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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第三百八話 決戦前夜

 その日の夜は残った食料を調理して皆に振る舞った。僕や店長、珍しくダニエラ。それに料理の腕に覚えのある翡翠が何人かで鍋を振るい、掻き混ぜる。

 そうして皆に料理が行き渡ったところでアドラスが立ち上がる。もう皆に話が伝わっているが、改めて報告ということだろうと、静まり返った。


「もう聞いているとは思うが明日、廃墟都市郡へと攻め込む。外を徘徊するゴブリンの数がどんどん減ってきたからだ。恐らく廃墟都市郡の方も大打撃を受けていると判断した」


 湯気と共に胃を掴む香りが僕は勿論、ダニエラも襲う。


「この素晴らしい料理の前であまり言いたくはないが、共喰いを繰り返した結果、ゴブリンの数は減っている。楽な仕事になるだろう。だが油断は禁物だ。光の届かない地下空間では全てが障害になる。お互いですら障害だ。だから地下へと行く人間は申し訳ないが選ばせてもらうことにした」


 いや話が長い……もうダニエラの顔が無になりつつある。視点は目の前の肉に固定されたままだ。


「まずはアサギだ。彼のお陰でこの作戦が成立する。次にリンドウ。彼女の魔法は暗闇でこそ真価を発揮する。そしてダニエラ。彼女の魔法の力は群を抜いている。私は残りの選出した君達の指揮を執る事になる。勿論危うい場面があれば戦うが……」


 アドラスが選出した翡翠達の名前を発表していく。1人挙げる度に料理が少しずつ冷めていく。


「ダニエラ、まだだぞ」

「もう待てない……」

「アドラスが喋り終わってからだって……」

「それでは死んでしまう……」


 だんだん顔が料理に近付いていくダニエラ。鼻を塞げばその場で餓死してしまいそうな状態だ。


「……以上の20人には廃墟都市郡へと潜ってもらう。残りは地上で《気配感知》を使いながら取り逃がしたゴブリンを仕留める作業を行ってもらう。勿論、逃がすつもりはないが万が一というのはどんな作業にもある。暇かもしれないが気を引き締めて取り組んでほしい」


 ダニエラが限界を越えそうになっている中、ふと周囲を見る。皆が料理に釘付けだった。


「……私の話が長いのも悪いとは思うが、大事なことだ。ちょっとは耳を貸してほしいのだが……」


 その声に翡翠達がバッと顔を上げる。僕も釣られてアドラスを見上げる。ダニエラが顔を上げた様子はない。

 その様子を見渡していたアドラスが溜息を吐く。


「折角作ってくれた料理が冷めるのも申し訳ないか……一応、話すべき事は話した。気になることがあれば明日までに聞きに来てくれて構わない。じゃあいただくとしよう」

「待ちくたびれた!」


 アドラスのGOサインにダニエラがナイフを手に叫んだ。翡翠達も頷きながら料理を口へ運ぶ。


 再びアドラスが溜息を吐きながら腰を下ろしたが、誰も見向きもしなかった。


 料理を目の前にして演説なんてのは一番悪いやり方だ。そんなもん誰も集中出来るはずがないのだから。

 しかし皆優秀なので作戦は把握している。食後に何人かがアドラスの下へと行く姿も見たし、やっぱり実力がある冒険者は違うなと思いながら、僕は料理を詰めた鞄を手にナミラ村へと走った。



  □   □   □   □



 口笛を吹くと扉が開かれる。


「アサギさん、こんばんは」

「こんばんは、シルケット。二人は中か?」

「はい。夕飯を食べてます」

「あー、間に合わなかったか」

「?」


 ナミラ村の村長の家で、村長の息子であるフェルズの護衛を務めるシルケットとマーセル。3人の為に料理を持ってきたのだが、先程の食事が宴のようになってしまい抜けるのに少々時間が掛かってしまった。主役という訳ではないが、率いる人間の1人として中抜けは難しかったのだ。

