第三百十二話 化物退治
町の外。地下空間の壁際に移動した僕達はすぐに戦闘準備をする。
「難しい事をしても失敗するだけだ。奴の動きを止める。それだけだ」
剣を抜き、地響きのする方向を睨むアドラス。
「各々が全力であれを止める。そしてお前がそれを討つ。出来るのだろう?」
「あぁ、もうヘマはしないさ。逃げ場もないし、な」
町で戦って、建造物の崩落に巻き込まれたら危ないと町を出たが、出たところで背中は壁だ。唯一ある出入り口は此処にはない。戦いの影響で崩落したら面倒なことになるからだ。
つまり背水の陣。此処が正念場。ラストステージなのだ。
地響きが大きくなり、地面も揺れ始める。最初の突進に比べればその歩みは遅い。怪我の功名か、半身を切り落としたことは効いているようだ。
「見えたぞ!」
冒険者の声と同時に、建物の間から頭が見えた。複数ある目がしっかりと此方を見据えている。
あれが何なのか。どういう存在なのか。何故此処に出現したのか。
疑問は尽きないが、それは倒してから調べるしかないだろう。あれを生きたまま捉えるのは不可能だろう。
「しかしあれだな……化物化物と呼ぶのも品がない。あれをスコロペンドラゴブリンと名付けるのはどうだろう」
まーたアドラスの中二ネーミングだ。
「長いし言いにくいしどうでもいい。あんなのはゴブリンでも何でもない。ただの、化物だ」
それをダニエラがバッサリと切って捨てる。自分の渾身のネーミングを一蹴されたアドラスが無表情でダニエラを見つめる。ダニエラはそれを相手にせず、手に翡翠色の魔力を込めた。風属性だ。
「さぁ、戦闘開始だ」
そして矢をつがえ、引き絞り、魔力を乗せて一気に解き放つ。地の底に吹いた一陣の風は、同じく放たれた冒険者達の矢を置き去りにして、まっすぐに化物の額へと突き立てられた。
『ギュルルルルェエェェエエエエエ!!』
またあの叫びの混声合唱だ。耳を塞ぎたくなるのを堪え、機を窺う。
「やれ!」
アドラスの声とともに矢や魔法が一直線に化物へと向けて発射される。今回集められた冒険者の約半分が後衛だ。その火力は目を見張る物がある。
放たれた矢がどんどん突き刺さり、それ諸共着弾した魔法が肉体を抉り、削っていく。
こうして様々な飛び道具が飛び交っていると前衛組の出番というものが無くなってしまう。あの中に飛び込んでいけと言われたら回れ右で駆け出すのが普通だ。
しかしバカ正直に逃げる訳にもいかない。なので今回は待機という形だった。一応剣は抜いて構えてはみるが、何をする訳でもなく、皆が頑張ってるので僕もやる気だけはありますよとアピールしている。
だがイレギュラーというのはいつだって起こりうることだ。そして前衛組は持て余していた暇をぶつけることになる。
「おや、ゴブリンが沢山来るね」
店長のポツリと呟いた言葉。『影読』から得た情報はすぐに拡散され、前衛組は各々叫びながら、待ってましたと剣を振り回す。
あれだけ丹念に殲滅したはずのゴブリンが建物の陰から飛び出し、化物を援護するように錆びた剣を振る。前衛組は慣れた手付きでそれを弾き飛ばし、返す刀で斬り捨てる。
化物は、その巨体を魔法の嵐の中に晒しながら尚も進む。数ある目は火魔法の爆発や、雷魔法の閃光、風魔法の風刃、土魔法の岩塊により、形を保っていない。
「はぁ……大混戦だな……」
巨大な化物。耳を劈く魔法の音。ゴキブリの如く湧き出るゴブリン。それを始末する冒険者達。
だがその中にこそ、勝機はあった。
今、奴は魔法や矢を浴びせられ、視界を封じられている。足元はゴブリンを殺すついでに斬られ、歩みも遅い。上から下まで攻撃されて余裕もないはずだ。
僕は藍色の大剣を抜き、構える。ゆっくりと起ち上げた《器用貧乏》による脳内映像演算でこれから行う攻撃をシュミレートする。何度もやってきた攻撃工程だ。だけどそれでも僕は《器用貧乏》先生に頼る。僕の強みはこれしかないのだ。これをするから安心出来るし、自信に繋がる。
絶対倒せると、信じることが出来る。
「よし……!」
小さく呟き、《神狼の脚》を発動させる。そしてどんどん風速を上げていき、風切り音はやがて高周波音となる。
大剣を手にしたクラウチングスタートの姿勢という少々無理やりな体勢で、今も風矢を放つダニエラを見上げる。それに気付いたダニエラが小さく頷くので、僕も頷き返す。
そして、心の中で『よーい、ドン』と合図し、スタートする。1歩目は地面を踏み砕き、2歩目は空を踏みつける。3歩目はもう化物の眼前まで踏み込んでいた。
「『上社式・水剣一碧』!!」
藍色の大剣の水刃化。その圧倒的鋭さに速度を乗せた必殺の突き。さらに剣に流した藍色の魔力を膨張、爆発させる事でただの突き以上の被害を与える。
そうやって出来た大穴を僕は突き抜ける。残ったのは頭を穿たれた化物だけだった。仕舞いに僕が走り出すより前に放たれた魔法が文字通り止めとなって化物に降り注がれた。
沢山の目と脚を封じる為の冒険者達の攻撃と、万が一見られた時でも対処出来ない速さを備えた攻撃。
