第三百十四話 ナミラ村へ
通路を歩きながら今後の事を考える。
まずはノヴァの排除だ。これは今後、異世界召喚を出来ないようにするためだ。
エスタロスタのカルマさんは霧ヶ丘にノヴァがある事を教えてくれた。それは大きな収穫だった。
しかし排除の方法は色々と問題がある。力のままに破壊しても良いが、龍脈や異世界に干渉しているような奴が相手だ。何が起こるか分からない。
交渉が出来るような相手でもないだろう。だからこそどうしたら良いか分からなくなってしまう。
「アサギ、急ごう。3時間は意外と早い」
「そうだな。何が起こるか分からないし」
ダニエラの声に意識を帰ることだけに切り替える。まさか帰る時に突然襲われるなんてことはないだろう。皆で殲滅したし、此処はもう無人だ。時間もないし急いで帰ろう。
□ □ □ □
ハッチを抜け、完全に壊れた施設を後にし、エスタロスタを進む。道は抉れ、建物は倒壊し、塔は無残な姿となっていた。おまけにゴブリンの死体が其処ら中に転がっている。
「これが栄えた都市の末路かと思うと、何だか悲しいな」
「魔物が巣くっていたんだ。遅かれ早かれ、戦闘にはなっただろうさ」
その結果と言われれば何も言えなかった。
そんな光景を眺めながら、しかし足早に進む。崩れた家屋に足を取られながら角を曲がったところで化物の死体が視界に入った。此奴もゴブリンだった生物だと思うと、改めて古代エルフの技術の恐ろしさに少し背筋が震える。そんな技術も使い方次第なのは何処も一緒か……。
「死んでるよな……?」
「あぁ、大丈夫そうだ」
虚ろの腕輪から出した鑑定眼鏡を掛けたダニエラがじっくりと観察している。
「名前とかあるのか?」
「いや、『正体不明』としか出ないな。新種といえば新種だが、種として確立してほしい魔物ではないな」
「そりゃそうだ」
こんなのが繁殖したらと思うとゾッとする。
「しかし見事に頭が吹き飛んでるな。アサギも怖いことを考える」
「アドラスの魔法を見て水魔法の可能性を考えた結果だよ」
あれだけ自由自在に動くのだから可能性を感じずにはいられない。何だって出来るんだ。《器用貧乏》があれば。
「一応、素材とか持って帰る?」
「元がゴブリンだからな……使い道を考えると無理して持って行っても仕方ないだろう」
「それもそうか」
虚ろの鞄も、魔道具入れないとだしな。んじゃあ、とっとと帰ろうか。そろそろ太陽が恋しい。
□ □ □ □
「うおっ、まぶし……」
こうして陽の光を浴びるというのも坑道跡から出てきた時のような気持ちを思い出させる。あの時は2週間くらい潜ってたから目がやばかったが、この程度だったらまだ耐えられる。
あともう少ししたらこのうろの向こうには入ることは出来なくなる。その事を野営地にいる皆に知らせてやらないと、間違って入ってしまったら大変なことになる。勿論、出てくる時も《気配感知》を使い、魔物の生き残りや、取り残された冒険者が居ないかは確かめた。まぁ、店長の探知魔法もあったから心配はしてなかったが。
「行くか……」
「あぁ」
ニセユグドラを見上げていたダニエラに声を掛けて歩き出す。ギュッギュッとなる雪を踏み締めて前を歩くダニエラの後ろ姿をボーッと眺めていると、ふと出会った時のことを思い出した。
あの頃は僕もいっぱいいっぱいだった。そんな時だったな……ダニエラに出会ったのは。
仮面で顔を隠した白金の髪の女性。ちょっとビックリしたけど、食べるのが大好きな人だった。一緒に公園で夕食を食べた直後に冒険者達に絡まれた時は焦ったが、お陰でダニエラと仲良くなれた気がする。だからといってあの冒険者達に感謝するつもりは毛頭ないけどな。
思えばあれから数ヶ月。この雪が溶けて温かくなったら多分、季節が1周するだろう。異世界転移1周年だ。ダニエラと出会っての1周年記念でもある。
「……」