 お陰で隅で料理を温め直してから鞄に詰めるという作業が追加されて更に時間が掛かった。


「あ、アサギさんだ」

「兄ちゃんだ」


 パスタっぽいものを頬張りながら二人が此方を見ている。口の周りはソースだらけだ。


「明日、ゴブリンの巣に攻め込むからって食料を調理したんだ。それを持ってきたんだけどちょっと遅かったなー」

「まだまだ全然食べられるよ!」

「俺も!」

「私もまだ少しなら……」


 めっちゃ気を遣ってもらってる……何だか気恥ずかしいな。


 僕は下ろした鞄から幾つかの料理をテーブルに並べる。フェルズがそれを目を輝かせながら見ているのがちょっと嬉しかった。マーセルも同じ目で見てたけど。


 少しぎこちない感じにはなってしまったが、提供した料理は食べてもらえた。嬉しかったのは、ぼくが作ったスープ料理を喜んでもらえたことだった。シンプルだけど手の込んだ料理のつもりだったから嬉しかったな。


 僕もさっき食べた癖に一緒になって料理を突く。まるで家族の団欒のような穏やかな時間が流れていく。フェルズが村であった面白い話をしてマーセルがズレた突っ込みを入れてシルケットがしっかりと突っ込む。そんな流れが本当に心地良かった。




「はぁ……お腹いっぱい……」

「喜んでもらえて良かった。でも結局全部食べちゃったな」

「どれもとても美味しくて止まらなかったです」


 4人共お腹いっぱいになれた。フェルズは満腹で眠くなったのか、もうベッドの中だ。此処には今、冒険者しか居ない。


「明日、攻め込む事になったんだ」

「そうだと思った」

「そんな顔してましたよ?」


 すぐ顔に出るところがあるからな……。痒くもない頬をポリポリと掻きながら笑う。


「二人には此処で引き続いてフェルズを守ってほしいんだけどいいかな?」

「勿論! 戦いに参加出来ないのはちょっと淋しいけど、フェルズ君を守るのも大事な任務だもんね」

「えぇ、ナミラ村解放戦線ですから。ナミラ村を守るのも大事なお仕事です」

「ありがとう。じゃあそろそろ戻ろうかな」


 どっこいしょと腰を上げるとマーセルとシルケットも立ち上がる。見送ってくれるみたいだ。こうして慕ってくれるのは嬉しいな。後輩を持った気分だ。バイト先の高校生みたいな……そんな感じ。

 扉を開けて寒い夜の外へと出る。


「うー寒い寒い!」

「本当に冷えますね……」

「中に居たら良いのに」


 そう言いながら苦笑する。わざわざ外まで見送りに来てくれるのは正直嬉しい。


「じゃあ戦いが終わったら皆で帰ってくるから」

「分かりました。それまでしっかり此処を守ります」

「勿論、無理はしないよ!」

「うん、ありがとう。よろしくな」


 ワシワシとマーセルの頭を掻き混ぜ、シルケットの頭を2,3撫でる。


「シルケットの方が優しい!」

「マーセルは犬っぽい感じで、シルケットは猫っぽい感じだから心のままに撫でてみた」

「酷い!!」


 プンプン怒りながらも笑いが絶えない。実に名残惜しいが、そろそろ明日の為に帰って休んでおきたい。


「じゃあ、行ってくる!」

「行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃいませ!」


 《神狼の脚》で浮き上がる。白銀と翡翠の風で自身を押し上げ、後輩二人に見送られながら僕は前線へと向きを帰る。いつまでも続く声援……なんてものはなく、さっさと中へ入って身を潜める辺りは流石冒険者と感心した。

 そんな二人とフェルズ、そして帝都へ逃げ込んだナミラ村の人達の為、ひいては帝都の為、明日の掃討殲滅戦はきっちりやり遂げよう。そう心に決めて僕は森の奥を目指した。

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