これがアドラスの立てた作戦だった。本当に、此奴は人間の運用方法がよく分かっている。
結果、こうして化物を仕留める事が出来た。僕だけでも、冒険者だけでも勝てない戦いだった。皆が力を合わせれば、どんな魔物だって倒せると思い知った戦いだった。
「しかしまぁ、アドラスの頭脳有りきだけどな」
僕の足りない頭では絶対に無理だ。いくらダニエラと力を合わせても、だ。
いやはや、本当に、勝てて良かった。
□ □ □ □
翡翠達は外へと戻っていった。店長の指揮の下、あの通路を通ってニセユグドラのうろから出て、今頃は前線野営地に戻っているはずだ。
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん、大丈夫だ。アドラスは皆を頼む」
「……分かった。何かあったらすぐに逃げろ」
そう言うとアドラスは殿として暗い通路へと消えていった。
僕とダニエラは地下空間に残った。何故ならば、まだあの化物が出現した原因が分かっていなかったからだ。いや、ほぼ原因は分かっている。あの化物が出現した場所。それはクイーンズナイトゴブリンが見つけた実験施設の方角だった。
誰かが何かをして、あの化物が生まれたとしか思えなかったのだ。ただ、その確証がないから僕はダニエラと共にその確認をしに今から行くところだった。
廃墟都市郡は静寂に包まれている。化物は死に、ゴブリン達は殲滅された。では誰が、あの化物を生み出したのか。それが気になって仕方ない。
「しかしまぁ、よくも此処まで破壊出来たものだ」
「文化遺産だよなー」
誰も居ない町を歩く。観光している場合ではないが、視線は周囲を落ち着き無く見回す。こんな光景は滅多に見られるものじゃないからな。少しでも瞼に焼き付けて、記憶に残したい。
塔までやってきた。此処から施設までは一直線だ。化物が這いずり、建物を軒並み破壊してしまっているからな。ただ少し歩き辛いが。
「おっと」
「気を付けろよ、アサギ」
「大丈夫大丈夫」
少し瓦礫に足を取られながらも、施設を目指す。
そして漸く施設が見えてきた。だが建物は化物の所為でめちゃくちゃだ。原型がまるで残っていない。それでも実験設備だけは完全に破壊しておきたい。今後また、あんな化物が出てきたらと思うと怖くてしょうがないからな。
「魔物の気配はないな……」
《気配感知》を広げたダニエラが呟く。それを信じながら大きな瓦礫を押しのけ、施設の中に入る。
中はぐちゃぐちゃだった。元々設備は地下1階に置いてあり、其処から少し進んだところに繁殖用のゴブリンが居た。その設備であの化物を生み出したというのだから、天井は破壊され、1階も地下1階も瓦礫と化していた。
「見た感じはもう修復不可能に見えるが」
「一応調べよう」
建造物や砕かれた地面やらが乗っかり、潰され、コントロールパネルのような物は破壊されている。設備の一部なのか、透明の床も割れて酷い物だ。
押せそうなボタンなどを突いて反応を見てみるが、何の反応もない。床を剥がして見ても、ほとんどが断裂した配線ばかりで、これを修復するならそれこそ古代エルフが出張ってこないと無理そうだった。
「……うん、大丈夫だろうな。帰るか」
確認の為、這いつくばった際に付いた土埃を払い、グッと腰を伸ばす。
「……ッぁあ……ダニエラ、帰ろうぜ」
瓦礫に隠れて姿の見えないダニエラを呼ぶ。しかし何の反応もない。
「……ダニエラ?」
それが気になり、先程までダニエラが居た場所へ向かう。大きな瓦礫が、建物だった壁に寄り掛かる危ない場所。その陰にダニエラは居た。暗くて顔はよく見えない。
「ダニエラ」
「……アサギ、これを見ろ」
「えっ?」
此方に顔を向けたダニエラの表情は真剣そのものだ。むしろ強張ってすらいる。
そのダニエラが指差した床には人1人が通れる幅のハッチがあった。 円形のハンドルのついた丸い蓋板。それは僕が自動人形を発掘したあの遺跡にあった物とまるっきり一緒だった。
「これ、古代エルフの遺跡にあったぞ。開けたら自動人形と鑑定眼鏡があった」
「やはりエルフ関連のものか」
「これは……行かないなんて選択はないな」
「しかし危険かもしれない」
それはそうだ。あの時は僕もテンションが上がってて考えもしなかったが、トラップがあったかもしれない。此処は施設もある程度は可動していたし、危険もあるかもしれない。
「でも行かないと不安が残る。全部確認してからでないと……」
「……それもそうだな。行かない所為で後々の危険の芽を摘めなかったとなると寝覚めも悪い」
溜息混じりに言ったダニエラがハンドルに手を掛ける。
何百年も前の廃墟で見つけた何かの手掛かり。このハッチの先には何が待ち構えているのか。
ゆっくりと軋みながらも動くハンドルを眺めながら、僕は考える。
この先に待っているのは何なのか。
或いは誰なのか。
拭いきれない不安を抱えながら、僕は開いたハッチの奥を見つめた。