実は一つ考えていることがある。以前、帝都近郊に出現したウィンドドラゴンを仕留めたあの時、解体屋のおっちゃんからこっそり牙と鱗を少しだけ分けてもらった。これを首飾りにしてダニエラと僕で下げられたら良いなと。
首飾り自体はすぐに作った。時間を見て良い感じのアクセサリーを売ってた露店の兄ちゃんに頼んだから、それなりの見栄えの物が出来たのだ。
でもこれを渡すタイミングが無かった。すぐに帝剣武闘会が始まり、レゼレントリブルでの騒動があった。そしてそのまま、このゴブリンスタンピードだ。途中途中に休暇のような休みはあったが、何の理由もなく『はい、これ』と渡せる程、僕は陽キャではないのだ。
「しかしまぁ……何度となく体験してきた季節だが、寒いな」
「僕の居た世界でも寒い季節はあったけど、此処も結構寒いよ」
白い息を吐くダニエラの横顔を見る。頬が少し赤くなってる。あったかそうだ。
「どうした? 私の顔に何かついてるか?」
此方を見ずにダニエラが話しかけてきたので目をそらすタイミングを失ってしまった。
「いや、何も。綺麗だなって」
「馬鹿。そういうのは帝都に帰ってからだ」
さっきよりも頬を赤くしたダニエラが肩を殴ってきた。ダニエラの照れ隠しは少し痛い。
「ただいまー」
「戻ったか」
「おかえり」
撤収準備をしていたアドラスと店長に声を掛ける。流石に手慣れたメンバーが多いからか、もう殆どのテントやテーブルが片付けられている。そのままなのは僕の道具が置かれたテントだけだ。明らかに邪魔になってると感じだったので挨拶もそこそこに片付け始める。と言ってもテーブルや床に置かれた魔道具や旅雑貨を鞄に詰めるだけだが。照明の魔道具も返却され、綺麗に並んでいた。うん、全部あるね。壊れてもないし優秀優秀。
「いや片付けるのも大事だが報告してくれないか」
「あ、忘れてた」
何の問題も無かったから、片付けの邪魔になってる方に意識が向いてしまった。僕は鞄に荷物を詰めながら調査結果をアドラスに報告する。
「……ま、結局偶然が偶然を呼んだ形だな。古代エルフの技術ってすげー」
「今後、こういう形でのスタンピードが起こる可能性もあるということか……肝に銘じておこう」
「白エルフなら古代エルフの端末にもアクセス出来るだろうし、大丈夫だとは思うけど」
「いや、それはあまり当てにならない」
「は?」
仕舞う手を止めてアドラスに振り返る。同じ白エルフならと思っていたが、違うのだろうか。
「古代エルフ以降の各エルフ族には、色以外にも様々な種族が居る。同じ白エルフだからと言って、何もかもが一緒ではない」
「そういえば、ダニエラの名字はヴィルシルフだけど、アドラスはブラシルフだもんな」
「あぁ。同じ白でも違う。ダニエラの種族、家系が、たまたま古代エルフに関係する血筋という可能性もある」
「……あ」
アドラスの言葉を聞いてダニエラの昔話を思い出した。確か、彼奴の亡くなったお母さんって巫女さんだったな……。何の巫女かは聞いてなかったけど、もしかしたら関係があるのかもしれない。
「何か気付いた事が?」
「まぁな。ちょっとダニエラに確認取らないといけないけど、アドラスの考えが合ってると思うよ。迂闊に遺跡には潜らない方が良いな」
「そうか。まぁ、滅多に起こることでもないだろうとは思うが……」
何があるか分からない。古代エルフの遺跡というのは謎しかないのだから。でもカルマさん達は何となく味方してくれてる感じがするのでそれは嬉しい。
ノヴァを止める。その後の事はその時考える。
しかしまぁ、1つだけすでに決まっていることがある。
どんな状況、結果になっても、ダニエラとは死ぬまで一緒ということだ。あぁ、それだけは絶対に変わらない。
「よし、片付いた」
「ではこの天幕も片付けよう。手伝ってくれ」
「あいよ」
□ □ □ □
