果、長文になってしまいました。

すみません。長かった帝都篇、終わります。


※レビューを頂きました! ありがとうございます! これからもがんばりますので、どうぞよろしくお願いします!

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