野営地の撤収作業を終えてすぐに出発した。今夜はまたナミラ村の家を借りるつもりだ。フェルズやマーセル、シルケットに報告もしたい。もう、ナミラ村は大丈夫だと。
魔物も動物も居ない銀世界の森を抜け、日がそろそろ沈みきるギリギリのタイミングでナミラ村へと到着した。先頭を歩いていたアドラスが停止の指示を出す。
「今日、此処で休んだらすぐに帝都へ向かう。掃除を忘れるなよ」
「了解」
「はい」
「ういーっす」
各々が返事をし、前回借りた家へと散っていく。さて僕もと思ったがまずはフェルズの居る村長宅へ行かねばならない。
「ダニエラ、僕ちょっとアドラスのところ行ってくるから」
「分かった。先に行ってる」
ダニエラに手を振って一時的に別れた僕は、冒険者達が来るまでは足跡1つなかったであろう踏み散らかされた雪を踏み固めながら一際大きな家へと向かう。暗くなってきたので《夜目》を発動させると、前方に斥候組とアドラス、店長の姿が見えた。
「おーい、ちょっと待ってって」
「ん、アサギ君か。どうしたの?」
「ちょっと村長宅には先客が居るのでお話に」
「あぁ、そういえばそんな話を少し聞いたな……」
言った記憶は無かったが、もしかしたら誰か報告してくれてたのかもしれない。流石に誰も聞いてない場所での話じゃなかったしな。
ザクザクと雪を踏む音。それよりも大きな冒険者達の声に気付いたのか、シルケットが扉をそっと開けているのが見える。その姿に一番早く気付いたのは僕だった。手を振ってやると安心した顔で外へと出てくる。その手には抜き身の短剣だ。無遠慮に扉を開けてたら刺されそうになってたかもしれないな……。
□ □ □ □
「そんな事が……」
「でも死人もなく終わられたのは奇跡だねぇ……」
僕やアドラスからの報告を聞いたシルケットとマーセルがそんな感想を言う。その顔は何処か悔しそうだ。戦闘に参加出来なかった事に、やはり思うところがあるようだ。
「スタンピードは終わった。村も無事だ。お前達が見張っていてくれたからだ。村民の少年も、元気だしな」
何時になく柔らかい表情のアドラスの言葉に、2人も安心した顔になる。
ゆっくりとした時間だ。シルケットが用意してくれたお茶が入ったカップから伸びる湯気を見つめているとそれを強く感じる。全てが終わり、全てが解決し、後は帝都に帰るだけ。そう思うと何だか熱いお風呂に浸かったような、心地良い倦怠感が爪先から広がっていく。
「ん……アサギ、此処で寝ちゃ駄目だ。もう少し我慢しろ」
「うぁ……いつの間にか瞼下りてた」
グシグシと擦って伸びをする。同時に欠伸まで出てきてしまう。勝って兜の緒を締めよとは冒険者として生きる上で大事なコツだが、どうにも緩んでしまう。
「もー駄目、僕寝るわ……」
「全くだらしない……」
「ふふ、久しぶりの夜勤だもの。疲れて当然だよ」
「おやすみなさい、アサギさん」
「おやすみー」
アドラスに呆れられ、店長にちょっと笑われ、出来た後輩達は就寝の挨拶をしてくれる。やはり持つべきものは後輩だ。
「おやすみ。じゃあまた明日な」
「明日は日が上ってから出発するから、ちゃんと起きるんだぞ」
「わーかってるって……ふあぁ……」
「心配だ……」
アドラスに心配されるほど僕はどうしようもない人間じゃないさ。何故なら夜勤をしていた頃は無遅刻無欠勤だったのだから。
「私達も後で行きますので」
「ベッド、開けておいてね」
「んー」
そういえばマーセルとシルケットも同じ家だったっけ。あの夜の事を何となく思い出しながら、働かない頭を働かせる。そういえばベッドってそんなにあったかな……。んー、彼処で寝た記憶がないから思い出せない。そもそも知らない。
雪の寒さを感じながらダニエラと共に借りた家へと入り、寝室に行った僕はベッドが1つしかない事を知り、女性達に譲ることにしたのだった。




